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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


甘情

(何かがいる)
 守崎・啓斗(もりさき けいと)は手に洗濯物の入った籠を持ったまま、緑の目で目の前の様子を窺った。それは、啓斗と同じ茶色の髪をした、守崎・北斗(もりさき ほくと)であった。落ち着かなく庭をうろうろとしている。
「いや、でもやっぱり……」
 北斗はそう言いながら青の目でひょいっと隣の家を見てみたり、そうかと思えば突如しゃがみこんだりしている。
(どこかで見た事のある風景だな)
 洗濯物の入った籠を持ったまま、啓斗はそのどこかで見た風景を思い出そうとする。どこかで見た風景、それがどこかというのが中々思い出せない。
(あれは何処だったか……山か?)
 修行をする為に行く、山。そこで見たような気がした。だが、すぐにふるふると頭を振った。
(惜しい所まできている気がするが……少し違うな)
 一般の人でも普通に行くような場所だったように思う。なぜならば、それを見た時には自分一人ではなかったように思うからだ。
(ええと……街中?)
 街中で、ではない気がした。確かに一般の人で溢れているけれども。山から少し離れてしまった。
 相変わらず目の前では北斗がそわそわと落ち着きなく動いている。せわしない、という言葉が浮かぶ。
(少しは落ち着いたらどうなんだ……)
 そう考え、啓斗はふと思いつく。同じように思ったのだ。今北斗がしているような、その様を見て。
(ああ)
 啓斗はそっと洗濯物の入った籠を縁側に置き、ぽんと手を打った。
「動物園の熊か」
 見物人に見られてうろうろ。餌を貰ってうろうろ。でかい図体でうろうろ。ともかくせわしなかったその様子は、まさしく今の北斗である。
(これで謎は解決した。後は……)
 未だにそわそわとしている北斗を見て、啓斗は小さな溜息をついた。
(洗濯物を干すのに、邪魔だという事だ)
 啓斗は再び縁側に置いていた洗濯物の籠を持ち、北斗の方に向く。
「北斗」
「……え?あ、兄貴」
「邪魔だ」
「邪魔?……誰が邪魔をしてるんだよ?」
 北斗はそう言って首を傾げる。今まで考え込みながらうろついていたせいなのか、状況がきちんと把握できない。啓斗は小さく溜息をつく。
「……お前。お前が邪魔」
「邪魔って……どこが?」
「北斗、状況確認って大事な事だと思わないか?」
 啓斗はそう言って洗濯物の籠を掲げる。そこで初めて北斗は「ああ」と言って納得する。
「今日は二月半ばだ!」
「そうじゃない」
 ぺしん、と啓斗は真剣な顔をして言った北斗をはたいた。
「何するんだよー兄貴」
「何するんだ、というのはこっちの台詞だ。俺が何を言ったのか、もう一度よくよく考えるんだな」
「だからさー、状況確認が大事な事だって言うんだろ?」
「そうだな、確かにそう言ったな」
「だからしたじゃん?状況確認を」
 北斗はそう自信満々に言い放つ。胸を張って。啓斗はしばらく考え込み、先ほどの北斗の言葉を思い返す。
「……俺が確認しろと言ったのは、状況だったように思うんだが」
「そうだけど?」
「誰が今の時期を確認しろと言った?」
 暫しの沈黙が流れた。北斗はふっと小さく笑い、空を仰ぎ見る。
「今日もいい天気だな、兄貴!」
 ぺしん。啓斗の手がすかさず北斗の頭を叩く。
「じゃあ、ちゃんと状況確認をしてみろ」
「何でそういう事を言うんだよ?いきなり状況確認しろとかさ」
「ほう……?」
 啓斗は洗濯物の籠を大きく掲げ、じっと北斗を見る。顔は完全に笑っていない。
「少し前の出来事も思い出せないようだな?何なら、思い出す事が出来るように、手助けしてやろうか?」
 大きく掲げられた洗濯物の籠に、北斗は「あ、ああ!」と叫びながらぽんと手を打った。
「そ、そうだ!思い出した思い出した、思い出したってば!」
 北斗は頭を守りながら、じり、と一歩後ろに下がった。啓斗は小さく溜息をつき、洗濯物の入った籠を下ろす。
「で?」
「ええと、兄貴は邪魔だと言っていたんだよな。俺が」
「言っていたな」
「その邪魔だという理由が、俺にはしかと分かったぜ」
「まあ、分からない方がおかしいからな」
「それは、その籠が物語っている!」
 胸を張って洗濯物の入った籠を指差す北斗に、啓斗は大きく溜息をついた。
「分かったら、邪魔だという事を自覚してどけてくれないか?」
「……はい」
 北斗は大人しく頷き、縁側に腰掛けた。ぼんやりと啓斗が洗濯物を干すのを眺めていたが、突如立ち上がる。
「……どうした?北斗」
 ぱんぱんと皺を伸ばしながら啓斗は北斗に尋ねた。
「兄貴はさ、気にならねー?」
「何がだ?」
「だからさー」
 北斗はそう言い、何か言葉を捜すように「ええと」と繰り返してから口を開く。
「この前、俺らの誕生日会をしたじゃん?」
「したな」
「二月って、それだけの季節じゃないじゃん?」
 啓斗は口元に手を当て、考える。何かしらの日があったかと。そして何かを思いつき、ぽんと手を打つ。
「建国記念日か……!」
「違う!」
 びしっと思わず北斗は啓斗に突っ込む。勿論、啓斗は何故突っ込まれたのか気付いていないのだが。
「何か甘いもんが食べたくならねー?」
「いや、生クリームはちょっと」
「生クリーム限定じゃないってば。生クリームじゃなかったら、甘いの平気じゃんか」
「確かに」
 ぽん、と啓斗は再び手を打つ。北斗は溜息をつき、大きく拳を握る。
「そうじゃなくて!だからさー、俺としてはこう……甘いものが食べたい訳だ!」
「菓子なら、この前の誕生日に食べたじゃないか」
 誕生日会の時に出てきた、幼馴染手製のケーキを思い出しながら啓斗は言った。チョコレートの乗った、フルーツタルト。
「何でまだ食べたいとか言っているんだ?足りなかったのか?」
 啓斗は小首を傾げながら北斗に問い掛ける。北斗もその時のケーキを思い出したらしく、うっとりと空を見上げる。
「確かにあれは美味しかった……って、そうじゃなくて!」
 ぐぐぐっ、と再び北斗は強く拳を握った。
「俺はチョコレートが欲しい訳なんだよ、兄貴!」
「チョコレートなら、ケーキの上に乗っていたじゃないか」
「確かに乗っていたな。美味しかったなぁ……って、違う!」
 北斗はがっくりと肩を落とした。
「何だ、北斗。そうだと言ったり、そうじゃないと言ったり……忙しい奴だな」
「ああ、そうだな。忙しいな、誰かさんのせいで」
「誰かさんって、俺の事じゃないだろうな?」
 小さくむっとしながら啓斗が言った。北斗は、恨めしそうにじとっと啓斗を見つめる。
「兄貴さ、自覚って大切な事だと思うわけよ」
 今度は逆に北斗に言われる。
「自覚は大切だと、お前にだけは言われたくないんだが」
「ああ、もうそんな事をいっている場合じゃねーんだってば!」
 北斗はそう言い、自分を落ち着かせるかのように近くに干してあるシャツをぺしぺしと叩く。それには思わず啓斗も「おい」と諌めるが、北斗は聞こえていないかのようにぺしぺしと叩き続ける。
「くれねーのかな?くれるのかな?」
 叩くのをやめたかと思うと、今度はうろうろと歩き始めた。洗濯物を干しているというのに、邪魔だという事がまだ分かっていないかのような動きだ。
「俺的にはすげー欲しいわけだよ、うん」
「お前が欲しいと言っても仕方ないだろう」
 洗濯物の入った籠に手を伸ばしながら言う啓斗の言葉に、北斗はぐっと言葉に詰まる。
「兄貴はさ、貰っても『そうか』で終わるから良いかもしんねーけど」
「簡単で良いじゃないか」
 パンパンと洗濯物の皺を伸ばしながら言う啓斗の言葉に、北斗はぐぐっと言葉に詰まる。
「でもさ、前にもう誕生日をやってしまっている訳だからさーくれねーかもしんなくってさー」
「そうか、大変だな」
 だんだん言葉のキャッチボールができなくなってきている事に、北斗は気付かない。
「いやいや、絶対にくれる筈だよな!……ううん、絶対とは言いきれねーし」
「そうか」
 啓斗の相手にしていないかのような言葉であるが、北斗はそれに気付かない。
「あーでもー……」
 啓斗は諦め、溜息をついた。北斗に何を言っても、仕方が無いように思えてきたのだ。北斗の意識は、隣に住む幼馴染にあるのだから。
(仕方ないな)
 啓斗は再び溜息をつき、再び洗濯物を干すのに取り掛かった。北斗はそんな啓斗を見て、近付く。
「兄貴、どう思う?」
「……どう、と言われてもな」
「だから、どうだと思う?」
「聞け」
 そわそわと落ち着かぬ北斗に、啓斗は大きく溜息をつく。今日何度目だろうという、溜息。
(聞く気が無いな、北斗)
 啓斗が心の中で諦めにも似た呟きをすると同時に、突如北斗は「だあっ!」と叫んだ。思わず啓斗はびくりと体を震わせた。
「もうどうにもなんねー!ここでごちゃごちゃ言ったって、何にもわかんねーし!」
「いや、それは最初から分かっていたことだろう」
「もう決めた、俺は決めたぞ!」
(やっぱり聞いてないし)
 啓斗が洗濯物を手に北斗を諦め半分で見ているのにも気付かず、北斗はずかずかと裏口に向かって歩き始めた。幼馴染の住む隣の家は、裏口から行った方が早いのだ。
(北斗……最初からそうしておけばいいものを)
 ふと思うが、啓斗はあえて口には出さなかった。勿論、例え口に出したとしても北斗の耳には入らないだろうが。
「さて、と」
 啓斗は北斗のいなくなった庭で、再び洗濯物の入った籠に手を伸ばした。ぱんぱんと皺を伸ばし、一つ一つ干していく。ただし、耳は澄ませながら。
(……ああ、今ついた頃か)
 隣に行った北斗を思い、啓斗はじっと耳を澄ませた。すると、隣から北斗の声が響いてきた。
「まだかよー!?」
「ま、まだなの!」
 北斗の少しだけがっかりしたような、だが安心したかのような声が響いてきた。それに答える、少しだけうろたえたような幼馴染の声も。啓斗は小さく溜息をつく。
「俺のは残っているかな……?」
 啓斗は小さく呟いた。二月といえば、幼馴染の誕生に始まり、自分達の誕生日がくる。そうしてチョコレートとアイテムを用いたイベント、バレンタインがやってくるのだ。
(作っている途中で北斗が突撃して……そのまま全て食べられているかもしれないな)
 啓斗はそう思い、小さく苦笑した。隣の家からは、幼馴染と北斗の会話が聞こえてくる。
(仲良い事はいいことだ)
 啓斗はこっくりと頷き、洗濯物を全て干し終わったのを確認した。籠を持ち上げ、ひらひらと風に舞う洗濯物たちを見て小さく笑う。
 ひらひらと舞う洗濯物、澄んだ空、良い天気、隣から聞こえる会話、ほんのりと匂ってくる甘い匂い。
「平和だな」
 ぽつりと啓斗は呟き、庭を後にした。今年のバレンタインは、幼馴染からのチョコが北斗に全て食べられてしまうかもしれない。それを少しだけ、心配しながら。

<風は優しく甘い匂いを運び・了>