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<東京怪談・PCゲームノベル>


インタレスティング・ドラッグ:2『追跡』


「いらっしゃ――」
 店のドアが開いた後、反射的にでかかった歓迎の言葉を、天樹昂は飲み込んだ。
 ランチの客が退き、ちょうど店が空いた時間帯だ。男は、まっすぐに昂のもとに歩み寄り、カウンターに腰掛けた。
「いらっしゃい」
 あらためて、昂は言った。
 そのおもては、静かな微笑ではあったが、客をもてなすものとは微妙に違う表情だった。
「めずらしいですね。どうされました」
「とぼけおって」
 男は日本人ではなかった。アッシュグレーの髪に、やはりグレーの瞳。
「なにか予知をしているのではないか」
 昂は肩をすくめた。
「みなさんよく勘違いをなさるんですが……何でも見えるというわけではありませんよ。それに、月読の力は本来は――」
「講釈はいい」
 ぴしゃりと男は言った。
「……ご注文をうかがいましょうか」
「珈琲でいい。……『ギフト』のことは知っているな」
 昂は男に水をついだ。それが答だった。
「鬼鮫を使ってしらみ潰しをしていたが埒が開かん。……ここに及んで、『ギフト』に関係したとおぼしき人間たちが消えはじめている」
 コポコポと、サイフォンが音を立て、店内に深煎りのコーヒーの香りが漂いはじめていた。
「……これは、IO2からの正式な協力要請だと受取ってもらって構わない」
 昂は、かるくため息をついた。
「いつの時代もやっかいなものは尽きませんね」
 そして、カップにコーヒーを注ぎ、ソーサーに乗せて差し出した。それが答だった。

■ 運命の手招き ■

「敬太はん。おるんやろ? 敬太はん?」
 二階建ての、古びたアパートである。ドアの前に立つ白宮橘――そしてその腕に抱かれたあやつり人形・榊が、ドアを叩いてよびかけている。もっとも、声をあげているのも、ドアを叩いているのも人形のほうだった。
 再三の呼び掛けにも返事はない。
(留守……? いや、違うな)
 電気のメーターが回っている。そして、じっと息をひそめてうかがってみれば、部屋の中にかすかに人の気配がするのだ。
「これ……おばさんからお見舞いの……。ここに置いとくから。……また来るわ」
 果物の入った包みを、ドアの足下に置くと、やむなく、橘はそこを離れた。
 錆びた鉄の階段を降りたところで、ふと、アパートの前の、電柱の影にいた人物の姿に目を止める。
 おだやかな笑みを浮かべた背の高い青年だった。会釈をしながら、彼が声をかけてきた。
「あなたは彼の――?」
「敬太はんの知り合い?」
 互いに質問をし合ったことに気づいて、青年はふっと笑った。
「天樹昂といいます。知り合いかどうかというのは、難しいですね。現時点ではまだ、面識はありませんから」
「……?」
 きょときょとと、榊の目が動いた。
「……もうすぐ、ここで物騒なことが起きるでしょう」
 真顔になって、昂と名乗った青年は言った。
「できれば退避していてください、と言いたいところですが……どうやら、あなたもこの件にかかわらねばならない運命らしい」
「兄さん、占い師かなんかか?」
「ほんのすこし、先のことが見えてしまうだけですよ」
 そして、遠くを眺めるように、視線を投げた。その瞳が、一定の時の流れをうつしてはおらぬことに気づいて、橘もまた、青い瞳を虚空へと投げかけるのだった。

「あら……?」
 玄関先で小首を傾げた婦人は、健太郎の母親なのだろう。
「えっと――」
「弓槻……蒲公英(たんぽぽ)です……」
 小声で告げた名を聞いて、彼女は軽く目を見開いた。
「健太郎のおともだちね」
 友だち。
 蒲公英はどう応えていいかわからず、うつむくしかなかった。
「健太郎はいないのよ」
 母親の言葉に肩を落とす。頭を下げて、きびすを返そうとするが、
「待って。あがっていって頂戴」
「…………」
 思わぬ申し出に、目を丸くする蒲公英だった。
 健太郎の家は、二階建ての何の変哲もない建て売り住宅という風情である。リビングに通され、ソファーをすすめられた。言われるままにしていると、母親は紅茶とケーキを載せたトレーを持ってあらわれる。イチゴの乗ったショートケーキだ。
「女の子のお友だちが来るなんて、初めてじゃないかしら」
 ふふふ、と母親は笑った。
「あの…………健太郎さん……ずっと、おやすみしてて……」
 蒲公英は口火を切った。
 そして、がさごそとカバンの中からプリント類を取り出す。
「これ…………先生が」
「ありがとう」
 べつだん、蒲公英は、クラスの委員であるとかそういうわけでもなければ、健太郎と家が近いというわけでもない。だのになぜ、欠席している彼に、授業のプリントを届ける役目を、自分から申し出てしまったのか、蒲公英自身にも、はっきりせぬことだった。
 やはり会って、あの日の礼を言いたかったのだろうか。
 あの日、路地裏で遭遇したおそろしい男たちのことを蒲公英は思い出して、内心、身震いした。健太郎が勇気を振り絞って動いてくれなければ、いったいどうなっていたか。
 それにしても――
 健太郎はもう何日も欠席が続いているというのに――教師は病気なのだと言っていた――なぜ、今はいないのだろうか。
「せっかく来てくれたのに、ごめんなさいね」
 気持を見透かしたように、母親が言った。蒲公英はふるふると首を振る。
「健太郎さんは…………病気は……わるいんですか」
 小声で口に出した言葉に、母親の顔が曇った。
(やっぱり)
 ずきん、と、蒲公英の心に痛みが走る。
 あのとき――悪漢たちが無理矢理に、健太郎の口に薬をねじこんだのだ。赤と青の、ツートンカラーのカプセルを。もし、健太郎の病気の原因が、そのせいだとしたら……。
「心配してくれてありがとう。……本当はね、蒲公英ちゃん、これは先生にも、お友だちにも内緒にしてほしいのだけど」
 しかし、意外なことを、母親は話しはじめた。
「健太郎は病気ではないの。……いえ、病気なのかもしれないのだけれど……とにかく、今はあるところに預かっていただいているのよ」

 車が急発進するや、タイヤがアスファルトを削るように、金切り声をあげた。
 土埃と排気ガスの中へ、飛び出していかんばかりの橘を、昂が制した。
「す、昂はん!」
「大丈夫。かれらの行く先ならわかります」
「えっ?」
「……今はまだ見えませんが、きっとわかります」
 強い調子で昂が言うので、橘は引かざるを得なかった。どのみち、もはや黒塗の車は影も形もない。
 それが、敬太のアパート前にやってきたのは、ほんの十数分前である。
 運転席と助手席から、ひとりずつ、男が降りたきたかと思えば、足早に階段を駆け上がり、まっすぐに敬太の部屋を目指した。しばらく、戸を叩いていたが、返事がないと見るや、ひとりの男がドアに体当たりをはじめたではないか。古い安アパートの戸は壊され、男たちが中に踏み込んだかと思えば、男が敬太を、まるで荷物のように肩に担いで出てきたのを見て、榊はあっと声をあげた。
 昂は、独特の感慨をたたえた目で、じっとなりゆきを見守っていた。彼にとってそれは、すでに一度見た場面の、リプレイでしかなかった。
「彼は……『ギフト』を飲んで力を得た能力者だったんですね」
「それも見えたんか?」
「いえ。これは推理です」
「…………」
「かれらは『ギフト』の影響を受けた人間を集めているようなんです。ときには交渉して、そしてときにはあのように力づくで」
「目的は?」
「まだそこまでは。しかし、相当な組織力があるものと思います。……さあ、彼を追いましょう」
 昂は一歩を踏み出してから、思い出したように振り返った。
「そう言えば、お名前をまだ」
「わいは榊や。この小娘は橘」
 人形はにこりと笑った。あやつり手の少女は、無表情なままだった。

■ 導かれる方へ ■

 蒲公英の自宅のダイニングテーブルに、小さなメモが置かれていた。
 繊細な文字がつづられている。

  とーさまへ
  しばらくかーさまのところにいます。
  しんぱいしないでください。
              たんぽぽ

 蒲公英は、さきほどからせっせと荷物をまとめている。むろん、行く先はメモの通りでなどありはしない。
 母親が見せてくれた健太郎の部屋――。
 バットにミット、サッカーボール、ゲーム機、フィギュアの類、マンガ……雑然とした、いかにも男の子然とした部屋の一画を占める学習机の上に、その手紙があった。
「あのひとたちが、あの夜、突然、訪ねてきたの」
 母親は言った。声には、いいようのない不安が混じっていた。
「あの子には専門的な処置が必要だって……学校や家で、何もないところから発火する現象が起きているだろうって……それはそのとおりで……わたしたち、どうすればよかったのか……」
 鉛筆で書きなぐった文字は、まぎれもなく健太郎本人の筆跡だ。

  たんぽぽ
  すぐもどるからしんぱいすんな
  あのくすりのことはだれにもいうな

 がっし、と、母親の手が、うしろから蒲公英の肩を掴んだ。
「あなた……なにか知っているのよね」
 今の蒲公英には、母親の顔は見えない。……だが、とうてい、見ることなどできなかった。彼女の声は、さきほどまでと変わらぬ優しさで……むしろ、それまで以上にやわらかい猫撫で声であったけれども、その裏に、どろりと濃厚ななにかが含まれているのを、蒲公英ははっきりと感じとっていた。彼女の肩を掴んだ指に力が入る。
「たんぽぽちゃん。おばさんに教えてくれない? どうして、あの子は連れていかれなければいけなかったのかしら。“あのくすり”って何のことなの? あなた、知っているのよね。……ねえ、たんぽぽちゃん」
 爪が、蒲公英の肩にくいこんだ。彼女は今やふるえていた。言葉が出ない。わたくしは知らない。健太郎くんが連れていかれたなんて。でも知ってる。あの赤と青のお薬が――。
 腕をふりほどいて、逃げ出した。
 文字通り、逃げ出したのだ。それから、どうやって家にたどりついたのか、蒲公英はよく覚えていない。ただ、頭の中で、健太郎の顔と、母親の声と、あの薬のことだけがぐるぐると回っていた。
(わたくしのせいだ)
 あの日、かれが蒲公英にかかわらなければ。
 あの日、無理矢理に飲まされることになったあの薬のせいで、かれは、炎を起こすあのあやしい力を身につけたに違いないのだ。
 蒲公英自身はすんでのところで飲まずにすんだあの薬を――。
 彼女のちいさなてのひらの上に転がっているツートンカラーのカプセル。
(健太郎さんを探そう。この薬を飲んだひとがいる場所に、健太郎さんはいるはず)
 そして、蒲公英は、一息に、そのカプセルを飲み下した。

 その建物は、国道をはずれて小一時間ほど行った、県境の山の中にあった。
 堅牢なコンクリートの建物で、遠目にはいったい何であるとも知れぬ。ただ、敷地中を金網と有刺鉄線でものものしく囲われているのが印象的だった。
「ふうん」
 茂みの中から、双眼鏡で様子をうかがいつつ、昂が言った。
「監視カメラが据え付けられていますね。巧みに偽装されてはいますが。厳重なことだ」
「ほな、忍び込むんは無理か?」
「いえ。死角はつねに存在しているものです。……あの網を切らねばなりませんが。その刀、飾りではないのでしょう?」
 橘のほうを振り返って、問うた。
「もちろんや。……せやけど、忍び込んで、それからどないする?」
「ここが敵の本拠地とは思えません。拠点のほんのひとつ……悪くすると、ほんの連絡所のようなところかも。背後にいる黒幕に関する情報を得たいところですが」
 言いながら、昂は双眼鏡をしまいこんだ。
「行きますか」
 それでも、昂は穏やかで、橘は静かだった。
 たったふたりの工作員は、足早に、下生えの中を駆けて、その建物へと向かう。
 木の枝のあいだに隠された監視カメラは、すべての侵入者と脱走者をとらえるはずであった。だがしかし、昂はその死角を読むことができ、榊の太刀がほんの一瞬、居抜きされたとき、金網はすらりと切り裂かれていた。本来ならばその一秒後、カメラの一台は敷地を走るふたりの姿を見たはずだったが、これもやはり榊の太刀のひらめきとともに、一瞬だけ画面にノイズが走り、何も見い出すことはかなわなかった。
 見事、侵入を果たしたふたりは、窓から難なく(監視カメラと鉄条網に安心したせいか、窓に鍵はかかっていなかった)屋内に入り込む。
 そして――
「ここです」
「よっしゃ!」
 榊が太刀をふるうと、ぱちん、と音がして鍵がはずれた。重い鉄の扉が音を立てて開く。
「敬太はん!」
 彼はぎょっとして戸口にあらわれたふたりを見た。簡易ベッドがあるだけの何もない部屋だ。ベッドに坐っていた大柄な青年が腰を浮かせた。
「どうしてここに!?」
「おばちゃんに頼まれたんや。敬太はんをよろしう、いうてな」
 にかっと、榊は笑った。人形なのに……そのはずなのに、なぜ、この少年人形はこうも表情がゆたかであるのだろうか。敬太はむろん、昂も、驚きを禁じ得なかった。敬太の、大型犬を思わせる朴訥とした顔に、泣き笑いのような表情が浮かんだ。
 だが、それもつかの間。
「しまった。ここにもカメラだ!」
 そう――。天井の隅には物言わぬ監視の目があったのだ。瞬時に、険しい表情を見せた榊の、太刀の一振りが、カメラを粉々に打ち砕いたが、もはや手遅れなのは明白だった。
「早く。人が来ます」
 昂の先導で元来た廊下を走るも、曲り角の向こうから、何人もの男たちが駆けてくる。
 男たちは皆、白衣を着ていた。
「どうする。やるか」
「覚悟の上です」
 とは応えたものの、昂は特に構える様子を見せない。うしろのふたりをかばうように立ち、ただ、まっすぐに突進して来る敵を見つめた。
 その瞳が、すう――っ、と、不可思議な色に染まる。
 否、物理的に色が変わったわけではない。だが、力あるものであれば、強いエネルギーのようなものが、月が満ちるように、彼の瞳を満たしたことを悟っただろう。
 予知と千里眼をなす瞳――『月読』。
 その視力が、見えざるものをとらえた。

■ 新たな予兆 ■

(『ボウシヤ』による一次配布は予定数をまもなく終了……計画を第2段階にすすめる……『ギフト』に適応した能力発現者を回収……大規模な量産化に向けてのデータを採取する……)
 次々と浮かび上がってくる情報の断片の向こう側に、フラッシュした、映像があった。
 三日月の形のロゴ――そして、ソフトスーツをすっきりと着こなした青年の姿……柔和な笑みを浮かべ、話し出す――
(『ギフト』計画は、人類を新しいステージへと導くでしょう)
「昂はん!」
 榊の叫びが、昂の集中を破った。
 眼前にまで、敵のひとりが迫っていたのだ。
 昂は、ひらりと身をかわすや、男の首の後ろに手刀を叩き込む。難なく、敵は正体をなくした。
「ありがとうございます」
 にこりと微笑む。
「調べる手間が省けました!」
 そして、流れるような動作で、残りの男たちをしとめてゆく。
 そのとき、響くサイレンがかれらの耳を刺した。警報だ。
「さて、ものものしいですね――」
 ちらりと、連れに視線を送る昂。
「お、おれは自分の身くらい守れる」
 憤慨したように敬太が言った。
「わいのことは心配いらんで。……この小娘がどこまでもつかが心配やけどな」
 言われてみれば、橘の、静かなおもてにも、疲労の色が見える。
「お、おれが――」
 敬太がうわずった声で言った。
「おれが……ついてる……から」
 昂がうなずく。
「では、頼みましたよ、敬太さん。では、行きましょう」
 ひらりと窓から飛び出す昂。その後につづく橘と、敬太。
 背後から怒号かかかった。そしてばらばらと靴音が近付いてくる。
「……!」
 そのときだ。
 昂の顔に、はじめて、狼狽の色が浮かんだ。
「何――」
 なにもかもを圧倒するような殺気。そして――
 鈍い金属音。敬太の腕が、鋭い鈎爪をそなえた、鋼色のそれに姿を変えていた。それが、彼が『ギフト』によって身につけた能力なのだろうということは、昂には容易に想像がつく。わからないのは――
「なぜここに…………鬼鮫さん」
 敬太が腕で受け止めた日本刀の、柄を両手に握り、力をこめているその男こそ、IO2のエージェント、鬼鮫に他ならなかった。
 黒いレイバンに、皮のコート、見るからに危険な空気を身にまとう、壮年の男だった。
「なんだ、おまえ……」
「敬太さん、離れて! その男は危険です!」
 昂が叫んだ。
「手を出すな」
 低い声で、鬼鮫は言った。
「こいつは俺の仕事だ」
「……あなたの仕事を横取りするつもりなんてありませんよ。気が済まなければ、この現場の処理はお任せします。でもその人は敵じゃないんです」
「いいや。敵だ」
 レイバンの奥で、切れ長の目が、さらに細められる。鋭く研ぎすまされた刃のように。
「こいつは『ギフト能力者』。あのふざけた薬がつくった化物のひとりだ――」
 キン、と金属がこすれあう音。
 鬼鮫の刀が、ひるがえって、横薙ぎに敬太を狙う。
「敬太はんッ――!」
 榊が、太刀を抜き、昂の手の中に、光の刃が出現する。
 だが鬼鮫の動きはそれよりも早かった。

(ここは、どこ……?)
 ぼんやりと、蒲公英は考えている。
 わたくしはどうしたのだっけ――。
 手がかりをもとめて、書き置きをして街へ出たはいいが、あてもなくさまようばかり。そうしているうちにやがて……
(お嬢ちゃん)
 そう。あのおじさんが、はなしかけてきたのだわ。
 フロックコートを着た、中年の男。これといって特徴のない顔立ち――しかし、はっとするほど、その顔には表情がない。
 男は丸い眼鏡をかけていた。ロイド眼鏡――などという言葉は蒲公英は知らない。ただ、眼鏡の奥からじっと見つめてくる、ガラス玉のような男の瞳に目が釘付けになった。
(お嬢ちゃんも与えられたのだね)
 いんいんと響くような、男の声。その話ぶりを聞くうちに、頭がぼおっとなって。
(来なさい。みんながいるところへ行こう)
 みんながいるところ。健太郎さんも、そこにいるの?
(こんな小さな女の子が?)
(『メガネヤ』が連れてきたんだ。間違いない。あれは『ギフト因子』にしか反応しないんだから)
 ささやきかわされる、大人たちの声。
(そういえば、ついこのあいだも、7歳の男の子がいただろう)
(ああ、本社のほうに回したっけな)
(……おい、みろよ。この子の数値)
(異常に適応しているな。マジかよ。……もしかしたら、『ギフト』投与以前に、この子は……)
(おい、なんだ、あの警報は――?)

 ――ドクン

 蒲公英は、身体が熱くなるのを感じた。なにかがおかしい。いや、でも、これは……
 そして、
 その瞬間、彼女は「理解した」。

「……ぐ」
 鬼鮫は呻いた。
 その刀は、すんでのところで、止まっていた。
「け、敬太はん……?」
「な、なんだ」
 青年は、呆然と、自分の両腕を見つめた。
「戻ってる。なぜだ。おれの『ギフト能力』が……消えちまった」
「貴様」
 鬼鮫の目が、きっ、と、その場にあらわれた5人目の人物に注がれる。
 ひとりの少女だった。
 長い黒髪。ふしぎな、赤い瞳。――弓槻蒲公英という名前を知るものは、この中にはいなかったのだが。
 蒲公英の目は、なにも見ていないようだった。やがて、ふわり、と、糸を切られた人形のように、その場に倒れる。鬼鮫は、倒れた少女に向かって刀をふりかぶる。
「よしなさい!」
 昂の声が鞭のように飛んだ。
「そんなちいさな子まで傷つけたりしたら、俺はあなたを許さない」
「……ふん」
 ばさり、とコートを翻して、鬼鮫は足早にその場を離れた。
 すれ違う瞬間、昂は目撃する。鬼鮫が、腕に傷を負い、そこから血をしたたらせていたのを。……傷をつけたのが榊の太刀だというのはわかるにせよ、トロールのDNAを持つ鬼鮫は、そんな傷などまたたく間に治癒させてしまうはずなのだ。
「大丈夫か。お嬢ちゃん。しっかりしい」
 橘が蒲公英を抱き起こし、榊が声をかけているのが、昂の視界に入ってきた。



「……なるほど」
 八島真は言いながら、コーヒーを啜った。
「でもいいんですか、昂さん。あなたはIO2の依頼で動いていたのに、その結果得た情報を私に流したりなんかして」
「お互いさまですよ。かれらも俺と鬼鮫に二股かけていたんだから」
 肩をすくめる。
 八島は、喫茶『響』の店内を見回した。表に「準備中」の札がかかっているので、一般の客はいない。
 席のひとつに、すやすやと寝息を立てている蒲公英。そのかたわらに、彼女を見守るようにしている橘。その腕の中の榊。すこし離れて敬太。
「いいでしょう。『二係』で保護します」
「すみません。うちもこれでなにかと手狭で。……そして八島さん。『ギフト』の背後関係なんですが」
 昂は声をひそめた。
「『月読』がかれらの指導者らしき人物をとらえました。……あのロゴマーク――たぶん、シルバームーン社だと思います」
「えっ、あの……?」
「そう。あのシルバームーン社です。どうやら『ギフト』は、一流のブランド品だったようです。いやしくも一部上場――日本屈指の大企業が関係しているとあってはね」
 あえて、発言するものはいなかった。
 蒲公英の寝顔はどこまでもやすらかで、いつのまにか、榊も、橘の腕の中でまどろむように、その瞳を閉じているのだった。

(第2話・了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1992/弓槻・蒲公英/女/7歳/小学生】
【2081/白宮・橘/女/14歳/大道芸人 】
【2093/天樹・昴/男/21歳/大学生&喫茶店店長】

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■         ライター通信          ■
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リッキー2号です。
お待たせいたしました、「インタレスティング・ドラッグ:2『追跡』」をお届けします。

キャンペーンシナリオの第2話にあたる本作は、それぞれのPCさま個人の事件としてはじまったものが、しだいに交錯しはじめる……という形で、3名様ずつ×4ヴァージョンのノベルとして作成されています(冒頭のパートのみ完全個別です)。
よろしければ、他のヴァージョンもお読みいただくと、事件のまた別な側面があきらかになっていると思います。

さて、蒲公英ちゃん&橘さん&昂さん(はじめましてですね?)のチームでは、
失踪したひとびとを追うプロットになりました。ごらんのようにさまざまな波瀾を含みつつ、展開しております。

よろしければ、第3話もおつきあいいただけるとさいわいです。
ご参加ありがとうございました。