コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


under the rose

長く続く大理石の廊下に靴音と共に杖をつく硬質な音が反響する。
セレスティ・カーニンガムは頬に光が触れるのを感じて顔を上げると、手にしていた杖の動きを止めた。
強い光を苦手とするセレスティだが春先の柔らかな陽光は温かく、心地よく感じる。
廊下を抜けて庭のテラスへと出た屋敷の主は手入れの行き届いた広い庭に佇む友人の姿をそこに感じとると、ふわりと笑んで友人をテラスへと招いた。
「麗らかな昼下がり、花を愛でながら外でのティータイムというのはいかがです?」
背に届く、癖のある豪奢な白金金髪の美女がセレスティーの声に振り返ると艶やかに微笑して頷いた。
友人の手を引いてテラス中央のテーブル席までエスコートすると、遅れてセレスティも席につく。
テーブルの上にはボーンチャイナのティーセット。添えられた砂糖には愛らしい菫や薔薇の花々の細工が施され、食卓を飾るよう活けられた淡い薄紅の薔薇の横に置かれたスリーティアスタンドにはそれぞれサンドイッチやタルト、ビスケットが順に並び、狐色に焼けたスコーンもディップを添えてセッティングされていた。
庭の草木の淡い緑や色彩豊かな花々は早くも春の訪れを告げて、時折風が気紛れに春の香りを運ぶと共に薔薇紅茶の甘い香りを漂わせる。
「いい香り。それにとても美味しいわ」
ウィン・ルクセンブルクはセレスティーの勧めた紅茶を口にしてほぅ、と感嘆の吐息を零した。
「オリジナルで数点作らせたものです。まだ試作段階なのですが気に入って頂けて何よりです」
嬉しそうに微笑むセレスティもまたテイーカップを口許に運ぶ。
「ドイツの大学では経済学、ニューヨークの大学では経営学を。学びはしたけれどいざ実戦!ともなると勝手が違ってくるところもあるでしょう?ましてや此所は日本、環境も違うわ。だからこそ貴方の意見を伺いたくて……」
もとよりの資産に加え、株式投資も順調だったこともあって、今迄ドイツにある実家の古城ホテルの東京営業所として経営してきたホテルを新たなコンセプトをもって改装するに至り、会社を新たに設立する事によって心機一転、新たな道を踏み出そうとしていたウィン・ルクセンブルクは理解ある友人にしてリンスター財閥総帥、セレスティ・カーニンガムの許を訪れていた。
アイルランドを拠点とするリンスター財閥を統轄し、芸術支援活動を行っているセレスティの話を聞かせて欲しいという友人の願いを断る筈もなく、セレスティは快くウィンを屋敷に招いた。
「私でお役に立てる事があれば喜んで協力させて頂きますよ」
いつの時代にも資金面や良き理解者、機会等に恵まれず苦労する芸術家は多い。が、芸術支援活動に理解を示す者は多いとはいえないのが実状だ。
けれど希望はあるのだと、友人を前にして改めて思う。
「そう言って頂けて良かったわ」
ほっと安堵の息をついて笑顔を見せたウィンにセレスティは穏やかな笑みを浮かべるとウィンの持参した書類を受け取った。
「才能のある音楽家を育てる為の資金援助は勿論、彼等が演奏を発表出来る場所を提供したいと思ってるの。彼等の才能を埋めてしまう事のないように援助は惜しまないつもり。年齢、性別、経験、肩書きを問わずにね」
セレスティは書類に目を通しながら静かにウィンの声に耳を傾けている。
「学資の他にも良い楽器に巡り合えない人には最適の楽器を提供したいと思っているわ。ホテルは彼等の演奏を披露できるようにミニコンサートが出来るように改築を勧めているのだけれど」
「音楽をベストな環境で、実力を十分発揮して頂けるように支援者もまた努力する。素晴らしい事です」
セレスティは頷いて答えると今迄目を通していた書類をウィンに返した。
「司法書士等の手続きは済んでいるのでしたね。見る限り特に問題はないと思われますよ。専門分野に強いプロの人材を使用する事はセオリーと言えますがその点ルクセンブルク嬢は音楽の世界に深く関わりを持った方です。世界的にも有名な音楽家である親族の方もいらっしゃいますから彼等の協力を仰げるならばこれ以上心強い事はありませんし、今後日本に留まらずグローバルな活動展開の可能性も含んできます。先が楽しみですね」
「皆快く協力を引き受けてくれて。あとは……今迄経営の方は人に任せきりにしていたけれど今度からは自分で収益やコストも考えないとね。他にも出演者との交渉といった事も必要になるでしょう?なんだか気ばかり急いてしまって」
「会社を設立して新規事業を起すと言っても現在のホテルを改築してコンセプトを新たにするという事ですから、色々と見直しを計れば思うより時間もコストもかからずにすみますね。全くのゼロからのスタートという訳ではありませんから収益も投資回収もそう時間をかけずにとれるでしょう」
「良かった。これで少しは安心出来るかしら。勿論これで気を抜くつもりはないけれど……」
ウィンは手にしていたティーカップをソーサーに置いて何かに思いを馳せる様に暫し無言のまま庭を眺めた。
「……他にも何か気になる事があるのではないですか?」
セレスティの穏やかな問いに観念したようにウィンは苦笑を浮かべる。
「全てお見通し、ね。テレパス能力でもあるのではなくて?」
「私には人の気持ちを読む事など出来ませんよ」
先日ウィンと共に関わったある事件を思い返して、若き総帥はそっと瞳を閉じた。
あの事件が彼女にきっかけを与えたという事もあるのだろう。
「新しい会社の名を“EOLH(エオル)”とされたとか」
あら、とウィンが肩を竦め、それも勘かしら?と問うのへ、くすりとセレスティが微笑う。
「優秀な秘書がいますからね。彼のおかげで情報には事欠かないんですよ。ですがやはり貴女から直にお話を伺いたかったので……御迷惑でしたか?」
「いいえ。私の方こそ貴方にはもっと早くお話しするつもりでいたのに遅くなってしまって。でも困った方ね。そんな風に言われたら女性なら誰も貴方に抗えないと思うわ」
ふふ、とウィンは悪戯気に笑って片方の目を瞑ってみせる。
「EOLHはルーン文字からとったの。鹿の角、三叉の形をしている文字よ。角は防衛を現し、そこから保護という意味となったと伝えられているわ」
才ある音楽家達の支援と保護。
それこそがウィンが新たに会社を設立する目的なのだ。
「ルーンは特徴や習性からその意味を読む事が多いとされています。先程ルクセンブルク嬢の仰っていた保護というのは特徴の方ですね。もう一つ。鹿の習性が意味するもの。鹿には群れをなして生活する習性があるそうですが……それが転じて友情、パートナーなどを意味するようになり、解釈によってはパトロンという意味を為す事もあるそうですね」
「……音楽は人に安らぎを与え豊かにするわ。けれど悪意を持って使用すればそれは凶器へと姿を変える事もある。いいえ、悪意がなくとも害を及ぼす事はあるのかもしれないわ。今迄そんな事考えてみたこともなかったけれど……この間、ね。思ったの。音楽家を目指す人達を少しでも支援し、護ること。私に出来る、私の為すべき事をしていこうって」
負の感情に利用された音楽にも、人の心を支配する手段としての音楽を求めようとする者にも。
決して負けはしない。とウィンは思う。
そして少しでも多く才能ある音楽家達の力になれるのならば、そうありたいと。
ウィンの愛する純粋で美しい音楽の世界を伝え、広めてゆく為にも……。
「貴女らしい素敵な名前ですね。EOLHの意味するところは信頼関係ともいえます。互いに信頼出来る関係を築き、互いを高めてゆくことは理想とされること。これ以上なく相応しい名前です」
セレスティは微笑して安心させるようにゆっくりと頷いてみせた。
「大丈夫ですよ。貴女は本当に大切なものを知っているのですから」
「本当に大切なもの?」
「音楽を、そして人を。愛しみ大切に想う心。それは居心地のよい時間と場所を客人に提供するという経営者、また有能な音楽家の成長と活躍を願う支援者にとって必要なものだと私は思っています。経営学や経済学といった知識は確かに必要とも言えますが必ずしもそれが全てという訳ではありません。客人に喜んで頂けるにはどうすればいいのか。音楽家の方達の力になるには自分は何をすべきか。そんな相手を思う気持ちが一番大切なのだと、私は思いますよ」
セレスティの声が優しく響く。
「理想論に過ぎないという者もいます。けれどその理想を現実とする為に尽力することを、私は苦労とは思いません。確かに大変かもしれませんが……そうして得たものはかけがいのないものだと思いますから。支援する者、される者。互いにメリットを得るだけでなく夢を共有出来る仕事というのはとても素晴しいことだとは思いませんか?」
セレスティの言葉にええ、とウィンも頷いた。
「私は貴女のように志を同じくした良き理解者がいて下さる事がとても嬉しいのです。ルクセンブルク嬢、もし宜しければ……私にも何かお手伝いさせては頂けませんか?」
「でもこれ以上貴方に甘えてしまう訳には……」
セレスティは極上の微笑を浮かべてウィンの言葉を遮った。
「私がお手伝いしたいのです。それに私にも貴女の力が必要なのですよ」
「……ありがとう。とても心強いわ。私も急に力が湧いて来たみたい」
これじゃあ忙しいなんて弱音は吐いていられないわ、とウィンが悪戯気に笑った。
「それに……なんだか胸が躍るの。大変なことも分っているし、責任も勿論重大なのだけれど」
「大丈夫。例え迷う事があろうとも。明るく輝く太陽が貴女の進むべき道を照らし、導いてくれます」
セレスティの言葉に思いあたることがあるのだろうか。
思わずあ、と小さく声を出したウィンの頬が僅かに上気したようにみえた。
「恐れずに。貴女は貴女の思うように、貴女の愛する音楽の世界を広めてください。きっと出来ますよ」
ウィンはそっと目を閉じて思い描く。
太陽のように明るく、人を和ませる……最愛の人のあたたかな笑顔を。
ふ、と浮かべたウィンの笑顔はとても幸福そうだった。
「貴方にそう言われるとその気になるから不思議ね。」
「光栄です。私もお手伝い出来ることは嬉しいですよ」
ふと。
海の青を思わせる澄んだセレスティの瞳がテーブルの上、薄紅色の薔薇へと向けられた。
少し前に薔薇の花を恋人にプレゼントした時の事を思い出す。
(この間贈り物をした時には泣かせてしまいましたけれど……)
その時は嬉しさのあまり涙を流すのだと少女は言った。
ぽろぽろと零す透明な雫はとても綺麗で。
真珠のようだと思った。
彼女の流す涙も、彼女自身も。
涙は艶やかな光沢を持つ純白の真珠。
くるくると表情を変え薔薇色に頬を染める少女は、まるで南海の海の底で奇跡的な確率で、人に見つけられるまでひっそりと貝の中で眠りにつくという純粋で清楚な淡いピンクの輝きを放つ極上のコンクパールのよう。
(今度逢う時には彼女にピンクのバラを捧げましょうか)
安らぎと、温かい心を分け与えてくれる彼女に花と共に。
淡く火炎模様を浮かべた真珠に細工を施せばきっと彼女に似合う筈。
愛しい少女は喜んでくれるだろうか。不思議と心が暖まるあの笑顔をまた向けてくれるだろうか。
それとも……。
先を読む事を得意とするセレスティにも流石に少女の反応だけは想像もつかなくて、色々と思い描きながらくすり、と笑った。
「かのリンスター財閥の総帥にそんな表情をさせるなんて……相手の方は幸せね」
「太陽……いえ、雷の神でしたね。彼のお話をする時、貴女もいつにも増して魅力的ですよ」
雷の神。ルーン文字や北欧神話にも名が出て来る民に親しまれた雷の神。その名をトールという。
北欧神話の神と同じ響きの名をウィンの恋人が持つ事を知っての上での言葉遊びだ。
くすり。
どちらともなく二人は互いに笑いあう。
「そう言えばお祝もまだでしたね。乾杯といきませんか?シャンパンを用意させましょう」
「有難う。でも折角のティータイムですもの。こちらの紅茶で、というのは如何?」
悪戯っぽく笑いながらウィンが提案するとセレスティも笑って頷き、向かい合った姿勢でシャンパングラスの代わりにそれぞれのティーカップを目線まで持ち上げた。
「では。EOLHの発展と、守護聖霊(patorones)に」
「リンスターの増々の発展と、守護聖徒(patoron)に」

『乾杯』

さわさわと木立を揺らす風がまた気紛れを起こしたのか、それとも二人の麗人を祝したのか。
淡い薄紅色の薔薇の花弁が一枚ひらりと飛んでティーカップの中、飴色の紅茶を飾った。