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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


ホワイトデーの贈り物
●オープニング
「さんしたくーん」
 月刊アトラス編集長の碇麗香が、にこにこと三下忠雄に近付く。しかし、決して目は笑っていない。三下は、本能的に危機を感じながらも、健気に答えた。
「は、はい。何でしょうか」
「ライターが一人、行方不明なのよ」
 省略された言葉を補えば「ライターが締切までに原稿を提出せずに、連絡を断ってしまった」ということになる。本当に事件に巻き込まれている可能性は、100分の1あるかないかだろう。
「ホワイトデー向けの特集記事。カラー見開き2ページ。明日までに上げれば何とか間に合うわ」
「まさか、僕が?」
「他に誰が?」
「でも……」
「代わりの企画は考えておいてあげたわ。『アトラス厳選、女の子が喜ぶミステリアスグッズ』。商品写真で半分埋めれば記事は1ページ分。お金の問題が出たらこっちに回して。とにかく時間がないのよ。いいわね?」

 数時間後。路上で途方に暮れている三下の姿があった。
「女の子が喜ぶ品物って……。そんな物、僕に分かるはずないじゃないですか……」

●最強女子高生、現る
「よーっ。三下。相変わらずシケたツラしてんなー」
 そんな三下に向かって歩いてくる少女がいる。葛妃曜。こんな言葉遣いだが、現役女子高生。三下の顔が喜びに輝く。
(ああ、神様ありがとう。葛妃さんならきっと、「女の子が喜ぶ物」くらい分かりますよね)
「……んー? 何だ。急に嬉しそうな顔して。気味悪ぃな」
「あ、あの。ちょっと手伝って欲しいことがあるんですけど……」
「バイト?」
 三下、咄嗟に頭の中で計算する。ドジだのボケだの言われても、そこはプロの編集者。白王社の正社員であることは紛れもない事実。
「はい。取材協力費として、5千円」
「安いな」
「ちょっとお話を聞かせてもらうだけなんで……。まあ、でも、1万円までなら……」
「じゃあ、1万円」
 とは言え、やはり押しが弱いあたり、三下は三下だった。
「んで? 何を聞きたいのさ。アトラスだから、あんま変な話じゃないと思うけど」
 アトラスが専門に扱う「怪奇現象」を「変な話じゃない」と言い切る曜も、やっぱり曜だった。
「実は、次号の特集で……」
 事情を聞き、曜はふんふんと頷く。
「そういや俺も、チョコやらアクセやら手編マフラーやら、どっちゃり貰ったもんな」
「……は?」
 三下の疑問は、当然のようにスルー。
「喜ばれるモノでお返し……か。そういうのよく分かんねーけど」
 最後の方はブツブツと独り言のようになりながら、曜は頭を掻いた。
(あの、葛妃さん、女性ですよね? ええと、ホワイトデーに、女性にお返しとしてプレゼントするってことは、バレンタインデーには、女性がプレゼントするわけで……)
 女子校の「しきたり」を知らない三下は、わざわざ難しく考え始め、勝手に混乱。
「あ、そうだ。花なんてどうだ? ……おい、こら、聞いてんのか?」
「え? あ? はい? 花ですか? 確かに、女性は花が好きだとは思いますけど、普通の花じゃたぶん……」
 編集長の白い目を想像し、震え上がる三下だが、曜は自分の思い付きに満足しているようだ。
「ただの花じゃないぞ。俺のじーさまの薔薇園。今頃だと白薔薇が満開でさ」
 ここで、三下も目を見開く。
「冬に薔薇が咲くんですか?」
「しかも、夜しか咲かないんだよな。……後、何かの魔力が篭ってたような」
「魔力っ!? 何の魔力ですかっ?」
 通行人が怪訝そうに見るが、三下も曜も、それどころじゃない。
「うわー。何だっけかな。昔さんざ悪戯して、出入り禁止なんだよ、俺」
「そこを何とか、取材させて貰えないですか?」
「よし。とりあえずタクシー拾おうぜ。さすがに歩いて行くのは大変だもんな。……って、タクシー代くらい出るんだろうな?」
「はいっ。任せて下さい」

 こうして着いたのは、閑静な住宅地……の外れにある屋敷前。
「……あれ? 玄関は……」
「言っただろ。俺、出入り禁止だって」
「え? ちょっとそれは不法侵入……」
「ほら、こっちこっち」
「いや、ちょっと待って下さい」
「大丈夫だって。一応、俺、身内だぜ? 出入り禁止だけどな」
「だからですね」
「この先、薔薇園までがまた長いんだ。早くしないと、日が暮れちまう。やっぱ、咲くとこ見たいだろ?」
「それはそうですけど」
「あ、番人ゴーレムには気を付けな。俺は平気だけど」
 「俺は」を強調され、三下は早くも半泣き状態。
「僕、まだ、死にたくないです〜〜〜」
「死ぬほどのこたぁないって。後、その辺に罠が……」
 言い終わらないうちに、その場で硬直。ネズミ取りのように何かが仕掛けてあったようだ。
「早速掛かったか。ほんと、面白いヤツだよな。三下って」
 ほれほれと頬を軽く叩くと、三下の動きが蘇る。だが、しかし。その間にゴーレムの足音が。
「走れ! 走れば逃げ切れるぞ!」
「は……はいっ。……って……。うわあああっ!」
 バネで弾かれたように、三下の体は地上10メートルほどの所へ。
「すげぇ……。じーさま、知らない間にまた強化しやがったな……」

 ボロボロの三下がようやく薔薇園に着いた頃には、夕日すらほとんど見えなくなっていた。無論、曜は涼しい顔だ。
「間に合ったな。見てな。ここからが凄いんだ」
 冬にもかかわらず、薔薇の樹は美しい緑の葉を付けている。ただ、残念ながら、三下はその「不思議さ」には気付かなかった。
「はあ……。特に変わった薔薇には見えませんけど……」
「そろそろ来るぞ」
 昼が夕になり、夜になった瞬間。ポンと微かな音が聞こえ、甘い香りが漂ってきた。
「……え?」
 空は碧から黒へ。次第に星の白が鮮やかになると、呼応するかのように、あちこちから白い薔薇が浮き上がる。
「こ……これは……」
「心尽くしのお返しなら、これくらいの苦労は当然かな。でも、苦労しただけのことはあるだろ?」
 幻想的などという陳腐な言葉では語れない美しさ。ロマンチックな物にとんと縁がない三下ですら、あまりの感動に、涙が溢れるのを止めることはできなかった。
「ちゃんと写真も撮っておけよ。……?」
 返事がないことを不思議に思い、振り返った曜が見た物は……。
「おい、三下、生きてるか?」
 カメラを取り出そうとしたのだろうか。バッグを半開きにした状態で、ぐったりと倒れている三下の姿だった。
「……あ、思い出した。この薔薇の魔力……」
 薔薇園を照らすのは、冬の星座と、煌々と輝く月。
「月光下で香り嗅ぐと……すげー良い夢を見……三日三晩……」

 そして、10時間後。
「ごらあああああっ! 曜! あれほど言ったのにまだ分からんのかっ!」
「……げっ! じーさま……」
 慌てて三下を叩き起こす。
「逃げるぞ!」
「……え? ええと……」
 タイミング良く、三下のスーツの胸ポケットから、陽気なメロディーが流れ出す。
「うわっ。センス悪ぃ着メロ」
「曜! 今日という今日は……」
「へ……編集長……。はい……はい……今すぐ……」
「電話なんかしてる場合じゃねぇ!」
「そこの男! 人の敷地に勝手に入るとは何事じゃっ!」
「そんな……。クビだけは……」
「何っ。首を叩き切られたいのかっ!」
 超人的な速度で走り去った曜。最後に振り返った時に見た物は、土下座しながら電話をしている三下と、彼に八つ当たりしている祖父の姿だったとか。

【完】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0888 / 葛妃・曜 / 女 / 16 / 高校生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。担当ライターの小早川です。「三下君と遊ぼう」をテーマにしたアトラス編集部の依頼はいかがでしたでしょうか。今回は完全個別ですが、パラレルワールドではなく、オムニバス形式になるように配慮しています。どういう順序で発生したかは、読んだ方の判断にお任せします。

 葛妃曜様。お会いするのは2回目ですね。ご参加ありがとうございます。勢いのあるプレイングで、書いていてとても楽しかったです。おじいさんの設定(口調、性格など)が分からなかったので、想像で書かせていただいたのですが、イメージと違っていたら申し訳ありません。プレイングを読んでいて、何となく、こんなおじいさんを思い浮かべてしまいました。

 それでは、またお会いできますように。