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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


サンタが街に出る2

●セント バレンタイン
 2月。日差しは暖かいが、風は少し冷たい。
 そんな街の中、公園脇の道を歩く二人連れ‥‥だが、この季節にありがちな男女カップルではない。
 それは、柚葉と天王寺・綾の二人だった。
「チョコレートかぁ‥‥良いなぁ」
 セーターに加えて、鍋つかみみたいな手袋、てっぺんにボンボンのついた帽子、はじっこがふさふさのマフラーと、全身を毛糸でもこもこに膨らませた柚葉が呟く。そのお尻で、尻尾が盛大にピコピコ動いていた。
 それが彼女の子供じみた不満を代弁しているようで、0が七つくらいつく値段の毛皮のコートを着こなした天王寺が、思わず口元を笑みに綻ばせながら言葉を返す。
「女の子が、好きな子にやるもんやから‥‥女の子の柚葉は渡す方やろ?」
「でもさ、チョコだよチョコ。山盛り一杯、食べたいと思わない? だいたい、男しかもらえないのは、不公平だよ」
 腕を振り回しながら、世の不公平を主張する柚葉。
 天王寺はそんな柚葉を見‥‥そして、何か思いついた様子でニッコリと微笑んだ。
「そやな。本当のバレンタインは、男女関係無しに贈り物を贈り合うもんやしな」
 言ってから天王寺は、柚葉に公園の入口を指さした。
「なあ、柚葉。ちょっと、ここで待っといてくれへん? 買い物があったの思いだしてん」
「えーっ? これから、えーが見に行くんじゃないの? 始まっちゃうよぉ」
 突然の申し出に驚く柚葉。そんな柚葉の前、天王寺は腕時計に目をやりながら言った。
「ん‥‥一回、遅らせれば大丈夫やろ。あ、そんかわり、帰りに晩御飯食べて帰ろか?」
「晩御飯!? いっぱい、食べて良い?」
 晩御飯と聞いて瞳を輝かせる柚葉。天王寺は、トドメとばかりに財布を開いた。
「もちろんやて。それから、待っとるあいだ暇やろ? 公園の売店でジュースとホットドッグ買うて食べてええから」
 公園はかなり広く、中は木々が植えられ、大きな池もある。ついでに売店も。柚葉でも少しの間なら暇はしないだろう。
「わかった! 待ってる!」
 柚葉は嬉しそうに、天王寺の差し出した千円札を手に取った。

●サンタ再び
 小さいペットボトルに入った暖かいミルクティーと、ケチャップのかかったホットドッグを食べ終えて、公園の池のほとりに置かれたベンチに腰掛けていた柚葉は、そのままコロリと横になった。
「お腹いっぱい〜。綾ちゃんまだかなぁ〜。少し、眠い〜」
 口の周りにケチャップを少しつけたまま、ベンチの上で幸せそうにコロコロと転がる柚葉。彼女は、その目を閉じ‥‥ややあって、小さな寝息を立て始めた。

 それは‥‥池の上に浮かんでいた。
 ホッケーマスク。誰も、それに気をとめない。
 しかし、それは不意に水の中に沈んだ。まるで、誰かが水底に引き込んだかのように。
 そして、それは池の中から身を起こす。
 血に濡れたように赤いコートと帽子に身を包み、チェーンソーや植木鋏などの剣呑な道具の詰まった白い大きな袋を担いだ、ホッケーマスクに顔を隠した筋骨隆々の大男。
 サンタは手に大斧を下げて、ゆっくりと岸を目指して歩き出す。ホッケーマスクは、ただ無表情に前を見据えていた。

「‥‥嘘だぁ!」
 柚葉はベンチの上で目を覚ます。
 嘘だ‥‥サンタが、クリスマス以外に出るはずはない。そんなはずはない‥‥でも、ベンチの後ろ。池からは確かに何かが歩く濡れた音がしていた。
 音は‥‥柚葉の方へゆっくりと近づいてくる。
「嘘だよぅ。きっと、また夢なんだからぁ‥‥」
 震えながら柚葉が呟く言葉。しかし、どうやっても夢は醒める事がなかった。

「こんにちは」
「きゃあっ!」
 かけられた声に、柚葉は尻尾をピンと立てて飛び上がった。そして、ベンチの下に潜り込んで、頭を抱えて震えだす。
「ど‥‥どうしたの?」
 戸惑いがちにかけられる声。
 柚葉はゆっくりと顔を上げ‥‥そこに、大きな紙袋を抱えたシュライン・エマの、少し驚いたような顔を見た。
「あ‥‥違った?」
「違った? 何が?」
 首を傾げるシュライン。
 そうだ‥‥そうに決まっている。あの、サンタは夢なんだ。だから、怖がる事なんて何もないんだ‥‥
「あはは、何でも‥‥」
 何でもない。
 そう言おうとした柚葉の表情が凍り付く。
 気付かないシュラインの背後、水に濡れた赤いコートを引きずる、ホッケーマスクの男の姿を見て‥‥
「逃げてーっ!」
 柚葉の絶叫。しかし一瞬遅く、サンタの腕が払い飛ばすようにシュラインの体を打ち据えた。
「! うぐっ!?」
 腕の一撃に地を転がったシュラインが、呻き声一つを上げて動かなくなる。
 その手から落ちた紙袋から、恐らくは差入れや友人等と食べる為に購入したと思われる期間限定物のチョコレートがこぼれ出た。
「あ‥‥ああ‥‥‥‥」
 目の前に立つ悪夢の塊‥‥柚葉は震えながらそれを見上げていた。
 サンタは、柚葉を一瞥し‥‥次の生贄と定めたのか、柚葉に向け足を進める。何の反応を見せるでもなく、その場に立ちつくす柚葉。
 だがその時、柚葉の腕を引く者が居た。
「大丈夫!? ここは、あたしに任せて!」
 学校帰りなのか制服姿の銀野らせんが、柚葉を後ろに下げると同時に自身が前に出てサンタと対峙する。
「ドリルガール、フォームアップ!」
 そして、その掛け声と共に、銀野の姿はドリルガールのそれへと変容を遂げた。
 サンタは無言でそれを見守りつつ、背負った袋を下ろしてその中に腕を突っ込む。
 ずるり‥‥と、袋から引き抜かれる大斧。今まで血脂をたっぷり吸ってきた筈のその刃は、鈍い光沢を見せる。
「行くわよ!」
 恐れず、ドリルガールはサンタに対して、手のドリルで突きかかった。
 サンタの内懐に駆け込むドリルガールの手の中で高速回転するドリル。サンタは、避けるでもなく、その攻撃を真正面から受け止める。
 ドリルはサンタの胸に当たり‥‥ドリルガールは勝利を確信する笑みを浮かべ、次の瞬間にはその笑みを消してその場から飛び退いた。
 直後に、ドリルガールのいた場所を大斧が一閃する。
「精神攻撃が効かない?  生きていない存在なの?」
 今のは精神を突き崩す攻撃。しかし、サンタは欠片ほども動じた気配はない。
 人間に限らず、動物や妖魔の類、アンデッドにも精神は存在している。それが存在しないのは、ゾンビやゴーレム、機械など‥‥だが、サンタはそのどれでもない。
 ならばと、ドリルガールは攻撃能力を切り替え、物理攻撃力を伴うものへと変える。そして、ドリルガールは、サンタめがけてもう一度攻撃に移った。
 サンタは、やはり何もしないでその攻撃を受け止める。凄まじい勢いで突き出されたドリルが、サンタの胸を突き上げた。
 その衝撃に僅かに体を揺らがせるサンタ。
 ドリルガールの表情は驚きに青ざめる。
「刺さらない‥‥」
 ドリルは、刺さってはいた。しかし、本来なら貫いて不思議無い一撃だったにも関わらず、その先端が僅かに刺さり込んだだけ。
 むろん、それでも常人ならば致命傷だろう。
 しかし、赤黒い腐った泥のような血を滲ませながらも、サンタは何の痛痒も感じていないかのようにその場に立っていた。
 すぐにドリルガールは距離を取ろうと後ろに跳躍する。しかし、サンタの胸に刺さったドリルが抜けず、ドリルガールの体は引き戻されたかのようにその場に止まった。
 次の瞬間、再び大斧が振られる。ドリルガールのドリルを持つ右腕が肩の下辺りから断ち切られ、一瞬遅れて切り口から血がほとばしり出た。
「いっ‥‥あああああああっ!」
 絶叫が上がる。
 血飛沫の溢れる傷を残る手で押さえ、ドリルガールは地面の上を転がった。
 その傍らに、サンタはゆっくりと歩み寄る。その胸に、ドリルを突き立てたまま。ドリルには、まだドリルガールの右腕がぶら下がっていた。
 サンタはまた大斧を振った。
 かすめるように振られた大斧が、ドリルガールのバイザーを割り、銀野の顔を露出させる。
 同時に、少し斬られたか銀野の額に赤い血の筋が浮かんだ。もっとも、失われた右腕の苦痛に絶叫を上げ続ける銀野は、そんな事を気にする余裕はなかった。
 サンタは弄ぶように大斧を振る。その都度、服が裂け、隠されていた肌とそこに新たに刻まれた傷口を晒す。
 銀野が血を流しきり、蒼白な顔で息を荒げながらぐったりと動かなくなったその時には、銀野の体を包んでいたドリルガールのコスチュームは粗方切り裂かれてその役目を果たさなくなっており、露わになった肌は刻まれた無数の傷から滲み出る血でじっとりと赤く濡れていた。
 赤に染まった体にコスチュームの切れ端だけを纏った姿で、荒い息をつく銀野。その前でサンタは、自分の胸に刺さっていたドリルを抜き取った。傷口からは血が流れることもなく、赤のコートに開いた穴からは、ただ闇のように暗いその内が覗ける。
 サンタは、銀野の右腕をぶら下げたままのドリルをその手に持ち、ゆっくりと高く掲げる。
 大量出血で動く事の出来ない銀野の目に、恐怖の色が宿った。彼女の震える唇が微かに動く。
「やめ‥‥て‥‥ころ‥‥さない‥‥で‥‥」
 サンタはその声を聞き終えるやすぐにドリルを振り下ろした。ドリルはそのまま銀野の胸を貫き、地に深々と釘付けにする。
 銀野は悲鳴は上げなかった。ただ、口から血の塊を吐き出し、そして体中の力が抜けて動かなくなる。
「お姉ちゃん‥‥」
 柚葉が、震える声で呟く。
 やっぱり‥‥
 思いが確信になる。
 サンタは誰にも殺せない。
「何なの‥‥これ?」
 声は柚葉の後ろから聞こえた。
 綾和泉・汐耶は血の広がるその場に立ち、呆然とした様子で柚葉に問う。書店巡りの帰り道‥‥こんな血みどろの現場に足を踏み入れる事になるとは思っても居なかった。
「‥‥みんな、殺されちゃう」
 柚葉は、恐怖に竦みながら、綾和泉に答える。
 綾和泉は、銀野の死体の傍らに立つサンタを見‥‥手に持ったチョコレートの小さな包みを置いて構えを取った。
 サンタは、銀野の死体から顔を上げ、綾和泉を見る。その手からドリルを放し、大斧を落とすと、袋に手を突っ込んで新しい武器を取り出した。
 それは、4本の細長い鉄杭。右手に一本、残りを左手に束ねて持って、サンタは綾和泉に向かって歩き出した。
「君は逃げて!」
 柚葉に短く指示し、綾和泉はサンタに向かって駆け出す。
 しかし、恐怖に竦む柚葉の足は動かない。でも、何とか柚葉は叫んだ。
「ダメ! 逃げて! 逃げてぇ!」
 その柚葉の叫びを聞かず、綾和泉はサンタに攻撃を仕掛ける。裂帛の気合いと共に繰り出した正拳は完璧にサンタの胸の傷の上に入った。
 しかし、サンタは全く動じない。
 二撃、三撃と繰り出す攻撃の全てが、サンタの体に直撃するが、それに一向に堪えた様子がない。
 当たらない敵というのは珍しく無いが、全部喰らって平気な敵というのは珍しかった。
「いったい‥‥」
 綾和泉に焦りが現れる。
 サンタはただ、ゆっくりと歩みを進めて綾和泉に迫っていた。その手に鉄杭を握りしめながら。
「なんなの‥‥」
 攻撃が通用しない。動きが鈍いから当たりはする。でも、ダメージは受けない。
 攻めあぐね、綾和泉はサンタから距離を取りながら、サンタが進む速度に合わせて後ろへと進む。
 と‥‥後ろに進めた足が、突然に滑った。
 見れば、そこには銀野の流した血が溜まっている。それに足を取られたのだと綾和泉が認識した時には、既に綾和泉はそこに倒れていた。
 綾和泉は、急いで姿勢を立て直そうとする。
 しかしその時をサンタは見逃さなかった。
 無造作に蹴り出した足が、立ち上がろうとした綾和泉を蹴り飛ばす。
 胸に重い一撃を受けた綾和泉は、血に濡れた地面を滑ってから止まり、そして息苦しさに咳き込む。
 サンタは、そんな綾和泉に歩み寄った。そして、綾和泉の右肩の上に足を下ろす。
「ひっぎ‥‥!?」
 重く鈍い、肩の骨が砕ける音。悲鳴。
 そして、地面に押しつけられた右腕に、サンタは勢い良く鉄杭を振り下ろした。
 血飛沫。前腕部に打ち込まれた鉄杭が、腕を貫通して地面に突き刺さり、綾和泉の右腕をそこに縫い止める。
「き‥‥いいいい‥‥ああ‥‥」
 苦痛に呻く綾和泉。
 そして、無意識にだろう、左の手を鉄杭にやって抜こうとする。しかし、それよりも早く、サンタが鉄杭の頭に足を下ろした。
 鉄杭はより深く地面に刺さり込む。
「いっ!? くぅ‥‥‥‥」
 新たに襲い来た痛みに、綾和泉の体が跳ねる。
 そして‥‥次は左腕の番だった。
 サンタは左肩に足を下ろす。再び、肩の骨が折れる音が響き‥‥間をおかず、新たな杭が左腕を地面に縫いつける。
 両腕を広げた形で地面に張り付けられた綾和泉。苦痛に叫び続ける彼女の右足をサンタは持ち、そこに杭を刺した。
 再び大きくなる絶叫。
 サンタは、綾和泉の右足を貫いた杭を手に持ち、それを地面に真っ直ぐ振り下ろす。
 杭は右足を開いた状態で地面に縫い止めた。サンタは更にそこに足を下ろし、しっかりと杭を打ち込む。
 最後は左足‥‥綾和泉の左足は、右足と同じ行程を経て、地面に止められる。
 両手両足を開いて大の字になった形で、綾和泉は地面に縫い止められた。苦痛の声は上げ続けているが、新たな痛みが与えられなくなったからか、その声は次第に落ち着き始める。
 杭が傷口を塞いでいるから、出血はそう多くもない。また、肩の傷にしても死ぬ程の怪我ではない。苦痛という意味では、恐ろしいほどのものではあるが、これでは‥‥死ねない。
「ひっ‥‥く‥‥逃げて‥‥‥‥」
 苦痛に荒くなる息の中、綾和泉は柚葉に目をやって言った。
 柚葉は‥‥逃げられない。恐怖にただただ立ちつくしている。
「逃げ‥‥て‥‥‥‥」
 柚葉を見る綾和泉の目が、ふと、柚葉からそう離れていない場所に置かれたチョコレートの包みに向けられた。誰に渡される事もないまま、そこに置かれたチョコレートに‥‥
 綾和泉が何を思ったのか、それは知らない。
 サンタは、新しい武器を袋の中からとりだしていた。それは刃渡りが1mはある巨大な鋏。先端が鋭く尖った細身の刃は、まるで二本の刀を組みあわせて鋏にしたかのように見える。
 サンタはそれを手に綾和泉の元へ戻ると、鋏を開いてその一方の刃を綾和泉の股の下に当てる。
「や‥‥止めて!」
 サンタが何をする気かわかった綾和泉の、恐怖に彩られた静止の声。しかしサンタは、全く気にすることなく刃を押し進めていた。
 鋏は綾和泉の体を縦に貫くようにその刃を埋めていく。体内に刺さり込んでいく刃のもたらす苦痛に悲鳴を上げ、激痛に身を痙攣させ、その事が新たな激痛をもたらす。暴れたために杭を打たれた手足の傷も広がり、血を止めどなく溢れさせていた。
 やがて、鋏の刃は綾和泉の体内に完全に埋まり込む。それでも‥‥
「ぎ‥‥が‥‥‥‥い‥‥」
 最早、人の言葉の形を止めない途切れ途切れの悲鳴。綾和泉は死ぬ事が許されず、まだ生命をつないでいた。
 サンタは、鋏の握りを両手で握り、ゆっくりと刃を閉じる。綾和泉の腹は、下から切り開かれ始めた。
「!?」
 今までにない苦痛に、綾和泉は断末魔の叫びを上げる。
 鋏に切り裂かれゆくごとに、鮮血と内臓が溢れ出していった。最後に、喉のすぐ下で鋏は完全に閉じられる。
 腹の中に収まっていた物全てをさらけ出し、綾和泉は絶命していた。
 サンタは鋏を振って血脂を払うと、それを袋に戻す。かわりにサンタは、袋の中から湯気立ち上る大きなヤカンと漏斗をとりだした。
 そして、震えて立ちつくすしかない柚葉に、サンタはゆっくりと目をやる。
「やだ‥‥‥‥」
「う‥‥‥‥」
 柚葉が呟く。だがその時、倒れていたシュラインが、僅かな呻き声を上げて体を動かした。
 恐らく、苦痛からのもので、意識しての事ではない。しかし、シュラインが生きている事を知らせるには、それで十分だった。
 サンタは柚葉からシュラインへと視線を移し、倒れる彼女の元へと歩み寄った。そして、シュラインが息をしている事を確かめるように、じっとその姿を観察した後、おもむろにシュラインの口に手を伸ばした。
 その手に握られていた漏斗がシュラインの口の中にねじ込まれ、サンタの手でしっかりと固定される。
 僅かに藻掻くシュラインをそのまま押さえつけ、サンタは漏斗の上でヤカンを傾けた。
 ヤカンの中からは、甘い香りと湯気を放つ黒い液体‥‥チョコレートが流れ出る。
 それはそのまま、シュラインの口の中に流し込まれ、口の中を‥‥そして喉を焼いていく。
 熱くてとても飲めない。だが、呑み込まなければ窒息してしまう。
 口と喉の粘膜を焼かれる苦痛と、チョコレートに喉を塞がれた事による窒息の苦しさにシュラインの体が跳ね上がるように暴れる。しかし、サンタに押さえつけられたその頭だけは動くことはない。
 サンタは、窒息でシュラインが死なないよう、何度かに分けてチョコレートを流し込み終えた。
 空になったヤカンが投げ捨てられ、漏斗も外される。
 苦痛に体力を消耗し尽くし、ぐったりとして動かないシュラインは、口からチョコと血を吐き出した。
 サンタはそんなシュラインから離れて歩くと、手を伸ばして地面に落ちていたチョコの紙袋を拾い上げる。ついでに、綾和泉の落としたチョコも拾い、シュラインの元に戻るや、袋の中に手を突っ込んだ。
 中から取り出したのは、小さなナイフ。
 それをサンタは、身動きできないシュラインの胸に突き立てる。
 呆然と、自分の胸に突き立つナイフを見るシュライン。焼け爛れた喉では、悲鳴を上げることはかなわなかった。
 サンタはナイフを下へと走らせていく。そして腹まで完全に開くと、中にシュラインの買ってきたチョコレートを詰め込み始めた。
 シュラインが、誰かに贈るつもりで買ってきた物を‥‥皆と分かちあおうと買ってきた物を、全てシュラインの中にしまい込む。
 腹の中をチョコの箱に掻き回される苦痛にシュラインの体は断末魔の痙攣を繰り返す。やがて、綾和泉の物も含めて全てをシュラインの中に入れ終わったサンタは、興味を無くした様子でシュラインの元から離れた。
 シュラインの体は痙攣を続けていたが、最早助かるはずもない。放置されれば、苦痛が長引くだけだ。
 サンタはシュラインからその目標を柚葉に変え、真っ直ぐに柚葉の元を目指す。
 柚葉は‥‥震える足をなんとか動かし、サンタに背を向けて走り始めた。だがそれは、歩くよりも遅い‥‥当然のように、サンタは柚葉に数歩で追いつく。
 のばされた手が、柚葉に迫った‥‥
「止せ!」
 制止の声。そして、柚葉とサンタの間に誰かが割り込み、柚葉を抱き上げると大きく跳躍してサンタから離れる。
 田中・裕介は柚葉をそっと地面に下ろしてから、三人の女性の無惨な死体が転がるその場に目をやり、怒りを露わにサンタと対峙した。
「酷い事をしやがって‥‥」
 呟きながら田中は、何処からか大鎌を取出す。サンタは、何の反応もせずに田中を見据えていた。
「覚悟しろ!」
 直後、飛び出すような勢いで走り出した田中は、瞬時にサンタを間合いに捕らえる。
 間髪入れず田中は大鎌を一閃。その一撃は、サンタの体に突き刺さり‥‥止まった。
「な‥‥」
 両断される筈‥‥だが、サンタはそこに立ち続けている。
 驚愕に怯む田中の前、サンタは自分の体に刺さった大鎌の柄を手で握った。そして、ゆっくりと抜き出す。
 20cmほどは刺さっていただろうか。抜き出される大鎌の刃には、僅かに茶色く濁った血がこびりついていた。
「アンデッドか?」
 田中は喉の奥で唸った。
「違う‥‥サンタは、そんなんじゃない」
 惑いながら答える柚葉‥‥そして田中の見守る前、サンタは大鎌の柄を握り、引っ張る。
 人を超えた身体能力を誇る筈の田中の手から、容易く大鎌はもぎ取られていった。
「ち‥‥ダメだ!」
 田中は、柚葉の方に振り返ると柚葉を抱き上げ、走り出す。
 柚葉の視界の中、サンタの姿が見る間に遠くなっていった。
 そのまま田中は、サンタの姿が完全に視界から消えるまで走り続け、公園の入り口でようやく足を止める。
「これで‥‥助かったか? 後は‥‥草間興信所か何処かに助けを呼びに行こう」
 言いながら田中は、抱えていた柚葉を下ろす。
「でも、いったいどうしてあんな化け物に‥‥」
 柚葉を見下ろして聞く田中。しかし、そんな事は柚葉にだってわからない。
 ただ、柚葉に一つ言える事‥‥それは、自分たちが全然助かっちゃいないんだという、おぼろげな確信だけだった。
「そんな事より、早く逃げよう! きっと、また来るよ!」
「え? でも、あいつの足の遅さなら‥‥」
 田中の速度と、サンタの速度。それを考えるなら、あと何分かは追いつけやしないはず。
 だが‥‥田中の後ろで、甲高いエンジン音が鳴り響いた。
「何だ!?」
 振り返る田中。そこに立つのは、チェーンソーを高く掲げたサンタ。
 田中が動いた事でその姿が見えた柚葉は、恐怖のあまり声も出せずに身をこわばらせる。
 攻撃は避けられない。逃げる事も出来ない‥‥とっさにそう判断した田中は、振り向いたその勢いを気功で更に加速し、全身全霊を込めた拳を放った。
 サンタの身体に、田中の拳が突き刺さる‥‥だが、田中の一撃は、サンタの上体を僅かに後ろに反らせただけだった。
 赤いコートの上で止まった田中の腕‥‥そこに、サンタは素早くチェーンソーを振り下ろす。
 鮮血が散り、柚葉の顔を飛沫が彩る。そして、田中の苦痛の絶叫がその後に続いた。
 腕を失い、止まることなく鮮血を肩から流しながら、田中は残る左腕で傷口を押さえて後ずさる。
 そこに一歩踏み込んだサンタが田中の左腕を掴み、田中の身体を吊り上げるかのように上へと掲げた。
 おさえる物の無くなった右肩から、再び血がほとばしり出て、サンタの赤いコートを濡らしていく。
「に‥‥逃げるんだ‥‥」
 田中の声は柚葉に聞こえたか‥‥
 サンタはチェーンソーを横に一閃する。肘の少し上で斬られた左腕だけがサンタの手の中に残り、残る身体はそのまま地面に落ちて苦痛の叫びを上げた。
「ぎっ‥‥が‥‥‥‥!?」
「あ‥‥ああ‥‥‥‥」
 柚葉の声にならない悲鳴。
 柚葉の足下に、田中の両腕のあった場所から溢れ出す血が流れ来る。それを避ける事も出来ずに、柚葉は全てを見続けていた。
「逃げ‥‥ろ‥‥」
 苦痛に声を途切れさせながら、田中は倒れた身体を起こし、柚葉に向き合って訴える。
 その背後に、サンタは迫っていた。
 興味もなさげに田中の左腕を背後に投げ捨て、両手でチェーンソーを持ち、高く掲げる。エンジン音が更に高鳴った。
「ダメ! 止めてぇぇぇぇっ!!」
 柚葉の無為な叫びが響く中、田中の頭上にチェーンソーは振り下ろされる。
 チェーンソーは、田中の頭の半ばまで刺さり込んだ。そして、血煙を上げながら更に回転するチェーンソーが、田中をゆっくりと切り裂いていく。
 血が、間近で見守る柚葉に降りかかる。それは柚葉を染めていった。まるで、サンタのように赤く。
 顎を砕きながら頭部の切断を終えたチェーンソーが、田中の身体にめり込んでいた。そうして、胸を過ぎるや、自身の重さで田中の身体はゆっくりと二つに割れる。
 割れ目からあふれ出す臓物。チェーンソーの振動にあわせて身を震わせるそれは、チェーンソーが腹に達するや一気に大量にわき出す。人の中にこれほどの物があったのか感心するくらいに大量に、赤黒く血にまみれた物が。
 チェーンソーは腹から腰へと移った。腰骨を削り、そしてチェーンソーはアスファルトをひっかく。
 両断された田中の身体は綺麗に左右に分かれて、ぐちゃぐちゃのその断面とあふれた内蔵を晒した。
「い‥‥いや‥‥‥‥こんなの無いよ‥‥」
 呟く柚葉の前、サンタは数度チェーンソーを回転させて、刃にからみついた血と肉片を払った。それからサンタはチェーンソーを袋にしまい、代わりに大鉈を引きずり出す。
 ホッケーマスクの向こう、暗い目が柚葉へと向けられた。
「ひ‥‥」
 息を呑むような悲鳴を発し、再び逃げ始める柚葉。しかし、足が空回りするようで、ほとんど動けない。
 それでも何とか、柚葉は公園の池の畔にまで逃げた。池を囲む柵に身を預け、振り返り見たものは悠々と歩いて追ってくるサンタのその姿。
 恐怖に涙を落とす柚葉の背後、魚でも跳ねたかのような小さな水音がした。
 直後、柚葉の頭程もある石が池から飛び、サンタの胸に直撃する。思わず後ろにのけぞるサンタ。
 池を振り返り見た柚葉が見たのは、水の中から姿を現したレイベル・ラブ。その手には、何処から引き抜いてきたのか、街灯が持たれていた。
「生きているか?」
 柚葉か、あるいはサンタの生死を問うレイベル・ラブ。しかし、柚葉はそれに答えず、柵から身を乗り出すようにしてレイベル・ラブに叫んだ。
「逃げてよ! 殺されちゃう!」
「大丈夫だ。死んだ事は一度もない」
 レイベル・ラブは皮肉げに微笑みながら、ざぶざぶと池から歩み出て、柵を一またぎに越える。
 そして、レイベル・ラブは柚葉の前に立ち、柚葉の視界からサンタを遮った。
「怖いなら目を閉じ、服の裾でも掴んでいろ」
「‥‥うん」
 柚葉は言われるままに目を閉じ、レイベル・ラブの服の背の裾をつかまえる。
 レイベル・ラブはそれを確認すると、サンタの方へと目を戻した。
 サンタは、大鉈を手にぶら下げながら、何もなかったかのようにレイベル・ラブを目指して歩いてきている。その身体に残る傷を見たレイベル・ラブはサンタに向かって言った。
「突く刺す斬るは効かないみたいじゃないか。じゃあ、叩き潰されたらどうだろうね?」
 言うなり、轟音をたてて街灯が振られ、容赦なくサンタに叩きつけられる。頑丈な身体を持ってしても衝撃だけは殺せないのか、サンタの身体は殴られた衝撃に大きく揺れた。
 レイベル・ラブはそのまま街灯を振り回し、容赦なくサンタを殴り続ける。流石に、大鉈と街灯では間合いが大きく違う為、効果的な反撃など出来るはずもなく、サンタはただレイベル・ラブに殴られ続けていた。
 しかし、サンタは一向に傷ついた様子はない。常人ならば‥‥いや、常人でなかったとしても、無惨に潰れて死んでいてもおかしくない程の攻撃は受けている。それなのに、サンタは未だ立ち続けていた。
「不死身の化け物か‥‥不死の私が引導を渡してやる!」
 レイベル・ラブは街灯を高く掲げ、砕けよとばかりに頭めがけて振り下ろす。その一撃はサンタの頭をとらえ‥‥その衝撃に街灯はへし折れ、サンタは首を前に倒す。
 その時、サンタの顔に張り付いたホッケーマスクが僅かにずれた。そこに隠されていたものが垣間見え‥‥見てしまったレイベル・ラブの手から、街灯が落ちる。
「どうしたの?」
 街灯を取り落とす突然の音に、目を閉じたままの柚葉が戸惑いの声を上げた。
「‥‥わからない方が良い」
 返すレイベル・ラブの声は震える。他でもない‥‥恐怖に。
 レイベル・ラブの不可解な反応に、柚葉は恐る恐る目を開けた。
 明らかに恐怖を押し殺した表情で柚葉を見るレイベル・ラブ。その背後で、マスクの位置を直したサンタが、ゆっくりと身を起こし、歩み寄ってきていた。
 だが、レイベル・ラブは動かない。抵抗する素振りさえ見せず、サンタに背を向け続けている。
「え‥‥来る。来てるよぉ!」
「‥‥‥‥」
 レイベル・ラブは、柚葉の悲鳴のような警告も届いていないようで、ただゆっくりと口を開いて何かを言おうとした。
 と‥‥サンタが振り下ろした大鉈が、その体を断ち割る。赤黒い肉と臓物と鮮血を見せながら、右肩から斜めに両断されたレイベル・ラブの体が転がった。
「ひっ‥‥」
 柚葉の目の前に転がったレイベル・ラブの上半身が、虚ろな目で柚葉を見上げながら何事かを呟く。だが、その言葉は音にはならず、誰にも聞き取られることの無いままに消えた。
「な‥‥どうして?」
 柚葉は、血煙を上げるレイベル・ラブの亡骸の向こう、品定めするように柚葉を見ながら新しい道具を探して袋に手を突っ込むサンタに聞いた。
「どうして‥‥殺すの? ねぇ! あなた、何なの!?」
 柚葉の叫びにも似た再度の問いかけに、サンタの手が止まる。
 サンタは、袋からゆっくりと腕を引き抜きながら答えた。
「‥‥‥‥‥‥お前が‥‥」
 サンタが何を言っているのか‥‥その手に何を握っているのか、わからないうちに、柚葉の身体に暖かい物が触れる感触がして、辺りの風景は一瞬で闇に消えた。ただ、最後にサンタの感情のない濁った声が聞こえる。
「まだ‥‥逃げだが。次は‥‥ねぇ」

●目覚め
「ほれ、柚葉、起きんと風邪ひくで?」
 気付くと柚葉は、公園のベンチに横たわっていた。
 目の前には、柚葉の身体に手をかけて顔を覗き込んでいる天王寺。彼女は、小さな小綺麗な包みを大事そうに手に持っていた。
 柚葉が起きた事に気付いた天王寺は、柚葉の前でその包みを振る。
「柚葉、ほれチョコや。これ、一流のパティシエが作ったやつやから美味いで」
「‥‥‥‥チョコ」
 チョコレート‥‥恐怖に凍っていた柚葉の頭の中が、そんな日常的な言葉で急速に溶けていく。
 もう、安心して良い‥‥サンタは、いない。
「遅なって、ごめんな? って‥‥柚葉?」
「ひ‥‥ひぇ〜ん‥‥」
 天王寺に抱きつき、急に泣きだした柚葉を、天王寺は驚いた様子で受け止める。
「何や? 寂しがって泣く歳やないやろ? それとも、チョコがそんなに嬉しかったんか?」
 天王寺が聞いても、柚葉は天王寺の胸の中で泣くだけだった。
 と‥‥困り果てた天王寺に、声がかけられる。
「あら、どうしたの?」
 そこに立つ、大きな紙袋を抱えたシュライン・エマ。彼女に、天王寺は首を横に振りながら答えた。
「わからんねん。急に泣き出してもーて」
「‥‥ねえ、柚葉ちゃん、どうしたの?」
 シュラインも、柚葉の側にしゃがみ込んで聞いてみる。
 しかし、泣いている柚葉は返事もしない。シュラインも困ったような表情を浮かべ、それからふと思いついた様子で手に持っていた紙袋に手を入れた。
「そうそう、柚葉ちゃん。チョコレート、私からもあげるわ」
 お菓子で釣って泣き止ませようなんて子供相手じゃないんだから‥‥と思わないでもないが、それでも何もしないよりかはましかと、チョコレートの包みを一つ取って柚葉に差し出す。
「‥‥‥‥っ!?」
 チョコに気を取られた訳ではないが、シュラインの方に目をやった柚葉は、何か恐ろしい物でも見たかのようにチョコレートの包みで視線を止めた。
「どうしたの?」
 夢の中と同じ格好のシュラインが、首を傾げて聞く。彼女が差し出したチョコレートの包みは、柚葉が見た、シュラインの腹の中に詰め込まれていた物と全く同じだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 年齢 / 性別 / 職業】
1449/綾和泉・汐耶 /23歳/女性/都立図書館司書
0606/レイベル・ラブ/395歳/女性/ストリートドクター
1098/田中・裕介/18歳/男性/孤児院のお手伝い兼何でも屋
2066/銀野・らせん/16歳/女性/高校生(/ドリルガール)
0086/シュライン・エマ/26歳/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

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■         ライター通信          ■
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 あくまでも夢なので、現実のPCの生死には全く関係在りません。
 よって、死なないPCだって死にます。泳げる人が溺れている夢を見るようなものとお考え下さい。