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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


厄介な仕事と厄介な人間(レンside)

 アンティークショップ・レン
 尋常ならざる物を扱う店であると同時に、一癖も二癖もある事件がまるで何かに惹かれていくように集まる店。それが女店主、碧摩蓮が主を務める場所である。
 どこに存在するのか分からなく、故にやってくるのはそれなりの“能力”を持つ者である。
 幾つもの怪しげな商品の中、最も近くにある一つの木箱を見て、蓮はカウンターの奥に腰掛けながらも、光悦そうににやりと笑った。
 周囲に目を走らせて見えた人影に、今度はどこか嬉しそうにキセルの煙を吐いた。
「ちょいと店番を頼みたいんだけど、いいかい?」
 頼み、というよりも命令に近い声。それを断れる人間がいるのなら、お目にかかってみたいものだ。有無を言わさず、蓮は言葉を続ける。
「実はこのあと、これを取りに客が来るんだけど、あたしは少しばかり用事があるからさ、その間これを見張っていておいてってことだよ」
 手元の古ぼけた木箱をぽんと叩き、カウンター上に横たえる。
「この店の物だから、当然曰く付きの商品だよ。乗り移ったものが暴れるかもしれないけど、除霊はしないでくれよ。それが向こうとの契約だから」
 それだけ言い残すと、蓮はふいと姿を消した。
 後始末は任せた、ということなのかもしれない。それとも、単に愉しんでいるだけなのかもしれない。
 蓮の残した木箱は恐らく刀の類のようで、細長い箱だった。良く言えば歴史のある、悪く言えばボロイ箱。
 「はあ」と気のない返事を返したものの、斎悠也は蓮とはまた一種異なってはいるが、それでも幾分愉しそうな顔で懐から和紙の蝶を取り出した。
「結界? あたしも手伝おうか?」
 高校帰りと明らかに取れる格好で、久々成深赤は悠也の横からひょいと顔を覗かせる。
「結界ならあたしも得意だよ」
「いや、あなたにはその後をお願いしたい」
 深赤は悠也の言葉に首を一瞬捻るも、後方を見てぽんと手を打つ。
「要くんの暴走の歯止めね」
「……誰が暴走するって?」
 店の片隅で鬼柳要はぼやく。赤髪の少年もやはり高校帰りのようだが、彼の方はゲーセン帰りという方が的を射ているような感じである。手元のよく分からない形の置物を手でいじりながら深赤を横目で睨み、呆れたように視線を戻した。
 深赤は「あはは」と笑って、あからさまに誤魔化す方向に進む。

 かりかり

 それは蓮が姿を消して間もなくしてのことだった。
 霊は出ようとしているのか、しきりに箱を引っかいている。
 始めはゆっくりと。
 次第に激しく、早く。

 かりかりかりかり

 次第に大きくなる音に、悠也は和紙に息吹をかけて使役し、虹色の蝶を舞わせた。
 突如、箱は粉々に砕かれ怨霊が姿を現したのだが、その寸前に合わせた手を合図に張られていた狭い結界に店の壊滅は危うく免れる。媒介とされたのは、ほんの数秒前に創られた蝶。
「くっ」
 内部で吹き乱れる風に悠也は自身を壁に預け、深赤は要の後ろに立ち耐える。
 渦巻く風と共に襲い掛かるのは黒い影。そこに向かって、要は日本刀『焔鳳』を鞘から抜刀し、中心目指して横薙ぎに払おうとするが、刃はある一定以上進もうとはしなかった。
 きん、と金属音同士の弾ける音に、驚いたのはむしろ怨霊の方だったのだろう。そこで風はぴたりと止んだ。要は再び力を込める。

 斬

 手応えは、確かにあった。一度引いた刀を怨霊に向けて両断するが如く振るったのだが、魔なら退治されども、怨霊には力を軽く殺ぐ程度だったのだ。
「要くん、引いて」
 符を構えた深赤が、要の横から貫きざまに符を放つ。広がりかけた影が僅かに収束するのを見、少女の口から小さな安堵の溜息が漏れる。
 続けざまに放たれる縛の符を数枚受け、怨霊の動きはようやく収まる。
 気体がやがて実態を持ち、そして出てきたのは侍の形をした怨霊だった。
 痩せ細った小柄な男で、いつの時代かは定かでないが欠けた鎧を纏っている。殆ど申し訳程度ではあったが。
「……また人間か」
 虚ろな目で言う怨霊の口は、面白みのカケラも含んでいない。期待していた何かが呆気なく消え失せてしまったような、一言で言うとそんな感じの空気を持っていた。
「早く徐霊しろ。私は早く成仏したい」
 苛立たしげな怨霊の言葉に、悠也がNOと首を振った。アンティークものの高価な椅子に腰掛けて、優雅に微笑んで。
「それは無理です。仕事ですから。……その前に、未練がなくなれば成仏できるのでは?」
「無理だ。死んだ幼馴染への告白が未練だから、どうしようもない」
「その幼馴染をイタコしてもらえば良いじゃない?」
 深赤が手を上げて言うも、
「私が戦場に行っている間に親友と婚約を結び、結婚し、戦死したときには既に三人の子供をもうけていたとしてもか?」
 怨霊のあまりにも悲惨な過去に、額をぺちりと叩いて「あいた」という表情をした。
「親友たちとの恋路を死んでも尚邪魔は出来ませんし、あの世へ行くにも未練たらたら。徐霊してもらうしか安眠できないのですか」
「……なんか、可哀想だな」
 要が悠也を横目で見るが、諦めたように溜息をついた。
 怨霊も要と同じように溜息をついて、だが鞘から刀を抜いた。
「私を斬らねば、斬る」
 そして成仏する、とやや本末転倒気味な問答に、悠也はやはり愉しそうな笑みを返した。
「それより、銘はなんと言うのですか?」
 怨霊は元より、要と深赤の訝しげな視線が悠也に向けられる。
「俺は斎悠也と言います」
「あたしは久々成深赤」
 要も自己紹介に口を開きかけるが、それを直前で飲み込む。
「要くんは言わないの?」
「何で? 情がうつるだろう」
 怨霊は三人のやり取りを正面で眺めながら、プレッシャーに耐えかねたように、それこそ生身の人間のように疲れた表情で言った。
「……刀の銘は、黒劉。私が取り付いた刀を打った作者の名だ」
「それであなたの名前は?」
「忘れた。黒劉で良い。確か、そのような名だったから」
 呆れたように溜息をついたのも怨霊の方で、
「これでも、武士だ。『鬼斬』……そうとも呼ばれていた」
 ところで、と怨霊は符の張られた体で周囲を見渡す。
「成仏させてもらえないのか?」
 ぽつりと呟いた頼りない言葉に、三人は同時に頷く。
「……なら、致し方ない」
 そうして、怨霊は自分から再び刀の中に収まった。本当に、呆気なく。
 自分から強力な結界を破り、そしてまた収まる。刀にはすでに結界は張られていないのだから、それは少し奇妙なことなのだろう。
 少しというより、かなり。

「本当に、やってくれたわね」
 蓮が再び姿を現したのを見て、悠也は残念そうに刀の封印を厳重に施した。要は先程の置物をいじりながら、蓮の方に首だけ向けた。
「で、あの刀を買うのってどんな人?」
「酔狂師」
 喉の奥で愉しそうに笑い、彼女は箱を腕に抱いた。
「酔狂も酔狂。刀でなく“黒劉”の方に用があるって言っているんだから、その意は得ぬところ」
 というわけで、と蓮は手を激しく叩く。
「さあ、用がないんなら帰った帰った」
 蓮は三人の背を押し、扉の前へ、そして外へと追いやった。
「この後、これを引き取りに来る客のために、また少し結界を緩めとかなきゃならないからね」
 顔を覗かせ、蓮は扉の奥に消えた。
「もしかして、初めからあの人の計画通り?」
 深赤は腕を組んで言う。
「もしかしなくとも、結界の緩め具合の点検とか」
 要はポケットに手を突っ込んで言う。
「または、単なる時間潰し」
 悠也は口元に指を這わせて言う・

 次の引き取り手に無事に成仏させてもらえれば良いな、と。

 何故か偶然、同時に溜息混じりにそう呟いた。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1358/鬼柳要/男性/17歳/高校生】
【1370/久々成深赤/女性/16歳/高校生】
【0164/斎悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】

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■         ライター通信          ■
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初めまして又はお久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
今回は少し趣向を変えてみて、一つの話を二つの視点から追っかけてみよう、という風になっています。
一つはこのアンティークショップ・レンで『鬼斬・黒劉』が買われるまで。
もう一つは刀を購入してからで、舞台は異界になっています。
題名の「厄介な仕事」は成仏させろと懇願する怨霊であるのですが、「厄介な人間」は視点が二つあるために二つあります。
碧摩蓮と、異界の住人です。
異界側はいつ完成できるか定かではありませんが、完成時には是非“黒劉”の往く末を見てやってください。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝