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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 僕の旅 〜The shut way〜


 依頼人はごく普通の初老の夫婦だった。
 ただ、ふくよかで温厚そうな妻、笠原真由子(かさはら・まゆこ)は心配そうにおろおろと草間と夫の顔を見比べ、神経質そうに痩せた夫、笠原透(かさはら・とおる)は憤慨した顔で睨むように草間をじっと見つめてきている。
 草間はゆっくりと首を振ると、その二人が持ち込んだ依頼を復唱した。
「息子さんの名を騙る人間を捜してほしいと?」
「ええ、息子の大志(たいし)は二週間前に他界しました。旅行に出ようとした矢先に飲酒運転の暴走車にはねられて!!それだけでも私たち親にとっては大きな心の痛手だというのに…その日からこっち、毎日のように大志だと騙る者からの手紙が届くんですよ!こっちでは納骨も終わったというのに、ご丁寧に大志のするはずだった旅行の行程を辿って毎日毎日投函する場所まで変えて!!こんな悪質ないたずら、みたことない…!!」
 なるほど、夫の手は握りしめられ、ぶるぶると震えている。とても常識的で父親らしい行動。大学生だったという大志という息子とこの父親の、とても平凡で穏やかな親子関係が見えたような気がした。
 だが、問題は彼の妻の方で。
「いいえ、探偵さん!これはきっといたずらなんかではありません。きっと大志は…体はなくなってもまだずっと旅をしているんです…。余りに突然すぎて、自分が死んだのだと気づかなかったのかも知れません。明日は大志が旅行から帰ってくるはずだった日。きっと大志は帰って来ます。暖かく迎えてやりたいんです。怪奇探偵といわれる探偵さんならば、解ってくださるでしょう?夫の依頼を請けないで下さい。そして大志が迷わないように家まで導いてやって欲しい。それが私の依頼です…」
 さてはて、どうしたものだろうか。
 確かに草間は普通の人間には見ることも触ることも出来ない世界があるのは知っている。だが、この件にそれが係わってくるのかどうかは、判然としない。
 草間は吸っていた煙草を面倒くさそうに灰皿に擦り付け、背後に控えている個性豊かな調査員たちを振り返った。
「…お前たちはどう判断する?」

       †          †

「…失礼します」
 柚品・弧月(ゆしな・こげつ)はそう断ってから夫妻の持ってきた手紙に触れ、そっと目を閉じた。サイコメトリーの能力のある彼にかかれば、この手紙は誰が何処で書いたものか、すぐに解るはずだ。だが。
「…あの、彼は何を?」
「いやなに、ちょっとしたおまじないみたいなものです」
 草間は夫妻の質問をはぐらかした。
 真由子はともかく、透は怪奇探偵としての草間を訪ねた訳ではない。その彼にこの能力を理解しろと突きつけるのは余りにも乱暴というものだろう。草間は余計なことは言わない主義だ。
 目を開いた弧月の口から漏れたのは、重いため息だった。
「どうだ?」
「…何者かがサイコメトリーを妨害しているようですね。意識的にか無意識的にかは解りませんが、敵意というよりも『見られたくない』という思いで」
 何度も試みたのだろうか、心なしか疲れの見える顔で弧月。
 そうか…と低く唸る草間。
 草間と弧月の小声のやりとりに反応したのは、一人悠々と部屋の角に片されたソファの上にひっくり返っていた御子柴・楽(みこしば・かぐら)だった。
 のっそりと草間の後ろにやってきて、興味津々に口を挟む。
「つまり、どういうことなんだ?」
「…息子さんの霊なのか、それとも息子さんになりすましている者か、どちらにしても今はこの手紙の書き主を特定されたくないという気持ちを強く持っているんでしょう。得られる情報が欠け落ちているんです」
「…でも、全てが解らないわけじゃないんでしょう?」
 独特の含みを持った問いをかけたのは今まで草間の隣で黙っていた蓮巳・零樹(はすみ・れいじゅ)。その問いに弧月は顎に手を掛けて小さく頷いてみせる。
「そうですね。この手紙が書かれたと思しき場所は解りました」
「で、その場所は?」
「逢月荘(おうつきそう)立ち待ち月の間。詳しい場所までは解りませんが…」
 調べてみる価値は…。
 そう呟きかけた矢先、真由子が目を見開いて立ち上がった。
 彼女の目は血走り、明らかに驚嘆を表している。
「あの、逢月荘といわれましたか!?」
「え、ああ…はい…」
 あまりの剣幕に圧されて、弧月。
 真由子はヒッと喉を詰まらせると、次の瞬間ボロボロと涙を流しながら叫んだ。
「旅行前に大志が残した連絡先にあった名前です!!」

       †          †

 試しに、とかけてみた電話からは意外なほど爽やかな返事が返ってきた。
『笠原大志さまですね。はい、確かに一昨日からお泊まりですよ。今晩まで滞在予定です』
 電話の向こうの女将は毒気を抜かれてしまうほどにこやかな声でそう答えた。
「本当に大志さんは其方にお泊まりですか?間違いはないですね?」
 弧月が念を押すようにように訊ねるが、女将はちょっと困ったような間をもって。
『はい、今は外へ出ていらっしゃいますが…』
 誰かの喉がごくりと鳴った。
「おいおい、まさか…」
 死んだっていうのが嘘じゃないだろうな!
 言いかけて、楽は咄嗟に口を閉じた。遺族の前で言うべき言葉ではない。
「…そうですか、それならいいんです。ええ、はい…失礼しま…」
 弧月が早々に話を切り上げ、古めかしい黒電話の受話器を置こうとした瞬間、それは横から伸びてきた白い手に奪われる。零樹だ。
「ああ、すみません。もし空いていましたら今夜そちらに泊まりたいのですが」
『え、あ…はい。一部屋でよろしければ空いておりますが…』
「じゃあ、そこ。お願いできますか。名前は御子柴楽で」
 いきなり名前をだされた楽は面くらい、零樹を見つめて陸に上がった鯉のように口をぱくぱく。しかし、当の彼は何処吹く風。反対にそんな楽ににやり笑ってみせる。
『はい、ミコシバカグラさまですね。承りました。お待ち申し上げております…』
「よろしくお願いします〜」
 女将に負けず劣らずの声の笑顔でそう言い放ち受話器を置いた零樹に、やっと頭が追いついてきた楽はごうと噛みついた。
「ちょ、何勝手にヒトの名前出してんだよ!」
 喧々囂々、一人で呻る楽に、零樹が起こした行動は一つだけ。
 びしり、と指を突きつける。
「楽、キミ、僕に借金があったよね?」
 一閃、ぐさり。
 目に見えて怯んだ楽に追い打ちをかける零樹。
「相応の働きをすれば、今回の報酬でチャラにしてあげないこともないけど?」
 にこり綺麗に笑った零樹には隙が見当たらず、楽はぶるりと震えた。
 勝負あり。零樹の圧勝。
「…大人しく逢月荘の調査、行って来なね?今から行けば夕方には着くからさ」
 負けた楽の陰で、草間と弧月が静かに苦笑していた。

       †          †

 夕刻、草間興信所の黒電話は見事逢月荘進入を果たした楽からの電波をキャッチした。
「で、どう?逢月荘の様子は?」
『どうって、普通の旅館だよ。安い割にゃいいトコだなぁ。女将も結構美人だったし…』
「そう、それじゃあ僕が払った旅費は君の借金に上乗せしとくね」
 のんきに旅館批評をしてみせる楽に零樹がそう凄んでやると、あからさまに慌てた様子が電話越しに伝わってくる。ガタンと派手な音がしたのは階段を踏み外した音だろうか。
『わーっ、解ったよ!で、俺はどうすればいい?』
 ちょっと替わってもらっていいですか、弧月が零樹から受話器を借り受ける。
「あ、御子柴さん、柚品です。まずは周りから攻めていきましょう。『彼』が本当に息子さんなのか、それとも違う何かなのか、まずそこからです」
『え、立ち待ち月の間に進入するんじゃないのか?鍵の心配ならいらないぜ?俺、特殊体質だから』
「いえ、『彼』が何者か解らないうちは止めておきましょう。危険かも知れません。まずは夫妻にお借りした写真を宿の方に見て貰ったり、彼の様子を聞き出したり、やれることは色々ありますから」
『あー、悪い…。もう部屋の中に入っちまったんだよ、実は…』
「なっ、大丈夫ですか!?」
『何ともないぜ、部屋の中には誰もいねぇし。あ、でもあれは…』
「あ、馬鹿!あんまり不用意に干渉すると…!」
 咄嗟に零樹が受話器を奪い取ってそう叫んだ時はもう遅く。

 ごうっ!!

 受話器の向こうで楽の小さな叫び声と、何か強い風が通り抜けたような音が鳴り響く。
 零樹は眩暈を抑えるように手で顔を覆った。
「…逃がしたね?」
『うおーっ、凄いことにっ!?』
「…聞きたくないけど、何が起きたの?」
『部屋中落書きだらけだ!さっきまで何ともなかったのに!ペンでなんかよく分かんないけど、文章がずらずら書かれてる!!』
 思わずはあとため息。そして零樹は冷たく言い放つ。
「あのね、言いたくないけど、それ、キミのせいだからね。正直に宿の人に言ってクリーニング代をお支払いすること。それとその部屋の料金も徴収不能になったから、その分もキミが払うんだよ」
『なにーっ!?どういうことだよ、おい、零樹!ため息ついてんじゃねぇ!』
「キミが不用意に『彼』を刺激したから暴走したんだよ。キミは今、何に触ったんだい?」
『なんか古びたペンだったぜ。机の上に転がってたから拾おうとしたら、何かが弾けたみたいな衝撃が走った』
 楽の言葉に全員が息を呑んだ。
「…それだ」
『…それですか』

 笠原大志は物書きを志していたという。
 若くして散った彼の強い物書きへの未練がペンに乗り移ったとすれば?
 まだ書いていたい。まだ書いていたい。
 せめてこの旅の間だけでも。

「…確認とれました。夫妻に尋ねたところ、大志さんがいつも文章を書くときに使っていた万年筆が事故後見つからなくなったそうです」
 弧月が携帯を畳みながら呟く。
「…この場合、どう判断したらいいのかな。『彼』は息子さんの残した残り香みたいな存在。だけど、あの手紙にも部屋に書かれた文章にも意味なんて無い。書きたい気持ちが暴走して生まれた悪戯みたいなものだった」
 顎にそっと手を沿えて零樹。
「…ああ、難しいったらないよ」

       †          †

 翌日、東京駅。
 弧月はホームである新幹線が到着するのを待っていた。
 彼の側には人形を抱えた零樹、朝早くに東京に帰った楽、そして笠原夫妻。
 滑るようにホームに入った新幹線。滑らかに開く扉。どっと降りてくる乗客達。
 そして最後に彼らが待っていた『彼』が降りてきた。
「…大志!!」
「まさか、大志!大志なのか!?」
 笠原夫妻の叫びが交差し、二人が『彼』に駆け寄ろうとする。
 だが弧月はそれを片手で制すると、『彼』と向き合った。
「もう、満足しましたか?それとも、まだ足りない?」
 優しい問いかけの声。だが、『彼』は何も言わない。
 弧月はゆっくり首を振ると、その『彼』を迎え入れるように片手を差し伸べた。
 すると、『彼』の姿は薄れ、何もなかったかのように消えてしまう。

 その代わり、弧月の差し伸べた手には確かに、一本の万年筆が握られていた。


「…おかえりなさい」


<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2577/蓮巳・零樹/男/19/人形店オーナー】
【2584/御子柴・楽/男/20/大学生】
【1582/柚品・弧月/男/22/大学生】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、ひよひよライター尾崎ゆずりはです。
「僕の旅」いかがだったでしょうか。

本当ならばどちらの依頼をうけるかでソロパートも作りたかったのですが、
自分の構成力と書く速度ではそこまで至れず、でした。
全体的に言葉足らずになってしまった気もしてしょんぼり。
精進せねば、と再確認致しました。

こんな未熟なばかりのライターですが、少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。