コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


Happy?

 「誕生日?」
 嬉璃がいつもの焙じ茶の湯のみを片手に顔を上げ、源の方を見た。

 「はて、日本では数えで歳を数えるものぢゃて、正月元旦が祝いの日だと思ってたがのぅ…」
 「嬉璃殿、それはいつの時代の話じゃ。今は日本でも満で数えるのが普通じゃ。よって、わしの誕生日は三月三日と言う事になる」
 こくりと頷く源が、部屋の壁に掛けられたカレンダーを指差した。
 「…と言う事は、その日の夕餉はワカメスープかえ。出産後の母御が滋養の為に飲むワカメスープを飲んで、我が生の無事を祝うと言う…」
 「…いつからこのあやかし荘は、韓国仕様になったのかのぅ」
 溜息交じりの源に、珍しくにっこりと微笑んで嬉璃は立てた人差し指を振った。
 「では、やはり麺かの。細く長くとの寿命を祈って…」
 「今日の嬉璃殿はアジア風じゃの。それは中国の風習じゃ」
 やはり誕生日と言えばケーキじゃろて。歳の数だけロウソクを立てて…。そう言う源に、嬉璃は訝しげに首を傾げる。
 「その風習も不思議な話ぢゃて。大体、日本でケーキを食す事が一般化してから、そんなに経っておらぬと思うのぢゃが。まぁ、そんな事を言い出したらきりがない、クリスマスやバレンタインの風習にも異論を唱えねばならぬがな」
 「そんな事をしてみよ。全国のケーキ屋、菓子メーカー、甘味処から猛抗議が押し寄せてくるぞえ」
 甘味処は関係なかろ。ぼそりとツッコんだ嬉璃の言葉に源は、そうかのぅとしれっと惚けた。

 「と、言うかおんし。日本では誕生日は、その日を迎えた本人が家族や周りの者どもに祝ってもらうと言う感覚であるが、タイでは迎えた本人が、周りの人に馳走をしたり物を贈ったりするそうではないか」
 「そうらしいの。ブルガリアでは感謝の意として、誕生日を迎えたものがチョコレートを贈るらしいの。イギリスでは誕生日とは、母御に感謝する日であるそうじゃ。考えてみれば、わしが今ここでこうして元気で生きていられるのも全て、わしを丈夫に産んでくれた母のお陰じゃ。ここで面白可笑しく暮らしていられるのは嬉璃殿をはじめ周りの人々のお陰じゃしな。それを感謝すると言うのはいい風習かもしれぬ」
 何やら珍しく、しみじみと頷く源を、嬉璃は何ともいえない顔で見詰めている。そんな嬉璃の様子に気付いた源が、焙じ茶のお代わりを湯飲みに注ぎながら尋ねた。
 「如何したかの、嬉璃殿よ。何やら難しい顔をしておる。何か昼に変なものでも食したのかえ」
 「…わしをおんしと一緒にするでない。いや、…母御と言うのはどう言うものだったか、思い出そうとして思い出せなくての…考えてみれば、わしに母御がおったかどうかも疑問ぢゃ。何しろわしは、座敷わらしぢゃからの」
 かかか、と笑い飛ばす嬉璃の言葉は、決して強がりでも見栄張りでも無かったのだが、今更のように源は、嬉璃が妖怪であった事を思い出し、それが案外、嬉璃にとっては思う所があるのではないか、と感じた。

 妖怪の生い立ちがどのようなものであるかは、さすがの源にも分からない。嬉璃は恐らく昔からこの姿だったのだろうし、この先どれだけ時を重ねても、この姿は変わらぬであろう。それが座敷わらしと言うものであるし、嬉璃が成長をしなければならぬ理由は何一つないのだ。嬉璃に母親が居たのかどうかは知らないし、その事について嬉璃がどう考えているかも分からない。例えそれを本人に聞いた所で、嬉璃は何も答えぬか、笑い飛ばすだけであろう。何も答えない理由が、何とも思っていないからなのか、それとも内心を隠しているからなのかは不明だが。
 「そうぢゃ。おんし、ロシア風の誕生日祝いと言うのはどうぢゃ?」
 物思いに耽っていた源の意識を、嬉璃がそんな言葉で引き戻す。その意味が分からず、源は首を傾げて嬉璃の方を見た。
 「ロシア風?それはどんなのじゃて。…と言うか、嬉璃殿が率先して勧めると言う辺り、薄ら寒いものを感じるのじゃが…」
 「大概失礼なおなごぢゃの。わしがそのような意地の悪い事を言い出すと思っておるのかえ」
 嬉璃がそう言うと源は、間髪入れずにこっくり頷いた。
 「………。そこまで言うのであれば構わぬ。もうわしは何も言わぬ。折角わしが、おんしの誕生祝を楽しいものにしてやろうと無い知恵を絞って提案をしておったのに…」
 「な、何や、そこまで言われると、そのロシア風誕生祝と言うのが妙に気になるでないか」
 よよよと泣き崩れんばかりの嬉璃を前に、不意に源は不安に襲われた。確かに、今までの嬉璃の言動から察すれば、イイコトが提案された試しは余り無いのだが、今回ばかりは相棒の己の事を慮って、本当に楽しい事を提案しようと思っていてくれたのかもしれない。そんな気分になった源は、少々おろおろとしながら嬉璃を宥めに入った。
 「申し訳なかった、嬉璃殿。わしはまさか嬉璃殿に、そんな人並みの思いやりの心があった等とは思いもよらず…」
 「……おんし、それは全然ふぉろーになっておらぬぞよ」
 確かに。
 「細かい事をおなごが気にするでない。そんな風にいじけておらずに、教えてくれんかの。その、ロシア風の誕生祝と言うのを。わしも嬉璃殿のような妖怪並みに、多少は博識でいたいと思うておるのじゃから」
 それもまた源の本心、しかも悪気の無い本音であったのだろう。嬉璃は楽しげな苦笑いをしながらこくりと頷いた。
 「ロシアではな、誕生祝のパーティ会場で…」
 「ふむふむ」
 「参加者に、歳の数だけ己の耳を引っ張って貰うそうなのぢゃ。何かのぅ…ほれ、節分に己が歳の数だけ豆を喰らうのと同じ意味合いなのかのぅ」
 「………」
 それ、痛いではないか。そう呟く源に、嬉璃は他人事のように(実際そうなのだが)多分そうぢゃろうなぁ、等と返しながら焙じ茶を啜った。

 「いずれにせよ、今年の誕生日は、異国風で行こうかと思う」
 「と言うと、ペルーやメキシコ風に、ケーキに顔を突っ込むのかえ」
 「…嬉璃殿はどこからそう言う知識を仕入れてくるんじゃ……」
 源が感心半分呆れ半分でそう言うと、さて何処ぢゃったかのぅ、とさらりと惚けた。
 「そうではなく。今年は、誕生日を迎えるわしが、周囲の皆に感謝しようと思う。母には勿論じゃが、普段お世話になっておる者達にもな。そうじゃ、おでん屋台を一晩だけ無料開放するのも良いのぅ。…で、嬉璃殿」
 「うむ?」
 不意に名を呼ばれて嬉璃が顔を上げる。源が、口元で笑みを形作ったまま、炬燵の向かいで背筋を伸ばした。
 「嬉璃殿には一番お世話になっておるからの。これまでの礼に…どうじゃろう、わしが嬉璃殿に『誕生日』を贈ろうと思う。そうすれば、嬉璃殿もこれから毎年、その日を楽しみに出来るじゃろ?子供染みているが、これはこれでなかなか楽しいものじゃて」
 「……おんし」
 呆然と呟く嬉璃が、思い出したように、ぷいとそっぽを向く。
 「馬鹿な事を言うでない、わしは永遠の乙女ぢゃ、歳なぞとらん」
 「まぁそう言うでない。人の好意は素直に受けるものじゃろ?」
 なんなら歳の数だけ耳を引っ張っても良いぞ?そんな事を言って笑う源に、嬉璃がぷぅっと頬を膨らませる。
 「わしでさえ、己が歳の数もはっきりと分からんのに、引っ張らせる訳なかろ!」


 いつもどおりのじゃれあいが、一番楽しいのだとふと気付くひと時であった。