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<東京怪談ノベル(シングル)>


『a shopping district ― 幻の商店街 ―』
 皆さんは休日の過ごし方はどうしてます?
 私の休日の過ごし方といえば自室で本を読むか、ネットをするかですね。ああ、それと最近は……その、勇気を出して彼女をデートに誘ったりなんかしてます。あははは。やはりこういう事を話すのは照れますね。
 そう。私が少し不思議で、そして懐かしく思えるそこに迷い込んだのも、ヴァレンタインを少し過ぎた頃のある休日の日でした。

 ******
 2月29日。その日、セレスティは自室のベッドでごろごろしながら本を読んでいた。読んでいる本といえば、ティーンズ雑誌だ。開かれているページは彼氏にもらいたいホワイトデーのプレゼント特集。
「うーん、これは困りましたね。さて、お返しは何にしましょう?」
 大切な彼女から頂いたヴァレンタインチョコレート。3月14日も間近に迫ったこの日、休日だからという事で彼は彼にしては珍しくベッドに寝転んで、こっそりと秘書に買ってきてもらったティーンズ雑誌で乙女心という奴を研究しているのだが、しかしホワイトデーに彼女に何をお返しするべきか非情に迷っていた。
 ちなみに雑誌に載っている特集のランキングは、
 1位はブランド物のバッグ、衣類、アクセサリー
 2位は香水
 3位は花
 4位はお金(?)
 と、なっている。
 もちろん、セレスティが想う彼女ならば、何でも喜んでくれるという確信はあったが、しかしやはり彼女を本心から喜ばせたいと想うのは当然なわけで。
「あー、知恵熱が出そうです」
 ベッドの上を枕を抱きしめながらごろごろとしていたら、セレスティはベッドから落ちてしまった。そのまま数秒固まっていた彼だが、むくりと起き上がって寝乱れた髪を無造作に掻きあげると、
「よし。とにかく街に出て、それから考えましょう」
 そうと決まれば行動は早い。
 素早く髪をブラッシングして、服を着替え、軽く香水を吹きかける。もちろん、彼女が大好きだという香りの。
 そうして彼は、買い物に出かけた。

 ******
「いらっしゃいませー♪」
 にこりとした笑顔は100点満点。お辞儀の角度も教科書通り。思わずリンスター財閥が経営しているデパートの従業員にスカウトしたくなるような接客をする店員に、セレスティもにこりと微笑んだ。
「こんにちは。今日は服を見せに来ていただきましたんですが…」
 もちろん、まだ会話の途中だ。だけど何を勘違いしたのか店員はものすごく嬉しそうににこりと微笑むと(本物のサンタクロースを見た子どもはこんな笑顔を浮かべるのかもしれない)、セレスティの手を取って、謳った。
「ああ、そうなんですか? じゃあ、こちらにどうぞ」
 何がそうなのだろうか?
 ちゃんとこちらの意志…彼女へのプレゼントを買いに来たというのは伝わっているのであろうか?
 甚だそれを疑問に想いつつもセレスティは彼女に手を引かれるままに店の奥へと入っていった。
 そしてそこのブースを見て、やっぱり・・・
 と、顔に片手をあててうなだれてしまう。
 そこにかけてあるゴスロリファッションは男性用だ。
「あの〜、えっと、私は・・・」
 しかし、店員は困ったような愛想笑いを浮かべるセレスティの言葉など聞いてはいない。
「ああ、お客様は手足がすらりとしていて長いですし、背も長身、しかもバリイケメンですから、立派なゴス王子になられますよ。いいえ、この私がお客様をゴス王子としてゴスロリファッション界にデビューさせてみせます」
 きぃー、と力拳を握って興奮している彼女をもう言葉で止める手立ては無い。ここは彼女の血流を操作して貧血を起こしてもらおうか、などと本気で少し危ない事を考えているセレスティをいつもとは違う意味で新たな危険が襲う。
「うわぁ、なにこの人。めっさ、綺麗なお客はんや」
「ああ、店長。このお客様はゴスロリファッション界のゴス王子様を目指すべくうちに来店なされたそうです」
「まあ、ほんまに。せやったらうちらがお客はんをゴスロリ界のゴス王子様にしてあげるさかいに安心してその身を任しいや」
(え、ええ!!!???? い、言ってないし、そんな事・・・)
 しかし、セレスティの動揺などまったく気づく様子も無く、どこかからわらわらと集まってきたこのゴスロリファッション専門店の店員&常連客たちにセレスティはまるで着せ替え人形かのように、店中の服や帽子、靴などを試着させられるのだった。
 ・・・。

 ******
 だけどやはりさすがはセレスティ。洗練された金属の結晶めいた美を兼ね備える彼ならば、やはり至極簡単にゴスロリファッションでも着こなしていた。黒一色に身を包み込んだ彼は、黒のシルクハットをまるで王冠かのようにかぶって夕暮れ時の街を歩いている。さながら物語の中から王子が飛び出てきたかのような彼に老いも若きも男も女も目と心を奪われていた。
「ふむ、それにしても困りましたね。貴重な時間をあのお店で4時間も費やしてしまいました」
 歩きながら肩をすくめた彼。
 東京の街中の大通りには華やかな店が並んでいて、そこのウインドウにはセンスのいいお洒落な衣類や靴、時計にアクセサリー、ぬいぐるみなどがディスプレイされているが、しかし、彼の心を惹きつける物は何も無かった。
 だいたいからして自分が好意を持つ相手へのプレゼントを買うなど初めての経験なのだ。戸惑わぬはずはなかった。だけど、同時に彼は彼女の笑顔を想像しながらプレゼントを見繕っているこの感覚は嫌いではなかった。とても楽しくって優しい時間のように思える。
「本当に悪くありませんね。こういうのも」
 呟く彼。
 と、彼の鼻腔をくすぐる香りがあった。
 それは何の匂いかは特定できぬ香りであった。
 しかし、なぜかその香りにセレスティはとても懐かしい感じを覚えた。なぜだろう?
 脳裏に思い浮かぶのは、近隣の家の台所から香ってくる夕飯の香りに包まれた道を大好きな母親と手を繋いで一緒に帰っている映像だ。無論、それが彼自身の思い出なわけはないのだが、しかし、なぜかそんな映像がとてもリアルにそしてスムーズに思い浮かんだ。
 だから彼の足がその香りが香ってくる道へと向いたのは当然とも言うべき事であったのかもしれない。

 ******
「ここは・・・」
 セレスティの目は視力が弱い。だけど彼の目にもその商店街の光景はありありと見えた。

 夕暮れ時の地べたが剥き出しの少し狭い道。
 その道の両側には多くの店が並んでいる。
 その店店からは今日最後の売り上げを競うような元気で威勢のいい声があがっている。
 通りを元気いっぱいに走っていく坊主頭とおかっぱ頭の子どもたち。
 軽妙なリズムでかわされる店主と主婦の駆け引き・・・それさえもすごく楽しそうで。

 そこにぼぉーっと突っ立ったまま、しばしセレスティはその光景に見とれていた。何だろうか、この胸に広がっていく温かな感覚は。
 彼がそこに立っていると、ちりんちりーん、と、自転車のベルが鳴る。それを聞いた彼は道に避ける。驚いた事にセレスティの足はものすごくスムーズに動いた。
 それに驚いている彼を追い越し様に自転車に乗ったおばさんが一言。
「もっと端っこ歩きなさいよ」
 違う意味で呆然としてしまったセレスティは微苦笑を浮かべながら肩をすくめると、歩き出した。
「いらっしゃい。どうだい、お兄ちゃん。林檎安くしとくよ。一個50円だ」
「それは安いですね。いいんですか?」
「あははは。持ってけ、泥棒」
 50円を払って受け取った林檎はとても瑞々しくって新鮮だった。
「食ってみなよ。お兄ちゃん。美味いからさ」
「あ、ええ」
 セレスティはポケットからハンカチを取り出すとそれで林檎を拭こうとするが、それを見た八百屋のおかみさんが、ばしんと気安くセレスティの背を叩いて、
「なに上品ぶってんだい。服の袖で拭いて食べなよ。服の袖でさ」
 軽く苦笑いしながらセレスティは林檎を服の袖で拭って、そして真っ直ぐに何かを期待するような目で見る八百屋の夫婦の前で林檎にかぶりついた。
「うん、美味しい」
 絶賛するセレスティ。夫婦は笑いながら言う。
「当たり前よ。うちの旦那が仕入れてきているんだから」
「おうよ。んじゃ、兄ちゃん。もう少し買ってくかい、林檎。こっちのバナナもどーんとおまけだ」
「あ、それじゃあ、そっちのメロンもください」
「「メロン」」
 夫婦はとても驚いた顔をして、そしてとても嬉しそうに大袈裟すぎるぐらいにメロンを上質紙に包んでくれた。
 左手に林檎、バナナ、メロンが入った袋を下げて、右手は林檎を口に運んでいる。
「らっしゃい。らっしゃい。どうだい、兄ちゃん。今日はいい魚が入ってるよ。どうだい、シャコなんて。活きがいいのを見繕ってあげるよ」
 水槽の中のシャコを覗き込みながらセレスティはにこりと笑う。なんとなく昔を思い出すのだ。
 店先にはアンコウが並んでいた。セレスティは形のいい顎に手をあてて、ふむと頷く。
「じゃあ、そこのアンコウをください」
「お、アンコウだって。お客さん、今夜のおかずはアンコウ鍋だね。それじゃあ、おまけにこの貝も持ってきな。あ、それともう一つおまけにアンコウをさばいておくけど、どうするかい? すぐにやっちゃうからさ」
「ああ、じゃあ、お願いします」
「あいよ。んじゃ、ちょっくら待っててくんな」
「ええ、じゃあ、後でまた来ますね」
 セレスティは商店街の道を歩きながら均等にその風景を眺める。ここは日常の世界ではないのだろう。どうしてか迷い込んでしまった不思議な世界。もう二度と来れぬ場所。それが彼にはわかっていた。
 ふと、足を止める。
 夕方の風に店の軒先に吊られた風鈴がちりーんと鳴っていた。とても澄んだ気持ちのいい音色だ。
「気に入ったかい?」
 その声はその店・・・駄菓子屋の奥から聞こえてきた。
「ええ、とても綺麗な澄んだ音色ですね」
「ああ、硝子はいい音を奏でるからね。それにその風鈴は私の孫の手作りなんだよ」
 駄菓子屋の奥の部屋で、小さな老婆は正座して座っている。その腿の上で、三毛猫が気持ち良さそうに体を丸めて寝ていた。
「お孫さんの手作りですか?」
「ああ、小学校の図工の時間に作ったんだって」
 そう言って老婆は膝の上の猫の背を撫でながら笑った。
 セレスティはなるほどと想う。この老婆にとって孫はとても大切な存在で、そして孫にとってもこの祖母はとても大切な存在なのだろう。だからこの風鈴はこんなにも綺麗な音色を奏でるのだ。実際に彼女の手作りチョコレートはあんなにも美味しかった。
「手作りです、か。いいですね。うん、私も手作りの物を彼女に贈ろう、かな」
「ああ、恋人へのプレゼントかい?」
「あ、はい、まあ」
 面と面を向かって言われるとやはり恥ずかしい。
 セレスティは照れ隠しに頭を掻いた。
 そんな彼に老婆は優しく笑いながら言う。
「だったらどうだい? 銀細工の指輪でも贈ってみたら?」
「え、銀細工ですか?」
「そうだよ」
 老婆はよっこいしょ、と猫をどかして、立ち上がると、腰の曲がった体を動かして店の奥にあった小さな箱を持ってきた。
「これは銀細工の道具なんだ。これで指輪でもペンダントでもなんでも作ってやるといいよ。道具やレンジなんかはうちにあるから」
「あ、でも、お時間は良いのですか?」
 すまなさそうにそう言うセレスティに老婆はけたけたと笑った。
「うちは私がやりたい時間に始まって、やめたくなったら閉店なのさ」

 ******
 テーブルの上にはぐつぐと煮えだった美味しそうな匂いを香らせるアンコウ鍋が置かれている。その横には林檎とバナナを使ったフルーツポンチ。メロンはコックがまだ少し早いから明後日ぐらいが食べごろです、と言っていたので、明後日の夕食のデザートまでお預けだ。
 セレスティはテーブルについた屋敷の使用人たちににこりと微笑んだ。
「美味しいアンコウ鍋です。今夜は皆でいただきましょう」
 そしてセレスティは使用人の皆と美味しくアンコウ鍋を楽しむのだった。
 そんな彼の自室の机の上には綺麗にラッピングされた小さな箱が窓から差し込む優しい月明かりを浴びていた。

 **ライターより**
 こんにちは、セレスティさん。
 今回担当させていただいたライターの草摩一護です。

 今回もさっそく嬉しい感想を聞かせていただいて、ありがとうございました。ものすごく嬉しかったです。
 そして例の文章も読んだ訳ですが、び、びびびびびっくりしてしまいました。^^;
 いや、本当に今回ほど、やっぱり世界は広いようでいて狭いのだなーと想った事はありません。実は最近、こういうびっくり話の連続なのですよ。^^;
 
 今回はこういう感じで。
 買い物という言葉を見て、ふと思い浮かんだのが、商店街でした。
 こうノスタルジックな感じに仕上げてみたかったのですが、その雰囲気が届いていたら嬉しいです。
 つい最近も、商店街についての思い出を拝見させてもらう機会がありまして、僕自身も幼い頃の思い出にあった商店街の記憶が思い浮かんでいた感じだったので、タイムリーにもこういうご依頼がいただけた事が不思議であり、嬉しくもあります。^^
 僕自身のイメージとしましてはこの商店街は昭和中期の頃の物なんですが、きっと、そういう感じの風景の中でもセレスティさんは簡単に馴染んでしまうのだろうなーと想います。^^
 またよくある外国のストリートを歩く姿も似合うでしょうね。片手で紙袋を持って、その紙袋からはフランスパンが覗いていて、もちろん、もう片方の手は恋人と手を繋いでいてって。そういうシーンもいつか書いてみたいものです。

 それにしてもきっと、この日の夕食のアンコウ鍋は美味しかったのでしょうね。僕も御呼ばれしたいです。
 それでは本当に今回もありがとうございました。
 またよろしければ書かせてくださいませ。
 失礼します。