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地下へ誘う石階段
●オープニング【0】
「ねえっ! 庭から変なのが出てきたんだけどっ!」
子供の妖狐・柚葉はそう言って、あやかし荘の管理人室へパタパタと駆け込んできた。
「変なの?」
「来て見てみれば分かるよっ!」
管理人である因幡恵美は、柚葉に手を引っ張られて庭へ向かうこととなった。するとそこにあったのは――。
「石の階段?」
目をぱちくりとさせる恵美。庭にあったのは地中へ続く石階段と、掘り返してこんもり山盛りになった土。
「穴掘り勝負してたら、こんなの見付かったんだよっ!」
柚葉が石階段を指差して言った。……というか、穴掘り勝負って何ですか?
その場に居た他の者たちに話を聞くと、妙な物が見付かったので勝負を中断して掘り返してみたら、これが見付かったのだという。
石階段はおよそ3メートルの深さまで続いており、突き当たりには石の扉があった。石の扉には別に模様だとかは彫られておらず、お札だとかそういった類の物もない。
「でも何でこんな物があるのかな?」
恵美が首を傾げる。けれどもそれを知る者はこの場には居ない。
結局、調査隊を組織して中を調べてみることに決まった。
「ところで、誰が行くんですか?」
恵美が周囲を見回した。……行ってみる?
●議論・野次馬・下調べ【2】
「えっ!? 待ってよぉ……祀ちゃんっ」
「あー、ほらほら沙羅、そんなに怯えなくても大丈夫だって」
石階段について議論が交わされていたあやかし荘の庭に、学校の制服姿――セーラーのワンピースにベレー帽だ――である少女が2人入ってきた。ともに鞄を手にしているということは、下校途中であったのだろう。
『祀ちゃん』と呼ばれた赤毛のポニーテールの少女(ちなみにこちらはベレー帽を被っていない)が、『沙羅』と呼ばれた小柄で少しウェービーなロングヘアの少女の手を引っ張っているという図だ。
「でもぉ……本当に行くの?」
小柄な少女――橘沙羅がやや涙目になって、もう1人の少女に訴えた。
「大丈夫! 沙羅はあたしがバッチリ守ってあげるからね〜☆」
会話からも分かるように、乗り気なのはポニーテールの少女――花瀬祀の方であることは明白だった。
この2人が何故ここへやってきたのか。それはたまたまあやかし荘の前を通りがかった時、住人たちが石階段の話をしているのを耳にしたからである。で、興味を覚えた祀がそのまま沙羅を引っ張ってきた、という訳だ。
庭では議論を交わす者やら、とりあえず石扉を調べてみようという者やらが集まっていた。もちろん中には単なる野次馬も居るのだが。
「あらあら……妙な物が出てきたものですねえ……」
議論を交わしている者たちの輪に混じり、おっとりとそう言ったのは、教会のシスターである隠岐智恵美だった。40代くらいだからか、それとも職業ゆえか、落ち着いて穏やかな雰囲気を持っている女性だった。
手に菓子折と玉露の茶葉が入った茶筒の袋を携えていた所からすると、たまたま訪れた時にこの騒動にぶつかったのであろう。
「ええ、本当に。子供たちがお世話になっているので、戴き物のお裾分けに伺ったのですけれど……それ所じゃない様子ですわね」
ほう、と溜息を吐いたのは着物姿の美しき黒髪の女性、天薙さくらだった。見た所30歳前に見えるが、これで智恵美とn歳(nは自然数)しか違わないというのだから恐れ入る。
「そうなんですか。私も似たような所です。息子が迷惑をかけていますから」
さくらの言葉を聞き、呼応するように智恵美が言った。しばし、ほのぼのとした会話が交わされる。
「んー……嬉璃ちゃんに聞いてみれば、何か分かるのかしら」
シュライン・エマが、さくらと智恵美のほのぼのとした会話に割り込むように言った。
「嬉璃ちゃんは中?」
恵美に尋ねるシュライン。しかし何故か恵美は苦笑いを浮かべた。
「あのー……言いにくいことなんですけど……留守なんです」
「はい?」
シュラインの目が丸くなった。申し訳なさそうに恵美が言葉を続ける。
「ですから。朝会ったきり、どこにも居なくって……。歌姫さんも居ないし……どこ行ったのかなあ」
「あら、まあ」
それに驚いたのは智恵美だった。
「どうしましょう、このお茶……」
いや、心配する所が微妙にずれてます、智恵美さん。
さて一方、石扉を調べている者たちはというと――。
「な、なんだこの穴ッ!? 階段ッ!? ……へぇ、階段があるってことは、きっと何か凄いものが隠されたりするんだろーな」
穴を覗き込み、驚いたり感心したりしつつ、調べている者たちの周囲をぐるぐると回っているのは、営業スーツに身を固めたサラリーマンである相澤蓮だった。見た目は妖艶でクールさがあり、なかなかいい男である。
手には営業鞄とお菓子が詰まったコンビニ袋。いつものようにあやかし荘に遊びに来て、今回の騒動に出くわしたのである。……とゆーか、仕事はいいのか、営業マン。
「罠はなさそうだし、呪いが施されている様子はないが……そっちはどうだ?」
石扉をあれこれと調べていた真名神慶悟が、別のことを調べていた九尾桐伯へ尋ねた。
「そうですね。隙間からガスが漏れている様子はありませんね。もっとも重いガスであれば、入ってみないことには分かりませんが」
そう答える桐伯の手には、携帯型ガス検知器が握られていた。ガスが漏れていれば検知器が反応するはずだったが、今の所は反応していない。
「入る、か……。階段があり、戸がある。つまり出入りは可能。しかし、3メートルというのは結構浅い気がするんだが……何があるんだろうな」
首を傾げる慶悟。石扉の大きさは人間はもちろん、ちょっとした大きさの荷物なら十分通りそうだ。いったい中はどうなっているのだろう。
「物置……?」
ぼそっとつぶやいたのは、慶悟と桐伯の作業を穴の外から見守っていた少女、榊船亜真知であった。慶悟の顔に笑みが浮かび、桐伯の笑みが大きくなる。
「はは、物置だったら何も問題ないな」
石扉をコンコンと叩いてみる慶悟。聞こえてくるのは鈍い音。それなりの分厚さはあるようだ。
「確かに。けれど、あやかし荘ですからねぇ……何が待ち受けているものやら」
そう桐伯が言うように、ここはあやかし荘。何が出てきても不思議ではなかった。もしかすると、封印された妖怪かもしれないのだし――。
「ねえねえ、早く開けようよっ!」
亜真知の隣に居た柚葉が、急かすように言った。誰も開けないんなら自分で開けてやる、暗にそう言っているようにも聞こえた。
「まあ待て。石の戸があれば、怪力がこじ開けるは神代の頃からのお約束……だったな」
柚葉を窘めてから、慶悟は式神を召喚した。召喚したのは式神十二神将のうち、土縁に通じる勾陣と六合の2体だ。
そして皆に穴から離れるよう告げて、慶悟は勾陣と六合に石扉を動かすよう命じた。特に何も仕掛けが施されていなければ、難なく開くはずである。
事実石扉は難なく開いた。勾陣が隙間に手をかけると、そのまますっと石扉が横へスライドしたのである。拍子抜け、と言ってしまえばちょっとあれだが。
「ボクいっちば〜ん♪」
石扉が開いたのを見て、一目散に駆け出す柚葉。真っ先に中へ飛び込もうと思ったのだろう。が、そうは問屋がおろさなかった。
中からぬっと、顔を出した者が居たのである。
「ひゃあっ!!」
びっくりし転んでしまう柚葉。中から顔を出したのは、戸隠ソネ子であった。
「……開イた……」
ぼそりとつぶやき、辺りをきょろきょろ見回すソネ子。どうも誰も気付かぬうちに、中へ入っていたようである。
「扉……中カラ開ク……ミたイ……」
中から這い上がり、ソネ子はそう言った。石扉が中から開くことが出来るということは、この中はやはり出入りするための場所なのだろう。
●地下世界へいざ行かん【4A】
「ガスは貯まってないようですね。それに……結構深いですよ、この中」
鋼糸に括り付けた携帯型ガス検知器をするすると引き上げながら、桐伯が皆に言った。
「深いってどのくらいかしら?」
「少なくとも10メートルは」
石階段の幅やら何やらを調べていたシュラインの質問に、さらっと答える桐伯。ちなみに石階段には、何か刻まれたり記されたり擦られたりした跡はなかった。
「ええっ、10メートルもっ? じゃあどうやって降りるのっ!」
素頓狂な声を上げたのは祀だった。確かに10メートル以上の距離、どうやって降りるのか祀ならずとも心配になる。
「10メートルって……ロープなのかな……」
祀はそうつぶやき、気遣うような眼差しを隣の沙羅へ向けた。沙羅はというと、とても不安げな表情であった。
「梯子……あっタカラ……」
そんな祀に、先程まで中に居たソネ子が言った。
「梯子あるの?」
「鉄の梯子ありますよ。そばには……滑車でしょうかね、それが通るような溝が左右に1つずつ。荷物を降ろす時にでも、使用したのでしょうかねえ」
桐伯が皆に聞こえるように言った。
「ともあれ、降りて捜索する前に安全の確認だな」
そう慶悟が言い、勾陣と六合を先に中へ潜らせた。何か異変があれば、即座に慶悟に伝わる。
「捜索? そりゃ大変だな、頑張れ☆」
他人事のように蓮は言い、慶悟の肩をぽんと叩いた。微妙に表情が強張っていたのは、気のせいということにしておこう。
が、直後から蓮は思案に入った。何か思う所でもあるのだろうか。
「あやかし荘の歴史に詳しい方、嬉璃さんの他に居られますか?」
蓮が思案している時、さくらは恵美にそんな質問をしていた。断片的な情報でも得られないかと考えたのだ。
「えっと……講談師の方なら、詳しいかも」
少し自信なさげに答える恵美。それでもさくらはその講談師の部屋を教えてもらい、そちらへ向かっていった。
「ねぇ……祀ちゃん」
沙羅が祀の制服の背中を、軽くくいくいと引っ張った。
「ん、何、沙羅?」
「沙羅こういうの苦手なんだけどな……本当に行くの?」
ぎゅっと祀の制服を握り締める沙羅。親友の制服なり何なりを握ったりしていないと、不安で仕方ないのだろう。
「うん、行くよ。こんな面白そうなもの、見逃せるはずないじゃない♪」
一方の祀の方は、楽しみにしているように見受けられる。そんな祀をじっと見つめる沙羅。そして何か決心したように、こう言った。
「祀ちゃんが行くって言うなら……沙羅も行くよっ!」
祀を信じてついてゆこう、沙羅の言葉からはそう感じられた。感じられたのだが――。
「……本当に守ってくれる、よね?」
それでも不安は拭い切れないようで。
「大丈夫☆ 何度も言ってるじゃない、沙羅はあたしが守ってあげるって」
祀はそう言って、沙羅の頬を撫でるように軽くポンポンと叩いた。
「うん……そうだよね」
えへ……っと沙羅が笑みを浮かべた。
と、こんなやり取りがあった間に、蓮の思案も終わりを迎えていた。
「はっはっは、このお兄様も探索、付き合おうじゃないか☆」
蓮は再度慶悟の肩をぽんと叩いて言い放った。先程の他人事の様子は、綺麗さっぱりと消え去っていた。
その後、中の降りた所の安全が確認され、話を聞きに行ったさくらを残して、恵美や柚葉を含む総勢11人が中へ降りていったのだった。
●退屈を持て余す者たち【5B】
一番下まで降りると、そこは石造りの通路が左右に広がっていた。左右各々、突き当たりで角に曲がる造りであった。
通路の幅は3人が横一列に歩いても十分余裕があるほどだ。床から天井までは3メートルほどあり、狭いという印象はない。
気温はというと、暑すぎず寒すぎず適温といった所。石造りにも関わらず、何故かほっとする温かさの漂う空間であった。
そして何より不思議だったのは、通路が明るいのである。といっても、別に照明があるのではない。通路自体が、ほのかに光を放っていたのだ。おかげで用意してきた各種光源を、使用せずとも歩ける状態だった。
一行は2つのグループに分かれ、通路の奥を調べることに決めた。その、左へ進んだグループの様子を見てみよう。
「穏やかですわねえ。それに静かで」
「はい、そうですねぇ……。邪魔もないからなおのことです」
微妙に合ってるようなずれてるような会話を交わしていたのは、智恵美と亜真知であった。
しかし、2人の言うことは間違ってなかった。何かが出てくる気配はないし、罠が仕掛けられている様子もない。本当に静かで穏やかだったのだ。
まるで何か護ってるんじゃないか、そんな空気がこの通路には漂っていた。
「しかも一本道……。ここはいったい何のための地下室なんでしょう」
用意したヘッドランプで辺りを照らしながら、様子を窺う桐伯。が、特に何かが見付かる訳でもない。
桐伯は念のため、入口の梯子に鋼糸を巻き付けて万一の時の道標にしていたが、このまま一本道が続くようなら出番なしになるだろう。まあ、出番がある時は非常事態だろうから、ないに越したことはないのだが。
「あー、さすがに携帯通じないか……」
片手に携帯電話、もう一方にはお菓子の入ったコンビニ袋を持ち、電波状況を確認する蓮。『圏外』と液晶画面にしっかり出ていた。
「携帯が通じないんじゃ、使えそうなのこれくらいだよなー」
携帯電話を仕舞い、蓮は代わりにライターを取り出した。が、桐伯がすかさず注意した。
「火気厳禁ですよ。ガスに引火したり粉塵爆発の原因になりかねませんから」
「うわ、ダメじゃん俺」
装備品2つがことごとく使用不可になってしまった蓮。果たしてどうするのか?
「……俺に残されたのはお菓子だけか……」
蓮がしみじみとつぶやいた。
「遭難したら、このお菓子が非常食になるんだよなー。都会で遭難かー……営業トークに使えるかなー」
ええ、十分使えると思います。
「ねえねえ、何も出ないの? これじゃ勝負出来ないよー!」
退屈したとばかりに、柚葉が言い放つ。何も出てこないのが一番よいのだが、もし何か出てきたら何で勝負するつもりなのか。そこの所が、抜けているというか何というか。
で、退屈しているのはもう1人居る。
「侵入者をコロス為の罠……」
などと、物騒なことをつぶやきつつ、辺りをきょろきょろと見ているのは、心なしかトーン高めのソネ子だった。
こちらは罠がないことに、退屈を覚えているようだった。退屈ゆえに、持参したお菓子をぱくぱくと食べている。
「罠……オ墓を荒ラス侵入者へノ……罠……」
そんなソネ子の願いも虚しく、罠は一向に出てこないのであった……。
●8×8【6B】
さらに6人が一本道の通路を歩き続けていると、ようやく部屋らしい所へやってきた。扉はなく、通路を抜ければすぐに部屋という状態だ。
しかし、部屋の奥には扉があり、床は何故か8×8の升目に区切られていた。しかも、中央の4つの升目には白い招き猫と黒い招き猫が、交互に置かれていた。
「何ですか、これは?」
きょとんとなる桐伯。ぱっと見、呪術か何かの類にしか見えなかったのだ。
「俺……これに似たのどっかで見たなー。でもどこだっけか」
蓮が首を傾げた。見覚えある気はするのだが、それが何なのか出てこないのである。
「……罠……」
ぼそりつぶやくソネ子。どことなく嬉し気なのは気のせいなんでしょうね。ええ、そういうことにさせておいてください。
「危険はなさそうですねえ」
智恵美がのんびりと言った。成り行きを見守る、そんな感じが智恵美からは漂っていた。
「あ! ここにも招き猫あるよー!」
柚葉が近くにあった黒い招き猫を抱え上げた。その途端、部屋にどこからか声が響き渡った。
「さあ、勝負をしようではないか。招き猫を置くがよい」
幻聴ではない。6人全員の耳に聞こえていた。そして、この声に目の色が変わった者が1人居た。言うまでもない、柚葉である。
「うんっ、勝負だよーっ!」
黒い招き猫を抱えた柚葉が、升目の上をちょこまかと動き回る。他の5人も升目に入ろうとしたのだが……何故か入れない。まるで見えない障壁でもあるかのように。
「勝負出来るの、柚葉ちゃんだけなんでしょうねぇ」
何気なく言う亜真知。確かにそうかもしれない。何せ升目の上を動き回っているのは、柚葉だけなのだから。
やがて柚葉は、抱えていた黒い招き猫を、白い招き猫のある升目の隣に置いた。ちょうど黒い招き猫で白い招き猫が挟まれた形になる。
するとどうだろう、白い招き猫の色が一瞬にして黒に変わってしまったではないか。
「思い出したーっ!」
手をぽんと叩き、蓮が叫んだ。
「見たことあるはずだわ、俺。これリバーシだよ☆」
リバーシ――自分の色の駒で相手の色の駒を挟み、ひっくり返してゆくというゲームだ。ここでは駒の代わりに招き猫を使っているのである。
「ふむ、リバーシでしたか。となると……勝つには過半数を占めればいい訳ですよね」
思案する桐伯。その間に、見えない相手が白い招き猫を置いていた。もちろん挟まれた黒い招き猫は、白へと変わる。そしてまた、柚葉の手の中に黒い招き猫が出現した。
「我々は中に入れませんが……声は届きますよね、何の問題もなく」
そう言って桐伯が不敵な笑みを浮かべた。つまりだ、その場面における最上の手を考えて、柚葉に置かせるという作戦を取ろうというのだ。
かくして作戦は実行され、柚葉は皆の言葉通りに動くこととなった。結果、48対16で見事に勝利し、奥の扉が開かれて、柚葉以外の5人も升目に入れるようになった。
「アタックチャンスがあったら、もっと早く終わってたよねー!」
などと柚葉は言うが、それリバーシから少しずれてるし。なお、この発言に続き『ゴールデンハンマー』だとか『イエスノーまくら』などの単語を含む言葉が柚葉の口から発せられたが、挙げればきりがないので放っておく。
そして6人はさらに奥へと進み――。
●目論み違い【7B】
「オ墓……ジャなイ……」
部屋に入るなり、がっかりとしたソネ子のつぶやきが聞こえた。
そう、部屋の中は墓などではなく、所狭しと木箱が積み上げられていたからだ。
「やったーっ、財宝ーっ☆ 苦節29年、俺も億万長者ーっ☆」
嬉々として近くの木箱に向かい、蓮はさっそく蓋を開いてみた。が、一瞬にして表情が曇る。
「何が入っていたんですか?」
亜真知が蓮に問いかけた。すると蓮は中から中身を1つ取り出し、皆に見せた。
「……財宝?」
蓮が手にしていたのは魚の缶詰であった。よくスーパーで見かける、ごく普通の缶詰。
「賞味期限2010年……賞味期限ある財宝って俺がっかり……」
「貧しき人たちにとっては、宝石より尊い物なのですよ」
そっと両手を組み、静かに、しかしきっぱりと言う智恵美。正論である。
「奥にも梯子があるんですね」
と桐伯が言ったように、よく見れば部屋の隅には鉄の梯子があり、ぽっかりと天井に穴が開いている。
「ボクいっちば〜ん☆」
柚葉はそう言って駆け出すと、するすると梯子を昇っていってしまった。しばらくして、柚葉の声が聞こえてくる。
「あれっ? ねえねえー、あやかし荘の部屋に出ちゃったよー!」
……どういうことですか?
とりあえず梯子を昇り、地下室から脱出する他の5人。柚葉が言うように、あやかし荘の部屋に出た。いわゆる開かずの部屋の1つに。
そして地上に戻ってきてから、もう一方のグループが地下で嬉璃を発見したことを知るのである。
●謎がいっぱい山積みに【8】
「見付けたのはたまたまぢゃ」
地上に戻ってきた皆を前に嬉璃が言った。
「この間から開かずの間の1つで物音がしておってな。今日調べてやろうと思い立ったのぢゃ」
嬉璃が言うには、開かずの間の隣の空き部屋に穴が開いていたのでそこから開かずの間に入ったのだそうだ。そして地下への梯子を見付け、中へ降りていったとのこと。
その行動を歌姫が見ていたらしく、嬉璃の後を追って地下へ降りていったらしい。そして慶悟たちのグループが部屋に入ってくるまで、2人で部屋にあったおはじきやお手玉などに興じていたという。
「はいっ、しつもーん」
ここまで嬉璃が話した所で、祀が手を挙げた。
「何ぢゃ」
「結局……あれ何なの?」
確かに気になる所である。地下室は何のための物だったのか。
「倉庫か物置ぢゃろ」
さらりと答える嬉璃。まあ、そうとしか答えようはないか……。
「……誰が造ったんですかぁ?」
祀の後ろからひょこっと顔を出し、沙羅が尋ねた。
「知らぬ」
きっぱり答える嬉璃。
「誰が何のために造ったのか、さっぱり分からん。逆に教えてほしいくらいぢゃ」
「目に見えない方……いえ、意志がお造りになられたようですよ」
嬉璃の言葉が終わってすぐ、いつもの口調でふと思い出したように智恵美が言った。驚きの視線が、智恵美に集中した――。
【地下へ誘う石階段 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
/ 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
/ 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】
【 1593 / 榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)
/ 女 / 中学生? / 超高位次元知的生命体・・・神さま!? 】
【 2295 / 相澤・蓮(あいざわ・れん)
/ 男 / 29 / しがないサラリーマン 】
【 2336 / 天薙・さくら(あまなぎ・さくら)
/ 女 / 43 / 主婦/神霊治癒師兼退魔師 】
【 2390 / 隠岐・智恵美(おき・ちえみ)
/ 女 / 46 / 教会のシスター 】
【 2489 / 橘・沙羅(たちばな・さら)
/ 女 / 17 / 女子高生 】
【 2575 / 花瀬・祀(はなせ・まつり)
/ 女 / 17 / 女子高生 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全14場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました、『東京怪談ウェブゲーム』としては高原初となりますあやかし荘でのお話をここにお届けいたします。ゲームノベルの方では何度かあやかし荘でのお話を書いてはいたんですけれどね。
・今回のお話ですが『何ですか、そのオチは……』と脱力された方も居られるかと思いますが、今回の傾向は『コメディ:3』でしたからね。あれこれ大騒ぎした挙句、特にたいしたことでもなかったという話は実際よくありますし。ただ、結局誰が何のために……というのが分からない所が、ある意味あやかし荘らしい所ではないかと思います。今回のオチについて、あれこれと想像していただけると高原としては幸いです。
・九尾桐伯さん、26度目のご参加ありがとうございます。用意周到な所はさすが、と言うべきでしょうか。地下室の様子は拍子抜けだったかもしれませんが。ガス検知は素直にいい行動だと思いましたよ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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