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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


さくらさくら満開の下



■ Fast Scene ―沙羅― ■

 最初は春休み。
 橘沙羅(たちばな・さら)は合唱部の練習に行くために小走りにしていた足を、その場所に入った途端にすぐ止めた。
 正確に言うなら意識して止めたわけではない、そこに差し掛かった途端、自然に足が止まったというほうが正しかった。
「今年もキレイ……」
 そう呟いて、沙羅はうっとりとまっすぐ学校へと続くその道を眺める。
 沙羅の通う学校の近く、通学路の途中に100メートル以上続く桜並木がある。
 左右両側の桜が満開になるとその姿はまるで桜のアーチで、道が直線の為先のほうは桜で霞んで見えなくなるくらいだ。
 本当はここを通らないで学校に向かうことも出来るのだが、沙羅は毎年桜が咲いている間はこの桜並木を通って学校に行くことに決めていた。
 はらはらと音もなく舞い落ちる桜を眺めて束の間うっとりとしていた沙羅だったが、
「いけない、練習に遅れちゃう」
と並木道に一歩足を踏み入れる。
 足早に進むとローウエストのワンピースタイプになっているセーラー服のスカートの裾が少し乱れる。その裾に舞い落ちた桜の花弁が触れて跳ねる。
 スカートだけではなく、制服の襟にもベレー帽にも同じように桜が舞い落ちる。
 制服の柔らかいブラウンの色合いと桜の薄いピンク色。風に揺れる色素が薄く少しウェーブのかかった沙羅の髪。全てが絶妙な色彩で、何かの意思が創り上げたような光景だった。
 桜のアーチを半分も過ぎた頃だろうか、どこからか小さな歌声が沙羅の耳に飛び込んできた。
 その声は本当に微かな、でもキレイなウィスパーボイスで『さくらさくら』を歌っている。
 風に乗ってきたその歌声を辿ると、視線の先に同い年くらいの少女が木の下で桜が降り注ぐ様を見上げていた。
 沙羅の足は、歌声に誘われるように彼女の近くでぴたりと止まった。
 その時の彼女と桜とその歌声は、沙羅の足を止めさせるには充分過ぎるほどのインパクトを持っていた。まるで上等なフランス映画のワンシーンを切り取ってきたように沙羅の目には映ったのだ。
 彼女の歌が終わった時、沙羅は自然と拍手をしてしまった。
 その音で、彼女はようやく自分を見つめる沙羅の存在に気がついたようで、彼女の頬は桜の花弁のような桜色から桃色に紅潮する。
「あの……」
 戸惑っている彼女に、沙羅が、
「歌声がすごくきれいで……桜の精の声かと思っちゃった」
と言うと、彼女は少しはにかんだように、でもとても優しくそれでいて触れたら消えてしまいそうなどこか儚げな微笑を向けてくれた。
「桜好きなんです」
「貴方も? 沙羅もすごく好きで…だから、この道はすごくお気に入りなの」
 ほら、と沙羅は道の先を指し示して、
「桜のアーチみたいでしょ?」
と花霞みで白くなっている風景をまるで自分の大切な宝物を見せるような口調で言い、彼女に笑顔を返す。
「本当……きれい―――」
 桜もきれいだけど貴方もすごくきれい―――とは言えなくて、沙羅はただ先を見つめる彼女の横顔を見つめた。
「あ、いけない。遅れちゃう―――ごめんなさい、邪魔しちゃって」
 沙羅は頭を下げて、学校へと急いだ。
 そんな沙羅の後姿を見送りながら、
「サラさん……か―――」
と少女は小さく呟いた。


■Second Scene ―結珠― ■

 九重結珠(ここのえ・ゆず)は、幼い頃から病弱で、今でも少し学校を休みがちで、両親はそんな結珠が心配で、極端な箱入りで育てた。
 そんな事情や、結珠自身のもともとの気質と重なって大人しく内気で人見知りな少女だった。  その結珠がある日桜並木で初めて出会った少女の話しをするのを彼女の兄や両親は驚くと共にとても微笑ましい気持ちで聞いていた。結珠の通う女子校は世間的にいわゆる『お嬢さん学校』なので、いじめられるということなどなかったがそれでもどうしても結珠は妙な負い目を感じているためかクラスにも馴染みにくく疎外感を感じているようだったからだ。
 結珠の話す桜並木の少女は、歳は結珠と同じくらいで少し小柄でとても人懐っこくそれでいて気遣いの出来る優しい女の子だったと言う。
「きっと同じ学校の子なんだけど……」
 そう言って、結珠は口篭もった。
 学校を休みがちな結珠は、そのことに対してとてもコンプレックスを持っている。だから、その桜並木の少女―――サラという名前らしい―――が自分と同じ学校で嬉しいのだが同じ中学2年生なのか、それとも結珠よりも上の学年なのか……それすらわからない自分に落ち込んでしまう。
「大丈夫。きっと同じ学年だよ」
 結珠の兄はそんな彼女の気持ちが判って、そう言ってくれた。
「うん。そうだといいんだけど」
 結珠が余所の人の話を―――しかも、好意的に―――すること。そんな些細なことすら今までの結珠にはなかったことだったので彼女の家族は、ある意味、結珠よりも真剣にその『桜並木のサラさん』と言う少女が同じ学年でそして再会出来ることを祈っていた。そして、その少女が願わくは結珠にとってはじめての親しい友達となれることを。
 そんな祈りが通じたのか、結珠が沙羅と再会したのはそれから数日後のことだった―――
 その日は、先生の都合があっていつもとは違う曜日の違う時間にピアノ教室に行った結珠は、そこであの時の彼女に再会したのだ。
 彼女の方もすぐに結珠に気付き、
「貴方もここでピアノ習っているの? すごい、偶然だね」
と言い、橘沙羅って言うの宜しくね―――と、結珠に手を差し出した。
 もちろん、結珠もあの桜並木で初めて会話した時から彼女に好印象を持っていたので、
「私…九重結珠です。こちらこそ宜しくお願いします」
と、緊張しつつも精一杯の勇気で差し出された手を取った。
「沙羅は中学2年になんだけど、結珠さんは?」
「私も、同じ、です。―――あの、それにっ……この前は私、制服着てなかったけど、さ…橘さんと同じ学校なんです」
 緊張の為か、切れ切れになる話しも、沙羅は急かすこともなく時折頷いたりしながら聞いてくれる。
「そうなんだ、全然知らなかった」
「私……小さい頃ちょっと身体が弱かったから、今でもちょっとしたことで熱が出たりすることもあって。そんな時は家族が心配してすぐに学校にお休みの連絡をしてしまうから」
 そう言って、それに対して罪悪感がある結珠は説明するにつれて声が小さくなってしまい、俯いた。
「結珠ちゃんの家族の人ってすっごく優しいんだね。沙羅なんていっつも『もうちょっと大人しくしなさい』って叱られてるもの」
 妙に同情するわけでもなく慰めるわけでもなく……そんな沙羅に結珠はますます好感を持った。
 そして動揺に沙羅の方も、控えめで礼儀正しくて、それなのにどこか可愛らしい結珠をとても好ましく思っていたため、
「あら、結珠ちゃんなかなか来ないと思ってたら―――」
と、ピアノの先生が結珠を探しに現れるまで自然と話し込んでしまっていた。


■and from now on■


 不意に小さく笑った結珠に沙羅は不思議そうな顔をして振り向いた。
「なぁに、結珠ちゃんどうしたの?」
「この季節にここに来るといつも思い出しちゃうの、沙羅ちゃんに初めて会って、仲良くなった頃のこと」
 ピアノ教室での再会の後、春休みが明けて新学期が始まると2人は偶然同じクラスになった。
 偶然の出会い、偶然の再会……きっと何か見えない力が結珠に沙羅という初めて心を打ち明けられる『親友』と呼べる友達に引き合わせてくれたのだろうと、結珠は思っていた。
「そうだね、ちょうど今頃だったよね結珠ちゃんとここで会ったの。もう、3年前?」
 こくりと頷いて結珠は微笑んだ。
 沙羅と仲良くなったのをきっかけに、結珠にも友達が増え妙な疎外感で孤独を感じることもなくなった。
 それもこれも全て沙羅という友達を得た結果だと結珠は思っている。
「沙羅ちゃん」
「なぁに、結珠ちゃん?」
「あのね……―――なんでもない」
 沙羅と出会えた『アリガトウ』。
 友達になれた『アリガトウ』。
 沢山の気持ちは、これからも長い時間をかけて少しずつでも伝わるはずだから―――
「えぇ、なぁに、結珠ちゃん。沙羅、気になるよ」
「内緒」


 淡雪のような花弁の舞う、桜並木のアーチの下を2人は同じ歩調で歩く。
 花が散り、葉桜となるように季節が移り変わっても―――これからもきっと一緒に……


Fin