コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


Time for hunting
〜 Games 〜

 その日、草間興信所に姿を現したのは、武彦が最も会いたくないと思っている人物のうちの一人だった。

 悪魔の代理人、「N.Maddog」。 
「今日は、一つ面白い話を持ってきました」
 さほど面白くもなさそうな顔で言う彼に、武彦は冷たくこう言い放った。
「お前の言う『面白い話』が、俺にとって面白い話だったためしはない。
 悪いが、俺はお前に構っているほど暇じゃないんだ」
「話を聞く暇すらないほど忙しいとは思えませんね。
 それに、聞いておかないときっと後悔することになりますよ」
 そう脅されても、話を聞いてしまったら否応なく巻き込まれる。
 今までの経験でそのことを十二分にわかっている武彦は、ここぞとばかりに突き放した。
「俺は、聞いて後悔する可能性の方が高いと思うが」
 その言葉に、さすがの「N.Maddog」も少し驚いたような表情を見せる。
(もう一押しで追い返せる)
 武彦がダメ押しの一言を言おうとした、ちょうどその時だった。

「ならば、仕方ありませんね。
 失って初めてその価値に気づくこともある。きっといい教訓になることでしょう」
 その「N.Maddog」の言葉に、武彦はつい反射的に聞き返してしまう。
「失う、だと?」
 口に出してから「しまった」と思ったが、もう遅かった。
「なに、あなたの友人がほんの数人、この世から消えてなくなるだけです。
 別に、お忙しい中わざわざ時間を割いていただくほどの話ではありません」
 何でもないことのように言いながら、薄笑いを浮かべる「N.Maddog」。
 その表情を目にした時、武彦は自分の負けを悟った。
「それは一体どういうことだ?」
「聞きたくなりましたか?」
 質問を質問で返されても、もはや怒ることすらできない。
「ああ、聞きたくなったとも」
 武彦に残された道は、全面降伏以外になかった。





「まず、私は今回あなたに何かを依頼するつもりはありません。
 私はただ、あなたにある情報を提供するだけです。
 また、その情報について、私はいかなる対価も求めません。
 私は、あくまでこの後に起こることを見届けたいだけですので」
 ようやく話を始めても、なかなか本題に入ろうとしない「N.Maddog」。
「もったいぶらずに早く話せ」
 武彦が催促すると、彼は一枚の書類を差し出した。
「これが何か、わかりますか?」
 見ると、その書類には、十五人の人物の氏名、年齢、性別、職業などが書かれていた。
 よく見ると、この草間興信所に出入りしている人間の名前も、いくつか見受けられる。
 しかし、十五人の人物に共通する点や、規則性といったものは、どこにも見つからない。
 住所などは書かれていないのでわからないが、少なくとも、ここに書かれている項目に関しては、本当にバラバラなのである。
 首をひねる武彦に、「N.Maddog」がタネを明かす。
「これは、『獲物』のリストです。明日から始まる『狩り』のね」
「『狩り』? まさか……」
「ええ。裏世界に生きる異能者たちの、自己アピールを兼ねたゲームです。
 いかにして、一週間という期間内に対象を『行方不明』にするか……それを競うんですよ」

 それを聞いて、武彦は全てを理解した。
 この男が、ただの善意でこんな情報を提供してくれるはずがない。
 だとすれば、この男の目的は――。

「別の人物を巻き込んだ場合はもちろん、消えた場所や手口が特定されただけでも減点になりますから、ある程度気をつけていれば守りきるのは難しくないと思います。
 獲物による得点の差はありませんし、低い得点に終わるくらいなら参加しない方がマシですから、皆狙いやすい獲物のみを狙うでしょうし」
 武彦の思いを見透かしたように、「N.Maddog」はぞっとするような笑みを浮かべた。
「言っておきますが、もとを断とうなどという気は起こさない方がいいですよ。
 身の程をわきまえぬ行動は、大惨事につながります」

(お前が望んでいるのは、その大惨事なんじゃないのか)
 その言葉を、武彦はかろうじて飲み込んだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 Measure 〜

「で、そのリストに俺たちの名前があったというわけか」
 話を聞いて、双己獅刃(ふたみ・しば)は吐き捨てるように言った。
 その表情を見る限り、彼に恐れはない。
 彼にあるのは、どちらかといえば怒りだった。
「こんな座興の獲物リストに名を載せられるとは、私もなめられたものですね」
 神山隼人(かみやま・はやと)も、やはり同じ顔をしている。
 かと思えば、雪ノ下正風(ゆきのした・まさかぜ)などは、涼しい顔でこんなことを言っている。
「俺も有名になったもんだな、デス・ゲームの獲物にされるとは」
 この様子を見る限り、少なくともこの三人については大丈夫だろう。

(むしろ、問題なのは、ここにいない人たちの方ね)
 宮小路綾霞(みやこうじ・あやか)がそんなことを考えていると、そのことを知ってか知らずか、刃霞璃琉(はがすみ・りる)がぽつりと呟いた。
「僕は……正直、怖いですよ。皆さんほどには、強くありませんから」
 確かに、彼は「ここにいる他の面々」よりも、「ここにいない人たち」の側に近いように思える。
「なら、とりあえずは自分の身を守ることだけ考えればいい」
 獅刃はそう言ったが、あるいは、それすらも難しいかもしれない。
(彼も、重点的にガードする対象に含めた方がいいかしら)
 綾霞がその辺りを検討していると、武彦が怪訝そうに口を開いた。
「で、なんで綾霞さんがここにいるんだ?」

 そう。
 ここに集まった他の面々とは異なり、綾霞の名前は、リストにはなかったのである。
 リストに名前のあった人物のみを招集したつもりの武彦には、綾霞がここにいる理由がさっぱりわからなかったようだ。

「わたくしがお呼びしたんです」
 そう答えたのは、榊船亜真知(さかきぶね・あまち)だった。
 その一言に、綾霞がこう付け足す。
「私の方でも、ある程度の情報は掴んでいましたから。
 さすがに、ターゲットのリストまではまだ入手できていませんでしたけど」
「そういうことか。なんにせよ、あんたが手伝ってくれるなら安心だ」
 安心したように笑う武彦に、綾霞はきっぱりとこう答えた。
「ええ。零ちゃんに免じて、協力して差し上げますわ」

 その後、今後の対策についての協議が行われ、宮小路家の情報部門と亜真知が協力して事件の黒幕について調査し、残った面々が狙われている人々の護衛を担当する、ということに落ち着いた。

 一分の隙もない計画――少なくとも、この時点では、そうであるはずだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 Emergency 〜

 そして、とうとう「狩り」の日がやってきた。

 獅刃は、リストに載っていた他の十人の護衛をするべく、鴉型の式を飛ばして全員の様子をうかがっていた。
 十人の周囲には、「狩り」に参加している者たちが放ったとおぼしき式神や使い魔が多数見受けられるが、今のところ、全員が互いに牽制しあっている状態で、抜け駆けをしようとするものはいないようだ。

『上飛んでんの、あれってみんなその手のやつだよなぁ?』
 別の場所で護衛をしている正風から、そんなメールが届く。
『不自然に多い鴉、黒猫、ネズミ、蜘蛛の類は、ほとんどそうだと考えて間違いない』
 そう返信すると、獅刃は思わず小さなため息をついた。

 式神や使い魔の数が、獅刃が予想していたよりも大分多いのだ。
 それは、当然参加している、もしくは参加を検討している異能者の数が多いことを意味する。
 今のところは、それがこちらにとってもプラスの状況を作り出しているが、いつ何時参加者同士が手を組まないとも限らない。
 もしそうなったら、式だけでどこまで時間を稼げるかは微妙だった。

 しかし、その心配は、少なくともこの日に関しては杞憂に終わった。
 ターゲット全員が無事に帰宅したのを確認して、武彦の所に連絡を入れる。
「今日のところは、十人とも無事だ」
 ところが、返ってきたのは予期せぬ返事だった。
「わかった。それより、大至急こっちに来てくれないか。緊急事態だ」
 その声の様子から、ただごとではないことがわかる。
「一体何があった?」
 そう聞き返すと、武彦は緊張した声でこう答えた。
「亜真知と隼人の二人と、それに綾霞さんとも連絡がつかない。
 まさかとは思うが、万一の可能性もある」





「最初は向こうから連絡してくるんだろうと思っていたんだが、いつになっても連絡がない。
 それで、こっちから連絡してみたんだが、どうやってもつかまらない」
 興信所に戻った獅刃たちに、武彦が状況を説明する。
「調査方法の都合上、連絡しづらい状況にある、ということは考えられないでしょうか?」
「その可能性はあるが、調査をメインにしてるのは亜真知だけで、綾霞さんと隼人は護衛がメインだったはずだろう」
 璃琉の問いにそう答えると、武彦はさらに続けた。
「それと、もう一つ気になることがある。
 宮小路財閥の情報部はもちろん、警察関係にも綾霞さんが情報をリークしたはずなんだが、誰も動いている気配がない。
 それどころか、事件の話をしても、そんな話は聞いていないというんだ」
 その言葉に、全員の表情が硬くなる。
「情報がうまく伝達されなかったか、偽者の危険性を考慮して我々にも隠しているか、では?」
 再び璃琉が常識的な意見を述べるが、武彦はすぐに否定した。
「情報伝達にミスがあったとしても、『誰一人知らない』ということは考えにくい。
 それに、嘘をついているようにはとても思えなかった」
 だとすれば、考えられることは一つ。
「かなり多くの人間に対して、一斉に記憶操作が行われた、と?」
 獅刃がその結論を口にすると、武彦は黙って首を縦に振った。
 その様子に、正風が大声を出す。
「ちょっと待ってくれ。俺たちがやり合おうとしてる相手は、そこまで危険な連中なのか?」
 確かに、かなりの力のある相手には違いない。
 だが、力があるということが、即危険だということにはつながらない。
「危険かどうかはまた別問題だ。
 それだけの力のある相手なら、おそらく平行して俺たちに仕掛けてくることもできたはずだ。
 にも関わらず、俺はそれらしいちょっかいは何もかけられていない。あんたたちもそうだろう」
 獅刃の推理に、正風と璃琉は小さくうなずく。
「なら、少なくとも現時点では、俺たちにとっては、危険ではないかもしれない。
 むしろ、問題なのは今日気配を感じた『参加者』の方だろう」
 そう断言してから、獅刃は口には出さずにこう付け足した。
(それに、そこまで強い相手に対して、どんな対策が立てられる?)





 しばしの沈黙の後。
 真っ先に口を開いたのは、璃琉だった。
「綾霞さんの名前は元々リストに無かったから計算に入れないとして、二人消えて後十三人。
 僕たちに出来ることは、その十三人から、これ以上『消える』人を出さないように守ること、ですよね」
「そうだな。最低でも、俺たち以外に五人くらいは守り抜かないとな」
 すぐに、正風もそれに同調する。
(これでいい。少なくとも、今のところはこれでいい)
 自分にそう言い聞かせてから、獅刃も改めてその意見に賛意を表した。
「では、今から作戦会議だな。俺たち三人だけになった以上、改めて作戦を練り直す必要がある」

 その後の作戦会議で、明日以降も獅刃が式を用いてターゲットを見張り、残りの二人は「なるべく他の相手が狙われてもフォローに回りやすい位置にいる人物」に張りつきつつ、万一の際には獅刃の指示で現場へ向かうことが決められた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 Choice 〜

 その後。
 何事もなく二日目が過ぎ、三日目が過ぎ、四日目が過ぎた。

 一日目に見かけた異様な数の式神や使い魔の類は、日を追うごとに数を減らしている。
 獅刃によると、「難しいと見て手を引く連中が出始めたのだろう」ということらしい。
 それ自体は喜ばしいことではあったが、裏を返せば、いまだにターゲットを監視している連中は、それだけ「参加」しようとする意志が強固である、というようにもとれる。
 そして、多すぎる参加者が互いに牽制しあう状態が解消されることによって、それらの「確固たる意志を持った参加者」が仕掛けてくる危険性は、日に日に高くなっていた。

 このままで終わってほしい。
 だが、このままで終わるはずがない。
 期待も、不安も、日を追うごとに強くなっていった。
 
 



「見張らせていた式が、立て続けにやられた」
 璃琉のもとにそんな連絡が入ったのは、五日目の夕方だった。
(来た)
 感じたのは、使命感と恐怖。
 その両方をうまく隠しながら、璃琉はすぐに詳細を確認する。
「場所は? 僕はどこに行けばいいんですか?」
「場所は三カ所、そのうち一カ所はちょうどお前の所だ。
 いいか、何があっても護衛対象から目を離すな。こっちを何とかしたらすぐに行く」
 その必要最低限の情報だけを残して、電話は切られた。

 璃琉が護衛していたのは、一つ年下の大学生だった。
 どこにでもいる、平均よりやや不真面目な大学生で、勉強よりもアルバイトやサークル活動により多くの時間をかけている、比較的外向的な感じの青年である。

 その彼は、ちょうどアルバイトを終えて、家路につこうとしていた。
 ここから彼のアパートまでは、それほどの距離があるわけではない。
 けれども、彼には「時間があるときは、時々目的もなく回り道をしようとすることがある」という奇妙な癖があるため、目を離すのは危険だった。

(守らなくては)
 璃琉が、そう決意を新たにしたとき。
 璃琉の携帯電話が、今度はメールの着信を告げた。
(こんな時に)
 そう思いつつも、とっさにメールを確認する。
 画像つきの、見知らぬアドレスからのメール。
 普段ならば、見もせずに消去してしまうであろうメール。
 ところが、その題名に書かれた内容が、彼にそうすることをためらわせた。
『かわいいお友達ですね』
 何か、とてつもなく嫌な予感がする。
 その嫌な予感に負けて、璃琉はそのメールを開いた。

 送られてきた画像は、一匹の兎を写したものだった。
 他の人が見ても、ただの兎にしか見えないだろう。
 しかし、璃琉にとっては、その被写体は「ただの兎」などでは決してなかった。

(――翡翠!?)

 そう。
 写っていたのは、璃琉の飼っている「翡翠」の写真だったのである。
 いつも放し飼いにしている部屋の隅で、懸命に警戒するそぶりを見せている。
 その表情には、撮影者に対する強い敵意と、おびえの色がありありと見て取れた。
 さらに、メールの本文が、璃琉の焦燥感をさらに煽るような文面になっている。
『本当に、食べてしまいたいくらいかわいいですね』
 このメールが、「護衛を中断して戻らなければ、翡翠に危害を加える」という脅しであることは明らかだった。

 その脅しを受けてなお、璃琉はあくまで冷静に事態を把握していた。
 今、翡翠のもとに向かえば、あの青年は確実に消されることになる。
 だが、もしこのまま護衛を継続すれば、翡翠に危害が加えられるのではないだろうか?
 もちろん、翡翠は彼らにとっては「ただの兎」でしかないのだから、作戦の失敗を悟っておとなしく手を引く、という可能性もある。
 その可能性自体は否定できないが、翡翠の命を賭けられるほどその可能性が高いとは思えなかった。

 璃琉が悩んでいる間にも、青年はどんどん先に行ってしまう。
 迫りくるタイムリミットが、璃琉に決断を促した。





 そして、それから十数分後。
 璃琉は、自分の部屋に戻ってきていた。
 璃琉があの青年から離れたからか、それとももともと翡翠に危害を加える気はなかったのか、いずれにせよ、翡翠に危害が加えられた形跡はない。
「翡翠! よかった……」
 翡翠の無事を確認して、ほっと息をつく璃琉。
 けれども、その安心感は長くは続かなかった。
 かわって、「あの青年を見捨てた」という罪悪感が、璃琉を苛み始める。

 脅されて正常な判断力を失い、あわてて戻ってきたのなら、まだ救いはあったのかもしれない。
 ところが、璃琉の場合は、あの青年と翡翠を天秤にかけた上で、冷静な判断のもとに翡翠を選んでしまったのだ。
 それは、とりもなおさず、璃琉が「冷静な判断のもとに」あの青年を見捨てるという決断をした、ということに他ならない。

(無事でいて欲しい)
 無理とは知りつつも、璃琉はそう祈らずにはいられなかった。

 その時、再び璃琉の携帯電話にメールが届いた。
 震える手で、メールを確認する。
 先ほどのメールと同じアドレス。
 今度は、画像はなく、題名さえもない。
 そのメールを、おそるおそる、開いてみた。

『ご協力ありがとう。
 これからもお友達と仲良くね』

 璃琉の祈りは、やはり、届かなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 Assistant 〜

 五日目の夜。
 獅刃と正風は、三度草間興信所にて今後の対策を検討していた。

 今日「消された」人数と、最近見かけられた使い魔の数などから判断する限り、残っている襲撃者の数は、せいぜい数人と考えていい。
 実際、獅刃が当初から目をつけていた異能者たちも、すでにそのほとんどが今回の一件からは手を引いている。

 加えて、護衛対象が徐々に減っていることも、「一人一人への警備を強める」という意味では有利な材料といえた。
 今回は見張りにつけていた式を狙われて「空白の時間」をこじ開けられてしまったが、当然獅刃も対策はすでに講じてある。
 同じ連中がもう一度仕掛けてくる可能性は低いが、もし誰かがもう一度今日と同じ戦法をとってきたら、確実に返り討ちにできる自信があった。

 と、その時。
 突然、一人の青年が部屋に入ってきた。
 二十代後半くらいの茶髪の男で、会ったことはないはずなのに、なぜかどこかで会ったことがあるような気がする、そんな不思議な男だった。
「俺も手を貸すぜ。
 理由は言えないけど、だいたいの事情は知ってる」
 突然のその申し出に、獅刃と正風は顔を見合わせる。
 敵ではなさそうだが、味方であるという保証もない。
 そんな相手を、あっさり信用してしまっていいものだろうか?
「警戒しなくても、敵じゃないから心配すんなって」
 苦笑する男。
 すると、次の瞬間、正風がぽつりとこう言った。
「俺は、こいつは信じてもいいような気がする。まあ、カンだけどな」
 命を預けるような相手を、カンでなど選べるか。
 普段の獅刃なら、そう一蹴したかもしれない。
 けれども、獅刃はそうは答えず、その代わりに、やはり小さな声でこう返した。
「俺も、なぜかそう思う。あくまで、カンだがな」
 その言葉に、男は満面の笑みを浮かべた。
「信じてくれてありがとな。
 まあ、俺も大したことができるワケじゃないけど、一人くらいなら何とか守れると思うぜ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 Over 〜

 大方の予想に反して、六日目は何事もなく過ぎ去り、いよいよ「狩り」も残すところあと一日となった。

 今日一日守りきれば、危険は去る。
 だが、それは、狙う側にとっては「今日のところは様子を見る」という選択肢が消えたことを意味する。
 仕掛けるか、それとも断念するか。
 今までは「様子見」と言う選択肢を採り続けてきた相手が、改めて二者択一を迫られた時に、仕掛ける方を選ぶ危険は十分にあった。

「いよいよ、今日が最後だな」
 獅刃は、今までと同じように式を飛ばして全員の様子を見張っている。
 一昨日のようにいきなり式を狙われることも考慮して、昨日からは護衛対象一人につき二羽の鴉型の式を差し向けていた。

「やっぱり、仕掛けてくるかもな」
 正風は、あえて誰にもつかず、「誰のところにでも駆けつけやすい場所」で待機することを選んだ。

 そして、璃琉――いや、翡翠は、リストに名前があった一人の少女を護衛していた。
 彼女を選んだ理由は二つある。
 一つ目は、彼女のいる場所がターゲットとされている他の誰の位置からもやや遠いこと。
 二つ目は、「どうせ護衛するなら女の子の方がいいや」という翡翠の希望であった。

 そうやって、いつも通りのマイペースを装ってはいたが、翡翠には心中期するものがあった。
 璃琉に「護衛すべきだった青年を見捨てる」という決断をさせたのは、自分のせいだと考えていたからである。
 あの状況で、捕まらずに済む方法があったとは思えない。
 それでも、もし自分が捕まりさえしなければ。
 璃琉があんなつらい決断をする必要もなく、護衛していた相手をみすみす消させることもなかっただろう。

(俺のミスは、俺が取り返すしかないよな)
 翡翠は、璃琉と「代わった」時から、ずっとそう考えていた。

 そのために今できることは、一人でも、何とかして自分の手で守り抜くこと。
(守ってみせるさ。あのお嬢ちゃんのためにも、璃琉のためにも、俺自身のためにも)
 守るべき少女の後ろ姿を見ながら、翡翠は改めてそう誓った。





 ところが、結局、彼女を狙ってくる者はいなかった。
(まあ、守りきれた、と考えていいのかな)
 誰も狙ってこなかったのは、獅刃の式がしっかり見張っていたからか、それとも不自然にならない程度に翡翠がそばにいたからか、それともただ単に他のターゲットの方が狙いやすいと判断したからか、それはわからない。
 そのいずれにせよ、彼女が無事なことだけは確かだった。
(不戦勝も、勝ちのうち、ってな)
 そう割り切って、翡翠が小さく苦笑したとき。
 不意に、少女が彼の方を向いた。
「え?」
 驚く翡翠に、少女はにっこりと笑うと、かわいらしく頭を下げる。
「ありがとう」
 さすがに、これは予想外の事態だった。
「おいちゃん、お嬢ちゃんにお礼を言われるようなことは何もしてないぜ?」
 内心の焦りを必死で隠しつつ、困ったように笑い返してみる。
 すると、少女は嬉しそうにこう続けた。
「私のこと、守っててくれたんでしょ? わかるの、なんとなく」
 無自覚な弱いテレパシー能力か、それともただのカンなのか。
 どちらにしても、悪事がばれたわけではない以上、これ以上ごまかす必要はなかった。

 翡翠があることを思いついたのは、ちょうどその時だった。
「お嬢ちゃん、ちょっと待って。もう一回だけ、ありがとうって言ってくれないかな」
「え? うん、いいよ?」
 翡翠の提案に、怪訝そうにうなずく少女。
 それを見届けてから、翡翠は璃琉と「交代」した。
 少女の言葉が、少しでも璃琉の心の傷をいやしてくれることを願って。





 こうして、この事件は終わりを告げた。
 結局、「狩り」の終了直後に亜真知、綾霞、隼人の三人はひょっこり戻ってきたため、最終的に「狩り」を乗り越えられたのは、十五人中十二人ということになった。
 守りきれなかった相手が三人も出てしまったということは、非常に残念な結果ではある。
 だが、一時の状況を考えれば、たった三人で済んだ、といえないこともないだろう。

 璃琉が途中から「消えて」いたことの真相については、今のところ誰にも話していない。
 もともと、ある程度根掘り葉掘り聞かれることは覚悟していたが、亜真知たち三人があまりはっきりしたことをしゃべらなかったため、璃琉もはっきりしたことを言わなくても、特に不審には思われなくなったのだ。

 しかし、それが璃琉にとってプラスだったかどうかは、璃琉自身にもわからなかった。
 誰にも話さずに済んだ、ということは、誰かに話す機会を失ってしまった、ということでもあるのだから……。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 1593 /  榊船・亜真知 / 女性 / 999 / 超高位次元知的生命体・・・神さま!?
 2335 / 宮小路・綾霞  / 女性 /  43 / 財閥副総帥(陰陽師一族宗家当主)/主婦
 2263 /  神山・隼人  / 男性 / 999 / 便利屋
 2204 /  刃霞・璃琉  / 男性 /  22 / 大学生
 0391 / 雪ノ下・正風  / 男性 /  22 /オカルト作家
 1981 /  双己・獅刃  / 男性 /  22 / 外法術師

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 撓場秀武です。
 この度は私の依頼にご参加下さいまして誠にありがとうございました。

 今回はPC間に力の差があり過ぎたこともあって、予告通り「もとを断とう」と(多少でも!)考えた方々についてはしっかり迎撃させていただきました。
 コミカルな話なら、別になんの問題もなく共存できるのですがねぇ。
 というわけで、次から、シリアスな話に関しては「推奨パワーレベル(仮称)」でもつけようか、などと考えております。
 そうしないと、今回のようにやたら話が分岐してしまって、自分の首を絞めてしまいますし……。

 ちなみに、本当は最後にもう一度大規模な襲撃があることにする予定だったのですが、どう書いても不自然きわまりなくなってしまったので、思い切ってカットしてしまいました。

・このノベルの構成について
 このノベルは全部で五つもしくは六つのパートで構成されております。
 このうち、いくつかのパートにつきましては複数のパターンがございますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。

・個別通信(刃霞璃琉様)
 今回はご参加ありがとうございました。
 第二人格の描写は今回が初めてでしたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?
 最後はもう少し自然な終わり方にしたかったのですが、「守った」ということが相手に伝わるような守り方、およびそのような状況がどうしても考えつかなかったので、このような終わり方になってしまいました。
 もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。