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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


身体の小さくなる魔法。
 ああ、この部屋はこんなに広かったっけか……。
 すっかり広くなったような気のする部屋の中を見回しながら、朝野時人はため息をついた。
「……って、ため息なんかついててもしょうがない、んだよね」
 そうは口にするものの、やはり、ため息がこぼれ落ちる。
 もう、ため息をつくくらいしかやることがない。
 なにしろ、身体が小さくなっているのだ。小さく――といっても、身長が縮んだわけではない。子供になってしまっているのだ。
 どうしたものかと思いつつ、時人はそもそもの原因である宝石箱のふたを開けた。この箱のふたを開けようとしたとたん、子供の姿になってしまったのだ。
 ふたは、今度はすんなりと開く。
 中には、古ぼけた羊皮紙がはいっていて、そこにはかすれた文字でなにかが書きつけられている。
「えっと……『元の姿に戻りたくば、自分以外に少なくともひとりの人間とお茶会を開き、秘密の告白大会をすべし。秘密の種類は問わない』……って。なんなんだろうコレ……」
 ただのイヤガラセとしか思えない指令に、時人はがっくりと肩を落とし、誰か助けてくれる人間はいただろうかと知人たちの顔を思い浮かべた。

 そんなこんなで、知り合いの知り合いやらなにやらで、結局3人の人間が集まった。全員に事情を説明して、あらかじめ子供の姿になってもらってある。
 そんなふうにしてはじまったお茶会なのだが、最初から異様な雰囲気がただよっていた。
 何しろ、その場にいる全員が10歳児の姿をしているのだ。仕種はどう見ても10歳には見えない人間ばかりなのだが。
「秘密を告白すればいいんだよな?」
 クッキーをつまみながら首を傾げたのは、銀色の髪をつんつんとはねさせた元気のよさそうな男の子――櫻疾風だった。もともとは23歳の消防士なのだが、今の様子を見ていると、ただの腕白少年にしか見えない。
「でも、秘密ってなんでもいいんですか?」
 如月縁樹が重ねて訊ねる。黒い服を着て白い服の人形をかかえている様子は、縁樹自身がまるで人形かなにかのようにも思える。スレンダーな体つきで、銀色の髪は普段に比べるとやや長い。赤い瞳は常と同じくぱっちりとしていて、状況を楽しむかのように周囲に向けられている。
「多分、なんでもいいんじゃないかなあ、と思うんですけど」
 曖昧に時人は答えた。
 あの指令が具体的にどういうことを指すのか、時人にはまったく見当もつかない。
「秘密の告白大会? 単に、宴会をやるって聞いていたのに」
 3人の言葉を聞いて、小野塚伊織が怪訝そうな顔をする。
 茶色の髪をワンレンにした彼女は、本職は手品師なのだという。たまたま店にきたところをつかまえて参加してくれるように頼んだのだが、どうやら、よく話を聞いていなかったらしい。
「宴会というからには、もう、当然、私の出番ですからね」
 伊織は立ち上がると、ポーズをつける。本職がマジシャンであるという彼女は、どうやらやる気満々らしかった。
 伊織はカバンの中から、銀色に光る金属製の輪を取り出すと、芝居がかった手つきでタネも仕掛けもないことを見せてくる。
「なんです、それ?」
 縁樹が不思議そうに訊ねる。
「マジックリングですよ。タネも仕掛けもない金属の輪を、つなげたりはずしたりするんです」
 言いながら、伊織はかちゃりかちゃりと音を立てながら、いとも簡単に輪をつなげていく。
「へえ、すごいな」
 疾風は素直に感心する。
「そうでしょう、そうでしょう」
 伊織は得意げだ。すっかりつなげてしまった4つの輪を、今度は1つずつはずしていく。
 だがそのとき、手を滑らせて、伊織はリングを下へ落とした。
「……切れ目、ありますね」
 伊織の手の中にあるときには気づかなかったが、リングにはきちんと切れ目があった。時人はリングを見つめながらぽつりとつぶやく。
「……え、えへへ」
 伊織がごまかし笑いをする。
 しばらくの間、なんとなく、気まずい沈黙が辺りを支配した。
「まあ、元気出せって!」
 その沈黙を破ったのは、縁樹の抱いている人形――ノイだった。ノイは元気な仕種でひょこひょこと手を動かし、なんとなく伊織を励ましているかのような動作をする。
「……なぐさめはいりませんっ」
 くぅ、と伊織が涙をこらえる。
「仕方ないなあ。これやるから元気出せよ」
 ノイが縁樹の腕から飛び出して、伊織に背中を向ける。伊織がその背中についたチャックを下ろすと、中から飴玉が出てくる。
「……すごい」
 伊織はその飴玉をてのひらに乗せて、ぽつりとつぶやく。
「これがボクの秘密だぜ! 背中のチャックの中身はトップシークレット! ついでにこの身体は綿100%だったりな」
 ふふん、とノイがポーズをキメる。
「僕たち、秘密だらけみたいなものですもんね。ね、ノイ。いつ頃から生きてるか自分でもわからないし……」
「なんか、ヘビィなんですね」
 驚いたような様子で時人が言う。
「うーん、そうでもないですよ。軽い秘密もいっぱいありますもん。酔うと抱きつき魔になっちゃうところとか、甘いもの食べても太らないところとか」
「……うらやましい秘密ですね」
「え、伊織さん、抱きつき魔になりたいんですか?」
「違いますって!」
 伊織が縁樹に裏拳でツッコミを入れる。
「まあ、とりあえずはお茶とかお菓子とか、どうぞ」
 縁樹はノイを呼び寄せると、背中のチャックを開けて中からお茶の2リットルペットボトルを1本、続いてクッキーの缶やスナック菓子の袋を出す。
「本当にどこから出てるんだって感じだな……」
 それを見て疾風がつぶやいた。
「それに比べたら、僕の秘密なんてたいしたことないかも」
「どんな秘密なんですか?」
 時人がわくわくしたような様子で訊ねる。
「毎日が隠しごとの連続だから、どれが秘密なのか自分にもよくわからないくらいなんだけどさ。爺様の大事にしてる虎の巻を干上がらせちゃった上に、もとにもどそうと思って水浸しにしてドライヤーにあてたらこげちゃった、とか」
「それも充分大変なことじゃあ?」
 クッキーの缶を開けようと苦心しながら、小さな声で縁樹が言う。
「あとはそうだなあ、手のない4本足のかえるの話、聞いたことある?」
「ああ、あります。つかまえてうっぱらって儲けました」
「……小野塚さん、そんなことしてたんですね」
 時人のツッコミなど、伊織の耳には入っていないようだ。
 儲け話のにおいに惹かれたのか、身を乗りだして疾風の話に聞き入っている。
「あれって、実はうちの弟が作ったんだよ」
「……今度、その弟さんを紹介してください」
 伊織が疾風の手を握って、真剣な面持ちで口にする。
「お、弟を?」
 まさかそうくるとは思っていなかったのか、疾風は目をぱちくりとさせた。
「小野塚さん、なんか櫻さん、困ってるみたいですよ」
 縁樹が言いながら、伊織を疾風から引き離す。見た目以上に縁樹は力があるらしく、伊織はあっさりとはがされてしまった。
「他にはなにかあるんですか?」
 伊織を押さえ込んだままで、縁樹が話の続きをうながす。
「妹の持ってるブランド品は、錬金術で作り出したコピー品だとか」
「……い、妹さんも紹介してください!」
「妹も? ……妹は女なんだけど」
 伊織の目的がわかっていないのか、疾風はズレた返答をする。
「あとは、うちの親父さんは飲み屋に一升瓶持ち込んで熱燗にしてもらってさんざん飲んだ挙句、覆面パトカーで帰ってくるマル暴担当の刑事だとか、お袋さんは未だに白衣の天使を自称してるくせに結婚してから20キロも太ってて、もう白衣のぺ天使状態だとか……」
「なんとなく、ものすごくお金のにおいのするおうちですね」
 ふふふふふ、と伊織が笑う。
 どうして伊織がそんな笑い方をするのかわからないのか、疾風はきょとんとしている。
「……そういえば、秘密を話したら戻れる、んじゃなかったんですか?」
 ふと気がついたように縁樹が言う。
 たしかに縁樹の言う通り、秘密を暴露しているというのに、4人がもとに戻るような気配はない。
「全員が秘密を暴露してないからいけないんじゃないですか? ほら、まだ朝野さんが言ってないじゃないですか」
「え、ぼ、僕?」
 話を振られて、時人は視線をそらす。
 秘密――あるにはあるが、できれば、あれはあまり人に話したくないのだ。もちろん、話したくないから秘密なのだろうとは思うのだけれども。
「ほら、早く白状しちゃわないと、いつまでたっても子供のままですよ」
「う……え、ええっと……その。実は……」
 口ごもった時人に、3人と1体の視線が集中する。
「……僕、まだ蒙古斑があるんです」
 恥ずかしさをこらえて、時人は口にした。
 すると、3人はそれぞれに、笑いをこらえるような表情をする。
「も、蒙古斑くらい……大人になれば消えますよ! 大丈夫です!」
 そうなぐさめてくる伊織は、今にも吹き出しそうな顔をしている。
「そうですよね。大人になると消えるって言いますし」
「そうそう、気にすることないと思うけどな」
 口々になぐさめられればなぐさめられるほど、時人は沈んだ気分になるのだが、そのことには誰も気がついていないようだ。
「でも、まだ戻らない……なんでだろう?」
 そういえば、と、ふと疾風が言う。
「そういえば……」
 縁樹も首を傾げる。
「あ、小野塚さんがまだなんじゃ?」
「……う」
 時人が指摘すると、伊織はつぶれたかえるのような声を上げた。
「……やっぱり、言わないとダメですか?」
「だって、でないと元に戻れなくて困りませんか? 僕は困らないですけど」
 縁樹が言う。
「僕も困るなあ、ちびっこ消防士なんてさすがにありえないような」
「……笑わないでくださいよ」
 伊織はなぜかすっくと立ち上がると、一同を見回して言う。
「笑いませんよ。ねえ、ノイ?」
 縁樹が尋ねるとノイもうなずく。
「私は……」
 口にしかけて、伊織は視線をそらす。
 そして耳まで赤くなりなる。
「ひ……」
「ひ?」
 縁樹が訊ね返す。
 伊織はいたたまれないのか、こぶしをつくってぷるぷると震わせながら、やっとのことで口にする。
「……貧乳なんです」
 伊織がそう口にしたとたん、あたりにピンク色の煙が充満した。
 そしてそれが消え去ったときには、4人は元通りの姿に戻っていたのだった。
「貧乳好きな男もいるし……気にしなくていいんじゃないかな」
 疾風がぽん、と伊織の肩に手を置く。
「そうですよ、最近は寄せて上げてとかありますし」
 縁樹もそう言ってなぐさめる。
「……なぐさめになってませんよ!」
 きぃ、と伊織は地団太を踏む。
「あ、お、小野塚さん!」
 そんな伊織に、時人は悲鳴を上げた。
 ここは、時人の部屋なのだ。ということは――つまり。
「崩れてきちゃいます……!」
 ぐらりぐらりと、あたりに積まれているがらくたが揺れる。
 だが、時人の制止も既に遅く、けたたましい音をたててがらくたの山は崩れ落ちたのだった……。

 その後、4人が部屋の掃除にかかった時間は、秘密を暴露した時間よりも長かったという。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2558 / 櫻・疾風 / 男 / 23 / 消防士、錬金術師見習い】
【1431 / 如月・縁樹 / 女 / 19 / 旅人】
【2855 / 小野塚・伊織 / 女 / 24 / マジシャン・霊能力者】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、2度目の発注ありがとうございます。今回、執筆を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹と申します。
 今回は秘密の暴露大会ということで、ノイさんも少しはしゃべっていただこう、ということで口をきいていただいたのですが……こんな感じの口調でよろしかったでしょうか。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。