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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


鬼龍の里にようこそ!

【オープニング】

「鬼龍の里……誰を取材に行かそうかしら」

 と、碇麗香が、本日数度目になる溜息を、また漏らした。
 編集長の椅子に浅く腰掛け、形の良い足を組み、片肘は机に乗せて、中途半端に頬杖を付き……ちょっと小首を傾けて窓越しに曇り空を見上げる姿など、どこぞの雑誌の美人写真集にそのまま売り込めるほど、実に、アンニュイな雰囲気を醸し出している。
 もっとも、その姿に見惚れることの出来る人間は、実は、アトラスの実態を知らない者だけに限られるのだが。
 碇麗香は、鬼である。
 少なくとも、ここに籍を置く某平社員は、そう確信している。
 もちろん、面と向かって、それを言えるはずもない。心の奥底で、ばれないように、こっそりこっそりと、主張するのみである。
「三下!」
 不機嫌も顕わに呼びつけられ、某平社員こと三下忠雄は、端で見ていて哀れになるほど、飛び上がった。
「はいぃぃ……」

 ああ、また、自分が、訳のわからない取材に行かされるのだ。
 何て言った? 鬼龍の里? 鬼と龍?? 名前からして、得体が知れない。何だか、和風な化け物がウヨウヨといそうではないか!
 怖いよぅ……。

 三下は、今まで願いを叶えてもらった試しのない神様に、人生何万回目かのお祈りを、懲りもせずに、捧げてみた。
 でも、また、行かされるんだろうな…………きっと。
 諦めモード満載で、がっくりと項垂れた時、不意に、麗香の優しげな声が、頭の上に降ってきた。

「そんなに嫌なら、今回は、行かないで良いわ。三下くん」

 初めて、お祈りが通じた一瞬。
 碇麗香の背後に、間違いなく、後光が差して見えた。

「編集長ぉぉ……」

 他のバイトやら暇人やらを数人呼びつけて、碇麗香が、彼らに、取材の内容を伝え始めた。

「古い伝統文化を大切にしている里でね。そこの人々の素朴な暮らしぶりや、伝わっている伝説なんかを、取材してきて欲しいの。完全に自給自足の村だから、あらゆる物を、自分たちの手で作り上げているらしいわ。染め物、機織り、陶芸、刀鍛冶……。温泉もあるんですって。ちょうど里の重要な祭りも終わって、村人たちにも時間が出来たから、ゆっくりおくつろぎ下さいって、里長が言っていたわ」

 その里長ってのが、これまた清楚な美少女なのよね〜。
 碇麗香の話は続く。
 三下は、自らが、騙されたことを知った。
 そう。
 今回の取材は、幽霊取材ではないのだ。
 古き遺産、伝説の探索。探求。
 素朴な里人たちとの、交流。
 聞けば聞くほど、羨ましい。羨ましすぎる!

「編集長…………ぼ、僕も……」
「馬鹿言ってないで、使い物になる原稿の一つでも、さっさと仕上げて来なさい」

 下っ端の意見は、あっさりと、却下された。
 ご愁傷様である。





【勘違い?】

「おかしいですね……」
 車両に乗って、柏木アトリは、早速、奇妙な違和感に囚われた。
 総勢十六名もいるはずの、今回の団体旅行。鬼龍へと向かう列車の中は、人でごった返しているはずだった。
 各自がばらばらに座ったとしても、影くらいは、視界の端に入ってくるものである。笑い声は存外に響くし、まさか、一日半も座席にしがみついて、動かない道理もない。

 が、人っ子ひとり、見えない。

 初めはおとなしく座っていたアトリだが、ついに不安にかられて立ち上がった。
 もしかして、間違った列車に乗ったのでは、と、思ったのだ。
 逸る心臓を鎮め、そろそろと、車内を見回す。アトリは列車の最前部に乗っていたので、進行に逆らうような形で、一つ、一つ、椅子を確かめていった。
「ま、間違えていたら……どこで、降りれば……」
 友人の槻島綾のように、アトリは、旅行慣れしていない。元々、万事を生真面目に考えるたちでもある。一人暮らしを始めて度胸が付いたとはいえ、見知らぬ土地への旅は、不安で一杯だった。
 しかも、鬼龍は、地図にも出ていないような秘境の里だ。迷子になったら、本気で帰る自信がない。
「車掌さんに、聞いてみようかしら……」
 それは名案に思えた。どんなローカルな列車でも、乗員はいるはずである。
 考えると、かなり気が楽になってきた。
 ほっとする余り、前をよく見ていなかった。最後尾の車両のドアを開けた途端、どん、と、飛び出してきた人影とぶつかった。
「っ!」
「きゃ……」
 相手の男は、少し蹌踉けただけだったが、アトリは見事に尻餅をついた。悲しいかな、身長と体重の差であろう。相手の男は、慌ててアトリを引っ張り上げると、頭を下げた。
「すみません……。大丈夫ですか?」
 男は、ごく普通の大学生に見えた。どちらかと言えば文学青年風で、温厚な雰囲気が、何となく、アトリをほっとさせてくれた。
「あ……大丈夫です。すみません」
 立ち上がった拍子に、折り畳んで上着のポケットに入れておいたアトラスからの文書が、床に落ちた。聴取してきて欲しい取材内容や、出立の時刻などが書かれた紙だ。アトリよりも、青年の方が、それを先に拾い上げた。彼が、人懐っこい笑顔で、話しかけてきた。
「アトラスから派遣されてきた方だったのですね」
「あなたも……ですか?」
「はい。柚品弧月(ゆしなこげつ)といいます」
 お互いに、ほっと顔を見合わせる。
 車両の端と端に座って、不安に思っていた者たち同士が、笑いあう。
 と、唐突に列車が止まり、乗降口のドアが開いた。外から、三人目の客が、中に踏み込んできた。
「……どういうことだ?」
 客が、やや呆然とした顔をする。アトリも弧月も意味がわからず、思わず、相手の顔を、まじまじと見つめてしまった。
「あの……何か」
「鬼龍に客が来るのは、明日のはずだ。なぜ、一日早いこの列車に、乗っている?」
 今度は、二人が、呆然とする番だった。



「碇さんからもらった、この連絡簿、日付、間違えていたみたいですね……」
 柚品弧月が、こめかみを押さえる。
「もしかして……私たち、二人だけですか」
 アトリも、深々と溜息を吐く。
 穏やかな気性の者同士、ただ、がっくりするだけだ。怒らないところが、何とも言えず、彼ららしい。
「まぁ、一日早い訪問も、悪くはないさ。鬼龍はとにかく田舎だから、寝るくらいしかすることはないがな」
 三人目の乗客は、鬼龍の里人だった。彼は、流(ながれ)と、短く名乗った。鬼龍の里人は、本来、名字を持たないものであるらしい。
「いえ。そうではなくて……あの……真名(まな)さんに、ご迷惑にはなりませんか?」
 アトリの言葉に、流が、また驚いた表情を形作る。よく吃驚する日だと、後になって、苦笑した。
「……真名を知っているのか?」
「前に、草間さんのところでお会いして。いつか里に遊びに行きますって、約束をしたのです。それなのに、日付を間違えてしまうなんて……」
「遅刻したのならともかく、早く来たのなら、真名は喜ぶんじゃないのか? あいつは里長だから、里には友人もいないしな」
 弧月とアトリが、一瞬、ちらりと目を交わした。
 あれこれと質問してみたい衝動に駆られたが、我慢した。興味本位で首を突っ込む問題ではないのだろう。
「柏木……だったな。里では、真名を、里長とは呼ばないでやってくれ。あいつは、好きで、そんなものになったわけじゃないんだ」
 呟いたきり、鬼龍の里人は、ふいと外の方を向いてしまった。
 沈黙を抱えたまま、列車は、更に、走り続ける……。





【海の彼方より】

 アトラスのとばっちりを受けて、一日早い訪問と相成ってしまった二人の客人は、里長の家に招待された。
 もっとも、肝心の里長は、禊に出ているということで、留守だった。列車の中で知り合った里人は、用事がある、と言って姿を消したきり、帰ってくる気配がない。
 他人の家に放り出され、二人揃って、途方に暮れた。
 こうなると、二人いるのが心強い。特に弧月の方は、大学で考古学を囓っているだけあって、家の中に無造作に置かれた珍しい品々に、興味津々だ。悪いと思いつつ、年月が磨いた古い茶器たちに、触れてみる。
 サイコメトリーと呼ばれる、時間の流れの残像を拾うことの出来る能力が、目まぐるしく活動を始めた。触れた指先から、過去が、現在が、そして、未来が、流れ込んでくる。
 凄まじいまでの、情報量。
 器たちは、随分と長く生きていた。様々な人の手を渡り、様々な人の言葉を聞いていた。田舎の片隅で、しっかりと、歴史そのものを見続けてきたのだ。それを、弧月に、伝えてくる。
「あ……これは」
 一際強く、訴えかける、意思。
 弧月が、一旦、手を離した。
「柚品さん?」
 アトリが、不思議そうに首をかしげる。そうだ。傍らに、旅の同行者がいた。弧月は、名残惜しそうに、茶器を見つめた。彼女を放り出して、一人趣味に浸るのは、何だか申し訳ない。

「何が見えました?」

 後ろから、声を掛けられた。
 はっとして振り向いた先に佇む、白い人影。
 
「真名さん!」
 アトリが、嬉しそうに駆け寄る。
 そうか。あれが、鬼龍の里長か。弧月の目には、特に変わったところなど無い、ごく普通の女の子に見えた。高校生くらいの年齢だが、あれで村の主など大変だな、と、同情まで湧いたほどだ。

「見えましたか。柚品様」
 里長が、再び問う。弧月は、碗に視線を落とし、ええ、と頷いた。
「語りかけてきます。ここの器は。ここにある全てが、本物なのですね」
「視る力を持つ方には、強すぎるかも知れません。ここにある物たちは。ですが、見て頂きたいような気もします。皆、ずっと、誰に知られることもなく、ここで眠り続けてきましたので」
「柏木さんにも、見てもらいたいですね。独り占めするのが、勿体ないです」
 弧月が、笑った。彼には、映像を伝える能力はない。
「お見せ下さいませ。柚品様。柏木様と、わたくしに」
「いえ。それは……」
「鬼龍では、外の世界の不可能が、可能になります。柚品様が願えば、鬼神様と龍神様が、力を貸して下さいましょう」
「願えば……?」

 祈りの言葉など知らないが、弧月は、導かれるように、茶器に手を宛った。

 景色が見える。山の景色だ。深い谷に、蛇のようにうねる川。山の頂上には、厚い雲が覆い被さっていた。
 それに、滝。爆音を轟かせながら、たくさんの滝が、一気に一つの滝壺に注ぎ込む。無数の岩を削り取りながら、力強く流れ行く。
 どこだ? 弧月は探す。ここは、何処の光景だ?
 日本ではない。ここが、日本であるはずがない。それだけは、わかる。
 同じく、探す気配を感じた。その能力の無いはずの柏木アトリが、彼の隣で、一生懸命、幻の景色を追っていた。
「天目山……」
 そこに行ったこともないのに、答えが、頭の中に、浮かび上がる。
 中国。宋の時代。気難しげに歩く彼らは……禅僧?
 何かを持っている。弧月は目を凝らした。アトリが、呟く。
「あれは……あの器は……」
 
 曜変天目。

 中国を発祥の地とする天目茶碗の中でも、偶然の産物としてしか生まれないと言われる、最高級の器。
 日本にもわずかに残されてはいるが、片手で数えてもその指の数が余るほどに、希少な品だ。
 漆黒の地肌に浮かび上がる、瑠璃色の玉虫模様。曜変の「曜」には「輝く」という意味があり、その優美にして洗練された外観から、「碗の中の宇宙」とまでも称される。
「鬼龍に……この里に、本物の曜変天目が……」
「遠く、宋の国から、海を越えて、この鬼龍の里に来ていたのですね」
「日本の禅僧が、宋に渡って……そして、持ち帰ったのですよ。曜変天目を。それが巡り巡って、今、ここにある……」
 器が持っていた歴史に、確かに触れた。
 目の奥に鮮やかに浮かび上がる、今は亡き宋国の、思い出。

「柚品さんの、おかげです。初めてです。こんな経験。物から、直接、景色を見れるなんて」
「いや……俺ではないです。きっと。俺だけの力では……ないと思います」
 弧月が、もう一度、器に触れてみる。
 見たい、と願わなかったせいか、ひんやりとした地肌からは、もう、何も感じなかった。
「せっかくですから、陶芸でも、してみますか」
 里長が尋ねる。弧月もアトリも、二つ返事で頷いた。
「はい!」
 里長が、鬼龍の陶工を紹介してくれた。
 多少四苦八苦しながらも、藍色と、灰桜色の手製の皿を、それぞれが、手に入れた。





【何はともあれ宴会開始!】

 さすが、十六人もいる、今回の団体様ご一行。てんでバラバラに行動しているため、日没になっても、誰が居るんだか居ないんだか、さっぱりわからない状態だった。
 倉菜は、イヴ・ソマリア、シュライン・エマ、柏木アトリの三人と一緒に、少し遅い夕食の支度に取りかかった。
 出されるものをただ食べるのではなく、どうせなら、鬼龍自慢の食材をふんだんに使って、自分たちで作ろうという話になったわけである。
 メニューは……。
「タラの芽の天ぷら、大好き……」
 柏木アトリが、幸せそうに、ほこほこと熱い湯気を上げる天ぷらを、頬張る。油も衣も漬け汁も、全てが体に優しい天然素材である。しかも、まだまだ、たくさんある!
「ふきの煮付けって、意外に簡単ね。マスターしたわ!」
 最近、料理猛特訓中のイヴ・ソマリア。しかし、彼女の恋人が、ふきの煮付けを好むかどうか、甚だ怪しい。努力が無駄にならないことを祈るばかりである。
「このお醤油、いい味ねぇ……。この菜種油も良質だし……。お味噌も美味しいし……。欲しいなぁ……。武彦さん、ほっといたら体に悪いものばかり食べるし……」
 食材よりも、調味料に目を付けるあたり、さすがはシュライン・エマ。別にねだったわけではなく、ごく自然に、味噌と醤油と菜種油を、里長から手に入れた。
「全体的に、薄味なんですね。それに、ここの料理、色が綺麗……」
 里人の料理の仕様は、丁寧だった。一つ一つの食材の持ち味を殺さないように、大切に、少しずつ、仕上げて行く。楽器作りもまた然り。これが、鬼龍の民全員に共通する、仕事に対する姿勢なのだろう。
「なんか、良い匂いがしますね……」
 匂いにつられて、柚品弧月が台所に顔を出す。揚げたてのタラの芽の天ぷらに手を伸ばしたら、ぴしゃりとシュラインに甲を叩かれた。
「お行儀が悪い!」
「イヴさんだって摘み食いしてるじゃないですか」
 弧月が、恨めしげに人気アイドルを眺めやる。一際大きな天ぷらを口の中に放り込むと、イヴは、羨ましげな青年の前で、ぺろりと指に付いた油を舐めて見せた。
「わたしたちはいいのよ。自分たちで作ったんだもの。当然よね?」
「あ、じゃあ、俺も手伝います」
「下心見え見えですよ。柚品さん」
 同じく匂いに惹かれて現れた槻島綾が、苦笑する。手ぶらではなく、大きな籠の中に、釣れたての川魚を溢れんばかりに持っていたので、女たちが歓声を上げて彼に群がった。
「きゃー! 凄い! どうしたの。これ!」
「真名さんに村を案内してもらうついでに、ちょっと、釣りにも行ってきたんですよ。ここの魚は警戒心が薄くて、素手でもこんなに取れました」
「素手で取ったの!?」
「明日あたり、皆さんも挑戦してみてはいかがですか? 素手での魚釣りなんて、滅多に味わえるものではありませんよ」
 食材が増えたところで、次に考えたいのは料理法だが、これは、柚品弧月の意見が、全員一致で取り入れられた。
「炭火で焼いて、塩をふって食べるのが、一番旨いと思いますよ。酒のつまみにも丁度良いし」
「……それなら、いっそのこと、外で皆で食べない? 星を見上げて、虫の音を聞きながら」
 硝月倉菜が、言葉を添える。部屋の中でお上品に碗を並べるのも悪くはないが、どうせ人数が揃っているのだ。初めて会った者もいるし、以前から知人の関係にある者もいる。短い期間とはいえ、同じ里で、同じ時間を共有する仲間同士、他人行儀は忘れて、大いに騒ぎ盛り上がりたいというのが、この時の皆の本音だった。
「真名さんに聞いてみますよ。テーブルとか、必要なものを借りてきましょう」
「俺も手伝います」
 男二人が、力仕事を担当してくれた。面白そうだと、里人が、頼みもしないのに、あれこれと手伝ってくれたりもした。あっという間に、野外パーティーの席が設けられる。アトリと倉菜が、大皿を次々と並べていった。
「酒は?」
 相沢久遠と葛西朝幸が、便乗しに現れた。用意があらかた終わったところで登場するのが、何とも言えず、彼ららしい。
 弧月が、任せて下さいと、なんと、樽を抱えてきた。飲む気、呑まれる気、満々である。
「鬼龍の銘酒、『彩藍(さいらん)』と『雪焔(せつえん)』!」
「ど、どこから手に入れて来たのですか……」
 槻島が、やや呆れたように、頭を抑える。何だか、宴会モードに突入しつつある感がするのは……きっと、気のせいではないだろう。
「里長からもらいました。彼女、かなりの酒豪だそうですよ」
「えぇ!?」
「鬼龍の里人は、水代わりに、酒を飲むとか。全員、とんでもないザルだそうです」
 里長自らが言っていたのだから、間違いない。あのわずか十六歳の女の子が、可愛らしい顔をして、ぐびぐびと酒を飲む光景など……綾にしてみれば、何やら悪い冗談のような話だが、逆に見てみたい気もするから困りものだ。
「うーん……」
「それなら、私も頂こうかしら」
 硝月倉菜が、励まされたように、綾の隣で、にっこりと微笑む。キミもですかと、綾は、もはや注意する気力も失っていた。
「未成年なのに……」
「まぁまぁ。固い話は言いっこなしさ」
 相沢久遠が、倉菜に、早速、酒を勧める。倉菜が、まじまじと久遠を見つめた。何処かで見た顔だ、と、思う。見覚えがあるのは当然だろう。久遠はモデルだ。雑誌やテレビを連日騒がせているので、お山で隠棲でもしていない限り、彼の姿は、何処かで見かけたことがあるはずである。
「では、保護者代わりの、大人の方の許可も下りたことですし」

 かんぱーい!

 普段はクールな倉菜が、あえて、音頭取りに名乗り出た。
 人が好き、と、鬼龍の職人と語り合ったあの時の余韻が、まだ、体の中に残っているのかも知れない。皆でざわめくこの光景が、何だか、ひどく、愛おしく感じられて、たまらなかった。
 輪の中に溶け込んで、人垣の一つとなる。都市ではなかなか拭えない壁が、今、ここでは、要らないものと、確信できる。素直になる。馬鹿になる。旅と田舎が、いつもとは違う姿を、引き出してくれていた。
「トモ! こら! どさくさに紛れて、飲み過ぎるな!」
「久遠兄ちゃん〜。あっはっは〜! 久遠兄ちゃんがいっぱいいる〜」
「こ、この酔っぱらい……」
「大丈夫? 葛西さん。顔真っ赤だけど……」
 と、倉菜が不安げに朝幸を眺める。そういう彼女も、四杯目だ。しかもペースが速い。ものすごく速い。
「硝月さん……。僕は、葛西くんの軽く三倍は飲んで何ともないキミの方が、怖いですよ……」
 槻島が、さらに頭を抱える。
「皆さん、強いですね……。私も頑張ります!」
 いや。柏木アトリ。努力は素晴らしい美徳だが、頑張りどころが、明らかに違う。
「か、柏木さん! そんな一気したら駄目ですよ!」
 柚品が、慌てる。何しろ、酒を持ち込んだ張本人である。急性アル中が出たら、非難の矢面に立たされること、間違いない。しかも、普段は酒などとはあまり縁の無さそうな、清楚可憐な女性が飲んだくれるとあっては、とても放置などしておけない。危険すぎる!!
「いっちばーん!! イヴ・ソマリア、歌います!!」
 イヴが、酔っぱらいにしては、あまりに見事な喉を、惜しげもなく披露する。宴会には付き物の歌が、人気アイドル、イヴ・ソマリアの歌とは、羨ましい限りである。こんな贅沢は滅多にない。滅多にないが……聴衆が酔いどればかりなのが、むしろ悲しい事実だった。
「二番はエマさんが!! イヴさんの次に歌える方は、エマさんしかいません!!」
 結構酒が入ってきた、柚品弧月。微妙に呂律が怪しい。
「歌いたいのは、山々だけど……ここで私まで壊れたら、取り返しの付かない事態になりそうな気がして、恐ろしいわ……」
 理性が、彼女を踏み止まらせる。草間興信所で、さすがは宴会慣れしている身。どこまでも大人な女性である。
「じゃあ、二番!! 葛西朝幸、歌ってついでに踊りますっ!!!」
「ト〜モ〜!! いい加減にしろ、この酔っぱらい!!!」
「あ、相沢さん! 落ち着いて!! ……って言うか、その炎、どこから出したんですかー!!!」
 槻島の虚しい制止の声が、闇の静寂に、木霊した。
 そして、宴会の夜は、さらに容赦なく更けて行く……。

 終わりは、まだ、見る気配がない。





【目覚めたその後に】

 いつごろ終わりを迎えたのかも定かではない、この大宴会。
 比較的、酔いの浅かった槻島綾が目覚めたのは、日がようやく出始めたばかりの早朝だった。
 とん、からら、と、規則正しく、不思議な音がする。昔、どこかで聞いたことがあるような響きだった。惹かれるように、歩く。
「あ……」
 狭い部屋を埋めるように、天井までも届く、大きな木製の機織り機械。
 里長が、機を織っていた。
「あ……おはようございます」
 彼女が手を止めると、音が止んで、静寂が戻った。
「ご、ごめんなさい。この音で、目が覚めてしまったのですね」
 綾が慌てて手を振った。
「いえ。違います。目が覚めて、音に気付いたのです。懐かしいような、不思議な気がして……」
 日常的に、機織りをするような、そんな田舎に住んでいた経験は、綾にはない。
 音は、耳慣れないものであるはずだった。

 それなのに……。

「何を、織っているのですか?」
 後ろから、綾が機械を覗き込む。青を基調とした鮮やかなとりどりの糸があり、それが複雑に絡み合い、見事な一枚の風景画を描き出していた。
「この鬼龍の景色を、織っています」
「もしかして……もうすぐ、完成ですか」
 景色は、既に形になっていた。
「皆様が、お帰りになる頃までには。槻島さま、よろしければ、お土産としてお持ちいたしませんか?」
「え!? 良いのですか!?」
「わたくしが、余り糸で、片手間に織ったものなので、申し訳ないのですが……」
「いただきます! 是非!」
「では、槻島さまがお帰りになるまでに、仕上げておきましょう」
 また、里長が、手を動かし始める。静かすぎる空間を、穏やかな音が満たした。木目と木目が、触れ合う気配。細い糸が、残り少ないわずかな隙間を、確実に埋めて行く。

「また、この鬼龍に、お出で下さいますか?」
 里長が、尋ねる。
 彼女には、名を呼んでくれる友人は、綾を含め、数えるほどしかいないのだ。寂しいのかも知れないと、ふと、思った。
 里人は、彼女のことを、里長、と言う。礼儀正しく、そして、味気ない呼び方だった。自分の名も忘れてしまいそうだと、彼女が笑う。誰かに呼んでもらわなければ、確かに、記憶は、薄れ行くばかりだろう。

「また、来たいですね。ここには」
「お出で下さい。何度でも」
「何度でも……歓迎して、もらえますか」
「お待ちしております。また、皆様で、お越し下さい」

 足を運ぶたび、「鬼龍」の新しい顔が、増えて行く。
 艶やかな彩藍の花と、悪戯好きな精霊と、触れられる実体すら持ち合わせて、風や木霊が、おいでと囁く。

「これを、記事にするのは、大変ですね」

 一人一人が、何かを、感じた。
 言葉で言い表すのが難しい、感覚のみで構成された、異境の界の、遠い…………まほろば。
 
「とりあえず、僕たちが、呼びますよ。真名さんが、自分の名前を、忘れてしまわないように」
 その時、柏木アトリが、そっと、扉の隙間から、顔を覗かせた。
「そろそろ、皆さん、目が覚めてきたようです。朝ご飯の支度、手伝いに来たのですが……」
 どこか照れ臭そうに、彼女は、小さく首を竦めた。
「お米、どこにあるのでしょう? お櫃が見つからなくて……真名さん? どうして笑っているのですか?? わ、私、何か変なこと、言いました??」
「いえ……」
 
 また一人、友人が、増えた。
 真白な雪道に、足跡が残るように、振り返った後ろに、大切なものが刻まれる。

「さぁ、朝餉の支度を始めましょうか」





【前夜】

 鬼龍の里の、狭い畦道を縫うようにして、人影が、歩く。
 一つ、二つ、と、確実に、影の数が増えて行く。
 厚い雲に翳る儚い朧月が放つ、わずかな光も避けるようにして、影は、やがて、一つ所に集まった。聳え立つように上へ上へと続く階段を登り切ると、そこには、黒光りする社があり、彼らは躊躇う様子もなく、中へと踏み込んだ。扉を閉めた。
 静寂が、濃く、重く、色を落とす。
「この鬼龍に、また、外の人間が来る」
 唐突に、口を開いたのは、老人。
 集まっている者たちの中では、群を抜いて、彼は、年老いていた。いかにも厳格そうに引き結んだ口元を、怒りとも嘲りともつかぬ強烈な負の感情が、小刻みに震わせている。
「あの娘は、この鬼龍の伝統を、ことごとく汚す気か」
「元来、外の者には見せてはならぬ仕来りの祭儀を、ああも簡単に、開放したからな」
 また別の里人が、肩をすくめる。仕方ない、と、彼は言った。
「あの雁夜(かりや)の、妹だ。素直に見えて、実に反抗的だ。内心、壊れてしまえばよいと、考えているのやも知れぬ。神官の家系に生まれた者の、これは、いわば、宿世だな」
「壊れてしまえばよい、か。恩も忘れて、よく言った」
「私が言ったわけではない。さて、それよりも、客人たちはどうする?」
「一人、二人、来た時と帰る時の人数が違えば、もう二度と、ここに来たいなどとは思わぬだろう」
「それは面白い」
 影たちが、笑った。笑ったが、声はない。無音のまま、唇だけを歪めるような、奇妙な笑い方をした。
 それで良い。通夜よりも陰気なこの場に、明るい声は似合わない。陽気な殺意など、不気味なだけだ。
「この鬼龍を守るためだ。我らに間違いはない」

「そうかな?」

 どん、と扉を蹴破る音がして、全員が、はっとそちらを見た。
「流(ながれ)!」
「やれやれ。愚鈍な長老方が、何やらコソコソと集まっているかと思ったら。客人たちに悪ふざけの相談か。この郷の古狸は、よほど、外の世界が嫌いと見える」
「お前……いつ、東京から」
「ついさっき」
 流、と呼ばれた男は、里人ではあるが、里に半永久的に住んでいるわけではなかった。とうの昔に鬼龍を出て、今は、日本の数多ある都の中では最も乱雑な不夜城に、紛れるように住んでいた。
 故郷にたくさんの客が来る、と聞いて、大急ぎで戻って来たのだ。くだらない事を画策する輩が、一見平和に見えるこの里にも、獅子身中の虫のように蔓延っていることを、彼は、本能でちゃんと知っていたわけである。
「俺だけではないぞ。長老方。采羽(さいは)も戻ってきている。それに、この里では、所詮、あんたらは少数派だ。里には、外の人間に好意的な者の方が遙かに多いのだからな」
「邪魔する気か」
「当然だろう。そのために、わざわざ東京から戻ってきたんだ。俺も、采羽も、決して暇な身ではないというのに」
「鬼龍を見限り、勝手に出て行ったお前たちが、何を今更!」
「見限ったわけではないさ。ここは、俺の故郷だ。たとえ、一年の半分以上は、住んでいなくとも」
「裏切り者!」
「人聞きの悪い。俺は変化には抗わないだけだ。それこそ、神の意志とやらだろう?」
「神を騙るか。お前が。鬼龍に生まれながら、神を信じたこともない、お前が!」
 馬鹿が。
 流が呟く。いよいよ月明かりも消えて真の暗闇となった空間に、乾いた笑い声が、響いた。
「教えてくれ。長老方。神とは何だ。ただ自由でいたい者を、縛るだけの存在か」
「流!」
「今回は、諦めることだな。鬼龍の客人は、鬼龍の美しい部分だけを見て、満足して帰るんだ。お前たちの悪趣味な悪戯は、ことごとく失敗に終わる。忘れるな。里長は真名だ。お前たちじゃない。くだらん手出しをしてみろ。鬼龍の太刀方(戦士)の名にかけて、誓って、貴様らを皆殺しにしてやるからな!」
 扉が、閉まった。来た時と同じく、耳を塞ぎたくなるような、大きな音を立てて。

「くっ……。あれが、この鬼龍の鍛冶師の筆頭とは」
「今回は、見合わせよう。奴のことだ。本当に、何をするかわからぬ」
「どのみち、奴には、時間がないしな」
「ああ……そうだ。そうだった」
 影たちが、笑った。今度は、声のある笑い方だった。

「鬼龍の筆頭鍛冶師で、三十歳まで生きながらえた者は、いない。どうせ、流も、あと五、六年で、いなくなる運命だ……」





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
参加PC様
【0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま) / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務所】
【0381 / 村上・涼(むらかみ・りょう) / 女性 / 22 / 学生】
【0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと) / 男性 / 17 / 高校生(忍)】
【0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと) / 男性 / 17 / 高校生(忍)】
【0778 / 御崎・月斗(みさき・つきと) / 男性 / 12 / 陰陽師】
【0921 / 石和・夏菜(いさわ・かな) / 女性 / 17 / 高校生】
【0992 / 水城・司(みなしろ・つかさ) / 男性 / 23 / トラブル・コンサルタント】
【1294 / 葛西・朝幸(かさい・ともゆき) / 男性 / 16 / 高校生】
【1548 / イヴ・ソマリア(いう゛・そまりあ) / 女性 / 502 / アイドル歌手兼異世界調査員】
【1582 / 柚品・弧月(ゆしな・こげつ) / 男性 / 22 / 大学生】
【2194 / 硝月・倉菜(しょうつき・くらな) / 女性 / 17 / 女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒)】
【2226 / 槻島・綾(つきしま・あや) / 男性 / 27 / エッセイスト】
【2489 / 橘・沙羅(たちばな・さら) / 女性 / 17 / 女子高生】
【2528 / 柏木・アトリ(かしわぎ・あとり) / 女性 / 20 / 和紙細工師・美大生】
【2575 / 花瀬・祀(はなせ・まつり) / 女性 / 17 / 女子高生】
【2648 / 相沢・久遠(あいざわ・くおん) / 男性 / 25 / フリーのモデル】
NPC
【0441 / 鬼龍・真名(きりゅう・まな) / 女性 / 16 / 神官】
【0977 / 鬼龍・流(きりゅう・ながれ) / 男性 / 24 / 刀剣鍛冶師】
【0978 / 鬼龍・采羽(きりゅう・さいは) / 男性 / 25 / 奏者】

お名前の並びは、番号順によります。
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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ソラノです。
総勢十六名の多人数ノベル、やっと完成しました。
人数が人数なので、必ずしも、皆様の希望が100パーセント取り入れられているわけではないことを、まずは、お詫びいたします。
ただ、現段階の私の持てる力で、精一杯、書かせて頂きました。
途方もなく長くなっている方もいます。まとめ能力のない未熟なライターで、申し訳ありません。

基本的に、プレイングの内容、雰囲気を、重視しました。
純粋に、知人同士で小旅行を楽しみたい方は、グループノベル形式で、終章【前夜】を覗いて、明るい雰囲気を目指しています。
一方、プレイングに、
・ 里長や鬼龍の職人と話す
・ 鬼龍の神や精霊に歌や祈りを捧げる
・ 鬼龍の社、神木が気になる
等、鬼龍に関する事柄を書いて下さった方のノベルには、NPCが登場したり、鬼龍ならではの何らかの不思議現象を目にしたりと、少し、内容が突っ込んだものになっています。(中には、NPCとのツインノベル形式になっている方もいます)
NPCが登場すると、話を進めやすいので、つい長くなってしまいます。その分、読みにくいかも知れませんが、どうかご了承下さい。

あと、色の話です。
すみません。お土産を、と考えていたのですが……これ以上長くするわけにはいかないと、削ってしまいました。
今後、依頼文等でお見かけすることがありましたら、何かの折に使わせて頂こうと思います。

それでは、今回、鬼龍の里へいらして下さった皆様、本当にありがとうございます!
里長一同、心よりお礼を申し上げます♪