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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


FFP 〜エフ・エフ・ピー〜

■雨柳・凪砂編【オープニング】

『――ねぇ、ハルが死んだの。誰か代わりに来てくれないかしら』
 受話器を耳に当てた瞬間、そんな言葉が聞こえてきた。
「は? あの……あなたは?」
 何のことやら意味がわからない。武彦が当惑しながら問うと。
『まだ警察には知らせていない。約束の一週間は、始まったばかりだから』
 声の主は武彦を無視して話を続けた。
「おい」
『でも皆、不安がってるの。誰かが来て、事件を解いてくれれば、皆安心して過ごせるわ』
「…………」
 どうやら武彦が色よい返事をするまで、答える気はないようだった。
(ま、どうせ行くのは俺ではないしな)
 武彦はそんな無責任な思考をすると。
「――いいだろう。何人か向かわせよう。どこへ行けばいい?」
『よかった。青森県のM市よ。駅には迎えを出す』
「青森県?! またずいぶんと遠いな……」
『雪が積もっているの。防寒対策をしっかりしてくることをオススメするわ』
(俺は絶対に行かない)
 武彦は改めて思った。
「で? あなたの名前は?」
『可須美(かすみ)』
「!」
 その名前を訊いた途端、武彦はある人物のことを思い浮かべる。
(霞――靄?)
 も屋……?
 言葉を失った武彦に、可須美は続けた。
『FFPのメンバーよ。今オフ会をしてるの』
「FFP?」
(オフ会ということは、サイトかなんかの名前か?)
 考えながら問うと、可須美は変わらない声音で。
『Fは曖昧のF。Pは天国と地獄』
「…………」
 何度目かの、沈黙をした。
『じゃあ、まぁるい家でお待ちしているわ』
 可須美はそう告げると、一方的に電話を切ってしまった。
 それでも武彦は、受話器を戻すことができない。
(どういうことなんだ)
 本当に、関係あるのか……?
 自分の中に生まれた予感に戸惑い、武彦はしばらくその場に立ち尽くした。



■旅立つために【屋敷:自室】

(着替えは何日分用意していけばいいのかな)
 そんなことを考えながら、あたしは旅支度を始めていた。もちろん、青森へ行くために。
 おじさまからの手紙に従って草間興信所へと赴いたところ、ちょうど草間さんからこの話を振られたのだ。だからもしかしたら、おじさまはあたしにこれを受けてほしかったのかもしれない。そう思って、引き受けることにした。
 この事件(?)に興味があるのはもちろんのこと。
(幸か不幸か、暇だものね……)
 ほんの少し涙ぐみながら、持っていくために出した洗いたてのハンカチを握りしめる。
 あたしは無職ではない。と言い張ってはいるけれど、他人から見たらそれに限りなく近い存在だとは思う。
(好事家)
 それほどあたしの”職業”を表すのにぴったりな言葉はないだろう。
 古物珍品を収集したり、それらに関した記事や小説を書いたり……当然その収入だけでは生活することなんてできないけれど、あたしには両親から譲り受けた莫大な財産があるのだった。
(だからこそ)
 好きなことをできる。
 この寂しさにも、感謝しなければならない。
「――あっ」
 しわくちゃになってしまったハンカチを見て、我に返った。慌ててしわを伸ばそうとするけれど、もちろん完璧には取れるはずがない。
(……ま、いっか)
 時間ないし、このハンカチは今日使おうっと。
 気を取り直して、支度を再開する。
 着替えや洗面道具などを一通り揃え終わると、今度は。
(確か雪が積もっているのよね)
 雪、死体、密室のミステリー。
 読書好きのあたしはそれらのキーワードから、よくある物語の想像をした。
(もしかしたら、雪のせいで山荘に閉じこめられちゃったりなんかするかもしれないわ!)
 『冬の山荘にて』という本を参考に、食料を多めに持っていくことにする。
 支度を終えてみると、あたしの目の前にはぱんぱんに膨らんだ大きなバッグが2つ――それでも、荷物を減らそうという気にはならなかった。
(これくらいなら、持てるわよね)
 とある事故がきっかけで『魔狼フェンリル』の”影”と同化して以来、獣化せずとも力が強くなったり鼻が利くようになったりしているのだ。
(さぁて、そろそろ行きましょうか)
 壁の時計に目をやり、立ち上がる。
 一緒に青森へ向かう皆との合流場所は東京駅。車で向かえば十分に間に合う時間だ。
 車に乗り込むと、あたしはノートパソコンを開いてこれから向かう先の情報収集を始めた。もちろん、運転するのはあたしではない。
(青森県のM市、って言ってたわよね)
 検索サイトに打ち込んで、Enter。

・人口約5万人。
・海と山に囲まれた、下北半島唯一の”市”。
・陸奥湾でとれるホタテが名物(りんごではない)。
・日本三大霊場(霊山)恐山がある。
・まぐろで有名な大間のすぐ近く。

 わかったのは、大体そんなことだった。



■まぁるい家もFFP【FFP右:1階居間】

 東京駅で無事に他のメンバーと合流し、一路青森へと向かった。
 何ごともなく順調に走る新幹線。乗り継いだ列車も遅れることなく進み、あたしたちは予定どおりの時刻に目的の駅へと着くことができた。
 駅では御影・璃瑠花(みかげ・るりか)ちゃんや羽柴・戒那(はしば・かいな)さんと先に合流してから、お迎えを探した。
 お迎えは意外にも電話をしてきたという可須美さんではなく、千鳥さんという落ち着いた感じの女性だった。
 千鳥さんの案内で事件(?)のあった建物へとやってきたあたしたちは、その意外な姿に驚きを隠せない。
(ホントに丸い……)
 それだけでも珍しいのに、外壁がなんともどぎついオレンジ色をしている。白い世界に、やけに映えるオレンジ。
「これは目立ちますわねぇ」
 璃瑠花ちゃんが呟いた。
 千鳥さんは2つある玄関のうち右側のドアを開けると。
「ようこそ、FFPへ」
 そんなことを言った。
「へ? FFPってサイトの名前やなかったんかいな?」
 逸早く反応したのは、移動中にFFPのことを調べていた井園・鰍(いぞの・かじか)さんだった。
 FFPはサイト自体がパスワード制になっていたのだけど、鰍さんはそのパスワードをどこからか入手して中を覗いていたようだった。
(――もっとも)
 極普通の掲示板とチャットルームしかなかったという話だけど。
 鰍さんの問いに、千鳥さんはにこりと微笑むと。
「FFPは名前というよりも、形容詞に近いんですよ。わたしたちにとってFFPな場所はすべて、FFPと呼びますから。つまりネット上のあの場所も、リアルのこの場所も、わたしたちにとってはFFPなんです」
 わかったようで、わからない。
 あたしたちは思わず、皆で顔を見合わせてしまった。
 そんなあたしたちを気にするふうもなく、千鳥さんは中へと促す。
「どうぞ入って下さいな。皆を紹介しますから」



 居間には4人がそれぞれにくつろいで座っていた。
 あたしたちが団体で入っていくと、一様に驚いた顔をして。
「おいおい、晴城の代わりがこんなにいるのかよ(笑)」
「一気に人数が増えましたね」
「わーい、女の子増えた♪」
「部屋が足りないかもしれないな……」
 その後千鳥さんが紹介してくれたところによると、発言の順に、戒さん、奈巳さん、阿未さん、伊能・知さん(全員ハンドルネーム)ということだった。
 こちらも5人(+璃瑠花ちゃんの執事の榊さん)が自己紹介をして、さあ事件の話に入ろうとしていた時。
「ちょっと待ってくれ。可須美くんは?」
 戒那さんが口を挟んだ。
「――私ならここに」
「?!」
 声に振り返ると、いつの間にかあたしたちの後ろに人が立っていた。あたしたちの後に入ってきたのだろうか。
「相変わらず、神出鬼没ねぇ」
 笑いながら、阿未さんが告げる。
 可須美さんは随分と背の高い女性だった。長い髪をお下げにしていて、左目に眼帯のようなものをしている。
「とりあえず、ハルの死体を見て欲しいわ」
 可須美さんはそう告げると、あたしたちの返事も聞かずにスタスタと左側へと続く通路に歩いて行った。
 戸惑うように顔を見合わせるあたしたちを、促すように声を掛ける知さん。
「行ってらっしゃい」
 それからやっと、ゾロゾロと動き始めた。



■死因は……?【FFP左:2階奥の部屋】

 晴城さんの遺体は、顔全体がうっ血し赤黒く膨れていた。鼻や口から出血したあとが見えるが、今はさすがにとまっているようだ。
 現場を撮影しておこうとデジカメを持ってきたあたしだけれど、それを見るとさすがに撮る気にはなれなかった。
 そんなあたしの横で、鰍さんはカメラ付き携帯を使って撮影している。
(さすが……)
 肝が据わっている。
「死んだ時のままにしてあるわ」
 遺体に目を奪われて、話すことを忘れていたあたしたちに、淡々とした口調で可須美さんは告げた。
「ということは、この部屋で亡くなっていたんですか?」
 目を閉じ黙祷を捧げていたシュラインさんが、顔を上げて問う。
「そう。今朝ここで見つけたの。私たちがこの家に来たのは昨日なんだけど」
「うげ。来た日の夜に死んでもうたんか。なんや可哀相やなぁ」
 遺体を繁々と眺めながら、鰍さんはそんなことを言った。
「榊、検死はできますか?」
「お任せ下さい」
 璃瑠花ちゃんに答えて、榊さんが遺体の傍にしゃがみ込み調べ始める。
「まあ、検死までできるんですか?」
 驚いて口に出すと、榊さんは視線を遺体に向けたまま。
「解剖をするわけにいきませんから、詳しくはわかりかねますが……簡単な所見ならば可能ですよ」
(今時の執事さんって、そんなに有能なんだ……)
 あたしは素直に感心してしまった。
「――それで、警察にはまだ?」
 戒那さんの問いかけに、可須美さんは至極当然というように頷く。
「私たち、ストレスから解放されるために集まったから。この1週間が終わるまでは、この家の中にはあらゆる”法”が存在しないの」
「?!」
 可須美さんはあっさりと告げたが、それはかなり重大な意味を持つ言葉だった。
「どんな犯罪をしてもいいということなの?」
 シュラインさんが口に出す。
(殺人さえも)
 この1週間なら。この家の中でなら。互いに許すというの?
 皆が視線を集中させる中、可須美さんは――笑い出した。
「安心して。だからと言って人を殺したりするような人なら、FFPに呼びはしないわ」
「けど、あんたは誰かが殺したと思ってるんちゃうの? せやから自分らを呼んだんやと思ってたんやけど」
「それは違う。自殺か他殺か事故か、わからないから呼んだのよ。それがわからないと不安でしょ? でも警察に言ったら皆すぐ連れ戻されちゃうから言えないし」
(なるほど)
 もしかしたら彼らは親に内緒で、集まっているのかもしれない。
「それでどうして、草間様の所にお電話を?」
 璃瑠花ちゃんが問うと、一瞬恐ろしい程に辺りが静まった。
(言われてみれば)
 確かにおかしい。
 わざわざそんな遠くの興信所に、頼むこともないだろうに。それとも草間さんが言っていた”も屋”と何か関係があるからこそ、草間さんに連絡をしたのだろうか。
 しかし次に可須美さんが口にした言葉は、意外にも聞き飽きたセリフであった。
「だって、草間さんは怪奇探偵なんでしょう?」
「え……」
「私ね、昨日から今日にかけて、ずっと起きてたの。さっき皆がいた、右の居間にいたわ。そして私がそこにいる間、こちら側に来たのはハルだけだった。どういうことかわかる?」
 単純に考えれば。
「晴城さんが亡くなった理由が、事故か自殺だということでは?」
 それ以外にはありえない。
 しかしあたしの言葉に続けた戒那さんは。
「やはり――キミは最初から他殺であった可能性を考えているんだろう?」
 そんなふうに、可須美さんを見る。
 今度は否定しなかった。当たっているのだろう。
(もし)
 晴城さん以外の人が誰も行っていないはずの場所で殺人が起こったら……確かにそれは、怪奇探偵の領域なのかもしれない。
「でもそれはちょっと飛躍のし過ぎじゃないかしら? 普通その手のものなら、何かしらトリックを疑うはずよ。いきなり”怪奇”を持ち出すなんて……」
 反論するシュラインさんに、即答する可須美さん。
「だからこそ怪奇も扱える“興信所“に頼んだの。これで理由は十分でしょう?」
「…………」
 顔を見合わせる。どこか誘導されたかのような問答だった。
「――ちょっと、よろしいですか?」
 途切れた会話を見計らって、検死を行っていた榊さんが声を挟む。
「わかりましたの? 榊」
「ええ……おそらく窒息死だと思われます。顔のうっ血や膨れ、唇などのチアノーゼ、鼻や口からの出血、そして角膜の溢血点。これらはすべて、窒息死体に多く見られる特徴です。あと死斑の様子から、この遺体が動かされていないというのも事実でしょう。ただ――」
 榊さんは皆の理解を確認するよう見回してから。
「これ以上は解剖して見なければなんとも言えませんが……頚部や頭部・胸部には、圧迫したような痕は見られません」
「なるほど。じゃあたとえば、この部屋だけ空気抜かれちゃったとか、鼻と口を塞がれたとか、そういう感じの窒息というわけね」
 シュラインさんが納得したように呟く。
「真綿での扼殺や、神経切断による窒息死なんて可能性はどうですか?」
 ふと思い浮かんだことを口にした。
「何か喉に詰まらせてしまったかもしれませんし、もしかしたら最初からの病気であったかもしれませんね」
 続けたのは璃瑠花ちゃんだ。
(そう)
 可能性はまだまだある。しかし解剖などして詳しく調べられない以上、あたしたちには”窒息死”という所までが限界なようだった。



■アリバイ成立?【FFP右:一階居間】

「――とりあえず、まず調べなあかんのはアリバイやね。あと、荷物の詳細もや。プライベートもあるやろうけど、はよ解決したいんやったら、おとなしゅう従うのが吉やで?」
 元の部屋に戻ると、突然鰍さんがそんなことを言い出した。あたしたちが驚いて鰍さんを見ると、鰍さんは「まかしとき!」と口だけ動かしてウィンク。何か考えがあるらしい。
 下で待っていたFFPメンバーの5人は、もしこれが殺人事件であった場合、疑われるのも仕方のないことだと思っているのだろう。反論したりする人はいなかった。それどころか、阿未さんあたりは楽しそうにしている。
「えっと、榊さん? 死亡推定時刻なんかは、わかったりしはります?」
 鰍さんが璃瑠花ちゃんの後ろに控えている榊さんに振ると、榊さんは思い出したように頷いて。
「先ほど言い忘れましたが、死後硬直の具合から見ても、おそらく今朝の3時から4時頃と思われます」
「――ちうわけで、3時から4時の間何をしとったか、教えてもらえまっしゃろか?」
(3時から4時かぁ……)
 それはさすがに、寝てたんじゃないかな?
 5人は顔を見合わせると、案の定皆「寝ていた」と答えた。この上の2階の2部屋に、男女に分かれて寝ていたらしい。起きていたのはずっとここにいたという可須美さんだけだ。
(左側には、晴城さん以外行かなかった)
 そう証言する可須美さん。
 けれど本当は、彼女自身がいちばん怪しい。
「可須美様は、ここで何をしてらしたんですの?」
 璃瑠花ちゃんの問いかけに、可須美さんは千鳥さんの手元にあるノートパソコンを指差した。
「パソコン……インターネット?」
 シュラインさんに頷く。
「パソコンは1台しかないの。皆で順番に使うんだけど、皆が寝てる時間ならいくらでも使えるから」
「じゃあ可須美さん、昨日から寝てないんですか?」
 あたしは問い掛けた。
 夜通しインターネットで遊んでいて、今も起きているのだから、そういうことになる。
 しかし可須美さんは首を振ると。
「興信所に電話したあと、あなたたちを迎えに行くまで寝てたわ」
(なるほど)
 と納得した反面。
(よく寝れるなぁ……)
 そんな感心(?)もした。
 一緒に寝泊りしようとするほど親しい間柄の人物が亡くなって、同じ建物内で。
 あたしならすぐに眠れるだろうか?
 正直あまり自信はなかった。
 その後全員でFFPメンバー7人(晴城さん含む)の持ち物検査が行われたけれど、皆食料や暇つぶしの道具ばかりで。怪しい物――特に窒息の引き金となるような物を所持している人はいなかった。
 当然ゴミ箱なども調べられたけれど、何も出てこない。7人がここへ来てから外へ出たのは千鳥さんがあたしたちを迎えに来た時だけだというから、外に捨てに行く暇もなかっただろう。千鳥さんが犯人ならば可能だけれど、100%疑われるだけに危険すぎるのだ。
(やっぱり……)
 この6人は晴城さんの死に関わっていないの?
「――ねぇ、そろそろ団体戦はやめにしましょう?」
 不意に可須美さんが告げた。
「私は早く真相を知りたい。そのためには、あなたたちに自由に動いて貰わなくちゃならない。私たちは基本的にはこの家から出ないけれど、あなたたちは好きにしていいわ。ただし少なくとも1人は、建物の中に残ってね。ハルの代わりなんだから」
「その”代わり”というのは、一体どういう意味なんだ?」
 戒那さんがつっこむと、可須美さんは涼しい顔をして。
「言葉どおりの意味よ? このオフ会は7人で始まったの。だから7人で終わりたいじゃない」
「1人1日という計算で、1週間に決めたんです。だから7人いなければ、約束の1週間が壊れてしまうから……」
 可須美さんをフォローするように口を開いたのは千鳥さんだ。
(7人だから、1週間)
 初めも終わりも7人でなければならない。
 あたしたちにはその”絶対”がよくわからないのだけれど、他のメンバーはそれで納得しているようで。だからこそこうしてあたしたちを受け入れているようだった。



■鰍の思惑【FFP左:1階居間】

 左右の居間を繋ぐ通路を通って、あたしたちは左側の居間へと移動した。
 通路はアコーディオンカーテンで仕切られているので、大きな声を出さなければそうそう声は漏れないようになっている。
「――で、井園くん。キミは何を狙っているんだ?」
 戒那さんが尋ねると鰍さんは笑って。
「単純な問題や。もし全員にアリバイが成立するんなら、他殺って可能性はなくなるやろ?」
「遠隔殺人、ってことも考えられるぞ」
「せやかて、死因が窒息である以上、殺人なら誰かが向こうへ行く必要があるんやないか? 口や鼻を塞ぐために」
「もしくは――左側すべての空気を抜いてしまうか、ね。かなり無茶な考えではあるけれど」
 最後にシュラインさんが口を挟んだ。
(そうだわ)
 どこも圧迫せずに窒息に追い込むには、鼻と口を塞いでしまうか、それ以外の方法で酸素を摂取することのできないようにしてしまうしかない。空気を抜くとかガスを充満させるとか……。
「――これからどう致しましょうか?」
 考え込んだ皆に、璃瑠花ちゃんが振った。
「団体戦はやめにしましょうって、言ってましたよね」
 確認するようにあたしが口にすると、鰍さんは頷いて。
「せやな。個人個人で気になる所でも調べてみよか。自分はこん中残るさかい、外に出たいもんは出てかまわへんで」
 鰍さんには既に、調べたい物があるようだ。
「そうしよう」
 戒那さんはそう賛成してから、笑顔で璃瑠花ちゃんを見て。
「お姫さん、折角こんな場所で会えたんだし、あとで何か美味しいものを食べに行こうか」
「まあ、楽しみですわv」
「その前にシュライン」
 続いてシュラインさんに視線を移動させた時。
(!)
 戒那さんの表情は、厳しいものに変わっていた。
「ええ、わかってるわ。”あの人”に、話を訊きましょう」
 そうして3人は、右側へと戻っていった。
 あとを追うように鰍さんも戻り、あたしは1人になる。
(何を調べようかな……?)
 頭ではそう考えていても、足は既に動き始めていた。
 ――2階へと向かって。



■凪砂の捜査【FFP左:2階】

 確認したいことは、2つ。
(遺体に付着した匂い)
 そして。
(2階間の移動の可能性)
 その有無。
 あたしはまず奥の部屋へ入ると、静かに横たわる遺体へと近づいた。1人きりで遺体と対面するのは少し怖いけれど、あまり考えないようにする。
 鼻を寄せた。
「…………」
 一応狼並みには利くはずの鼻。しかしそこに、本人以外の匂いは残っていないようだった。
(誰かが触れていたら)
 きっと少しでも、匂いが残るはず。
 それがないということは……。
 次にあたしは、立ち上がり部屋の奥の壁へと近づいた。――そう、右側に面している方の壁だ。
 外から見た時には、この壁と向こう側の壁の間には、50センチくらいの隙間があった。
(でもたった50センチなのよね……)
 またごうと思えば、簡単にまたげる距離。それは距離と呼ぶことすら躊躇われるほど、小さい。
 あたしは壁一面をこぶしで叩いてみたりしながら、どこか開きそうな所がないか確認していった。
(可須美さんの前を通らずにこちら側に来るには)
 それしかない。
 可須美さんが嘘をついていなければ。
 その部屋の中には異常は見られなかったので、廊下やもう一方の部屋の壁も確認してみるが。
 残念ながら、異常は見られなかった。
(うーん……)
 とりあえずあたしも下に戻って、皆の話を聞いてみようかな。
 彼らと仲良くなれれば、何か彼らも気づいていないようなヒントをもらえるかもしれない。
 そんなことを考えながら、あたしは階段を下りていった。



■FFPの意味は【FFP右:1階居間】

 あたしたちの中で居間に残っていたのは、鰍さんだけだった。璃瑠花ちゃんはさっき左の居間ですれ違い、「2階へ行ってきます」と言っていた。シュラインさんと戒那さんは、おそらくこちら側の2階にいるのだろう。FFPのメンバーでいないのは可須美さんだけなので、3人で話をしているのかもしれない。
 鰍さんは彼らが所有していたノートパソコンを操作(捜査?)していて、その周りに男の子3人が集まっていた。少し離れた位置で、女の子2人が楽しそうに会話をしている。
 あたしは迷わず女の子たちの方へ向かって行った。
「――少しお話を聞いても構いませんか?」
「あら、ええ。凪砂さん、でしたよね」
 先にあたしに気づいたのは千鳥さん。
「もう名前を覚えて下さったんですか?」
 あたしは少なからず驚く。
 あたしたちの名前は彼らのハンドルネームのように、覚えやすいわけではなかったからだ(もっとも、鰍さんみたいにインパクトのある名前は別だけれど)。
「ああ、だってチョウさん、可愛い女の人好きだもんねぇ」
 阿未さんは笑いながら告げると、手であたしに座るよう促した。
「ありがとう」
 座布団などはないようだけれど、気にせず座る。
「わたしの目標は”可愛い美人”なんですよ。だからそういう方には自然に目がいっちゃうし、名前も覚えちゃう、と」
 少し恥ずかしそうに告げる千鳥さんは、美人ではあったけれど”可愛い”という感じのする人ではなかった。
「いくつなんですか?」
「19です」
「わー、大人っぽいですね」
 少なくとも20代には見えていた。
(そっか……)
 だからこそ、可愛さにあこがれるのかもしれない。
「ちなみにあたしは16−!」
「わたしも阿未ちゃんみたいな可愛さが欲しいなぁ……」
「あたしはチョウさんみたいに大人っぽくなりたいけどね」
 言い合って、笑っている。2人は結構仲がいいようだった。
(――それにしても)
 彼女たちは普通に見える。とても普通の子供。
(だからこそ)
 異常に見える。こんな異常な空間の中で、普通にしていられる彼女たちが。
「……あまり哀しそうでは、ないんですね」
 あたしがそれを口にすると、2人は顔を見合わせる。それから少し沈んだ表情をして。
「初めて会った、からかなぁ。チャットでは結構会ってたけど、リアルで会ったのは昨日が初めてで。ロクに打ち解ける暇もないまま死んじゃってさ……」
 阿未さんの言葉を補足するように、千鳥さんが続ける。
「オンラインでどんなに親しくても、オフラインですぐに打ち解けられるとは限りませんからね。内気な人はどこにでもいますから。かくいうわたしもそんなに得意な方ではないですけど……逆に晴城さんのことがあって、阿未ちゃんと打ち解けられたっていう感じです」
「そうなんですね……」
(言われてみれば確かにそうだわ)
 あたしも内気な方だから、千鳥さんの言うことがよくわかった。
 次の質問を、振る。
「それならどうして、オフ会に参加してみようと思ったんですか?」
 特に千鳥さんに、訊いてみたかった。
「それは――最初からそれを目標にサイトのFFPがスタートしましたから」
「え?」
 予想しなかった返事。
「この自由な1週間をお互いに確認しながら実行するためにね、あたしたちは集められたんだよ。FFPの管理人さんに」
「法の外でも法を犯さない人材として、ですね」
 千鳥さん、阿未さん、千鳥さんと交互に口を開く。
「その管理人さんは?」
「あたしたち7人の中にいるっていう話だったけど、誰だかわかんないんだよね。もしかしたらハルだったかもしれない……」
 そう言い終えた時、阿未さんの目から涙が落ちた。
「そっか……もうチャットでも、会えないんだよね。あたし、ハルの性格……結構好きだったんだけどな……」
 リアルではまだ他人でも、ネットの世界では大切な友だちだった。だからこそネットを通してその事実に目を向けた時に、リアルな哀しみが訪れるのだろう。
「阿未ちゃん……」
 年上の千鳥さんが、阿未さんを慰めるよう肩に腕を回した。

     ★

「FFPって、どんな意味なんですか?」
 阿未さんが落ち着いたのを確認して、質問を再開する。
「あら、可須美ちゃんから聞きませんでした? 彼女説明したって言ってましたけど」
「あたしが草間さんから聞いたのは、”Fは曖昧のF、Pは天国と地獄”ということだけです」
 答えたあたしを、2人は不思議そうに見返して。
「それが全部、だよね?」
「ええ」
 2人は互いに頷き合っている。
「全部?」
「Fは曖昧――fantasy・fuzzy・fancyなどの頭文字だし、Pは天国と地獄――paranoiaとparadise」
「!」
「個人的にはもう1つ、どちらも捨てきれないparadox」
「さすがチョウさん、かっこいい♪」
 あたしが余程変な表情をしていたのだろう。千鳥さんは苦笑を浮かべると。
「わたしたち、ちゃんとわかってますよ? 自分たちがいかにおかしいかって。普通の子供はこんなこと考えないし実行しません。でもわたしたちは最初から”普通”ではなかった」
「そうなのよねぇ。普通を演じることはできるけれど、それはあたしたちにとっての地獄を意味する。自分の理想どおり生きることができれば天国だけど、そんなの世の中が許さないし、それじゃああたしたちは生きていけないもん。どのみち矯正されちゃうしね」
「だから、paranoiaとparadiseが逆なんですね……」
 そしてどちらも捨てきれないparadox。
「わたしたち、この1週間が終わったら、頑張って普通を目指そうっていう約束でした。ずっと曖昧な世界に身を置いていることは楽だけれど、それじゃあ成長は望めないから」
「だからこの1週間だけは、やりたいことをやろうって……」
 それ以上は、言葉を続けなかった。



(誰かの希望が)
 殺人だったのだろうか?
(晴城さんの希望が)
 自殺だったのだろうか?
 曖昧な世界から抜け出すために、誰かが引き金を引いた。
(あたしにわかったのは)
 そんな曖昧なことだけだった。



■可須美の目的【ファミリーレストラン:禁煙席】

 1週間、こちらにとどまる覚悟はしていた。
(でも1日で帰ることになろうとは……)
 さすがに思わなかった。
「この事件は、解決できない」
 あの後何故か左の通路からやってきた戒那さんが告げた。
「解決してはいけないの」
 シュラインさんが続けた。
 2人の話によると、どうやらこういうことらしい。
 この事件の真相を、2人は既に知っている。けれどそれを皆に伝えれば、きっとまた誰かが死んでしまう(!)と。
(連続殺人事件になっちゃうってことなのかな?)
 あたしにはよくわからなかったけれど、口を挟まないことにした。どうせあとで聞けると思ったからだ。
「キミたちが真相を知らなければ、もう人は死なない」
 戒那さんがそう断言したことで、文句を言っていたFFPのメンバーたちも静かになった。
 もともと”自分たちも死ぬのではないか”という心配からあたしたちを呼んだ彼らだ。その心配がなくなれば、何も言うことはない。



「――それで、どういうことなんですか?」
 帰り支度をして、あたしたちは5人で戒那さんオススメのお店へとやってきていた。鰍さんだけは、晴城さんの代わりに残ることになっているので荷物を持っていない。
 あたしの問いかけに戒那さんは頷くと。
「結論から言えば、あれは自殺だ」
「!」
「なんや、やっぱ全員ホンマのこと喋っとったってことかいな?」
 鰍さんが訊いたアリバイ。可須美さん以外のメンバーは全員寝ていて、可須美さんは右の1階居間でずっとインターネットをしていた。
 戒那さんの代わりにシュラインさんが頷くと。
「そもそも状況的には、どう考えても自殺なのよ。他殺にしては死体が不自然すぎるし。それなのに私たちが当然のように他殺を疑ったのは――」
「可須美様の電話のせいですわね」
 ということはつまり。
「草間さんの予感が、当たっていたということですか?」
 可須美さんが”も屋”なのではないか。
 本人ではなくとも、何か関係があるのではないか。
(草間さんはそう言っていた)
 戒那さんは頷く。
「可須美くんは”も屋”だった。晴城くんが頼んだらしい。自分はやはり曖昧な世界にいたい。けれど皆を裏切ることも取り残されるのも嫌だと。このオフ会は、もともと曖昧な世界から卒業するために行われたものだったんだ」
「だから可須美さんは、晴城くんの”自殺”をそうとバレないようにしようとした」
「ちょい待ち」
 続けたシュラインさんに、鰍さんの声が飛ぶ。
「そりゃあおかしゅうないか? 可須美さんの証言は逆に晴城の自殺を決定づけとったと思うんやけど」
「可須美くん以外の人物の証言なら、そうだったろうな。だが俺やシュラインは、可須美くんを”無条件で”疑っていた。可須美くんが嘘をついている、もしくは嘘をついていなくともどこかに”抜け道”がある、と」
「だから私たちは、他殺説を捨てきれなかったのよね」
 戒那さんに続いて、シュラインさんがため息。
 璃瑠花ちゃんは考えるよう首を傾げてから。
「では真相を知らせればさらに死人が増えてしまうというのは、どういう意味でしたの?」
「可須美くんの目的は、晴城くんの死を”曖昧に”葬り去ること。自殺として片付けられるのも、誰かを犯人にされてしまうことも避けなければならない」
 そこまでの戒那さんの言葉で、あたしは悟ってしまった。
「だから……だから自殺とは思わせないために、誰かを殺すっていうんですか?」
「んなアホな」
「否定はしなかったわ。それにあの人なら、誰にも疑いを向けさせない方法でそれが可能だと思うの。あの特殊な家の構造をうまく利用すれば……」
 シュラインさんはまるで、そのためにあの家を選んだかのような言い方をした。
「そういえば、FFPのサイトの管理人って?」
 当人たちにもわかっていなかったようだけれど、あっさりと答えるシュラインさん。
「もちろん可須美さんよ。名前でわかるわ」
「へ? ハンドルネームで?」
 鰍さんも気づいていなかったようで訊き返す。
「可須美はもちろん、霞のことよね。他の6人の名前は、霞を使った表現になっているの。千鳥さんは『霞に千鳥』、阿未さんは『霞の網』、知さんは『霞の命』、戒さんは『霞の海』、奈巳さんは『霞の波』、晴城さんは『霞を張る』。ちなみに伊能知で”いのち”と読むのは、古事記によるみたいよ」
「凄いですわ、シュライン様」
「全然気づきませんでした……」
 璃瑠花ちゃんに続いて、あたしも深く感心した。
「普段から活字と向き合っているから、詳しくもなるのよ」
 そういえばシュラインさんの本業は、翻訳家だった。草間興信所事務員という印象が強すぎて、よく忘れがちになるけれど。
「――お待たせ致しました」
 そこで頼んでいた料理が運ばれてきて、会話は一時中断する。
 何やら大きなホタテの貝殻の上に、美味しそうな卵とじの物体が乗っている。ぷんと鼻をくすぐる味噌の匂いが、何とも美味しそうだ。
「味噌貝焼きだよ」
 戒那さんが告げた名前は、なるほどそのままだ。
 一口食べてみると、ご飯に良く合い、そしてお酒の肴にもぴったりなんじゃないかという濃い味がした。
(おいし……)
「――自分考えたんやけど、もし今回自分らを呼ばへんで、可須美さんが居間におらへんかったら、そもそも曖昧なまま終わっとったんやないの?」
 進む箸とともに、進む会話。
「それもまた微妙な問題でな。誰かが何らかの用事で、左側に行かないとも限らない。そうしたら結果的にその人物に疑いが集中してしまうわけだ。可須美くんはそれを避けなければならなかったから、見張っている必要があった」
「でも見張っていたら、彼女自身が疑われますよね。――こんなふうに」
 あたしが言葉を挟むと、シュラインさんが。
「それは彼女にとって本望なのよ。”誰にも疑いを向けさせない”の”誰にも”には、自分は含まれないから。彼女が疑われ万が一逮捕されたとしても」
「冤罪、ですわよね」
 璃瑠花ちゃんがきっぱりと口にした。
 あたしは――まだよく理解できていない。
(彼女は自分を疑わせるためにあたしたちを呼んだ)
 自分はたとえ捕まっても無実を証明する自信があったから。
 でもそれなら、呼ぶのは最初から警察でもよかったはずだ。
 それをあたしが口にすると。
「彼女にとっては。晴城くんの願いを叶えることも大事だったが、他の5人の願いを叶えることも大事だったんだよ。だからこの1週間を、途中で終わらせるわけにはいかなかった。――究極的には、彼女は俺たちに”協力”を求めたのさ」

     ★

(”も屋”である彼女自身は)
 その辛さを誰よりもわかっていた。
 曖昧な存在がどれほどの痛みを伴うのか。
 彼女は”普通”からはみ出したまま生き続け、曖昧を自らの手で作り出すことに、自分の存在意義を見出したという。
(けれど――)
 自分と同じようになってしまう人は、見たくなかったのだろう。
 だからその予備軍をFFPに集め、センドウし、普通へと溶け込ませようとした。やはりダメだと告げた少年を、曖昧の中に埋葬した。
(それが晴城さんの意思だったから)
 あたしたちは、何も言えなかった――。

■終【FFP】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|P C 名
◆◆|性別|年齢|職業
1847|雨柳・凪砂
◆◆|女性|24|好事家
0086|シュライン・エマ
◆◆|女性|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2758|井園・鰍
◆◆|男性|17|情報屋・画材屋『夢飾』店長
1316|御影・璃瑠花
◆◆|女性|11|お嬢様・モデル
0121|羽柴・戒那
◆◆|女性|35|大学助教授



■ライター通信【伊塚和水より】

 ご参加ありがとうございました。≪FFP≫、いかがだったでしょうか?
 当初考えていたものとは多少違った流れになってしまいましたが、私なりには満足しております。最後まで書いてもまだわかりにくい気はするんですけれど……その辺は他の方の視点を読んでいただければ多少は解消されるかもしれません。
 ちなみに舞台となっている建物のモデルは、まんま我が家でございます(笑)。ほんとーにっ、使いにくくてしょうがありません……。部屋が扇型って!

>雨柳・凪砂さま
 初めてのご参加、ありがとうございます。内気で可愛らしい部分をあまり表現できずに終わってしまいました(>_<) また機会がありましたら、今度はもっとそういう部分を書けたらなぁと思っております。

 それでは。またお会いできることを楽しみにしております^^

 伊塚和水 拝