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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


FFP 〜エフ・エフ・ピー〜

■シュライン・エマ編【オープニング】

『――ねぇ、ハルが死んだの。誰か代わりに来てくれないかしら』
 受話器を耳に当てた瞬間、そんな言葉が聞こえてきた。
「は? あの……あなたは?」
 何のことやら意味がわからない。武彦が当惑しながら問うと。
『まだ警察には知らせていない。約束の一週間は、始まったばかりだから』
 声の主は武彦を無視して話を続けた。
「おい」
『でも皆、不安がってるの。誰かが来て、事件を解いてくれれば、皆安心して過ごせるわ』
「…………」
 どうやら武彦が色よい返事をするまで、答える気はないようだった。
(ま、どうせ行くのは俺ではないしな)
 武彦はそんな無責任な思考をすると。
「――いいだろう。何人か向かわせよう。どこへ行けばいい?」
『よかった。青森県のM市よ。駅には迎えを出す』
「青森県?! またずいぶんと遠いな……」
『雪が積もっているの。防寒対策をしっかりしてくることをオススメするわ』
(俺は絶対に行かない)
 武彦は改めて思った。
「で? あなたの名前は?」
『可須美(かすみ)』
「!」
 その名前を訊いた途端、武彦はある人物のことを思い浮かべる。
(霞――靄?)
 も屋……?
 言葉を失った武彦に、可須美は続けた。
『FFPのメンバーよ。今オフ会をしてるの』
「FFP?」
(オフ会ということは、サイトかなんかの名前か?)
 考えながら問うと、可須美は変わらない声音で。
『Fは曖昧のF。Pは天国と地獄』
「…………」
 何度目かの、沈黙をした。
『じゃあ、まぁるい家でお待ちしているわ』
 可須美はそう告げると、一方的に電話を切ってしまった。
 それでも武彦は、受話器を戻すことができない。
(どういうことなんだ)
 本当に、関係あるのか……?
 自分の中に生まれた予感に戸惑い、武彦はしばらくその場に立ち尽くした。



■”も屋”?【草間興信所:机付近】

「――どうしたの? 武彦さん」
 受話器を持ったまま動かない武彦さんに、声をかけた。電話中にしては発言がまったくないというのもおかしかったからだ。
 すると武彦さんは「はっ」とした表情をして一度こちらに顔を向けてから、ゆっくりと受話器を下ろす。
「また”も屋”から、”協力”を依頼されたのかもしれない」
「え?」
 ”も屋”というのは、私たちにとってもまだまだ得体の知れない存在だ。ただ以前、鑑賞城で起きた事件の際に、私たちは彼に利用された。
(事故として片付けられては困るから)
 捜査を依頼されたのだ。
 そして――今回も?
「……どういうことなの?」
 慎重に言葉を選ぶと。
「死体が1つ。けれどまだ、警察には届けられていない」
「だから私たちに捜査しろって? ”も屋”と名乗ったの?」
「いや……電話の主の名前が、可須美だったんだ」
「!」
 観賞城の事件では、奇里(きり)と名乗っていた”も屋”。確かに関係を匂わせる名前ではあるけれど。
「女性、だったの?」
「ああ……」
 だからこそ武彦さんは、複雑な表情をしているのだ。
(”も屋”は複数存在するのかしら?)
 それとも、”も屋”に頼まれた誰かが演じているのか。
(――逆も考えられるわね)
 ”も屋”に依頼した誰かが、わざとそんな名前を持った人を選んだ、とか。
 考えられることはたくさんある。だけどそのどれも、実際そこへ行ってみなければ答えなどわからない。
「――気になるなら、行ってみれば?」
 悩む様子の武彦さんに、声をかけた。
 すると武彦さんの返事は意外にも。
「悪いが……寒いのは苦手なんだ」
「あら、どこからの電話だったの?」
「青森だ。ご丁寧に雪が積もっていると教えてくれたよ」
 どうやら雨ではなく雪が降るほど寒い地域には、行きたくないらしい。
 私は笑って。
「じゃあ私が行ってくるわね。何故うちに連絡がきたのか気になるし」
「ああ、いつもすまないな。1人じゃ大変だろうから、何人か応援を呼んでおこう」
「お願いするわ。私は一度家に戻ってちょっと準備してくる」
 いくら一日とはいえ遠出をするのなら、何の準備もなしに行くことはできない。
 私がそう告げて帰り支度を始めると、武彦さんは慌てた素振りで。
「待てシュライン。もしかしたら1週間ほど向こうにいることになるかもしれないからな。”ちょっと”じゃなくて”しっかり”準備してこい」
「へ? 1週間?!」
 それからやっと、武彦さんは私に2人の会話の内容すべてを聞かせてくれた。
「――なるほどね」
 会話の中に出てきた、”約束の1週間は始まったばかり”というフレーズから、武彦さんは1週間ほどかかるかもしれないと予想したのだ。
(ますます興味深いわね)
 この事件(?)は、見かけよりも多くの謎を含んでいるようだった。



■まぁるい家もFFP【FFP右:1階居間】

(私たちへの連絡)
 私たちの介入。
 もし可須美さんが本当に”も屋”であるのなら、それが事件を曖昧にするために必要な要素であるということになる。
(――大胆、よね)
 警察が嫌だから私たち、なんて……死体遺棄を手伝わされるのとあまり変わらない気がする。そしてそれは――犯罪行為だ。
(一体何を考えているのかしら?)
 私たちが警察に伝えないという保証はないのに。
 それとも私たちは、手伝わざるをえなくなるのだろうか。

     ★

 東京駅で無事に他のメンバーと合流し、一路青森へと向かった。
 何ごともなく順調に走る新幹線。乗り継いだ列車も遅れることなく進み、私たちは予定どおりの時刻に目的の駅へと着くことができた。
 駅では御影・璃瑠花(みかげ・るりか)ちゃんや羽柴・戒那(はしば・かいな)さんと先に合流してから、お迎えを探した。
 迎えに来ていたのは意外にも電話をしてきた可須美さんではなく、千鳥さんという落ち着いた感じの女性だった。
 千鳥さんの案内で事件(?)のあった建物へとやってきた私たちは、その意外な姿に驚きを隠せない。
(本当に丸いのね)
 そしてそれだけでも珍しいのに、外壁がなんともどぎついオレンジ色をしている。白い世界に、やけに映えるオレンジ。
「これは目立ちますわねぇ」
 璃瑠花ちゃんが呟いた。
 千鳥さんは2つある玄関のうち右側のドアを開けると。
「ようこそ、FFPへ」
 そんなことを言った。
「へ? FFPってサイトの名前やなかったんかいな?」
 逸早く反応したのは、移動中にFFPのことを調べていた井園・鰍(いぞの・かじか)さんだった。
 FFPはサイト自体がパスワード制になっていたのだけど、鰍さんはそのパスワードをどこからか入手して中を覗いていたようだった。
(――もっとも)
 極普通の掲示板とチャットルームしかなかったという話だけど。
 鰍さんの問いに、千鳥さんはにこりと微笑むと。
「FFPは名前というよりも、形容詞に近いんですよ。わたしたちにとってFFPな場所はすべて、FFPと呼びますから。つまりネット上のあの場所も、リアルのこの場所も、わたしたちにとってはFFPなんです」
 わかったようで、わからない。
 私たちは思わず、皆で顔を見合わせてしまった。
 そんな私たちを気にするふうもなく、千鳥さんは中へと促す。
「どうぞ入って下さいな。皆を紹介しますから」



 居間には4人がそれぞれにくつろいで座っていた。
 私たちが団体で入っていくと、一様に驚いた顔をして。
「おいおい、晴城の代わりがこんなにいるのかよ(笑)」
「一気に人数が増えましたね」
「わーい、女の子増えた♪」
「部屋が足りないかもしれないな……」
 その後千鳥さんが紹介してくれたところによると、発言の順に、戒さん、奈巳さん、阿未さん、伊能・知さん(全員ハンドルネーム)ということだった。
(この名前……)
 私は彼らの名前を聞いて、さらに確信してしまった。中心にいるのはやはり可須美さんなのだと。
 こちらも5人(+璃瑠花ちゃんの執事の榊さん)が自己紹介をして、さあ事件の話に入ろうとしていた時。
「ちょっと待ってくれ。可須美くんは?」
 戒那さんが口を挟んだ。そう、肝心の可須美さんがいないのだ。
「――私ならここに」
「?!」
 声に振り返ると、いつの間にか私たちの後ろに人が立っていた。私たちの後に入ってきたのだろうか。
「相変わらず、神出鬼没ねぇ」
 笑いながら、阿未さんが告げる。
(可須美さん……)
 可須美さんは随分と背の高い女性だった。長い髪をお下げにしていて、左目に眼帯のようなものをしている。
 持ち合わせている雰囲気が、”彼”と同じだった。
「とりあえず、ハルの死体を見て欲しいわ」
 可須美さんはそう告げると、私たちの返事も聞かずにスタスタと左側へと続く通路に歩いて行った。
 戸惑うように顔を見合わせる私たちを、促すように声を掛ける知さん。
「行ってらっしゃい」
 それからやっと、ゾロゾロと動き始めた。



■死因は……?【FFP左:2階奥の部屋】

 晴城さんの遺体は、顔全体がうっ血し赤黒く膨れていた。鼻や口から出血したあとが見えるが、今はさすがにとまっているようだ。
 鰍さんはカメラ付き携帯を使ってその遺体を撮影していた。
(そうね……)
 もしかしたら1週間、このままにしておかなければならない可能性もあるのだ。現場の写真を撮っておくことは、必須といえる。
(でも――あまり見たくはないわね)
 私は目を瞑り、黙祷を開始した。
「死んだ時のままにしてあるわ」
 少しの静寂を破って、淡々とした口調で告げたのはもちろん可須美さん。
「ということは、この部屋で亡くなっていたんですか?」
 黙祷を終えて、私は顔を上げる。
「そう。今朝ここで見つけたの。私たちがこの家に来たのは昨日なんだけど」
「うげ。来た日の夜に死んでもうたんか。なんや可哀相やなぁ」
 遺体を繁々と眺めながら、鰍さんはそんなことを言った。
「榊、検死はできますか?」
「お任せ下さい」
 璃瑠花ちゃんに答えて、榊さんが遺体の傍にしゃがみ込み調べ始める。
「まあ、検死までできるんですか?」
 雨柳・凪砂(うりゅう・なぎさ)さんが驚いた様子で口に出すと、榊さんは視線を遺体に向けたまま。
「解剖をするわけにいきませんから、詳しくはわかりかねますが……簡単な所見ならば可能ですよ」
(本当に、有能という言葉がぴったりよね)
 感心して、様子を見守る。
 死因がわかれば芋づる式にわかることがあるかもしれない。
「――それで、警察にはまだ?」
 戒那さんの問いかけに、可須美さんは至極当然というように頷くと。
「私たち、ストレスから解放されるために集まったから。この1週間が終わるまでは、この家の中にはあらゆる”法”が存在しないの」
「?!」
 可須美さんはあっさりと告げたが。
(それは――)
「どんな犯罪をしてもいいということなの?」
(殺人さえも)
 この1週間なら。この家の中でなら。互いに許すというの?
 皆が視線を集中させる中、可須美さんは――笑い出した。
「安心して。だからと言って人を殺したりするような人なら、FFPに呼びはしないわ」
「けど、あんたは誰かが殺したと思ってるんちゃうの? せやから自分らを呼んだんやと思ってたんやけど」
「それは違う。自殺か他殺か事故か、わからないから呼んだのよ。それがわからないと不安でしょ? でも警察に言ったら皆すぐ連れ戻されちゃうから言えないし」
(なるほど)
 きっと彼らは親に内緒で、集まっているのだろう。
「それでどうして、草間様の所にお電話を?」
 璃瑠花ちゃんが問うと、一瞬恐ろしい程に辺りが静まった。きっと皆それを気にしていたのだ。
(わざわざ遠くの興信所に頼むなんて)
 おかしい。
 けれどそれが”も屋”ゆえであるならば、納得はできる。私たちは既にその存在を知ってしまっているから。
(ただ)
 そうだとしても、私たちが一体何を担っているのかは気になるところだ。
 しかし次に可須美さんが口にした言葉は、意外にも聞き飽きたセリフであった。
「だって、草間さんは怪奇探偵なんでしょう?」
「え……」
「私ね、昨日から今日にかけて、ずっと起きてたの。さっき皆がいた、右の居間にいたわ。そして私がそこにいる間、こちら側に来たのはハルだけだった。どういうことかわかる?」
 単純に考えれば。
「晴城さんが亡くなった理由が、事故か自殺だということでは?」
 「それ以外にはありえない」というふうに、凪砂さんが答えた。
 しかしその言葉に続けた戒那さんは。
「やはり――キミは最初から他殺であった可能性を考えているんだろう?」
 そんなふうに、可須美さんを見る。
 今度は否定しなかった。当たっているのだろう。
(もし)
 晴城さん以外の人が誰も行っていないはずの場所で殺人が起こったら……確かにそれは、怪奇探偵の領域なのかもしれない。
「でもそれはちょっと飛躍のし過ぎじゃないかしら? 普通その手のものなら、何かしらトリックを疑うはずよ。いきなり”怪奇”を持ち出すなんて……」
 反論する私に、即答する可須美さん。
「だからこそ怪奇も扱える“興信所“に頼んだの。これで理由は十分でしょう?」
「…………」
 顔を見合わせる。どこか誘導されたかのような問答だった。
「――ちょっと、よろしいですか?」
 途切れた会話を見計らって、検死を行っていた榊さんが声を挟む。
「わかりましたの? 榊」
「ええ……おそらく窒息死だと思われます。顔のうっ血や膨れ、唇などのチアノーゼ、鼻や口からの出血、そして角膜の溢血点。これらはすべて、窒息死体に多く見られる特徴です。あと死斑の様子から、この遺体が動かされていないというのも事実でしょう。ただ――」
 榊さんは皆の理解を確認するよう見回してから。
「これ以上は解剖して見なければなんとも言えませんが……頚部や頭部・胸部には、圧迫したような痕は見られません」
「なるほど。じゃあたとえば、この部屋だけ空気抜かれちゃったとか、鼻と口を塞がれたとか、そういう感じの窒息というわけね」
 私は納得を呟きに表す。
「真綿での扼殺や、神経切断による窒息死なんて可能性はどうですか?」
「何か喉に詰まらせてしまったかもしれませんし、もしかしたら最初からの病気であったかもしれませんね」
 凪砂さんに続いて、璃瑠花ちゃんが告げた。
(そう)
 可能性はたくさんある。しかし解剖などして詳しく調べられない以上、私たちには”窒息死”という所までが限界なようだった。



■アリバイ成立?【FFP右:一階居間】

「――とりあえず、まず調べなあかんのはアリバイやね。あと、荷物の詳細もや。プライベートもあるやろうけど、はよ解決したいんやったら、おとなしゅう従うのが吉やで?」
 元の部屋に戻ると、突然鰍さんがそんなことを言い出した。私たちが驚いて鰍さんを見ると、鰍さんは「まかしとき!」と口だけ動かしてウィンク。何か考えがあるらしい。
 下で待っていたFFPメンバーの5人は、もしこれが殺人事件であった場合、疑われるのも仕方のないことだと思っているのだろう。反論したりする人はいなかった。それどころか、阿未さんあたりは楽しそうにしている。
「えっと、榊さん? 死亡推定時刻なんかは、わかったりしはります?」
 鰍さんが璃瑠花ちゃんの後ろに控えている榊さんに振ると、榊さんは思い出したように頷いて。
「先ほど言い忘れましたが、死後硬直の具合から見ても、おそらく今朝の3時から4時頃と思われます」
「――ちうわけで、3時から4時の間何をしとったか、教えてもらえまっしゃろか?」
(3時から4時、ね……)
 それはさすがに、皆寝てたんじゃないだろうか。
 5人は顔を見合わせると、案の定皆「寝ていた」と答えた。この上の2階の2部屋に、男女に分かれて寝ていたらしい。起きていたのはずっとここにいたという可須美さんだけだ。
(左側には、晴城さん以外行かなかった)
 そう証言する可須美さん。
 けれどもちろん、実は彼女自身がいちばん怪しい。
「可須美様は、ここで何をしてらしたんですの?」
 璃瑠花ちゃんの問いかけに、可須美さんは千鳥さんの手元にあるノートパソコンを指差した。
「パソコン……インターネット?」
 私の呟きに頷く。
「パソコンは1台しかないの。皆で順番に使うんだけど、皆が寝てる時間ならいくらでも使えるから」
「じゃあ可須美さん、昨日から寝てないんですか?」
 凪砂さんが問い掛けた。
 夜通しインターネットで遊んでいて、今も起きているのだから、そういうことになるだろう。
 しかし可須美さんは首を振ると。
「興信所に電話したあと、あなたたちを迎えに行くまで寝てたわ」
(なるほど)
 と納得した反面。
(それでも、”寝れる”のね)
 冷めた見方をする自分がいる。
 一緒に寝泊りしようとするほど親しい間柄の人物が亡くなって、同じ建物内で。
(すぐに眠れるのは、自分が犯人だからじゃないの?)
 もちろん口には出さないけれど。
 その後全員でFFPメンバー7人(晴城さん含む)の持ち物検査が行われたけれど、皆食料や暇つぶしの道具ばかりで。怪しい物――特に窒息の引き金となるような物を所持している人はいなかった。
 当然ゴミ箱なども調べられたけれど、何も出てこない。7人がここへ来てから外へ出たのは千鳥さんが私たちを迎えに来た時だけだというから、外に捨てに行く暇もなかっただろう。千鳥さんが犯人ならば可能だけれど、100%疑われるだけに危険すぎるのだ。
(少なくとも)
 可須美さん以外の5人は事件に関わっていないのだろうか。
「――ねぇ、そろそろ団体戦はやめにしましょう?」
 不意に可須美さんが告げた。
「私は早く真相を知りたい。そのためには、あなたたちに自由に動いて貰わなくちゃならない。私たちは基本的にはこの家から出ないけれど、あなたたちは好きにしていいわ。ただし少なくとも1人は、建物の中に残ってね。ハルの代わりなんだから」
「その”代わり”というのは、一体どういう意味なんだ?」
 戒那さんがつっこむと、可須美さんは涼しい顔をして。
「言葉どおりの意味よ? このオフ会は7人で始まったの。だから7人で終わりたいじゃない」
「1人1日という計算で、1週間に決めたんです。だから7人いなければ、約束の1週間が壊れてしまうから……」
 可須美さんをフォローするように口を開いたのは千鳥さんだ。
(7人だから、1週間)
 初めも終わりも7人でなければならない。
 私たちにはその”絶対”がよくわからないのだけれど、他のメンバーはそれで納得しているようで。だからこそこうして私たちを受け入れているようだった。



■鰍の思惑【FFP左:1階居間】

 左右の居間を繋ぐ通路を通って、私たちは左側の居間へと移動した。
 通路はアコーディオンカーテンで仕切られているので、大きな声を出さなければそうそう声は漏れないようになっている。
「――で、井園くん。キミは何を狙っているんだ?」
 戒那さんが尋ねると鰍さんは笑って。
「単純な問題や。もし全員にアリバイが成立するんなら、他殺って可能性はなくなるやろ?」
「遠隔殺人、ってことも考えられるぞ」
「せやかて、死因が窒息である以上、殺人なら誰かが向こうへ行く必要があるんやないか? 口や鼻を塞ぐために」
「もしくは――左側すべての空気を抜いてしまうか、ね。かなり無茶な考えではあるけれど」
 最後に私が可能性を付け足す。
 どこも圧迫せずに窒息に追い込むには、鼻と口を塞いでしまうか、それ以外の方法で酸素を摂取することのできないようにしてしまうしかないのだ。空気を抜くとかガスを充満させるとかして……。
(――”天国と地獄”か)
 私はふと、電話で可須美さんが言っていたというFFPの意味を思い出した。
(あの夜――)
 右側で寝るか、左側で寝るかが、実は天国と地獄の分かれ目だったんじゃないかしら?
(……あんまりかしら)
 自分の考えに、自分で苦笑してしまった。
「――これからどう致しましょうか?」
 考え込む皆に、璃瑠花ちゃんが振る。
「団体戦はやめにしましょうって、言ってましたよね」
 確認するような凪砂さんの口調に、鰍さんは頷いて。
「せやな。個人個人で気になる所でも調べてみよか。自分はこん中残るさかい、外に出たいもんは出てかまわへんで」
 鰍さんには既に、調べたい物があるようだ。
「そうしよう」
 戒那さんはそう賛成してから、笑顔で璃瑠花ちゃんを見て。
「お姫さん、折角こんな場所で会えたんだし、あとで何か美味しいものを食べに行こうか」
「まあ、楽しみですわv」
「その前にシュライン」
 続いて私に視線を移動させた。その目は、鋭いものに変わっている。
(戒那さんも)
 気づいているのだ。
「ええ、わかってるわ。”あの人”に、話を訊きましょう」
 そうして私たち3人は、先に右側へと戻った。
「わたくしは、少々建物を外から見てまいりますわ。あとでお話し聞かせて下さいね」
「あら、気を遣わなくてもいいのよ?」
 私が告げると璃瑠花ちゃんは金髪を揺らして。
「いいえ? それがマナーだと思いますの。わたくしがいたのでは、”あの方”はもしかしたら喋らないかもしれませんし」
 璃瑠花ちゃんの視線は、しっかりと可須美さんを捉えていた。私たち3人の間にあるものを、ちゃんと読み取っていたようだ。
 戒那さんは璃瑠花ちゃんの頭に触れると。
「じゃあお姫さん、外は寒いからあまり長居しないように、行っておいで」
「はぁい」
 璃瑠花ちゃんは返事をすると、玄関の方へと向かおうとした。ふと、足をとめて。
「1つだけ、お願いしても構いませんか?」
「何だい?」
「もし本当に可須美様が”も屋”であるのなら、一体何のためにそうするのかを、訊いていただきたいです」
「わかったわ」
 璃瑠花ちゃんは安心したようにぺこりと一度頭を下げると、今度こそ玄関の方へと向かって歩いて行った。後ろにつく榊さんもこちらを向けて一礼。
 彼がついていれば大丈夫だろう。
「――さて」
 戒那さんと顔を見合わせる。
 さすがに緊張する、瞬間。
「可須美さん、ちょっとお話をお聞かせ願えますか」



■霞など食って生きられるか?【FFP右:2階奥の部屋】

「キリとカスミは同じ分類でいいのか?」
 単刀直入に問い掛けたのは、もちろん戒那さんだ。
 可須美さんは無表情に少し頭を傾げると。
「分類?」
 それから笑った。
「分類も何も、気づいているんでしょ。霧も霞も靄も皆一緒よ」
「え――?」
「私が奇里には、見えないかしら?」
「…………」
 再び戒那さんと、顔を見合わせた。
 確かに持ち合わせている雰囲気はほぼ同一と言っていいくらいだし、彼女は女性にしては背が高かった。長い髪も同じ。
(けれど――)
 決定的に違うことが、1つある。
「女性化したとでも言うのか?」
「逆よ」
 可須美さんは即答した。
「つけるのは簡単だけど、取るのは大変でしょ。喉仏とかね」
「盲目ではなかったの?」
「わざと見ないで生活していたのは確かよ。夜もサングラスをするためには、必要な言い訳だった」
「その――眼帯は?」
「世界が霞んでしまうのを防ぐために」
 本気で言っているのか冗談なのか、判断はつかない。
(つけるために)
 私も内側へ、踏み込んでみることにした。
「――ねぇ可須美さん。生きてる間は、ストレスしかないのよね。喜びも肌に触れてる服の感触さえも、言い換えれば皆ストレスなのよ」
「……だから?」
「失礼な言い方かもしれないけれど、ある意味晴城さんがいちばん、このオフ会の主旨に沿っていると思うんだけど、どうかしら?」
 可須美さんは私を真っ直ぐに見返すと、視線を鋭くして。
「それは私が、彼をそれに”沿わせた”と、言いたいのかしら?」
「そうして曖昧にごまかそうとしたのではないの?」
 飛ぶのは疑問ばかりで、答えはまだない。
 可須美さんは不意にその場に座り込むと。
「――本当にそう思っているのかしら?」
「え?」
「もう一度言うわ。気づいているんでしょ?」
「…………」
「シュライン。鑑賞城の事件でも、彼女は自分のために人を殺すようなことはしていなかった。彼女がしたことはすべて、”頼まれたから”だ」
「!」
(そんなことは、確かにわかっていた)
 わかっていたのに、認めたくないと思っている自分がいる。
「じゃあ、晴城さんが自分から殺すように頼んだ……?」
 すると今度は、ため息を1つ。
「あなたが完全にトリックを解くことができるなら、認めてあげるわ」
 挑発的な態度だった。
「――場所を、移動しようか」
 戒那さんが告げた。



■意外な真相【FFP左:2階奥の部屋】

 間の通路を通るのではなく、玄関を出て外を回り左側へと移動した。
「何故外を?」
 訊ねると可須美さんは苦笑し。
「この方法で移動したら、雪の上に足跡が残るでしょう? 昨日から雪は降っていない。あなた方が来た時、家の周りを移動した足跡はあったかしら?」
「……なかったな」
 なるほどそれを確認させたかったようだ。
「壁伝いに建物の上を通って――というのなら構わないわ。それができるのなら」
 壁には梯子のようなものはない。
(無理だわ)
 そんなこと、口にするまでもなかった。

     ★

 壁にある通気孔や天井の様子などをチェックしながら、私は2階へと進んだ。
(外にも出ていないなら)
 やはり内側から――2階からあちらへと渡るしかないのだ。
 それでも何も発見できぬまま奥の部屋へと到達すると、中には璃瑠花ちゃんと榊さんがいた。
「戒那様、シュライン様……」
「どうしたお姫さん。なんかボーっとしてるぞ」
「怖くなった?」
 普通の子供なら、遺体の傍に寄るだけでも怖いだろう。
 すると璃瑠花ちゃんは激しく首を振って。
「違いますの。子どもが……たった今まで、見知らぬ子どもがここにいて、わたくしと会話しておりましたの」
「子ども?」
 神出鬼没な子ども。ピンと来る、存在がある。
「ドール、だろうな」
 口にした戒那さんに、やはりと思った。
「なんて言ってたの?」
「はい――『ずっと息をとめ続けることができたら、人は死ぬことができると思うか』と」
「!」
(それは……)
「お姫さんはなんて答えたんだ?」
「『わかりません』と。怖くて試すこともできませんし……」
 当たり前だ。できることを証明するのはできないことを証明するよりもたやすいけれど、できてしまったらもう元には戻れないのだから。
「そうしたらその方は、『ボクはできることを知っている』と仰ったのです」
 私たちの視線は、可須美さんの元へと集束する。
「私は下で誰もこないことを見張っていた。その時上でハルに付き添っていたのは、あの子だもの」
「!?」
 あっさりと、そんなことを語る。
「じゃあ……自殺、なの?」
「曖昧なままでいることを望んだ彼には、これしか道が残されていなかった」
 可須美さんは――”も屋”は――
(悪い存在では、ないのだろうか?)
 わからなく、なった。
「わたくし、お外へ出ておりますわ」
 気を利かせて、璃瑠花ちゃんが部屋を出て行く。
 そこから始まった会話は、私たちの予想を大きく超えていた。



■可須美の目的【ファミリーレストラン:禁煙席】

 1週間、こちらにとどまる覚悟はしていた。
(でも1日で帰ることになるとは……)
 さすがに思わなかった。
「この事件は、解決できない」
 皆を集めた後、戒那さんが告げた。私も続けて。
「解決してはいけないの」
(可須美さんは)
 皆にすべてを隠していた。
 隠したまま、この事件を終えねばならなかった。
”解決すれば、また人が死んでしまう”
 これはそういう事件だったのだ。
 可須美さん以外のFFPメンバーはもちろん、最初はとても不満そうな顔をしていた。けれど戒那さんが。
「キミたちが真相を知らなければ、もう人は死なない」
 そう断言したことで、彼らはやっと納得したのだった。
 もともと”自分たちも死ぬのではないか”という心配から私たちを呼んだ彼らだ。その心配がなくなれば、何も言うは権利はない。



「――それで、どういうことなんですか?」
 帰り支度をして、私たちは5人で戒那さんオススメのお店へとやってきていた。鰍さんだけは、晴城さんの代わりに残ることになっているので荷物を持っていない。
 凪砂さんの問いかけに戒那さんは頷くと。
「結論から言えば、あれは自殺だ」
「!」
「なんや、やっぱ全員ホンマのこと喋っとったってことかいな?」
 鰍さんが訊いたアリバイ。可須美さん以外のメンバーは全員寝ていて、可須美さんは右の1階居間でずっとインターネットをしていた。
 私は頷くと。
「そもそも状況的には、どう考えても自殺なのよ。他殺にしては死体が不自然すぎるし。それなのに私たちが当然のように他殺を疑ったのは――」
「可須美様の電話のせいですわね」
 それがすべての”引っ掛け”だったのだ。
「草間さんの予感が、当たっていたということですか?」
 確認するような凪砂さんの問いに、戒那さんは頷くと。
「可須美くんは”も屋”だった。晴城くんが頼んだらしい。自分はやはり曖昧な世界にいたい。けれど皆を裏切ることも取り残されるのも嫌だと。このオフ会は、もともと曖昧な世界から卒業するために行われたものだったんだ」
「だから可須美さんは、晴城くんの”自殺”をそうとバレないようにしようとした」
「ちょい待ち」
 続けた私に、鰍さんの声が飛ぶ。
「そりゃあおかしゅうないか? 可須美さんの証言は逆に晴城の自殺を決定づけとったと思うんやけど」
「可須美くん以外の人物の証言なら、そうだったろうな。だが俺やシュラインは、可須美くんを”無条件で”疑っていた。可須美くんが嘘をついている、もしくは嘘をついていなくともどこかに”抜け道”がある、と」
「だから私たちは、他殺説を捨てきれなかったのよね」
 戒那さんに続いて、私もため息。
 璃瑠花ちゃんは考えるよう首を傾げてから。
「では真相を知らせればさらに死人が増えてしまうというのは、どういう意味でしたの?」
「可須美くんの目的は、晴城くんの死を”曖昧に”葬り去ること。自殺として片付けられるのも、誰かを犯人にされてしまうことも避けなければならない」
 そこまでの戒那さんの言葉から、凪砂さんは悟ったのだろう。
「だから……だから自殺とは思わせないために、誰かを殺すっていうんですか?」
「んなアホな」
(そう、これは馬鹿げた事件なんだ)
 その結論に至った私たちは訊いた。それに対し可須美さんは――
「否定はしなかったわ。それにあの人なら、誰にも疑いを向けさせない方法でそれが可能だと思うの。あの特殊な家の構造をうまく利用すれば……」
 そのためにあの建物を選んだということが、今の私にはわかっていた。他にあんな構造の家を使う理由は考えられないから。
「そういえば、FFPのサイトの管理人って?」
「もちろん可須美さんよ。名前でわかるわ」
 私のその答えに、少なからず皆驚いたようだった。
「へ? ハンドルネームで?」
 鰍さんが代表して訊き返す。
(なんだ、皆気づいていなかったのね)
「可須美はもちろん、霞のことよね。他の6人の名前は、霞を使った表現になっているの。千鳥さんは『霞に千鳥』、阿未さんは『霞の網』、知さんは『霞の命』、戒さんは『霞の海』、奈巳さんは『霞の波』、晴城さんは『霞を張る』。ちなみに伊能知で”いのち”と読むのは、古事記によるみたいよ」
「凄いですわ、シュライン様」
「全然気づきませんでした……」
 璃瑠花ちゃんに続いて、凪砂さんも感心してくれる。
「普段から活字と向き合っているから、詳しくもなるのよ」
 私は苦笑しながら告げた。これでも翻訳家であり、作家の端くれなのだ。
「――お待たせ致しました」
 そこで頼んでいた料理が運ばれてきて、会話は一時中断する。
 何やら大きなホタテの貝殻の上に、美味しそうな卵とじの物体が乗っている。ぷんと鼻をくすぐる味噌の匂いが、何とも美味しそうだ。
「味噌貝焼きだよ」
 戒那さんが告げた名前は、なるほどそのままだ。
 一口食べてみると、ご飯に良く合い、そしてお酒の肴にもぴったりなんじゃないかという濃い味がした。
(美味しいわ)
「――自分考えたんやけど、もし今回自分らを呼ばへんで、可須美さんが居間におらへんかったら、そもそも曖昧なまま終わっとったんやないの?」
 進む箸とともに、進む会話。
「それもまた微妙な問題でな。誰かが何らかの用事で、左側に行かないとも限らない。そうしたら結果的にその人物に疑いが集中してしまうわけだ。可須美くんはそれを避けなければならなかったから、見張っている必要があった」
「でも見張っていたら、彼女自身が疑われますよね。――こんなふうに」
 凪砂さんが挟んだ言葉に、答える。
「それは彼女にとって本望なのよ。”誰にも疑いを向けさせない”の”誰にも”には、自分は含まれないから。彼女が疑われ万が一逮捕されたとしても」
「冤罪、ですわよね」
 璃瑠花ちゃんがきっぱりと口にした。
 しかし凪砂さんはまだ納得がいかないようで、「それなら最初から警察を呼べばよかったのに……」と呟いている。
「彼女にとっては。晴城くんの願いを叶えることも大事だったが、他の5人の願いを叶えることも大事だったんだよ。だからこの1週間を、途中で終わらせるわけにはいかなかった。――究極的には、彼女は俺たちに”協力”を求めたのさ」
 苦笑混じりの、戒那さんの言葉だった。

     ★

「一体何のために、”も屋”の仕事を?」
 あの時璃瑠花ちゃんの代わりに問った私たちに。可須美さんはこう答えたのだ。
「――これ以上”も屋”が、増えるのは嫌なの」
「?!」
(そう……なのね)
 ”も屋”である彼女自身は、その辛さを誰よりもわかっていたのだ。
(曖昧な存在が、どれほどの痛みを伴うのか)
 彼女は”普通”からはみ出したまま生き続け、曖昧を自らの手で作り出すことに、自分の存在意義を見出したのだという。
(けれど――)
 自分と同じようになってしまう人は、見たくなかった。
 だからその予備軍をFFPに集め、センドウし、普通へと溶け込ませようとした。やはりダメだと告げた少年を、曖昧の中に埋葬した。
(それが晴城さんの意思であったから)
 彼の選んだ方法であったから。
 それを手伝った可須美さんに、結局私たちは何も言えなかった――。

■終【FFP】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|P C 名
◆◆|性別|年齢|職業
1847|雨柳・凪砂
◆◆|女性|24|好事家
0086|シュライン・エマ
◆◆|女性|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2758|井園・鰍
◆◆|男性|17|情報屋・画材屋『夢飾』店長
1316|御影・璃瑠花
◆◆|女性|11|お嬢様・モデル
0121|羽柴・戒那
◆◆|女性|35|大学助教授



■ライター通信【伊塚和水より】

 ご参加ありがとうございました。≪FFP≫、いかがだったでしょうか?
 当初考えていたものとは多少違った流れになってしまいましたが、私なりには満足しております。最後まで書いてもまだわかりにくい気はするんですけれど……その辺は他の方の視点を読んでいただければ多少は解消されるかもしれません。
 ちなみに舞台となっている建物のモデルは、まんま我が家でございます(笑)。ほんとーにっ、使いにくくてしょうがありません……。部屋が扇型って!

>シュライン・エマさま
 いつもご参加、ありがとうございます。
 ”も屋”に関してはこんな形で一応の決着がつきました。さすがの奇里と可須美が同一人物だとは……私も思わなかったんですけども(笑)。
 今回地味にゲストも出ています。FFPの本当の意味は他の方の視点に。よろしかったらご覧下さいませ〜。

 それでは。またお会いできることを楽しみにしております^^

 伊塚和水 拝