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FFP 〜エフ・エフ・ピー〜
■井園・鰍編【オープニング】
『――ねぇ、ハルが死んだの。誰か代わりに来てくれないかしら』
受話器を耳に当てた瞬間、そんな言葉が聞こえてきた。
「は? あの……あなたは?」
何のことやら意味がわからない。武彦が当惑しながら問うと。
『まだ警察には知らせていない。約束の一週間は、始まったばかりだから』
声の主は武彦を無視して話を続けた。
「おい」
『でも皆、不安がってるの。誰かが来て、事件を解いてくれれば、皆安心して過ごせるわ』
「…………」
どうやら武彦が色よい返事をするまで、答える気はないようだった。
(ま、どうせ行くのは俺ではないしな)
武彦はそんな無責任な思考をすると。
「――いいだろう。何人か向かわせよう。どこへ行けばいい?」
『よかった。青森県のM市よ。駅には迎えを出す』
「青森県?! またずいぶんと遠いな……」
『雪が積もっているの。防寒対策をしっかりしてくることをオススメするわ』
(俺は絶対に行かない)
武彦は改めて思った。
「で? あなたの名前は?」
『可須美(かすみ)』
「!」
その名前を訊いた途端、武彦はある人物のことを思い浮かべる。
(霞――靄?)
も屋……?
言葉を失った武彦に、可須美は続けた。
『FFPのメンバーよ。今オフ会をしてるの』
「FFP?」
(オフ会ということは、サイトかなんかの名前か?)
考えながら問うと、可須美は変わらない声音で。
『Fは曖昧のF。Pは天国と地獄』
「…………」
何度目かの、沈黙をした。
『じゃあ、まぁるい家でお待ちしているわ』
可須美はそう告げると、一方的に電話を切ってしまった。
それでも武彦は、受話器を戻すことができない。
(どういうことなんだ)
本当に、関係あるのか……?
自分の中に生まれた予感に戸惑い、武彦はしばらくその場に立ち尽くした。
■お出かけ【画材屋『夢飾』:店内】
『――井園、お前以前どこかへ出かけたいって言ってなかったか?』
突然の草間さんからの電話。しかしその内容は、十分に自分を期待させるものだった。
「おお、言っとった言っとった。なんや? どっか出かける話でもあるんか?!」
『ああ、ちょうどいいのがあるぞ。青森まで1週間だ』
「うわっ微妙やなぁ〜」
1週間もこの店を離れられるなら嬉しい。この店が嫌いなわけではもちろんないが、こう毎日のように店番を任されるのが不満だったのだ。
(せやからどっか行きたいって言うとったんやけど……)
青森。
青森はどう考えても微妙だ。
「うーん……青森まで一体何しに行くんや?」
『実はな――』
そうして草間さんが話してくれた内容は……なんだかよくわからなかった。
「なんやその”も屋”ってのは?」
まずそれがわからないから、草間さんが何を気にしているのかわからない。
すると草間さんは電話口で唸ってから。
『うまく説明できないのだが、事件・事故を未解決へと導こうとする奴だ』
「――は?」
『たとえばな、事故で誰かが死んだとする。”も屋”がそれに対し仕事を依頼されていた場合、奴はまずそれを事故ではなく事件に見せかける工作をするんだ』
「事件……って、殺人事件ってことやの?」
『ああ。だが作られた殺人事件ならば、それを解かれないようにするのも簡単だろう? 道理などなくていい。不可解な謎だけを振り撒けばいいんだ。”も屋”はそういうことをする者』
「わかったようなわからへんような……」
とにかく相手がろくでもない奴だということだけは、わかった気がする。
「ま、ええわ。折角の話やし、行ってみることにするわ」
(そういう”裏”とも、繋がっておくのもワルぅない)
情報屋としての自分が、心の中で繋げた。
草間さんは当然そんな自分など知らず。
『助かるよ。集合場所は東京駅だ。他のメンバーは……まぁシュラインがいるからわかるだろう』
確かにシュライン・エマならばわかる。草間興信所で事務のアルバイトをしている女性だ。かなりの古参なようで、草間興信所に出入りしたことのある人ならば誰でも知っているのだ。
「そかぁ。んで、時間は何時や?」
『――○時』
「ってもうすぐやん?! うひゃ〜」
『間に合いそうになかったら、遅れると連絡しておくが?』
「いや、大丈夫や。絶対間に合わしたる!」
それから電話を切った自分は、大急ぎで旅支度を始めた。
(1週間とか言っとったからなぁ)
それくらい滞在できる用意は、しておくべきだろう。
ばたばたと着替えやら何やらをかき集め、最後に携帯電話とモバイルを忘れていないか確認してから、自分は店を飛び出した。
(ホンマは)
先に下調べしておきたかったけど、しゃあない。移動中にでもやっておくか。
■まぁるい家もFFP【FFP右:1階居間】
東京駅で無事に他のメンバーと合流し、一路青森へと向かった。
何ごともなく順調に走る新幹線。乗り継いだ列車も遅れることなく進み、自分らは予定どおりの時刻に目的の駅へと着くことができた。
駅では御影・璃瑠花(みかげ・るりか)さんや羽柴・戒那(はしば・かいな)さんと先に合流してから、迎えを探した。
迎えは意外にも電話をしてきたという可須美さんではなく、千鳥さんという落ち着いた感じの女性だった。
千鳥さんの案内で事件(?)のあった建物へとやってきた自分らは、その意外な姿に驚きを隠せない。
(ホンマに丸いんや……)
それだけでも珍しいのに、外壁がなんともどぎついオレンジ色をしている。白い世界に、やけに映えるオレンジ。
「これは目立ちますわねぇ」
璃瑠花さんが呟いた。
千鳥さんは2つある玄関のうち右側のドアを開けると。
「ようこそ、FFPへ」
そんなことを言った。
「へ? FFPってサイトの名前やなかったんかいな?」
即聞き返したのは、自分が新幹線での移動中にFFPのことを調べていたからだ。
FFPはサイト自体がパスワード制になっていたのだが、ハッキングもできる自分にとって中に入ることはたやすかった。
(――もっとも)
極普通の掲示板とチャットルームしかなく、特別な情報を入手できたわけではない。
自分の問いに、千鳥さんはにこりと微笑むと。
「FFPは名前というよりも、形容詞に近いんですよ。わたしたちにとってFFPな場所はすべて、FFPと呼びますから。つまりネット上のあの場所も、リアルのこの場所も、わたしたちにとってはFFPなんです」
わかったようで、わからない。
自分らは思わず、皆で顔を見合わせてしまった。
そんな自分らを気にするふうもなく、千鳥さんは中へと促す。
「どうぞ入って下さいな。皆を紹介しますから」
居間には4人がそれぞれにくつろいで座っていた。
自分らが団体で入っていくと、一様に驚いた顔をして。
「おいおい、晴城の代わりがこんなにいるのかよ(笑)」
「一気に人数が増えましたね」
「わーい、女の子増えた♪」
「部屋が足りないかもしれないな……」
その後千鳥さんが紹介してくれたところによると、発言の順に、戒さん、奈巳さん、阿未さん、伊能・知さん(全員ハンドルネーム)ということだった。
こちらも5人(+璃瑠花さんの執事の榊さん)が自己紹介をして、さあ事件の話に入ろうとしていた時。
「ちょっと待ってくれ。可須美くんは?」
戒那さんが口を挟んだ。
「――私ならここに」
「?!」
声に振り返ると、いつの間にか自分らの後ろに人が立っていた。自分らの後に入ってきたのだろうか。
「相変わらず、神出鬼没ねぇ」
笑いながら、阿未さんが告げる。
可須美さんは随分と背の高い女性だった。長い髪をお下げにしていて、左目に眼帯のようなものをしている。
「とりあえず、ハルの死体を見て欲しいわ」
可須美さんはそう告げると、自分らの返事も聞かずにスタスタと左側へと続く通路に歩いて行った。
戸惑うように顔を見合わせる自分らを、促すように声を掛ける知さん。
「行ってらっしゃい」
それからやっと、ゾロゾロと動き始めた。
■死因は……?【FFP左:2階奥の部屋】
晴城さんの死体は、顔全体がうっ血し赤黒く膨れていた。鼻や口から出血したあとが見えるが、今はさすがにとまっているようだ。
自分は持ってきたカメラ付き携帯で、その様子を撮影しておく。
(もしかしたらこの1週間、このまんまにしておかなあかんかもしれへん)
それを考えれば、この写真があとあと重要な証拠(?)になるのだ。
「死んだ時のままにしてあるわ」
死体に気をとられて、話すことを忘れていた自分らに、淡々とした口調で告げたのはもちろん可須美さんだった。
「ということは、この部屋で亡くなっていたんですか?」
目を閉じ黙祷を捧げていたシュラインさんが、顔を上げて問う。
「そう。今朝ここで見つけたの。私たちがこの家に来たのは昨日なんだけど」
「うげ。来た日の夜に死んでもうたんか。なんや可哀相やなぁ」
死体を繁々と眺めながら、口にした。
「榊、検死はできますか?」
「お任せ下さい」
璃瑠花さんに答えて、榊さんが死体の傍にしゃがみ込み調べ始める。
「まあ、検死までできるんですか?」
雨柳・凪砂(うりゅう・なぎさ)さんが驚いた様子で口に出すと、榊さんは視線を死体に向けたまま。
「解剖をするわけにいきませんから、詳しくはわかりかねますが……簡単な所見ならば可能ですよ」
(随分と有能やなぁ……)
素直に感心してしまった。
「――それで、警察にはまだ?」
戒那さんの問いかけに、可須美さんは至極当然というように頷く。
「私たち、ストレスから解放されるために集まったから。この1週間が終わるまでは、この家の中にはあらゆる”法”が存在しないの」
「?!」
可須美さんはあっさりと告げたが、それはかなり重大な意味を持つ言葉だった。
「どんな犯罪をしてもいいということなの?」
シュラインさんが口に出す。
(殺人さえも)
この1週間なら。この家の中でなら。互いに許すというのか。
皆が視線を集中させる中、可須美さんは――笑い出した。
「安心して。だからと言って人を殺したりするような人なら、FFPに呼びはしないわ」
「けど、あんたは誰かが殺したと思ってるんちゃうの? せやから自分らを呼んだんやと思ってたんやけど」
自分の発言を、可須美さんはあっさりと否定する。
「それは違う。自殺か他殺か事故か、わからないから呼んだのよ。それがわからないと不安でしょ? でも警察に言ったら皆すぐ連れ戻されちゃうから言えないし」
(なるほど)
もしかしたら彼らは親に内緒で、集まっているのかもしれない。
「それでどうして、草間様の所にお電話を?」
璃瑠花さんが問うと、一瞬恐ろしい程に辺りが静まった。
(そうやな)
確かにおかしい。
わざわざそんな遠くの興信所に、頼む必要はないだろう。それとも草間さんが言っていた”も屋”と何か関係があるからこそ、草間さんに連絡をしたのだろうか。
しかし次に可須美さんが口にした言葉は、意外にも聞き飽きたセリフだった。
「だって、草間さんは怪奇探偵なんでしょう?」
「え……」
「私ね、昨日から今日にかけて、ずっと起きてたの。さっき皆がいた、右の居間にいたわ。そして私がそこにいる間、こちら側に来たのはハルだけだった。どういうことかわかる?」
単純に考えれば。
「晴城さんが亡くなった理由が、事故か自殺だということでは?」
「それ以外にはありえない」というふうに、凪砂さんが答えた。
しかしその言葉に続けた戒那さんは。
「やはり――キミは最初から他殺であった可能性を考えているんだろう?」
そんなふうに、可須美さんを見る。
今度は否定しなかった。当たっているのだろう。
(もし)
晴城さん以外の人が誰も行っていないはずの場所で殺人が起こったら……確かにそれは、怪奇探偵の領域なのかもしれない。
「でもそれはちょっと飛躍のし過ぎじゃないかしら? 普通その手のものなら、何かしらトリックを疑うはずよ。いきなり”怪奇”を持ち出すなんて……」
反論するシュラインさんに、即答する可須美さん。
「だからこそ怪奇も扱える“興信所“に頼んだの。これで理由は十分でしょう?」
「…………」
顔を見合わせる。どこか誘導されたかのような問答だった。
「――ちょっと、よろしいですか?」
途切れた会話を見計らって、検死を行っていた榊さんが声を挟む。
「わかりましたの? 榊」
「ええ……おそらく窒息死だと思われます。顔のうっ血や膨れ、唇などのチアノーゼ、鼻や口からの出血、そして角膜の溢血点。これらはすべて、窒息死体に多く見られる特徴です。あと死斑の様子から、この遺体が動かされていないというのも事実でしょう。ただ――」
榊さんは皆の理解を確認するよう見回してから。
「これ以上は解剖して見なければなんとも言えませんが……頚部や頭部・胸部には、圧迫したような痕は見られません」
「なるほど。じゃあたとえば、この部屋だけ空気抜かれちゃったとか、鼻と口を塞がれたとか、そういう感じの窒息というわけね」
シュラインさんが納得したように呟く。
「真綿での扼殺や、神経切断による窒息死なんて可能性はどうですか?」
「何か喉に詰まらせてしまったかもしれませんし、もしかしたら最初からの病気であったかもしれませんね」
凪砂さんに続いて、璃瑠花さんが告げた。
(そう)
可能性はまだまだある。しかし解剖などして詳しく調べられない以上、自分らには”窒息死”という所までが限界なようだった。
■アリバイ成立?【FFP右:一階居間】
「――とりあえず、まず調べなあかんのはアリバイやね。あと、荷物の詳細もや。プライベートもあるやろうけど、はよ解決したいんやったら、おとなしゅう従うのが吉やで?」
元の部屋に戻ると、自分は何の前触れもなくそれを口にした。驚いてこちらを見た皆に、「まかしとき!」とウィンクをかます。
(発想を逆転させてみればいいんや)
自分に考えがあることを悟ってくれたのだろう。皆は軽く頷くと、この場を自分に任せてくれた。
下で待っていたFFPメンバーの5人も、もしこれが殺人事件であった場合、疑われるのも仕方のないことだと思っているのだろう。反論したりする者はいなかった。それどころか、阿未さんあたりは楽しそうにしている。
「えっと、榊さん? 死亡推定時刻なんかは、わかったりしはります?」
璃瑠花さんの後ろに控えている榊さんに振ると、榊さんは思い出したように頷いて。
「先ほど言い忘れましたが、死後硬直の具合から見ても、おそらく今朝の3時から4時頃と思われます」
(微妙な時間帯やな……)
寝てたんやないやろか?
そう思いはしたものの、今さらやめるわけにはいかない。
「――ちうわけで、3時から4時の間何をしとったか、教えてもらえまっしゃろか?」
5人は顔を見合わせると、案の定皆「寝ていた」と答えた。この上の2階の2部屋に、男女に分かれて寝ていたらしい。起きていたのはずっとここにいたという可須美さんだけだ。
(左側には、晴城さん以外行けへんかった)
そう証言する可須美さん。
けれど本当は、彼女自身がいちばん怪しい。
「可須美様は、ここで何をしてらしたんですの?」
璃瑠花さんの問いかけに、可須美さんは千鳥さんの手元にあるノートパソコンを指差した。
「パソコン……インターネット?」
シュラインさんに頷く。
「パソコンは1台しかないの。皆で順番に使うんだけど、皆が寝てる時間ならいくらでも使えるから」
「じゃあ可須美さん、昨日から寝てないんですか?」
凪砂さんが問い掛ける。
夜通しインターネットで遊んでいて、今も起きているのだから、そういうことになるのだ。
しかし可須美さんは首を振ると。
「興信所に電話したあと、あなたたちを迎えに行くまで寝てたわ」
(随分と図太い神経だこって)
思わず自分は、そんな感心の仕方をしてしまった。
その後全員でFFPメンバー7人(晴城さん含む)の持ち物検査が行われたが、皆食料や暇つぶしの道具ばかりで。怪しい物――特に窒息の引き金となるような物を所持している者はいなかった。
当然ゴミ箱なども調べられたが、何も出てこない。7人がここへ来てから外へ出たのは千鳥さんが自分らを迎えに来た時だけだというから、外に捨てに行く暇もなかっただろう。千鳥さんが犯人ならば可能だが、100%疑われるだけに危険すぎるのだ。
(やっぱ)
こん6人は晴城さんの死に関わっておらへんのかいな?
「――ねぇ、そろそろ団体戦はやめにしましょう?」
不意に可須美さんが告げた。
「私は早く真相を知りたい。そのためには、あなたたちに自由に動いて貰わなくちゃならない。私たちは基本的にはこの家から出ないけれど、あなたたちは好きにしていいわ。ただし少なくとも1人は、建物の中に残ってね。ハルの代わりなんだから」
「その”代わり”というのは、一体どういう意味なんだ?」
戒那さんがつっこむと、可須美さんは涼しい顔をして。
「言葉どおりの意味よ? このオフ会は7人で始まったの。だから7人で終わりたいじゃない」
「1人1日という計算で、1週間に決めたんです。だから7人いなければ、約束の1週間が壊れてしまうから……」
可須美さんをフォローするように口を開いたのは千鳥さんだ。
(7人やから、1週間)
初めも終わりも7人でなければならない。
自分らにはその”絶対”がよくわからないが、他のメンバーはそれで納得しているようで。だからこそこうして自分らを受け入れているようだった。
■鰍の思惑【FFP左:1階居間】
左右の居間を繋ぐ通路を通って、自分らは左側の居間へと移動した。
通路はアコーディオンカーテンで仕切られているので、大きな声を出さなければそうそう声は漏れないようになっている。
「――で、井園くん。キミは何を狙っているんだ?」
即行戒那さんが訊ねてきたので、自分は笑って。
「単純な問題や。もし全員にアリバイが成立するんなら、他殺って可能性はなくなるやろ?」
「遠隔殺人、ってことも考えられるぞ」
「せやかて、死因が窒息である以上、殺人なら誰かが向こうへ行く必要があるんやないか? 口や鼻を塞ぐために」
「もしくは――左側すべての空気を抜いてしまうか、ね。かなり無茶な考えではあるけれど」
最後にシュラインさんが口を挟んだ。
(そうなんや)
どこも圧迫せずに窒息に追い込むには、鼻と口を塞いでしまうか、それ以外の方法で酸素を摂取することのできないようにしてしまうしかない。空気を抜くとかガスを充満させるとかして……。
「――これからどう致しましょうか?」
考え込んだ皆に、璃瑠花さんが振った。
「団体戦はやめにしましょうって、言ってましたよね」
確認するように凪砂さんが口にしたので自分は頷いて。
「せやな。個人個人で気になる所でも調べてみよか。自分はこん中残るさかい、外に出たいもんは出てかまわへんで」
自分は既に調べたい物が決まっていたから、そんなふうに告げた。
(あのパソコンや)
可須美さんが使っていたというノートパソコン。可須美さんの証言が本当かどうか、それを見ればわかるはずだ。
「そうしよう」
戒那さんはそう賛成してから、笑顔で璃瑠花さんを見て。
「お姫さん、折角こんな場所で会えたんだし、あとで何か美味しいものを食べに行こうか」
「まあ、楽しみですわv」
「その前にシュライン」
続いてシュラインさんに視線を移動させた時。
(!)
戒那さんの表情は、厳しいものに変わっていた。
「ええ、わかってるわ。”あの人”に、話を訊きましょう」
そうして3人は、先に右側へと戻っていく。それを追うように、自分も右側へと戻った。
■代わりに7を埋める【FFP右:1階居間】
自分が右側に戻ると、先程までは千鳥さんに使われていたパソコンが、男衆の所に移動していた。
(ま、好都合やな)
そもそも彼らが望んでいたものはこの事件で真相であり、そして晴城さんの代わりだった。今回ここを訪れたメンバーで、榊さんを除けば男は自分だけだ。それだけで、最も”代わり”に相応しいと言える。
「すまんが、ちーとばかし話訊かせてもろうてもええかな?」
傍によって話し掛けると、3人は自分の座る場所を空けてくれた。
「鰍さん、でしたよね」
名前を確認したのは、奈巳さんだ。落ち着いた雰囲気から、自分よりも年上だろうことがわかる。
「そや。よろしゅうな」
「おっもしろい名前! どんな字書くんだ?」
問った戒さんに答えたのは、自分ではなく知さんだった。
「パソコンに打って変換してみれば?」
「お、そうか」
言われて実際に実行している戒さんが、なんだかおかしい。
「――! 何笑うとんねん!」
「関西弁うつってるうつってる」
一同笑いに包まれる。
(なんや、思うたよりも付き合いやすい奴らやないか)
少し安心した。
「魚偏に秋って書くのか。秋が旬の魚なんかな」
「かもね」
勝手に納得してくれたようだ。
「――ちーとそのパソコン貸してもらえへん? 可須美さんが言っとったことホンマか調べたいんや」
自分がそう切り出すと、3人は顔を見合わせてから。
「可須美を疑ってるのか?」
「違う違う。あんたらが寝とったことは調べようがないんやけど、可須美さんがこのパソコン使うてたかどうかは調べられるやろ? そしたら可須美さんのアリバイだけは確実に成立するやん」
「あ……確かに」
奈巳さんが素早く納得してくれると、他の2人はそれに従って自分にパソコンを預けてくれた。
3人に見守られながら、自分はパソコンに残された可須美さんの痕跡をたどってみる。
履歴を見ると、可須美さんは本当に気ままなネットサーフィンを楽しんでいたようで、見たサイトのジャンルは多岐に渡っていた。
「――どうだ?」
戒さんの問いに、頷く。
「該当の時間帯にも色んなサイトに移動しとる」
「でも……パソコンにサイトを表示させたまま2階へ行っていたとしても、わかりませんよね」
「奈巳さんどっちの味方なのさ」
可須美さんに疑いを向けるような発言をした奈巳さんを、知さんが責めた。当然奈巳さんはそう言われることをわかっていて言ったのだろう。
「だから逆におかしいんですよ。本当にアリバイを作ろうとしてネットをしていたのならね。もっと確実な方法がいくらでもあると思いますから」
「そうやなぁ……」
その意見には、納得しないわけにはいかなかった。
「あんたらはどう思っとるんや? こん中の誰かがやったと、思うとるんか?」
率直に訊いてみる。
すると3人は、揃って首を振った。
「そんなんありえねーよ。おれたちはむしろ、外から誰かが入ってきて晴城を殺しちまったんじゃないかって考えてる。左側にいたのは晴城だけだったしさ」
「そりゃあ最初はね、僕らだってお互い疑心暗鬼で、ギクシャクしてたんだよ。何せチャットで毎日のように会話して気心が知れてるって言っても、会ったのは今回が初めてだったからね。でもそれじゃあダメだって奈巳さんが言ってくれて」
「まずはお互いの疑心を取り除くために、この建物を徹底的に調べたんです。さいわいマスターがここの図面をサイト上にアップしてくれていたから、それと食い違いがないかどうか……」
戒さん、知さん、奈巳さんと、順に口を開いた。全員が饒舌なのは、それだけ互いに信じ合うことのできた証拠だろう。
「そんで隠し通路なんてのはなかったわけや」
「ええ。ですから私たちが可須美さんを疑わない限りは、誰にも不可能だということです。今の件で、可須美さんの疑いも晴れたようなものですし」
ふと、迎えに来たのが可須美さんではなかった理由がわかった気がした。
「――で、マスターいうのは?」
「FFPサイトの管理人のことさ。おれたちを集めたのもその人なんだけど、誰だかわかんねーの。おれたち7人の中にいるらしいんだけどな、全員否定してるから(笑)」
戒さんが答えた。おかしな話だ。
「ほんなら、晴城さんがそうやった可能性もあるわけやな」
「だとしたら、自分の死を見届けさせるために僕らを集めた――ってことも考えられるよね」
(自殺、か)
正直、あまり考えたくはない。
「――ところで鰍さん」
「へ?」
「もしも1週間経つ前に皆さんが帰ることになっても、鰍さんだけはここにいてくれませんか?」
改めてそう口にしたのは、奈巳さんだった。
「もともと1週間くらいいるつもりやったし、それは構わへんけど……やっぱ7人おらへんといかんもんやの?」
可須美さんも千鳥さんも、それを気にしていた。
すると3人は3人とも苦笑して。
「7はおれたちに相応しい数字なんだ。でも7じゃなくなるために、こうして集まった。まだ心の準備ができてないのに、放り出されるのは嫌なんだよ」
告げたのは戒さんだった。しかし意味がわからない。
自分がそんな顔をすると、知さんは笑って。
「ある本にね、7は孤独だって載ってたんだよ。特殊で、馴染まない存在。でもそのままじゃダメだって、ちゃんとわかってるから。7だって14が出てくれば独りじゃなくなるから――」
(そうなんや……)
どんなに普通に見えても、彼らは確かに世間からはみ出た存在なのだ。今こうしてここに、集まっている以上は。おそらく同じような悩みを抱えて、傷を舐め合っている。
(せやけど、それじゃあ成長はないんや)
彼らはそれをちゃんと理解していた。そして変わるために、集まった。
「――自分は最後までおるよ。約束する」
”7”の意味を知って、自分は改めて告げた。彼らにとってそれが必要なことであるというのなら、構わないと思った。
(気が合いそうやしな)
3人は安心した表情を浮かべると。
「なぁ、鰍っていくつ?」
「歳か? 17やけど」
「じゃあ僕と晴城と一緒だね」
「そか……」
まるで自分がここを訪れたのは、運命であるかのような気がした。
それから自分らは下らない話に花を咲かせていたのだが――皆がこの部屋に戻ってきた時、事態は一変した。
■可須美の目的【ファミリーレストラン:禁煙席】
「この事件は、解決できない」
何故か左の通路からやってきた戒那さんが告げた。
「解決してはいけないの」
シュラインさんが続けた。
(そん時のことを)
自分は思い出している。
2人の話によると、どうやらこういうことらしかった。
この事件の真相を、2人は既に知っている。だがそれを皆に伝えれば、きっとまた誰かが死んでしまう(!)と。
(連続殺人事件になるってことなんか?)
自分にはよくわからなかったが、口を挟まないことにした。どうせあとで聞けると思ったからだ。
「キミたちが真相を知らなければ、もう人は死なない」
戒那さんがそう断言したことで、文句を言っていたFFPのメンバーらも静かになった。
もともと”自分たちも死ぬのではないか”という心配から自分らを呼んだ彼らだ。その心配がなくなれば、何も言うことはない。
「――それで、どういうことなんですか?」
自分以外の皆は帰り支度をして、戒那さんオススメのお店へとやってきていた。
(まさか)
本当に皆が帰ることになろうとは、さすがの自分も思っていなかった。
凪砂さんの問いかけに戒那さんは頷くと。
「結論から言えば、あれは自殺だ」
「!」
「なんや、やっぱ全員ホンマのこと喋っとったってことかいな?」
誰も成立までには至らなかったアリバイ。だがこの死が本当に自殺であるならば、誰も嘘をつく必要などない。
戒那さんの代わりにシュラインさんが頷くと。
「そもそも状況的には、どう考えても自殺なのよ。他殺にしては死体が不自然すぎるし。それなのに私たちが当然のように他殺を疑ったのは――」
「可須美様の電話のせいですわね」
璃瑠花さんがきっぱりとした口調で告げた。
「草間さんの予感が、当たっていたということですか?」
可須美さんが”も屋”なのではないか。
本人ではなくとも、何か関係があるのではないか。
(草間さんはそう言うてはった)
確認するような凪砂さんの問いに、戒那さんは頷く。
「可須美くんは”も屋”だった。晴城くんが頼んだらしい。自分はやはり曖昧な世界にいたい。けれど皆を裏切ることも取り残されるのも嫌だと。このオフ会は、もともと曖昧な世界から卒業するために行われたものだったんだ」
「だから可須美さんは、晴城くんの”自殺”をそうとバレないようにしようとした」
(え?)
「ちょい待ち」
続けたシュラインさんを、とめる。
「そりゃあおかしゅうないか? 可須美さんの証言は逆に晴城の自殺を決定づけとったと思うんやけど」
”晴城さん以外、誰も左側に行かなかった”
その証言があるからこそ、残される可能性は1つのはずだった。
しかし戒那さんは首を振ると。
「可須美くん以外の人物の証言なら、そうだったろうな。だが俺やシュラインは、可須美くんを”無条件で”疑っていた。可須美くんが嘘をついている、もしくは嘘をついていなくともどこかに”抜け道”がある、と」
「だから私たちは、他殺説を捨てきれなかったのよね」
続けてシュラインさんがため息。
璃瑠花さんは考えるよう首を傾げてから。
「では真相を知らせればさらに死人が増えてしまうというのは、どういう意味でしたの?」
「可須美くんの目的は、晴城くんの死を”曖昧に”葬り去ること。自殺として片付けられるのも、誰かを犯人にされてしまうことも避けなければならない」
そこまでの戒那さんの言葉で、凪砂さんは悟ったのだろう。
「だから……だから自殺とは思わせないために、誰かを殺すっていうんですか?」
「んなアホな」
思わず言葉をもらす。
「否定はしなかったわ。それにあの人なら、誰にも疑いを向けさせない方法でそれが可能だと思うの。あの特殊な家の構造をうまく利用すれば……」
シュラインさんはまるで、そのためにあの家を選んだかのような言い方をした。
「そういえば、FFPのサイトの管理人って?」
訊ねたのは凪砂さんだ。俺があの3人と話している時、凪砂さんは女性2人と話していたようだから、その時にマスターのことを聞いたのだろう。
当人たちも知らないことに、あっさりと答えたのはシュラインさんだった。
「もちろん可須美さんよ。名前でわかるわ」
「へ? ハンドルネームで?」
訊き返した自分に頷いて。
「可須美はもちろん、霞のことよね。他の6人の名前は、霞を使った表現になっているの。千鳥さんは『霞に千鳥』、阿未さんは『霞の網』、知さんは『霞の命』、戒さんは『霞の海』、奈巳さんは『霞の波』、晴城さんは『霞を張る』。ちなみに伊能知で”いのち”と読むのは、古事記によるみたいよ」
「凄いですわ、シュライン様」
「全然気づきませんでした……」
璃瑠花さんに続いて、凪砂さんも感心の声をあげる。
「普段から活字と向き合っているから、詳しくもなるのよ」
そういえばシュラインさんの本業は、翻訳家だった。草間興信所事務員という印象が強すぎて、よく忘れがちになるが。
「――お待たせ致しました」
そこで頼んでいた料理が運ばれてきて、会話は一時中断する。
何やら大きなホタテの貝殻の上に、美味しそうな卵とじの物体が乗っている。ぷんと鼻をくすぐる味噌の匂いが、何とも美味しそうだ。
「味噌貝焼きだよ」
戒那さんが告げた名前は、なるほどそのままだ。
一口食べてみると、ご飯に良く合い、そしてお酒の肴にもぴったりなのではないかという濃い味がした。
(こりゃあ美味いわ)
料理に舌鼓を打ちながらも、自分は考える。
(この作戦は、上手かったんやろか?)
どうもしっくりこないのは、可須美さんが遠回りをしているように思えるからだ。
「――自分考えたんやけど、もし今回自分らを呼ばへんで、可須美さんが居間におらへんかったら、そもそも曖昧なまま終わっとったんやないの?」
その疑問を口にすると、戒那さんは。
「それもまた微妙な問題でな。誰かが何らかの用事で、左側に行かないとも限らない。そうしたら結果的にその人物に疑いが集中してしまうわけだ。可須美くんはそれを避けなければならなかったから、見張っている必要があった」
「でも見張っていたら、彼女自身が疑われますよね。――こんなふうに」
凪砂さんが挟んだ言葉には、シュラインさんが応える。
「それは彼女にとって本望なのよ。”誰にも疑いを向けさせない”の”誰にも”には、自分は含まれないから。彼女が疑われ万が一逮捕されたとしても」
「冤罪、ですわよね」
璃瑠花さんはためらいなく口にした。
しかし凪砂さんはまだ納得がいかないようで、「それなら最初から警察を呼べばよかったのに……」と呟いている。
「彼女にとっては。晴城くんの願いを叶えることも大事だったが、他の5人の願いを叶えることも大事だったんだよ。だからこの1週間を、途中で終わらせるわけにはいかなかった。――究極的には、彼女は俺たちに”協力”を求めたのさ」
苦笑混じりの、戒那さんの言葉だった。
■7から解き放つために【FFP左:2階奥の部屋】
皆はもう帰ってしまった。
この建物の中には、生きている人間が7人。
(死体が1つ)
だが誰も、もうそのことには触れなかった。
自分がいることで、すべてが元に戻ったかのように。
(精一杯、なんやな)
これは儀式だから。
異端の7から抜け出すための、儀式だから。
皆は晴城さんが何故亡くなったのか知らない。しかしただ、その死を無駄にできないことだけは感じているようだった。
(ホンマのことを知っとる自分は)
そのために、協力するだけや。
正直可須美さんのやり方に、100%納得できるわけがない。しかしやろうとしていることは確かに人のためであったから。彼らもそれを望んでいるから。自分にとめる権利はなかった。
(可須美さんは――)
誰よりも7であることの、あり続けることの痛みを知っていたのだ。
この世界に染まりきれない曖昧な自分。かと言って彼らのように、決意することもできなかった。誰も彼女を導いてくれなかった。
だからこそ彼女はそのまま生き続け、曖昧を自らの手で作り出すことに、自分の存在意義を見出したのだという。
(せやけど)
彼女が作り出す曖昧は事象にとどまり、人をそちら側に導くことはなかった。
むしろ自分と同じような道をたどる人――”も屋”がこれ以上増えないようにと、7から脱却するようすすめた。
(それがこのFFPなんやな)
7の予備軍を集め、完全に染まりきってしまう前に、彼らをセンドウし14まで持ち上げようとした。やはりダメだと告げた少年を、永遠に続いてゆく7から解き放ち0に戻した。
(自殺なんてとめるのが正解やったんか?)
そんなこと自分にはわからない。
だが晴城さんが自分で望んでそうした以上、誰にも責める権利がないことだけは確かだった。
(それに――)
責めるよりは、送りたい。
笑顔で手を振って――
「自分が、ちゃんと皆を送り出すから」
視線の先には、晴城さんの死体。
「責任持って送り出すから」
身体は2つなのに、心は1つしかない。
「あんたも応援しとってな」
消えたんじゃない。
(今は自分の、中にあるんや)
その建物で過ごした1週間に満たない日々のことを、自分はきっと忘れないだろう――。
■終【FFP】
■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】
番号|P C 名
◆◆|性別|年齢|職業
1847|雨柳・凪砂
◆◆|女性|24|好事家
0086|シュライン・エマ
◆◆|女性|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2758|井園・鰍
◆◆|男性|17|情報屋・画材屋『夢飾』店長
1316|御影・璃瑠花
◆◆|女性|11|お嬢様・モデル
0121|羽柴・戒那
◆◆|女性|35|大学助教授
■ライター通信【伊塚和水より】
ご参加ありがとうございました。≪FFP≫、いかがだったでしょうか?
当初考えていたものとは多少違った流れになってしまいましたが、私なりには満足しております。最後まで書いてもまだわかりにくい気はするんですけれど……その辺は他の方の視点を読んでいただければ多少は解消されるかもしれません。
ちなみに舞台となっている建物のモデルは、まんま我が家でございます(笑)。ほんとーにっ、使いにくくてしょうがありません……。部屋が扇型って!
>井園・鰍さま
初めてのご参加、ありがとうございます。
全編に渡って関西弁にしようか、「 」( )内だけにしようか悩んだ末、関西弁に自信がないという理由から一部のみにしました。もし次回機会がありましたら、全部がいいか一部でいいか教えて下さると嬉しく思います。
それでは。またお会いできることを楽しみにしております^^
伊塚和水 拝
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