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<東京怪談ノベル(シングル)>


それでも、諦めたくはない

 気がついたら、僕は独りぼっちだった。
(僕の何が悪いの?)
 問い掛けても、誰も答えてはくれない。
 僕はただ、笑顔がうまくなり。
 僕はただ、それでやり過ごすことを覚えた。
(記憶は曖昧だ)
 どれがいつのものなのか、わかりはしない。
「だって……いつも同じなんだ」
 語りかける先には、一匹のうさぎ。
(この兎だけが、違う目をしてる)
 蔑みでも哀れみでもない。
 うさぎとは思えないような、優しく慈悲深い瞳。
(僕は何度)
 この目に救われたのだろう……?



1.遠い日の記憶たち

 僕の記憶には、両親の姿がない。物心ついた時には既に、施設に預けられていたのだ。その事情は、大学生となった今でも知らない。
 施設へやってくる大抵の大人たちは、僕を見て「さぞや美男美女夫婦から生まれたんでしょうね」なんて言ったけれど。僕が”施設”という場所にいる以上、もし本当に彼らが美しかったとしても、その美しさは外見だけのものだったのだろう。
(心まで美しかったら)
 僕がそこにいるはずはないのだから。
 もし両親が事故で死んでいたのなら、隠す必要はないのだし。
 ただ僕は、両親が憎いわけではなかった。それは両親だけではなく、これまで僕を引き取ってくれた人たちだって、同じこと。
(――そう)
 僕は小さい頃から、感情の消失や記憶の欠如とつき合ってきた。今の僕が彼らに対し何の感情も持たないのは、ある意味それらの合わせ技であるのだと言える。



 いちばん初めの、施設での記憶。
 僕を取り囲む、うるさい大人たちの声。
 その時の僕には当然わからなかったが、どうやら僕の親戚に当たる人が、僕を引き取るかどうかで揉めていたらしい。
(僕の周りは)
 いつも揉め事だらけだった。
 その親戚に引き取られた後も、僕を理由にその親戚の家族が揉め、結果僕は食事をとることを著しく制限された。
 そして降りかかる、言葉の暴力と。
(加減の無い、視線の暴力)
 僕は見る間にやせ細り、すぐに施設へと連れ戻された。
(どんな事を言われていたのか)
 僕はもう憶えていない。
 その方が幸せだと、どこかの先生が言った。
 本当に、そうなのだろう。
 記憶があったら僕は憎しみでいっぱいで、こんな笑顔なんて浮かべられなかったかもしれない。
 その後はまったく知らない人の家に引き取られたけれど、結局そこでも僕のことで揉めることになり、僕はまた追い出された。
(たらい回し)
 僕ほどその言葉がぴったりな子供は、他にいなかっただろう。
(一体、どうして?)
 子供ながらに、きっと悩んだと思う。
 だって僕が、その揉め事を引き起こすわけじゃないんだ。ただ周りが勝手に僕を、その対象にするだけ。
「僕の何が悪いの?」
 一度口にしたことを、憶えている。
 けれど返ってくる答えはなかった。きっと彼らも、何故そうなってしまうのか、わからなかったんだろう。
(そう思うしか、無い)
 だってもし僕の、感情の消失や記憶の欠如が原因だとしても、一体それを僕自身がどうできる? できることならとっくにやっているし、大人たちだって期待していないからこそ何も言わないのだろう。
(だから、僕は)
 笑顔を浮かべた。
 それですべてを、ごまかそうとした。
(時折)
 無意味に笑うのはやめろと、殴られた。



2.2つの相棒と新しい問題

 どんな目にあっても、未成年の間は保護者が必要だった。だから僕は笑いながら義務教育をやり過ごし。高校からは黙って独り東京へ出てきた。
(気楽だった)
 僕を睨みつける目は、そこにはない。
 でもだからといって、2つの相棒がどこかへ行ってしまうこともなかった。
(感情の消失と、記憶の欠如)
 この2つは、どこまでも僕を苦しめた。
 折角友達ができても、これのせいで迷惑を掛け、最終的に彼らは僕から遠ざかっていく。
(まるで腫れ物に触る様に)
 僕に接し始めたのだ。
 僕は多分、深く傷つき、彼らを憎み、苦しんだのだろう。けれどそんな感情すら、今ではもうあまり憶えていない。
(だから僕は思い始めた)
 これは僕が笑うための、唯一の手段なんじゃないかって。
 もちろんその笑顔が”本物”ではないことを、僕自身よくわかっている。
 本当に楽しくて笑っているわけじゃない。
 僕はあらゆるものをごまかすために笑うのだ。自分の心すら、ごまかすために。



 独りのまま高校を卒業した僕は、大学へと進学した。大学でも、やはり高校と同じようなことがくり返された。
(けれど――)
 ある日僕は、うさぎを拾った。
 うさぎの優しい目を見た。
 多分僕は、その目が酷く嬉しかったのだろう。
(生まれて初めて)
 本当の、笑顔をつくった。
 たったそれだけのことで涙があふれ、とまらなかった。
 僕はそのうさぎに心から感謝し、大切に育てることにしたのだった。
(――それからだ)
 僕が悩んでいたことさえ忘れるほど、僕に纏わりついていた2つの問題。それらが少しずつ、姿を現さなくなっていったのは。
 けれどそのまま消えるようなムシのいい話はなく、それと引き換えのように新たな問題が僕を悩ませていた。
(僕とは違う、”僕”が居る)
 そう感じるのだ。
(”また”、独りになるのかな?)
 慣れているから、哀しくはなかった。
 けれど驚いたことに、この新しい問題は周りの人々にとってはプラスのようだった。
 これまでとは逆に友だちが増え、僕の笑顔もほんの少しずつではあるけれど、本物へ近づいていっている。
 ――それは、喜ぶべきことだ。
(だけど僕は……)



3.それでも、諦めたくはない

 過去に何度も疑ったのだろう。
 その事実さえ忘れてしまっている僕は。
(初めて)
 世界を疑った。
 簡単に離れてゆく友達。
 簡単に近づいてくる友達。
(果たしてそれは友達なの?)
 本当の友だちなの?
 僕は――ひと時の縁なんていらない。
 どうせいつかは僕を置いてゆく。
 僕から離れてゆく。
(そんな縁なら、要らない)
 どうせなら、一生の縁が欲しい。
(でも――そんなの有り得るの?)
 信じることはできない。
 思い出せる限りの、これまでの自分の人生を振り返ってみれば。
(そんな物、有り得ないから)
 きっと僕とは違う”僕”も、笑ってそう言うのだろう。



「――それでも、諦めたくはない」



 呪文のように唱えた。
 だって「ありえない」と言い切ってしまったら、そこで終わりだから。
(僕は問い続けよう)
 ねぇ、一生の縁はどこにある?
 僕だけの誰かはどこにいるの?
(いつか誰かが)
 答えてくれることを信じて――。





(終)