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<東京怪談ノベル(シングル)>


Re:Happy?

 さて、もうすぐ三月三日。この日は源の誕生日である。世の中一般的には、女の子の健やかな成長を願う、おひな祭りであるが。源の実家では、家柄が家柄なだけに、今までのこの日には盛大な祝いの席が設けられる。源が祖父母から贈られたお雛様―――人形自体が由緒正しい古き良き品なのだが、そのうえ、だだっ広い和室にどーんと拵えた十何段飾り、三人官女だの五人囃子だのと言ったレベルではない、三十人官女に五百人囃子かと血迷う程のオソロシイ規模の雛飾りだ―――を前に、揃えたのは随一の綺麗どころと老舗料亭の豪華絢爛懐石、純米大吟醸。それに各界の著名人や有名人を招待し、飲めや歌えの……。
 「…それ、ほんに雛祭りの宴かえ。どうにも、子供らしさの欠片もないのぢゃが…」
 「そうか?わしはそう言う雛祭りしか知らぬ故、これが日本古来の催しだと思い込んでおったが」
 そう答える源の表情は、確かに嘘はついていないようだ。だが、それはそれで、自称中流家庭が一番多い、現代日本の常識を確実に逸脱している証拠なのであるが。
 「まぁ、そんな事はどうでも良い。とにかく今年は、いつもの誕生祝は辞退したのじゃよ。今はわしも、このあやかし荘で生活する身じゃ、やはり普段の生活に根ざした祝い方が良いじゃろうと思てな。それで、この間、嬉璃殿に話したじゃろ?今年の誕生日には、わしが祝われるのではなく、わしが普段お世話になっておる皆に礼をしようと思うのじゃ」
 「おお、それではとうとう、耳を力任せに引っ張られる覚悟が出来たと言う事ぢゃな?」
 ぽむ。と手を打ち鳴らす嬉璃に向かって、源が片手の掌を向けて肩を落とす。
 「…待ちや。そんな事は一言も言ってはおらぬ。第一、それのどこが感謝の意を現わしていると言うのじゃ。それを実行したとして、嬉璃殿はそれがわしの気持ちだと思ってくれるのかえ?」
 「それは分からぬが、少なくともわしは楽しい。それだけで充分ぢゃろ」
 あっさりとそう言い切られて、思わず源はヨヨと着物の袂で目元を拭った。

 「で、真の所はどうなのぢゃ。何を催すつもりなのぢゃ」
 「良くぞ聞いてくれたの」
 泣き真似をしていたのを見破られたか、気にする様子もなく嬉璃がそう尋ねると、源も、別段同情を期待していた訳ではなかったらしく、すっくと姿勢を正し身を乗り出してきた。
 「おでん屋台の一晩無料開放も考えたのじゃが、それでは余りに安直過ぎると思ってな」
 「だが、皆が一番喜ぶのは、それかも知れぬがな」
 「…わしもそう思う。それはそれで虚しいのじゃがな……」
 ふ。と遠い目をしてみせる源に、確かに、と嬉璃も仰々しく頷く。
 「それではまるで、おんし自身には全く魅力が無く、おんしのおでんだけが人気のように聞こえるからの…」
 「…嬉璃殿、それは思ってても言わないのが人の思い遣りと言うものじゃ……」
 がくりと肩を落としつつ、源がそう諌めると、素知らぬ顔で嬉璃は煎茶を啜った。
 「そんなの知らぬ。わしは座敷わらしぢゃからの」
 「都合のいい時だけ人間離れしおって…所詮、嬉璃殿に人と人との暖かな心の交流を求めたわしが馬鹿だったんじゃ。ああ、何故わしはこないな所で、冷血無慈悲な妖怪相手に戯言を交わしておるのじゃろ…」
 「嘆くのはおんしの勝手ぢゃが、時は待ってはくれぬぞよ。ほれ、三月三日の足音はすぐそこまで…」
 「左様。悠長に時を構えている暇はわしには無いのじゃ」
 くるり、手の平を返したように立ち直った源が、腕組みをして深く頷いた。

 「で、続きじゃ。物を贈る事も考えたが、それも安直。どれもわしの財力…まぁわしのと言うかわしの家族のであるが、それを持ってすれば簡単な事。じゃが、それではわしの感謝の気持ちは伝わらぬと思ったのじゃ。やはり、わしがこの手で何かを成し遂げたもの、それが、一番わしの意を伝えるのに良いのでは、とな」
 「とすればやはり、おんしのおでんを……」
 「わしのおでんが美味いのは当たり前、今更の話じゃ。…まぁ、例のあのキノコを具材にしたおでんと言うのならまだしも…」
 「それは止めた方がよかろ。おんしの誕生日に人死には出したくないぢゃろて」
 ご尤も。源が深く一つ頷いて腕組みを解いた。
 「で、わしは考えた。今までのわしの誕生日には、大勢のものがやってきては祝ってくれた。その中でわしの記憶に新しいのは、京都祇園の芸子衆が、見事な踊りを披露してくれた事なのじゃ」
 「…何故に六歳児に、芸子との縁があると言うのぢゃ……」
 呟く嬉璃に源は、祖父の縁じゃ、とさらりと答えた。
 「わしは、その美しき踊りにいたく感動をしてな…祖父に、芸子が一人欲しいとねだっては困らせたものじゃ」
 「…待て。そこでおんしも踊りを習いたいと言うのならともかく、芸子が欲しいとは…」
 「何故じゃ。これからは一家に一人・芸子の時代じゃぞ」
 どんな時代だ。
 「勿論、それは叶わなかった…祖父が既に所有していたからの」
 「………」
 こちらは既にツッコむ気をなくした座敷わらしだが。
 「で本題に戻るが…わしも、あのような見事な踊りを体得して、皆に披露をしたら喜ばれるのではないかと思ったのじゃ。美味い食事や酒は、喉を通って食してしまえばそれっきり。人の味覚などいつまでもあてにはならぬ。じゃが、記憶に残るものであれば、いつまでもその人の心で色褪せる事なく生き続けるであろう?」
 「今までの経緯はともかく、おんし、たまにはまともな事を言うではないか」
 これまた珍しく、素直な言葉で褒める嬉璃に、源もご満悦だ。
 「それで、ここからがさらに本題になるんじゃが、芸子衆の芸に感動したからと言って、同じ舞を舞っては、それは余りに手抜きと言うもの。そこで、この日に相応しい踊りを体得する事を決意したのじゃ!」
 すっくと立ち上がっていつものように波飛沫を背負い、雄々しく握り拳を固める源。その上半身はいつも通りの小紋姿だが、何故か腰から下はフリルが何段にもなった華やかな緋色のミディ丈スカートであった。
 「………おんし」
 「あの日に相応しい踊り!となるとこれしかあるまい!アルゼンティーノの激しく官能的なステップをご覧に入れようぞ! 正確には同一ではないが、アイリッシュ・ダンスの要素も取り入れたのだ。あの足元の機敏な動きは、似てはいるものの独特なものであるしな。そして!」
 ビシ!と源が襖の方を指差す。すると、何故か自動で襖がさっと開き、そこには源と同じようにフリルのスカートを身に付けた黒猫が後ろ足だけで立ってポーズを取っていた。スポットライトまで当たっているが、どこから照明が向けられているかは疑問である。
 「……これは」
 「勿論、講師は、我が愛しの黒猫に決まっておる!なんてったって……」
 「………黒猫の、タンゴ……?」
 ぼそり、とイイトコロを掻っ攫っていった嬉璃に、む。と源が唇を尖らせた。
 「嬉璃殿、それはなかろう。オチは全てに置いての集大成であろ。そう言うオイシイトコロを独り占めするとは大人げな……」
 「待ちや」
 言葉を遮る嬉璃の低い声に、うん?と源が顎を突き出した。
 「おんし……最大最強のボケをかましておるぞ……おんしはタンゴと端午を掛けておったのぢゃろうが……三月三日、雛祭りは、端午の節句ではない!桃の節句ぢゃ!!」
 どーん!
 「…………えええええ!?」
 どうやら、本気で勘違いしていたようである。

 お金持ちのお嬢様は、時折とんでもない間違いを仕出かす、と言う教訓であった(違)