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<東京怪談ノベル(シングル)>


十人十色、星の色。

「……いい、お天気♪」

 お日様は暖かで、鳥がいつもより気持ちよく囀っていて――気付かぬ内、沙羅は一人、そんな言葉を呟いていた。

"いい、お天気"

 こんな風に気持ち良いお天気の日なんて、そうそう無いかもしれないって考えた時に。
(ああ、もう……春が近いんだ)
 ――と、気付いた。

 いつもなら、この時点で「学校の時間よ」とお母さんに言われてる時間。
 けれど今日は違う――お休みの日。
「安息日を覚えよ」と神様が定めた日。

 だから、沙羅が一番気に入っているお気に入りの丘まで、散歩に行きたくなってしまったのかもしれない。
 安息日だけれど緑を見て癒されるのだって、沙羅にとっては立派な「おやすみ」だもの。
 バスケットに、温かい紅茶とビスケット、そして読みたかった本を詰めて、いざ――出発♪

 きっと、今の時期なら樹々の緑もとても綺麗に色づき始めているだろうから。



                           +++


 常緑樹が立ち並ぶ、並木道。
 優しい風が沙羅の頬を撫でてくれて、気持ち良さに思わず瞳を閉じる。

(……風はもう…春の風ね……)

 柔らかで、あたたかで。
 何かを待ち望むような――風。
 季節は、確実に冬から春へと向かっている。

(色々な事が、沙羅の前で目まぐるしく変わっていく筈だわ)

 なのに沙羅だけ変わらない――ううん、変われない。

(――沙羅は本当に本当に、子供っぽいんだもの)

 同年代の女の子たちが好きだと言えるものについていけない、なんて事はしょっちゅう。

 ――――それに引き換え。

 従姉妹は全くと言って良いほど沙羅とは違って、しっかりしていて。
 ううん、しっかりしていると言うのとは違う……彼女は、沙羅の憧れそのもの。
 なりたいと思い描く沙羅自身。
 沙羅の従姉妹は――お母さん同士が双子なのもあってか、顔のつくりや身長、好きになるものも姉妹のように良く似ていて、昔は周りの大人から「鏡を見ているようね」って言われてしまう程で。
 写真を見ていても、どちらがどちらなのかは沙羅たち本人にも解らないくらい。

 違いと言う違いは、本当にほんの僅か。
 ……胸の大きさと育ちによる違いくらい。

 …胸の大きさは仕方が無いって沙羅自身解ってるけれど、似ているのにここだけ違いすぎるほど違うと「神様ってやっぱり不公平」なんて頭の隅で考えてしまう。
 ……ううん、そう言う考えは良くないとも思うけれど、でも。

(そんな風に考えてしまうの…仕方が無いと知ってても)

 そして、育ちの違い――従姉妹は接客業もしている事ともあって明るくて社交的。沙羅はどちらかと言うと、世間知らずで……中々、人と上手く喋れず、困って俯いてしまう事も多い。

 だからこそ、本当に憧れた。
 俯いてばかりの沙羅だけれど、いつも従姉妹は明るくて可愛くて沙羅には無いものが絶対にあったし、鏡を見るように振り向けば従姉妹が其処に居て微笑んで居てくれていた。
 一緒に、同じ歩幅で歩いてくれていたのに。

 ――……けれど。
 何時からだろう、従姉妹が変わりだしていったのは……。

 沙羅を置いてかないでって何度も言いそうになるけど言えないまま、従姉妹はますます可愛く綺麗になっていく。
 それもその筈。
 従姉妹には大好きな彼が居て――恋愛真っ最中らしい。

(良いな……沙羅は女子高育ちだから…知り合い機会も少ないし……それに)

 ……男の人は、少し怖い。
 別に怯える必要なんて無いって解っていてもどうしようもない事ってあるもので。
 女の子の中で、ずっと育ってきたから、お父さんや知り合いを除いた同年代の男の人は本当に『異邦人』にしか見えないほど沙羅とは違うように見える、から。
(怖いの。……行動が読めないんだもの)
 親友の子にはその度に「大丈夫! 沙羅はあたしが護ってあげるから!」なんて言われてしまう。

 嬉しくないわけじゃないけれど、いつもいつも沙羅は受け身で……何も出来ないまま。
 大好きな人たちは皆、皆――変わってゆくのに。



                           +++


 色々と考えていて歩いていたから、だからかもしれない。
 お気に入りの場所には、あっという間に辿り着いた。

 沙羅の住む街が一望できる丘の上。
 吹き続けている風は何よりも気持ち良く、そして穏やかで……樹々の緑の色合いは冬とは違い鮮やかに色づき始めていて、優しい。

 樹々と一緒の位置に立ち、其処から一望できる街を見続ける。
 上から見ていると小さくてどこら辺に沙羅の家があるかは良くは解らない。

 ……でも。

(確かに、其処にあるの――例え、すぐには解らないとしても、必ず)

 見えなくても頑張って、地を踏みしめその場所にあり続けることの不思議。

 ……ううん、本当は不思議でも何でもないのかもしれない。
 だって、其処に――その場所にあるのだから。
 ただ、遠くからだと上手く見えないだけ、それだけ。

(うん……見えていても見えてなくても)

 きっと、在る――から。

 まるで星のように。
 昼の空には見えなくても、在って天に輝き続けるもの。

(ああ、だから)

 皆、変わろうとするのかしら?

 今より更に、より良い「自分」を求め探す為に。
 だから――いつも精一杯のことをしようとして変化、していく。

(沙羅も…頑張らなくっちゃ)

 皆に置いていかれそうで哀しかった…けれど。
 まだ、大丈夫。
 何時までも、皆が変わるのをただ見ているだけじゃ駄目って気付けたんだもの。

「うん……頑張らなくっちゃね」

 沙羅自身に語りかけるように言葉に出すと、不思議と晴れやかな気分が身体に満ちてくるようで。
 少しでも、この気持ちを残したくて、息を吸い込む。
 身体中に、気持ちのよい風が吹くような爽快感。
 その気持ちを反映するように――歌へと乗せて。

 歌は風に乗って。
 思いは空に溶けて。

 いつかまた、悩む時が来たとしても消えない星の光のように、この想いと歌を思い出せるよう――祈りながら。





・End・