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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


FFP 〜エフ・エフ・ピー〜

■御影・璃瑠花編【オープニング】

『――ねぇ、ハルが死んだの。誰か代わりに来てくれないかしら』
 受話器を耳に当てた瞬間、そんな言葉が聞こえてきた。
「は? あの……あなたは?」
 何のことやら意味がわからない。武彦が当惑しながら問うと。
『まだ警察には知らせていない。約束の一週間は、始まったばかりだから』
 声の主は武彦を無視して話を続けた。
「おい」
『でも皆、不安がってるの。誰かが来て、事件を解いてくれれば、皆安心して過ごせるわ』
「…………」
 どうやら武彦が色よい返事をするまで、答える気はないようだった。
(ま、どうせ行くのは俺ではないしな)
 武彦はそんな無責任な思考をすると。
「――いいだろう。何人か向かわせよう。どこへ行けばいい?」
『よかった。青森県のM市よ。駅には迎えを出す』
「青森県?! またずいぶんと遠いな……」
『雪が積もっているの。防寒対策をしっかりしてくることをオススメするわ』
(俺は絶対に行かない)
 武彦は改めて思った。
「で? あなたの名前は?」
『可須美(かすみ)』
「!」
 その名前を訊いた途端、武彦はある人物のことを思い浮かべる。
(霞――靄?)
 も屋……?
 言葉を失った武彦に、可須美は続けた。
『FFPのメンバーよ。今オフ会をしてるの』
「FFP?」
(オフ会ということは、サイトかなんかの名前か?)
 考えながら問うと、可須美は変わらない声音で。
『Fは曖昧のF。Pは天国と地獄』
「…………」
 何度目かの、沈黙をした。
『じゃあ、まぁるい家でお待ちしているわ』
 可須美はそう告げると、一方的に電話を切ってしまった。
 それでも武彦は、受話器を戻すことができない。
(どういうことなんだ)
 本当に、関係あるのか……?
 自分の中に生まれた予感に戸惑い、武彦はしばらくその場に立ち尽くした。



■誘いは電波に乗って【屋敷:自室】

 わたくしは自室で、その草間様からのお電話を受け取りました。
『――というわけなんだが』
 わたくしに連絡を下さった理由をお話になった草間様でしたが、肝心な説明が抜けていたために、わたくしにはよくわかりませんでした。
「それで草間様。”も屋”というのは、一体なんなのですか? 会社のお名前なのでしょうか」
『ああ、いや……職業を表す名前ではあるのだが、現段階ではまだそれが1人であるのか複数存在するのかわからないんだ。もし複数いるならば、会社と言っても間違いではないかもしれないが』
 戸惑うように言葉を選びながら、草間様は続けます。
『仕事の内容は、事件・事故を未解決へと導くこと。そのためならば平気で証拠を捏造するし、嘘もつく』
「それは……一体何のために?」
『さあな。その辺は当人たちに訊いてみなければわからないのさ。以前会った”も屋”には、訊く前に逃げられた。そいつは名前を奇里(きり)といった』
「!」
 そして今回草間様に電話を掛けてきた女性のお名前は――可須美様。しかもわざわざ東京の一興信所まで掛けてきたとなると、関連性を疑わないわけにはいきません。
「わたくし、行きますわ。行ってそれを訊いてみたいです」
 わたくしがそう告げると、草間様は安心したように1つ息を吐いて。
『そうか、助かるよ。一応東京駅に集合で新幹線を使う予定なんだが……どうする? あまり人の多い場所に行くと大変だろう?』
「そうですわねぇ……」
 わたくしは傍に控えている榊に視線を向けると。
「榊、青森までお車を出せないかしら」
「おや。それならばジェット機を手配致しますが?」
 わたくしは頷くと、受話器を持ち直しました。
「草間様? わたくしは別行動で青森へ向かいますわ。駅で合流しますとお伝え下さいませ」
『わかった。じゃあ何かあったらこっちに連絡をくれ』
「はい。それでは」
 電話を終えて、わたくしは早速出掛ける準備を始めました。
(ハル様が亡くなった――)
 可須美様からのお電話は、そんな内容から始まっていたといいます。それならばやはり、洋服は黒で統一した方がいいでしょう。
 漆黒の、レースがふんだんに使われたドレス。揃いのシルクの手袋とニーソックス。それに合わせたブーツと毛皮のコート。
「璃瑠花様、お寒いようですからお帽子などはいかがですか?」
「そうですわね」
 榊からお帽子を受け取って、わたくしの準備は完了致しました。
「お着替え等は、とりあえず1週間分ほどご用意しました。足りないようでしたら現地で調達させていただきます」
「ありがとう」
 いつの間にか榊の手には、大きなトラベルバッグが握られています。こんなふうに榊が用意して下さるので、わたくしは今現在の自分の準備だけすればいいのです。
「それでは、参りましょうか」
「はい、璃瑠花様」
 旅立つわたくしの心は、黒い衣装とは裏腹にどこかわくわくしておりました。



■まぁるい家もFFP【FFP右:1階居間】


 指定された駅に、わたくしは皆さんよりも先に着くことができました。そこでわたくしを待っていたのは。
「――あれ? お姫さん? なんだキミも来たのか」
「戒那様こそ。でもご一緒できて嬉しいですわ。心強いですもの♪」
「はは。俺はたまたまゼミの旅行でこっちに来ていてね」
 羽柴・戒那(はしば・かいな)様は、わたくしが日頃から親しくさせていただいている方です。
 それから間もなく、他のメンバーの皆さんとも合流できました。シュライン・エマ様がおりましたのですぐにわかったのです。
 そうして皆さんでお迎えを探したのですが、迎えに来て下さったのは意外にも電話をしていらしたという可須美様ではなく、千鳥様という落ち着いた感じの女性でした。
 千鳥様の案内で事件(?)のあった建物へとやってきたわたくしたちは、その意外な姿に驚きを隠せません。
(まあ、本当に丸いんですのね)
 そしてそれだけでも珍しいのに、外壁がなんともどぎついオレンジ色をしています。白い世界に、やけに映えるオレンジ。
「これは目立ちますわねぇ」
 思わず感想をもらしました。
 千鳥様は2つある玄関のうち右側のドアを開けると。
「ようこそ、FFPへ」
 そんなことを仰います。
「へ? FFPってサイトの名前やなかったんかいな?」
 逸早く反応したのは井園・鰍(いぞの・かじか)様。どうやら新幹線での移動中に、FFPというサイトのことをお調べになっていたようです。
 鰍様の問いに、千鳥様はにこりと微笑みますと。
「FFPは名前というよりも、形容詞に近いんですよ。わたしたちにとってFFPな場所はすべて、FFPと呼びますから。つまりネット上のあの場所も、リアルのこの場所も、わたしたちにとってはFFPなんです」
 わかったようで、わかりません。
 わたくしたちは思わず、皆で顔を見合わせてしまいました。
 そんなわたくしたちを気にするふうもなく、千鳥様は中へと促します。
「どうぞ入って下さいな。皆を紹介しますから」



 居間には4人の方がそれぞれにくつろいで座っていらっしゃいました。
 わたくしたちが団体で入っていきますと、一様に驚いた顔をなさって。
「おいおい、晴城の代わりがこんなにいるのかよ(笑)」
「一気に人数が増えましたね」
「わーい、女の子増えた♪」
「部屋が足りないかもしれないな……」
 その後千鳥様が紹介してくれたところによりますと、発言の順に、戒様、奈巳様、阿未様、伊能・知様(全員ハンドルネーム)ということでした。
 こちらも5人(+わたくしの執事の榊)が自己紹介をしまして、さあ事件の話に入りましょうという頃。
「ちょっと待ってくれ。可須美くんは?」
 戒那様が口を挟みました。
「――私ならここに」
「?!」
 声に振り返ると、いつの間にかわたくしたちの後ろに人が立っておりました。わたくしたちの後に入ってきたのでしょうか。
「相変わらず、神出鬼没ねぇ」
 笑いながら、阿未様が告げます。
 可須美様は随分と背の高い女性でした。長い髪をお下げにしておりまして、左目に眼帯のようなものをしています。
「とりあえず、ハルの死体を見て欲しいわ」
 可須美様はそう告げますと、わたくしたちの返事も聞かずにスタスタと左側へと続く通路に歩いて行きました。
 戸惑うように顔を見合わせるわたくしたちに、促す声を掛けたのは知様です。
「行ってらっしゃい」
 それからやっと、ゾロゾロと動き始めました。



■死因は……?【FFP左:2階奥の部屋】

 ハル様――晴城様のご遺体は、顔全体がうっ血し赤黒く膨れておりました。鼻や口から出血したあとが見えますが、今はさすがにとまっているようです。
 鰍様はカメラ付き携帯を使ってその遺体を撮影しておりました。
(凄い勇気です……)
 わたくしにはとても、真似できません。
 けれどそのお写真がいかに大切なものか、わたくしはちゃんとわかっておりました。
(もしかしたら1週間、このままにしておかなければならない可能性もありますものね)
 現場の写真を撮っておくことは、必須といえるのです。
 本当は早く弔ってあげたいのですが、どうやらそういうわけにはいかないようですから。
「死んだ時のままにしてあるわ」
 少しの静寂を破って、淡々とした口調で告げたのはもちろん可須美様です。
「ということは、この部屋で亡くなっていたんですか?」
 目を閉じ黙祷を捧げていたシュライン様が、顔を上げて問います。
「そう。今朝ここで見つけたの。私たちがこの家に来たのは昨日なんだけど」
「うげ。来た日の夜に死んでもうたんか。なんや可哀相やなぁ」
 ご遺体を繁々と眺めながら、鰍様がそんなことを仰いました。
「榊、検死はできますか?」
「お任せ下さい」
 わたくしが促すと、榊はご遺体の傍にしゃがみ込み調べ始めます。
「まあ、検死までできるんですか?」
 雨柳・凪砂(うりゅう・なぎさ)様が驚いた様子で口に出すと、榊は視線をご遺体に向けたまま。
「解剖をするわけにいきませんから、詳しくはわかりかねますが……簡単な所見ならば可能ですよ」
 これほど有能な執事に傍にいていただけるのですから、わたくしは本当に幸せ者なのです。
「――それで、警察にはまだ?」
 戒那様の問いかけに、可須美様は至極当然というように頷きますと。
「私たち、ストレスから解放されるために集まったから。この1週間が終わるまでは、この家の中にはあらゆる”法”が存在しないの」
「?!」
 可須美様はあっさりと告げましたが、それはかなり重大な意味を持つ言葉でした。
「どんな犯罪をしてもいいということなの?」
 シュライン様がその真意を問います。
(殺人さえも)
 この1週間なら。この家の中でなら。互いに許すというのでしょうか?
 皆さんが視線を集中させる中、可須美様は――笑い出しました。
「安心して。だからと言って人を殺したりするような人なら、FFPに呼びはしないわ」
「けど、あんたは誰かが殺したと思ってるんちゃうの? せやから自分らを呼んだんやと思ってたんやけど」
「それは違う。自殺か他殺か事故か、わからないから呼んだのよ。それがわからないと不安でしょ? でも警察に言ったら皆すぐ連れ戻されちゃうから言えないし」
(なるほどです)
 きっとあの方たちはご両親に内緒で、集まっているのでしょう。
「それでどうして、草間様の所にお電話を?」
 わたくしが気になっていたことを口にすると、一瞬恐ろしい程に辺りが静まりました。きっと皆さんそれを気にしていたのでしょう。
(わざわざ遠くの興信所に頼むなんて)
 おかしいですもの。
 けれどそれが”も屋”ゆえであるならば、納得はできるのです。草間様は既にその存在を知ってしまっているのですから。
 しかし次に可須美様が口にした言葉は、意外にも聞き飽きたセリフでした。
「だって、草間さんは怪奇探偵なんでしょう?」
「え……」
「私ね、昨日から今日にかけて、ずっと起きてたの。さっき皆がいた、右の居間にいたわ。そして私がそこにいる間、こちら側に来たのはハルだけだった。どういうことかわかる?」
 単純に考えれば。
「晴城さんが亡くなった理由が、事故か自殺だということでは?」
 「それ以外にはありえない」というふうに、凪砂様が答えました。
 しかしその言葉に続けた戒那様は。
「やはり――キミは最初から他殺であった可能性を考えているんだろう?」
 そんなふうに、可須美様を見ます。
 今度は否定しませんでした。当たっているのでしょう。
(もし)
 晴城様以外の人が誰も行っていないはずの場所で殺人が起こったら……確かにそれは、怪奇探偵の領域なのかもしれません。
「でもそれはちょっと飛躍のし過ぎじゃないかしら? 普通その手のものなら、何かしらトリックを疑うはずよ。いきなり”怪奇”を持ち出すなんて……」
 反論するシュライン様に、即答する可須美様。
「だからこそ怪奇も扱える“興信所“に頼んだの。これで理由は十分でしょう?」
「…………」
 顔を見合わせます。どこか誘導されたかのような問答でした。
「――ちょっと、よろしいですか?」
 途切れた会話を見計らって、検死を行っていた榊が声を挟みます。
「わかりましたの? 榊」
「ええ……おそらく窒息死だと思われます。顔のうっ血や膨れ、唇などのチアノーゼ、鼻や口からの出血、そして角膜の溢血点。これらはすべて、窒息死体に多く見られる特徴です。あと死斑の様子から、この遺体が動かされていないというのも事実でしょう。ただ――」
 榊は皆の理解を確認するよう見回してから。
「これ以上は解剖して見なければなんとも言えませんが……頚部や頭部・胸部には、圧迫したような痕は見られません」
「なるほど。じゃあたとえば、この部屋だけ空気抜かれちゃったとか、鼻と口を塞がれたとか、そういう感じの窒息というわけね」
 シュライン様が納得するよう呟きました。
「真綿での扼殺や、神経切断による窒息死なんて可能性はどうですか?」
「何か喉に詰まらせてしまったかもしれませんし、もしかしたら最初からの病気であったかもしれませんね」
 凪砂様に続いて、わたくしも可能性を告げます。
(そうなのです)
 可能性は、たくさんあるのです。しかし解剖などして詳しく調べられない以上、わたくしたちには”窒息死”という所までが限界なようでした。



■アリバイ成立?【FFP右:一階居間】

「――とりあえず、まず調べなあかんのはアリバイやね。あと、荷物の詳細もや。プライベートもあるやろうけど、はよ解決したいんやったら、おとなしゅう従うのが吉やで?」
 元の部屋に戻ると、突然鰍様がそんなことを言い出しました。わたくしたちが驚いて鰍様を見ると、鰍様は「まかしとき!」と口だけ動かしてウィンク。何か考えがあるようです。
 下で待っていたFFPメンバーの5人は、もしこれが殺人事件であった場合、疑われるのも仕方のないことだと思っているのでしょう。反論したりする方はいませんでした。それどころか、阿未様あたりは楽しそうにしております。
「えっと、榊さん? 死亡推定時刻なんかは、わかったりしはります?」
 鰍様が榊に振ると、榊は思い出したように頷いて。
「先ほど言い忘れましたが、死後硬直の具合から見ても、おそらく今朝の3時から4時頃と思われます」
「――ちうわけで、3時から4時の間何をしとったか、教えてもらえまっしゃろか?」
(3時から4時……)
 それはさすがに、皆さん寝ていたのでは?
 5人は顔を見合わせると、案の定皆さん「寝ていた」と答えました。この上の2階の2部屋に、男女に分かれて寝ていたようです。起きていたのはずっとここにいたという可須美様だけ。
(左側には、晴城様以外行かなかった)
 そう証言する可須美様。
 けれどもちろん、実は彼女自身がいちばん怪しいのです。
「可須美様は、ここで何をしてらしたんですの?」
 わたくしがズバリ問うと、可須美様は千鳥様の手元にあるノートパソコンを指差しました。
「パソコン……インターネット?」
 シュライン様の呟きに頷きます。
「パソコンは1台しかないの。皆で順番に使うんだけど、皆が寝てる時間ならいくらでも使えるから」
「じゃあ可須美さん、昨日から寝てないんですか?」
 凪砂様が問い掛けました。
 夜通しインターネットで遊んでいて、今も起きているのですから、そういうことになるでしょう。
 しかし可須美様は首を振ると。
「興信所に電話したあと、あなたたちを迎えに行くまで寝てたわ」
 わたくしにはその答えが、とても不自然に思えました。
(親しい方が亡くなられて)
 同じ建物の中で。
 そんなに簡単に眠れるものなのでしょうか?
 その後全員でFFPメンバー7人(晴城様含む)の持ち物検査が行われましたが、皆さん食料や暇つぶしの道具ばかりで。怪しい物――特に窒息の引き金となるような物を所持している方はいませんでした。
 当然ゴミ箱なども調べられましたが、何も出てきません。7人がここへ来てから外へ出たのは千鳥様がわたくしたちを迎えに来た時だけだといいますから、外に捨てに行く暇もなかったはずです。千鳥様が犯人ならば可能ですけれど、100%疑われるだけに危険すぎるのです。
(少なくとも)
 この6人は事件に関わっていないのでしょうか?
 しかしわたくしは気づいていました。
 可須美様に対する戒那様とシュライン様の反応が、どこか不自然なことを。
「――ねぇ、そろそろ団体戦はやめにしましょう?」
 不意に可須美様が告げました。
「私は早く真相を知りたい。そのためには、あなたたちに自由に動いて貰わなくちゃならない。私たちは基本的にはこの家から出ないけれど、あなたたちは好きにしていいわ。ただし少なくとも1人は、建物の中に残ってね。ハルの代わりなんだから」
「その”代わり”というのは、一体どういう意味なんだ?」
 戒那様が深く問うと、可須美様は涼しい顔をして。
「言葉どおりの意味よ? このオフ会は7人で始まったの。だから7人で終わりたいじゃない」
「1人1日という計算で、1週間に決めたんです。だから7人いなければ、約束の1週間が壊れてしまうから……」
 可須美様をフォローするように口を開いたのは千鳥様でした。
(7人だから、1週間)
 初めも終わりも7人でなければならない。
 わたくしたちにはその”絶対”がよくわかりませんでしたが、他のメンバーはそれで納得しているようででした。だからこそこうしてわたくしたちを、受け入れているように思えたのです。



■鰍の思惑【FFP左:1階居間】

 左右の居間を繋ぐ通路を通って、わたくしたちは左側の居間へと移動しました。
 通路はアコーディオンカーテンで仕切られておりますので、大きな声を出さなければそうそう声は漏れません。
「――で、井園くん。キミは何を狙っているんだ?」
 戒那様が尋ねると鰍様は笑って。
「単純な問題や。もし全員にアリバイが成立するんなら、他殺って可能性はなくなるやろ?」
「遠隔殺人、ってことも考えられるぞ」
「せやかて、死因が窒息である以上、殺人なら誰かが向こうへ行く必要があるんやないか? 口や鼻を塞ぐために」
「もしくは――左側すべての空気を抜いてしまうか、ね。かなり無茶な考えではあるけれど」
 最後にシュライン様が可能性を付け足します。
 どこも圧迫せずに窒息に追い込むには、鼻と口を塞いでしまうか、それ以外の方法で酸素を摂取することのできないようにしてしまうしかありません。空気を抜いたりガスを充満させたりして……。
 でもそんな方法など、今ある情報からだけではわかりそうにありませんでした。
 そこで皆さんに振ってみます。
「――これからどう致しましょうか?」
「団体戦はやめにしましょうって、言ってましたよね」
 確認するような凪砂様の口調に、鰍様は頷いて。
「せやな。個人個人で気になる所でも調べてみよか。自分はこん中残るさかい、外に出たいもんは出てかまわへんで」
 鰍様には既に、調べたい物があるようです。
「そうしよう」
 戒那様はそう賛成してから、笑顔でわたくしを振り返りました。
「お姫さん、折角こんな場所で会えたんだし、あとで何か美味しいものを食べに行こうか」
「まあ、楽しみですわv」
 わたくしが返事をすると、今度はシュライン様に視線を移して。
「その前にシュライン」
「ええ、わかってるわ。”あの人”に、話を訊きましょう」
 そうして3人で、先に右側へと戻って参りました。
(”あの方”と、接触するつもりですのね)
 悟ったわたくしは、自分から身を引きます。
「わたくしは、少々建物を外から見てまいりますわ。あとでお話し聞かせて下さいね」
「あら、気を遣わなくてもいいのよ?」
 わたくしは首を振りました。
「いいえ? それがマナーだと思いますの。わたくしがいたのでは、”あの方”はもしかしたら喋らないかもしれませんし」
 視線を流して、可須美様の方を見ます。
 戒那様は優しくわたくしの頭に触れると。
「じゃあお姫さん、外は寒いからあまり長居しないように、行っておいで」
「はぁい」
 わたくしは返事をして、玄関の方へと向かおうとしました。
(――あ)
 しかしふと、言い忘れたことを思い出して。
「1つだけ、お願いしても構いませんか?」
「何だい?」
「もし本当に可須美様が”も屋”であるのなら、一体何のためにそうするのかを、訊いていただきたいです」
(わたくしはそれを訊くために)
 ここまで来たのでした。
「わかったわ」
 シュライン様が力強く頷いて下さったので、わたくしは安心してぺこりと頭を下げると、今度こそ玄関の方へと向かいました。後ろから榊もついてきます。



■雪の上の散歩【FFP外:雪の上】

「――ねぇ榊、昨夜の天気を調べていただけるかしら?」
 丸い家の前に立って、わたくしは榊にそう告げました。
「かしこまりました。M市の天気でよろしいのですよね?」
「ええ」
 わたくしには、1つ気になっていたことがあるのです。
(今はまだ)
 右の玄関から左の玄関へと向かう足跡は1つもありません。けれどそれが降雪によって消されていたのであれば――
(真ん中の通路を通らなくとも、移動は可能なんですわ)
 内側に余計な仕掛けを作らなくとも。
「――璃瑠花様。昨夜は降水・降雪ともになかったそうです」
 耳から携帯電話を離して、榊は知らせてくれました。
「そうですの……」
(可能性は、消えましたわ)
 外を通って移動した方もいないようです。
 他の可能性を探さなければなりません。
「榊、建物の裏はどうなっているのかしら?」
「そこの脇道から、後ろへ行けるようですよ。私が先に行って道を作りますから、璃瑠花様は」
「ええ、ついて参りますわ」
 榊がまっさらな雪の上に、新しい道を作ってゆきます。本当はわたくしが自分で作りたいのですが、突然深い所に埋まっては大変ですから、榊に譲っておくことにしました。
 裏へ回り込むと、正面から見た時とは違い、壁が繋がっているのがわかります。
「あら、50センチほどの隙間がありませんわね」
「おそらく風を通さないためでしょう。こちら側から随分と強い風が吹いているようです。雪で埋まっていますがおそらくここは畑ですよ。何も遮るものがない分、風当たりがいいのでしょう」
「そうですわね。あんな隙間を風が通ったら、それこそ突風になってしまいそうです」
 わたくしは納得して、建物を見上げました。
 ――と。
「さ、榊! あ、あれ……」
「人――子ども、ですか?」
 わたくしが指差した先に、子どもが1人おりました。指差した先――どこかと言いますと、建物の中です。しかもあの部屋は……
「晴城様がいらっしゃったお部屋、ですわよね?」
「行ってみましょう」
「ええ!」
 それから転ばないように注意して、建物の中へと戻りました。余計な足跡をつけないよう、中の通路を通ってその部屋へと向かいます。



■霞など食って生きられるか?【FFP左:2階奥の部屋】

「――How can I live on air?」
 わたくしたちがその部屋へ足を踏み入れると、その方はそう呟きました。
 そしてわたくしが何かを言う前に。
「ねぇ、ずっと息をとめ続けることができたら、人は死ぬことができると思う?」
「え……?」
 逆さまなピエロの人形を抱いたその方は、子どもらしからぬ表情をしてわたくしを見つめるのです。
「答えてよ。どう思うの?」
「そんなの――わかりませんわ」
 試したことなんて、あるはずがありません。榊を振り返ると、榊もわからないようで首を振りました。
 するとその方は何故か、満足したように頷いて。
「ボクはできることを知っているよ? それも遊びの1つなんだ」
 その方がそう言い終えた時、階段の方からどなたかが上がってくる気配がしました。どうやらこの部屋に向かっているようです。
 わたくしは一瞬その方から目を放し、ドアの方を見ました。しかしまだこちらに到達するまでに時間があるようでしたので視線を戻すと、既にその方はいなかったのです。
(まさか……?!)
 窓から飛び下りたのだろうかと近寄ってみても、そもそも窓は開いておりませんし、窓の下にも何もありませんでした。
 再びドアの方に顔を向けると。
「戒那様、シュライン様……」
 やって来たのはお2人と、可須美様のようです。
「どうしたお姫さん。なんかボーっとしてるぞ」
「怖くなった?」
(怖い?)
 何がですの? と考えて、ご遺体のことを思い出しました。
(怖かったわけではありません)
 わたくしは首を振って。
「違いますの。子どもが……たった今まで、見知らぬ子どもがここにいて、わたくしと会話しておりましたの」
「子ども?」
 お2人は顔を見合わせると、どうやら心当たりがあるようで。
「ドール、だろうな」
 口にしたのは戒那様でした。
「なんて言ってたの?」
「はい――『ずっと息をとめ続けることができたら、人は死ぬことができると思うか』と」
「!」
「お姫さんはなんて答えたんだ?」
「『わかりません』と。怖くて試すこともできませんし……」
 わたくしはつい先程の出来事を、思い出しながら答えました。あまりに唐突な出来事であったために、わたくし自身整理しながらでなければ伝えられなかったのです。
「そうしたらその方は、『ボクはできることを知っている』と仰ったのです」
 わたくしの言葉を聞いた後、お2人の視線は可須美様の元へと移動していきました。わたくしもつられてそちらに目をやります。
「私は下で誰もこないことを見張っていた。その時上でハルに付き添っていたのは、あの子だもの」
「!?」
 可須美様はあっさりと、そんなことを仰りました。
(さっきの方が、付き添っていた……?)
 息をとめ続ける、晴城様に?
「じゃあ……自殺、なの?」
 それを口にしたのは、シュライン様でした。
「曖昧なままでいることを望んだ彼には、これしか道が残されていなかった」
 可須美様が告げた言葉は、紛れもない肯定。
 思わずわたくしは。
「わたくし、お外へ出ておりますわ」
 まだ聞いてはいけない気がしたのです。
(それに――)
 先程の子どものことが、気になっておりましたから。



■可須美の目的【ファミリーレストラン:禁煙席】

 1週間、こちらにとどまる覚悟はしておりました。
(でもまさか、1日で帰ることになるなんて……)
 さすがに思いませんでした。
「この事件は、解決できない」
 皆さんを集めて、戒那様が仰いました。続けてシュライン様も。
「解決してはいけないの」
 お2人は皆さんに、こんな説明をしたのです。
 この事件の真相を、自分たちは既に知っている。けれどそれを皆に伝えれば、きっとまた誰かが死んでしまうと。
 可須美様以外のFFPメンバーはもちろん、最初はとても不満そうな顔をしておりました。それでも戒那様が。
「キミたちが真相を知らなければ、もう人は死なない」
 そう断言したことで、彼らはやっと納得したのです。
 もともと”自分たちも死ぬのではないか”という心配からわたくしたちを呼んだ彼らです。その心配がなくなれば、何も言うは権利はないのでした。



「――それで、どういうことなんですか?」
 帰り支度をして、わたくしたちは5人で戒那様オススメのお店へとやってきておりました。鰍様だけは、晴城様の代わりに残ることになっておりますので荷物を持っていません。
 凪砂様の問いかけに戒那様は頷くと。
「結論から言えば、あれは自殺だ」
「!」
「なんや、やっぱ全員ホンマのこと喋っとったってことかいな?」
 鰍様が訊いたアリバイ。可須美様以外のメンバーは全員寝ていて、可須美様は右の1階居間でずっとインターネットをしていた、と。
 シュライン様は頷くと。
「そもそも状況的には、どう考えても自殺なのよ。他殺にしては死体が不自然すぎるし。それなのに私たちが当然のように他殺を疑ったのは――」
「可須美様の電話のせいですわね」
 わたくしが継いで答えました。
「草間さんの予感が、当たっていたということですか?」
 確認するような凪砂様の問いに、戒那様は頷くと。
「可須美くんは”も屋”だった。晴城くんが頼んだらしい。自分はやはり曖昧な世界にいたい。けれど皆を裏切ることも取り残されるのも嫌だと。このオフ会は、もともと曖昧な世界から卒業するために行われたものだったんだ」
「だから可須美さんは、晴城くんの”自殺”をそうとバレないようにしようとした」
「ちょい待ち」
 続けたシュライン様に、鰍様の声が飛びます。
「そりゃあおかしゅうないか? 可須美さんの証言は逆に晴城の自殺を決定づけとったと思うんやけど」
「可須美くん以外の人物の証言なら、そうだったろうな。だが俺やシュラインは、可須美くんを”無条件で”疑っていた。可須美くんが嘘をついている、もしくは嘘をついていなくともどこかに”抜け道”がある、と」
「だから私たちは、他殺説を捨てきれなかったのよね」
 戒那様に続いて、シュライン様もため息。
 わたくしは先程の戒那様の言葉を思い出しながら。
「では真相を知らせればさらに死人が増えてしまうというのは、どういう意味でしたの?」
「可須美くんの目的は、晴城くんの死を”曖昧に”葬り去ること。自殺として片付けられるのも、誰かを犯人にされてしまうことも避けなければならない」
 そこまでの戒那様の言葉から、凪砂様は悟ったのでしょう。
「だから……だから自殺とは思わせないために、誰かを殺すっていうんですか?」
「んなアホな」
「否定はしなかったわ。それにあの人なら、誰にも疑いを向けさせない方法でそれが可能だと思うの。あの特殊な家の構造をうまく利用すれば……」
 シュライン様はまるで、そのためにあの家を選んだかのような言い方をなさいました。
「そういえば、FFPのサイトの管理人って?」
「もちろん可須美さんよ。名前でわかるわ」
 凪砂様の問いにあっさりと答えたシュライン様。
「へ? ハンドルネームで?」
 鰍様も知らなかったようで、訊き返します。
(もちろんわたくしも知りません)
「可須美はもちろん、霞のことよね。他の6人の名前は、霞を使った表現になっているの。千鳥さんは『霞に千鳥』、阿未さんは『霞の網』、知さんは『霞の命』、戒さんは『霞の海』、奈巳さんは『霞の波』、晴城さんは『霞を張る』。ちなみに伊能知で”いのち”と読むのは、古事記によるみたいよ」
「凄いですわ、シュライン様」
「全然気づきませんでした……」
 わたくしと凪砂様で、感心の声をあげます。
「普段から活字と向き合っているから、詳しくもなるのよ」
 苦笑するシュライン様は翻訳家なのでした。
「――お待たせ致しました」
 そこで頼んでいた料理が運ばれてきて、会話は一時中断します。
 何やら大きなホタテの貝殻の上に、美味しそうな卵とじの物体が乗っているのです。ぷんと鼻をくすぐる味噌の匂いが、何とも美味しそうで。
「味噌貝焼きだよ」
 戒那様が告げた名前は、なるほどそのままでした。
 一口食べてみると、ご飯がよく進みそうな濃い味で――これが”家庭的な”味というものかもしれません。
(美味しいですわ♪)
「――自分考えたんやけど、もし今回自分らを呼ばへんで、可須美さんが居間におらへんかったら、そもそも曖昧なまま終わっとったんやないの?」
 進む箸とともに、進む会話。
 戒那様は複雑な表情をしたまま。
「それもまた微妙な問題でな。誰かが何らかの用事で、左側に行かないとも限らない。そうしたら結果的にその人物に疑いが集中してしまうわけだ。可須美くんはそれを避けなければならなかったから、見張っている必要があった」
「でも見張っていたら、彼女自身が疑われますよね。――こんなふうに」
 凪砂様が挟んだ言葉には、シュライン様が答えます。
「それは彼女にとって本望なのよ。”誰にも疑いを向けさせない”の”誰にも”には、自分は含まれないから。彼女が疑われ万が一逮捕されたとしても」
「冤罪、ですわよね」
 わたくしが締めくくります。
 しかし凪砂様はまだ納得がいかないようで、「それなら最初から警察を呼べばよかったのに……」と呟いていらっしゃいました。
 それに応えたのは。
「彼女にとっては。晴城くんの願いを叶えることも大事だったが、他の5人の願いを叶えることも大事だったんだよ。だからこの1週間を、途中で終わらせるわけにはいかなかった。――究極的には、彼女は俺たちに”協力”を求めたのさ」
 苦笑混じりの、戒那様の言葉でした。

     ★

「一体何のために、”も屋”の仕事を?」
 その問いに可須美様が答えた言葉を、戒那様は教えて下さいました。
(それにより)
 わたくしたちはあの方のなさろうとしていたことを、知ることができたのです。

「――これ以上”も屋”が、増えるのは嫌なの」

 可須美様はそう、答えたと言います。
 ”も屋”である彼女自身は、その辛さを誰よりもわかっていたのです。
(曖昧な存在が、どれほどの痛みを伴うのか)
 彼女は”普通”からはみ出したまま生き続け、曖昧を自らの手で作り出すことに、自分の存在意義を見出したのだといいます。
(”も屋”としての行動は)
 彼女が生きるための手段であったのです……。
(けれど――)
 今回の事件は、それだけではありませんでした。
 彼女の言葉どおり、彼女は自らと同じ道を歩もうとしている方を見るのが辛かったのでしょう。
 ですからその予備軍をFFPに集め、センドウし、普通へと溶け込ませようとしたのです。やはりダメだと告げた少年を、曖昧の中に埋葬したのです。
(可須美様の2つの心から)
 生まれた今回の事件。
 わたくしにはそれが正しいのかどうかわかりません。
(けれど警察には)
 とても通報する気にはなれませんでした。
 積極的には協力できないけれど、邪魔もしたくなかったのです。
(最もずるい)
 ポジションなのかもしれません。
「今はそれでいいのではないですか?」
 榊はそう言って下さいました。
 どんなに背伸びをしても、わたくしはまだ”子ども”なのですから――。



 あの家を旅立つ前に。
 わたくしは独りあの部屋で、レクイエムを口ずさみました。



■お土産はなんですか【観光物産館:売店】

「――お姫さん。悠也や羽澄たちへのお土産、何がいいかな?」
 一度生徒たちが待つ旅館へと戻った戒那様と、お土産を選ぶために落ち合いました。わたくしは帰りも別行動ですから、まだこちらに残る戒那様にお付き合いすることにしたのです。
「やっぱ食べ物かなー……って、お姫さん? 聞いているかい?」
「あ……申し訳ありません、戒那様」
「どうしたの? ぼんやりして。まるでドールに会った時みたいだ」
「そのドール様と遊んだことを思い出していたのですわ」
「――へ?!」
 さすがの戒那様もそれには驚いたようで。
「遊んだって、いつ?!」
「あの後、今度は外にドール様がいるのが見えて。一緒に雪合戦したんです」
「なるほど」
 戒那様がおなかを抱えて笑っていらっしゃいます。
「戒那様?」
「ありがとうお姫さん。いい土産話ができたよ」

■終【FFP】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|P C 名
◆◆|性別|年齢|職業
1847|雨柳・凪砂
◆◆|女性|24|好事家
0086|シュライン・エマ
◆◆|女性|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2758|井園・鰍
◆◆|男性|17|情報屋・画材屋『夢飾』店長
1316|御影・璃瑠花
◆◆|女性|11|お嬢様・モデル
0121|羽柴・戒那
◆◆|女性|35|大学助教授



■ライター通信【伊塚和水より】

 ご参加ありがとうございました。≪FFP≫、いかがだったでしょうか?
 当初考えていたものとは多少違った流れになってしまいましたが、私なりには満足しております。最後まで書いてもまだわかりにくい気はするんですけれど……その辺は他の方の視点を読んでいただければ多少は解消されるかもしれません。
 ちなみに舞台となっている建物のモデルは、まんま我が家でございます(笑)。ほんとーにっ、使いにくくてしょうがありません……。部屋が扇型って!

>御影・璃瑠花さま
 いつもご参加ありがとうございます。
 なんとかMICHAELと気づかれることなく終えられたようです。どうやらFFPの方々は世間から大分ずれているので知らなかったようですね(笑)。
 ちなみにドールはただ子どもと遊びたかっただけのようです。黒いドレスで雪合戦……物凄く見てみたいシチュエーションですね(至極個人的に)。

 それでは。またお会いできることを楽しみにしております^^

 伊塚和水 拝