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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇風草紙 〜休日編〜

□オープニング□

 僕はどうしてここにいるんだ……。
 逃げ出せばいい。
 自分だけ傷つけばいい。
 そう思っていたのに――。

 関わってしまった相手に心を許すことが、どんな結果を招くのか僕は知っている。
 なのに、胸に流れる穏やかな気配。
 僕は、僕はどうすればいいんだろうか?
 今はただ、目を閉じて声を聞く。
 耳に心地よい、あんたの声を――。


□Accidentally Day 〜永久に願う〜 ――セレスティ・カーニンガム

「おはよう。昨日はよく眠れたかな?」
 僕は天蓋付きのベッドから慌てて起き上がった。暖かな毛布、肌触りのよいシーツ。帰りたくもない実家のベッドを思い出す。そのベッドにすら、ほとんど眠った記憶はない。修行の後、地下室から部屋へ戻るだけで体力の限界に達し、背を壁に預けて眠ることの方が多かったのだ。そんな瞬間的な回顧から思考を解き放ち、僕はベッドの脇で車椅子に座った人物を凝視した。
「……あ、ああ」
 辛うじて返事はしたが、柔和に笑む白銀の長髪に目を細めた。ここは、どこだったか――?
「おや? 挨拶は大切ですよ。さぁ、もう一度。おはよう」
「う、うあ……お、おはよう」
 笑顔の中にも逆らえない何かがある。僕は鮮明にここがどこだったかを思い出した。
 誰にも関わらない――そう、家を出る時に誓ったはずなのに。
 意識を失っていた僕を助け、2度と使わないと自ら封じたはずの「封門」を見せた唯一の部外者。セレスティ・カーニンガムと名乗ったその人は、僕を屋敷へと呼んだのだった。
「朝食の用意が出来ていますよ。一緒に行きましょう。私は部屋の外で待っていますから」
 そう言うと、セレスティの車椅子は彫刻の施されたドアの向こうに消えた。
 強引に洗濯されたシャツがすでにプレスされて置いてあった。広い室内、高級そうな調度品はますます実家を思い出させた。が、人目だけを気にして金に物を言わせ無秩序に購入された物でないからか、父親の所有するそれとは比べ物にならないほど、心を落ちつかせる雰囲気を演出していた。
「本当に、ここにいていいんだろうか……」
 自問する。けれど、出て行く気にはならない。なぜ?
 小さく響くノックの音。我に返り、パジャマを脱いだ右腕に残る長い傷に触れる。
 ――あの時、誓った。忘れられない自分自身への制約。友人になれたかもしれない人を、この…手にかけた時に。
 シャツを羽織ると、彼の待つ廊下へと足を進めた。

 買い物に行こうとセレスティが食事の後に提案してきた。
 久しぶりにありつく朝食は食べ切れないほど。にこやかに勧められるので、つい無理をしてしまった。胸が息苦しい。普通の人々は毎日こんなにも食べて平気なのだろうか? 父親の命令で政治パーティに参加する以外では、食事はあってないようなものだった。水を飲み干して、ようやく言葉を返した。
「何を?」
「もちろん、キミの服ですよ。それしか持っていないのでしょう?」
「でも、僕は――」
「でもは必要ありません。もちろん、あなたがお金を持っているとは思っていませんよ」
 見透かされてしまった。思わず頬が上気する。自分よりも随分と長く生きている彼はすぐに察知してか、柔らかく心をほぐすように微笑んだ。
「私もあまり出かけて服を買いに行くことはないんですよ。でも、あなたとならきっと楽しいでしょうから」
 心地いい。
 そう感じてはいけないと心を律する。けれど、セレスティの言葉のひとつひとつが胸に染みる。

 ――どうして、僕に優しくしてくれるんだ……?
    衣蒼という家を捨てた自分が、あんたに与えられる利益などありはしないのに。

 振るい落とされていく警戒と孤独。
 確かに日の光の元を僕は歩いている。彼の車椅子を押して、長いリムジンのドアが開くのをただボンヤリと眺めた。

                         +

 白を貴重とした店内。彼が通るたびに、店員が頭をさげていく。僕の押す車椅子。棚やたくさん並んだ
「挨拶は軽く、でも目を離してはいけない。分かりますね」
「……どうして、目を離しちゃいけないんだ?」
「相手に対して失礼だからですよ。さあ、服を選びましょう。シャツが好みなのかな?」
 見たことのないデザインばかりが並ぶ。セレスティが2・3枚手に取っては、僕の体に添わせる。
「――? 何をしてるんだ?」
「ん? 身ごろを確認しているんですよ。それにキミに合うかどうか確かめなくては」
「なぜ? 服なんて用意されたものを着ればいいんじゃないのか?」
 僕は首を傾げた。選ぶ理由を知らない。買い物とは皿上に添えてある緑の葉のように、食されていく者をただ見ているだけの存在だった。今までずっと。父と買い物と言えば、遠巻きに奴が下品な笑い声を立てるのを見ているのが常。その時は決まって、甘ったるく臭い匂いのする女が近寄っては、僕の頬を撫でまわすのだ。
 思い出して悪寒が背を走る。思わず体を抱きしめた。セレスティが心配そうな目で僕を覗き込んだ。
「キミ、寒いのですか? 主! 店内の温度を上げなさい」
「あ、いや。別に寒かったわけじゃない……」
「いつでも私にできることがあるなら言って下さい。私はキミの味方だ。遠慮することなどひとつもありはしないのだから」

 ――僕は。
    僕は、本当にここにいていいだろうか。
    甘えてしまう。こんな優しさを知らない。母がくれる優しさはこんなものなのだろうか?
    仁船が僕を恨むのも仕方ないことなのかもしれない。
    こんな優しさを僕を産むために、兄は失ってしまったのだから……。

 話したいと思った。僕のことを。
 誰かに――いや、今目の前で僕と同色の瞳で微笑んでいる彼に。

 服を数着購入してもらい、僕等は屋敷へと戻った。長い専用道路を走る車内で、セレスティは言った。
「キミの趣味はなんですか?」
「趣味? ……そんなものは…ええと、ない…」
「じゃあ、好きなものでもいい。教えてくれませんか?」
 照れくさい。好きなものを聞かれたのは初めてだった。誰も僕の嗜好など気にするものはいなかったのだから。
「あ、甘いモノ……」
 窓の方を向いて小さく答えると、彼が微笑むのがガラスに映って見えた。
「じゃあ、明日は私の知っている、とびきり美味しいお店に案内しましょう」

 心が癒される。優しい言葉。態度。
 屋敷に帰ったら話そう。封門のこと、家での暮らしのこと。そして、衣蒼家のことを。
 ひとりじゃない、この何気ない日々がたった一つの願い。
 僕は、どうしようもない嬉しさに彼を見ることができなかった。それを伝える術を僕は持っていないから――。

 ありがとう、と。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い

+ NPC / 衣蒼・未刀(いそう・みたち) / 男 / 17 / 封魔屋(逃亡中)

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■         ライター通信          ■
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 休日編は如何でしたでしょうか? ライターの杜野天音です。
 連作中、彼らの休日はどうしてもやりたかったシナリオなので、喜んでもらえたら嬉しいです。
 セレスティらしい、エスコートぶり。彼には未刀が何者であっても、おそらくは世の中に害を与える者であっても、変わらず味方でいてくれるような器の大きさを感じます。
 今夜は夜通し、話しをするのではないでしょうか? 未刀が和む顔が目に浮かびます。
 
 次回は「戦闘編」。4月中旬まで受注はお休みさせて頂きます。詳しい予定については「東京怪談〜異界〜 闇風草紙」にてご確認下さい。
 3度目のご依頼、ありがとうございました!