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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


動物園で幻獣と遊びませんか?

ACT.0■PROLOGUE

「先月の終わり頃、井の頭公園の弁天さまが変なアンケートを持って乗り込んできたのよ。ボート代がタダになるからって、アンケートに答えた人たちはさんざんな目にあったみたい。もしかしたら、草間興信所にも行くかも知れないわ。気をつけてね」
 碇麗香から電話があったのはバレンタイン当日のこと、もう3日前になる。
 しかしそんな忠告を受けたところで、何をどう気をつければいいのだろうか。神様は自分勝手なものだ。都合の悪いときに限ってやってきては、霊験の押し売りをしたりする。
 草間武彦は苦り切って、ひたすらにマルボロをふかしていた。たった今、目の前のソファには当の弁天と、付人らしき白衣の青年、蛇之助が座っている。
「さて、怪奇探偵。わらわが今日、わざわざ出向いたのは他でもない」
「悪いが、ボートに乗るためのアンケートはお断りだ。調査員たちを、しょうもない縁結びの人身御供にするつもりもないんでね」
「今回のキャンペーンはボート乗り場ではないぞえ。動物園じゃ」
「同じことだ」
 そっけない草間に、弁天はにやりとして詰め寄る。
「ときに、バレンタインデーはどのように過ごしたのかや?」
「そんなこと、あんたに関係ないだろう」
「今後の参考にしとうてのう。そもそもおぬし、恋人はいるのか?」
 とたんに草間は、げほごほと煙草にむせる。
「……答えなくちゃ……だめか……?」
「ふふん。まあ、おぬしにも大人の事情があろうし、勘弁してしんぜよう。そのかわり」
 してやったりとばかりに、弁天は分厚い封筒の束を草間の鼻先に押しつけた。
「これは特別招待状じゃ。只今井の頭動物園は大サービス期間中での。管理者たる〈世界象〉のハナコにたった一問、なぞなぞで勝利すればタダで動物園に入れるのじゃ。おぬしの知り合いの老若男女に、全力で広報するように!」

◇招待状◇
 幻獣がいっぱいの井の頭動物園で遊んでみませんか?
 以下の内容をお心に留められたうえで、この招待状を入口係員にご提出くださいませ。
  
 ◇その1 井の頭動物園のスフィンクスこと象のハナコを、ぎゃふん(死語?)といわしめるような『なぞなぞ』をひとつご用意ください。
 
 ◇その2 どんな幻獣と遊びたいですか? ご希望の幻獣をお教えください。
 
「それじゃ頼んだぞえ。さて、さっそく準備じゃ」
「すみませんねえ、ご迷惑をおかけして。あ、待ってくださいよ弁天さま」
 自分の主張だけを一方的に展開し、人騒がせな神さまとその眷属は帰っていった。
 招待状の束をテーブルに放り投げ、草間は頭を抱え込む。
「何てこった。零。塩だ、塩をまけ!」
「……? こうですか?」
 きょとんとした零が、よくわからないままに食卓塩をぱらぱらとドアに振りかける。
「ただいまー、武彦さん。確定申告は無事完了よ。片っ端から経費を認めさせたわ。これが控え」
 ひと仕事を終え所轄の税務署から戻ってきたシュライン・エマは、テーブルに突っ伏している草間の後頭部に書類の束を乗せた。
「日本の税務署は世界一親切だとかって、眉唾だと思ってたけど本当ね。私もサービス料を明朗申告して、経済の活性化に貢献してきたわ。やれやれっと。ライター貸りるよ」
 輝くような白い腕をさっと伸ばし、葛生摩耶は、テーブルの上の使い捨てライターでセーラムピアニッシモに火を付けた。別の税務署ではあるが、偶然にもシュライン同様に申告を終えたばかりらしい。
「あらっ。弁天さまが来てたの? ――なにこれ、招待状? へえ動物園。やだ、武彦さん、早く言ってよ」
 すばやく封筒の中身を確かめ、シュラインは弾んだ声を出す。草間は驚いて、がばっと顔を上げた。
「……行くつもり……なのか?」
「だって幻獣動物園なのよ。ふもふもした幻獣さんたちに会えるのよ!」
「ふもふもって、いや、でもな。『あの』弁天主催の企画なんだぞ」
「ふーん。なぞなぞねぇ。面白そうじゃないの。覗いてみてもいいかな」
 摩耶までが乗り気になって招待状を眺めている。草間はゆるく首を横に振った。
「あまりおすすめはできないんだがなぁ……」
「心配しないで武彦さん。せっかくだから、あと何人か声を掛けてみましょう」
 シュラインは机の引き出しから、『調査連絡用リスト(F)』という背表紙のファイルを引き抜き、二ヶ所に付箋をつけて摩耶に渡した。
「連絡するの手伝ってくれる? この1252番と2617番ね」
「了解」
 摩耶は頷いて、草間興信所の貴重な備品であるところの、古式ゆかしい黒電話のダイヤルを回す。
「もしもし。海原さんのお宅でしょうか? みなもさんのお姉さまで……お母さま? 久しぶりにご自宅に……失礼しました。ええと、青い髪のお嬢さんはご在宅でしょうか。はい――こんにちは、あなたがみなもちゃん? 実はね」
 シュラインも自分の携帯から、登録メモリを呼び出す。
「シュラインです。先日はどうも。ええ、また例の弁天さまからお誘いが来てね……ヤなこった? わかってるわよ。だからあなたじゃなくて姪御さんはどうかなって。そう小夜子さん。彼女に打診してくれないかしら?」
「嘉神さんでいらっしゃいますか? こちら草間興信所ですが、あれ? これってしえるさんの携帯でいいのよね? はい? あなたお兄さま? 今、妹と大喧嘩中? 知らないわよそちらの事情なんて。さっさと妹さんに代わってちょうだい!」
「よし。武田さんちの小夜子さんゲット!」
 シュラインが携帯を切ると同時に、まだ電話中の摩耶も人差し指と中指で丸を作ってみせた。
「海原さんちのみなもちゃんと嘉神さんちのしえるさんもOKよ」
「やったね。そんなわけで武彦さん、行ってきまーす」
 ほくほくしながら人数分の招待状を持ち、電話を終えた摩耶と連れだって出ていくシュラインの後ろ姿を、草間はぽつねんと見送る。
「……楽しそうだなあ、おい」

ACT.1■誤算いろいろ

 よって、待ち合わせ場所の吉祥寺駅南口のドトールに集まったのは、シュライン・エマ、葛生摩耶、武田小夜子、海原みなも、嘉神しえるの5名であった。奇しくも全員女性である。
 彼女らは丸井吉祥寺店横の道を通り抜け、井の頭公園内へと進み、ほどなく動物園前まで来たのであるが――
「なっぞなぞ。なっぞなぞ。久しぶりぃ。うっれしいなっと♪」
 動物園入口の門柱の上で、レースのスカートをくるくると広げ金色の巻き毛を揺らして、小さな女の子が踊っている。その側でご機嫌うかがいをしているかのような弁天と蛇之助が視界に入り、一同ははたと足を止めた
「うむうむ。嬉しかろう楽しかろう。異鏡現象発生以降、よほどの物好きでもない限りここへやって来る者などおらぬからの。だからのうハナコ、お客を誘致したわらわに免じて、今回だけは入場料をタダに」
「ソレとコレとは別だよーだ。400円、耳を揃えていただきまぁす。あ、お客さんだー。いらっしゃいませえ」
 器用に二回転半の宙返りをしてから、ハナコはしゅたっと5人の前に降り立った。
 くりっとした緑の目で一同を見上げ、小さな両手を上向きに差し出す。
「おつりはないから、細かいのでよろしくう」
「あれ? 無料招待じゃないの? 話違うじゃない、弁天さま」
 しえるが招待状の文面を確かめる。弁天は気まずそうに言い訳をした。
「わらわとて努力はしたのじゃがのう。ハナコが頑固で」
「えー。だってホントはひとりにつき3回、ハナコが出すなぞなぞに答えてくれなきゃ通さないんだよー? なのに、お客さん側がなぞなぞいっこを用意すれば許してあげることにしたんだから、ハナコ的には出血大サービスだってば」
「だから、招待状を配るのは、ちゃんと根回しを済ませてからにしてくださいって申し上げたのに。弁天さまが先走るのがいけないんですよ……」
「なんじゃとう?」
 主催者側がもめはじめた。摩耶は軽く首すじを掻く。
「あーあ。お金に困ってるわけじゃなし、400円タダになろうがなるまいが気にしないけど、そっちのフライングなんでしょ? 筋は通して欲しいわね」
「そうねえ。ここは弁天さまのツケにしてもらうのが妥当かしら」
 シュラインの呟きに素早く反応し、弁天がきっ、と振り向いた。
「どうしてそうなるのじゃ!」
「あのー」
 怒りの青白い炎を立ち上らせ始めた弁天の腕を、みなもがつんつんと指先で突く。
「あたしは弁天さまのお誘いだから来たので、入場料についてはおまかせします。中学生だと150円なんですよね?」
「いや。おぬしが都内在住の中学生であれば、もともと無料じゃぞえ」
 聞いてハナコは首をひねる。
「んん? そういう料金体系だっけ?」
「管理者がそんなことでどうする。あとで動物園運営規定を隅々まで読んでおくがよい。今回の入場料については、日を改めて話し合うこととしよう」
「今、立て替えてくれたっていいじゃん。弁天ちゃんてば、小銭に細かーい」
「自分のことを棚に上げて何を云う。そもそも小銭の収集は蓄財の基本ぞ! ――おや?」
 弁天は、少し離れてしゃがみこんでいる小夜子に視線を移した。彼女は先刻からずっとひとりで、何もない空間をみつめている。
「あの娘御は何をしておるのじゃ?」
 昼下がりの明るい日射しの中、小夜子が対峙しているあたりだけが何故か妙に暗かった。やがて小夜子は静かに口を開く。まるで見えない誰かに話しかけられて、それに応じるかのように。
「……そう。初めてのデートでボートに乗って――三日後にその子に振られて、それから一ヶ月後に事故に遭ったのね。それはでも偶然じゃないの? 弁天さまを恨むのは間違ってると思うけど。……恋をしないと成仏できない? それで――ええ? 私? 私は恋愛とかってあんまり。今日だって、ヘンな神さまがおかしなことしてるからって、叔父さんに聞いて来てみたんだけどね」
「さりげなく失礼なことを云うておるの」
「何も見えないけど、彼女、誰かにナンパされてるみたいな感じがするわ」
 軽く手をかざし、しえるが目を細める。
「友だちからでいいって言われても。困るわ。……ええ、どうしても駄目。だけどそんなに成仏したいのなら、お手伝いくらいはできるわよ」
 小夜子はすっと立ち上がり、右手を前に差し伸べた。細い指先からこの世ならぬ狭間へと、不思議な気配が流れるのがわかる。そのまま10秒。
 すぐに肩の力を抜き、何事もなかったかのようにすたすたと、小夜子はハナコに近づいた。小さな頭をひと撫でし、ぼそりと言う。
「もう何にもできないのに、常に何かやりたがっているもの、なぁんだ?」
「えっ? えっ? えっ? もうなぞなぞ始めちゃうの? えっと、えっとね。ちょっと待ってね」
 額に人差し指を当て、ハナコはいったん目を閉じたが、すぐに片目だけを開けて小夜子を見る。
「……あのさ。今さ。おっきな銀色の蜘蛛がいきなり出てきて、青い糸を吐いて幽霊の男の子をぐるぐる巻きにしてから消えちゃったのが見えたんだけど、気のせい?」
「気のせいじゃないけど、気にしないで」
「そっか。まあいいや。『もう何にもできなくて』『常に何かやりたがっているもの』? んと、何だろう?」
「答はね、死体(〜したい)」
「……そんなぁ。すぐに答えちゃやだよう。考えてるところなのにぃ」
「勝ったから、入ってもいいのね? それじゃ皆さん、お先に」
 涙目のハナコを残し、無表情な女子大生は動物園の門柱を抜けていった。
「あらら。小夜子さん一番乗り」
 見送って、シュラインがくすりと笑う。
「叔父にまるで似ておらぬ器量よしなのに、マイペースな娘御じゃのう。――それにしても、おぬしにはしてやられたわ。謀ったな、シュライン」
 じろりと睨まれて、シュラインはさりげなく目を反らす。
「あらぁ。何のことかしらぁ」
「とぼけるでない。なぜここには娘御しか集まっておらぬのじゃ。これでは合コンができぬではないか!」
「そーねぇ。今回は縁結びをしたくてもどうにもならないわねぇ」
 笑いを噛み殺しているシュラインに目で合図され、摩耶はぽんと手を打った。
「こういう偶然ってあるわよねー。私は男の人は見飽きてるからちょうどいいけど」
 話を合わせつつ、ひとり摩耶は頷く。
 そういえばシュラインが差し出したあのファイルは、『調査連絡用リスト(F)』――Female、だった。つまりシュラねえさんは女の子にしか声をかけなかったのね、と思いながら。
「ハナコさーん。元気出してください。笑って笑って。目線こっちですよ」
 しょげかえっているハナコに、みなもがカメラを向ける。ハナコは頬をふくらませたまま、それでもVサインをつくってみせた。

ACT.2■ なぞなぞは誰がために

「じゃあ嘉神しえる、二番手行きまーす」
 足元のハナコを抱き上げて門柱に乗せ、しえるが勢いよく宣言する。蛇之助は大きく手を振って声援を送った。
「かっこいいです、しえるさん! またお会いできて感激です。頑張ってください」
「すぐ突破するから、つき合いなさいね蛇之助。一緒に動物園を回りましょう」
「はいいっ。喜んで!」
「これ蛇之助。おぬしは誰の眷属じゃ」
 苦々しげな弁天をよそに、しえるの美しい声が響く。
「種があって花が咲くけど、時々折られるモノは何?」
「種があって、花が咲いて、時々折られる……?」
「制限時間3分。それ以上は待たないわよ」
「えっと、んっと」
 ハナコは門柱にちょこんと座り、額に手を当てて考え込む。
「はい3分経過。答えは『話』よ」
「だぁかぁらぁ〜。今考えてるところだってばぁぁ〜〜」
 手足をばたばたさせるハナコの頭を、しえるはよしよしと軽く叩く。
「さあ行きましょう、蛇之助」
「はいっ。しえるさんがお望みならばどこへなりと」
「ところで蛇之助って、幻獣じゃないの?」
「はぁ。話せば長い事ながら、かつては近くの神社に祀られていた蛇神で……」
「もと神サマ……? 冗談はいいわ。ここで話に花を咲かせるつもりはないから」
 あっさりと無視され、先を行くしえるの後を蛇之助はいそいそとついていく。
 弁天はいましましそうに舌打ちをし、低い声で追い打ちをかけた。
「見ておれ蛇之助。後でお仕置きじゃ」
「じゃ、次は私ね。これを日本語にしてみて」
 摩耶は、自分の招待状の裏面を指さした。そこにはボールペンで英文のようなものが走り書きされている。
 FoolItCare,CowWasToBecomeMissNote.
「ええーっ? ハナコ英語苦手だよう」
「Fool it care,Cow was to be become miss note……でいいの? 訳しにくい文ねえ。しえるさんを呼び戻そうかしら」
 流暢に発音してから、シュラインが首をひねる。
「こんなの、なぞなぞじゃないよう」
 ハナコは今にも泣きそうである。難航しているのを見て、摩耶はにまりと笑う。
「訳せとは言ってないわ。そのまま声に出して読んでみて」
「フル……イッケ……。ああわかったわ! 『古池や蛙飛び込む水の音』!」
 ハナコをさしおいて、シュラインが叫ぶ。
「ご名答。ハナちゃんが答えたわけじゃないから、私の勝ちね。じゃ、おっさきー」
 摩耶の背を見送り、シュラインはハナコに詫びる。
「先に答えちゃってごめんなさいね、ハナコさん」
「うえええええん。みんながハナコをいぢめるぅぅぅ」
 ハナコは大げさな仕草で、顔を両手で覆った。
「まあまあ。まだ私とみなもが残ってるわよ。じっくり行きましょ」
「もう、ハナコが考えてる最中に答えたりしない……?」
 両手の隙間からちらっと顔を覗かせるハナコに、シュラインは大きく頷いた。
「もちろんよ。さて問題です。ハナコさんがよく知ってて顔も秘密もわかってて、ココ在住なのに出会った事のない相手は誰?」
「え……?」
 ハナコは両手をすっと降ろし、まじまじとシュラインを見た。
「そんなの……いないよ?」
「いるのよ、ひとりだけ。考えてみて」
「だって、ハナコは管理者だもの。ここにはいろんな世界からやってきた幻獣たちが住み着いてるけど、必ず一度はハナコと面会して居住許可を取らなきゃならないんだよ? 会ったことがない相手なんて、ありえないよ」
 うつむいて考え込むハナコをしばらく見つめてから、弁天はつぶやく。
「成程な。わらわにはわかったぞえ。――が、答は黙っていよう」
 うーんうーんうぅーーん。ハナコはしばらく門柱の上で、空を見上げたりぐるぐる回ったりして呻吟していたが、とうとうがっくりとうなだれた。
「うー。降参」
「ふふ。答は『ハナコさん自身』よ。じゃ、通るわね」
 目をぱちくりし、ふぅううううと大きなため息をついたハナコを、みなもはぱしゃりと撮り、顔を覗き込んだ。
「落ち込んじゃいましたか? ハナコさん」
「んー。ちょっとね。でも難しいなぞなぞは面白いから。解けるとやったー♪ とか思うし、解けなくて答を聞いて、そぅかーヤラレタって思うのも楽しいし」
「よかった。じゃ、あたしもなぞなぞ言っていいですか?」
「うん。最後のなぞなぞだね」
 こほんと咳払いをひとつ。みなもは軽く礼をする。
「では行きます。あたしは将来何になるでしょうか?」
「みなもちゃんの、将来……?」
 ハナコは目を見張り、みなもの顔を食い入るようにみつめる。そして門柱からひょいと飛び降り、みなもの回りをゆっくりとひとまわりした。かと思うとまた門柱に飛び乗って、手を広げて片足を上げ、無意味にアラベスクのポーズなどを取ってみせた。
「ハナコさん?」
「うー。くやしいけど、わかんない」
「そうですよね。それがわかったら誰も悩まないですもん。――正解です」
「それが、答……?」
 おっとりと微笑み、みなもは首を傾ける。
「当てられちゃいましたね。あたしは中には入れませんか?」
「そんなことないよ! だってハナコ、ホントにわかんなかったんだもん」
 ハナコは両手を差し伸べ、みなもの右手を握りしめる。
「一緒に入ろ? みなもちゃんともっとお話したいよ」
「ありがとうございます。あたしもハナコさんに悩みとか聞いてほしいです」
「みなもちゃん、そんな可愛くて優しいのに、悩みとかあるの……?」
「はい。将来のこととか」
「そっかぁ。そうだよねぇ。ハナコもさぁ、井の頭動物園くんだりで弁天ちゃんに嫌みいわれながらずっと管理者やるのもどうよって、時々思うもん。いこいこ。みんなが待ってるよ」
 姉妹のように仲良く手をつないで、みなもとハナコは中に入っていく。
「これ! わらわを無視するでない!」
 置いていかれた弁天が、慌てて後を追った。
 
ACT.3■異世界からの亡命者

「何よここ……。砂漠じゃないの」
 一番乗りで入った小夜子は、しかし途方に暮れていた。
 門を抜けた途端、まるで映像が切り替わるように公園の風景はかき消えて、代わりに灼熱の砂漠が出現したのである。あたりには生き物の気配などなく、幻獣はおろか草木一本見あたらない。
 じりじりと肌を焼く太陽に辟易し、小夜子は両頬を押さえる。
「やだ。まだUVカットのファンデ使ってないのに」
 呟いて振り向いたとき、次々に後続がやってきた。
「あっつー。ちょっと蛇之助。幻獣はどこよ?」
「すみませんー。今は居住区へのゲートがクローズ状態になってまして。皆さんお揃いになったら、ハナコさんがオープンなさると思うんですが」
「5分いるだけで日焼けしそうだわ。……よく平気ね」
 シュラインは片手で顔をあおぎながら、平然としている摩耶をうかがう。
「そお? 暑いっちゃ暑いけど、私の肌は常にパーフェクトよ」
 摩耶が見事な胸を反らしたとき、みなもの手を引いたハナコが現れた。遅れて弁天もついてくる。
「おっまたせー。じゃあゲート開くけど、何番にするの? 弁天ちゃん」
「バラエティの豊かさを考えるに、エル・ヴァイセ王国からの亡命者居住区域がいいのではないか?」
「おっけー」
 ハナコはぽんと飛び上がって空中で一回転してから、ぱちんと指をはじいた。
「ゲートナンバー、『への27番』OPENしまーす!」

 *                *
 
 ずももももー。
 天地を揺るがす轟音が鳴り響き、砂漠がすり鉢状に大きく凹む。と思うやいなや、要塞のように巨大な建物がせり上がってきた。
 城のように見えるそれは、モン・サン・ミッシェルを真似そこねたような、崩れた三角錐である。
 階層は歪みながらも積み重なり、何階建ての代物であるのか見当もつかない。開け放たれた無数の窓にはひらひらと洗濯物が舞っていて、いかにも大人数が暮らしていそうな生活感があった。
 正面の大きな扉の前まで一同が歩を進めるにつれ、車窓の風景が流れ去るかのように砂の海は消えた。いつの間にかその城は、手入れの行き届いた広大な庭園の中に建っていたのである。
「たのもー。お客さんじゃぞえー」
 弁天が大声を張り上げる。ややあって、内部からひそやかな返事が聞こえた。
「……これは弁天さま。こちらに匿ってくださり感謝しております。ですが私どもは光のドラゴンに破れ、逃げてきた身。どなたともお会いせずに、このまま静かに暮らしたいのです」
 きっぱりとした礼儀正しい声である。しかし弁天はめげない。
「ほー。それは邪魔したのお。現代東京の美人な娘御が5人も揃って来たというに。いやはや、それなら諦めようぞ。残念無念」
 聞こえよがしに言ったとたん、一転して扉の向こうは騒然とした。
「大変です! この世界の美女がたくさん来てるみたいです!」
「ホントか? おい早くここを開けろ!」
「うわっ、押さないでくださいよ」
「私が先だ! 譲れ」
「ずるいです、ここは私が」
 押し合いへし合いの様子に、弁天は怒鳴る。
「ええい静まれ! 娘御たちの希望に叶う者だけ、出てくるがよい」
 くるりと振り返り、弁天は5人を見回す。
「順番に、希望する幻獣を聞こうぞ」
「はい! 私はペガサスがいいわ。空を飛び回りたーい」
 勢いよく摩耶が手を挙げた。
「よろしい。ならばウマ吉がよいな。ウマ吉ー。ウマ吉はおらぬかー」
「その呼び方はやめてくださーい!」
 悲鳴と同時にすばやく扉が開き、華奢な黒髪の少年がころがりでてきた。少年は摩耶を見るなりさっと頬を染め、うやうやしく片膝をつく。
「初めまして、異世界の姫君。私はキマイラ騎士団のウラジーミル・マンスフィールドと申す者。祖国エル・ヴァイセに於いてはマンスフィールド男爵家の嫡男として」
「ごたくはいいから、さっさと元の姿にお戻り、ウマ吉」
 弁天に後ろから蹴りを入れられ、哀れな少年はかっくんと前につんのめる――かに見えた。しかし次の瞬間、軽く髪をひとふりし、彼は漆黒のペガサスへと変化を遂げた。
「どうぞお乗りください。貴女が目指す高みまで、どこまでも飛翔いたしましょう」
 摩耶が乗りやすいように、ペガサスは身体を傾ける。敏捷に飛び乗った摩耶は、左手でたてがみを掴み、右手で太陽を指さした。
「よーし。行けるところまで行くわよ、ウマ吉!」
「あのぅ。できれば違う愛称で……」
 ぼやきながらもペガサスは、せき立てられるままに、黒く輝く翼を広げる。舞い上がったその姿は、瞬く間に空にのみこまれ、黒い点となった。
「いいわねー、ペガサスも。でも私は、そうね、ケルベロスかオルトロスはいるのかしら?」
 しえるの言葉に頷いて、弁天はまたも怒鳴る。
「ポチー。ポーチポチポチ。娘御がお呼びじゃ。元の姿で出ておいでー」
「……弁天さま。私はポチではなくて、騎士ポール・チェダーリヤ……いやもう、どうでもいいですけれどもね」
 開いた扉の間からのっそりと現れたのは、世にも恐ろしい3つの首と蛇の尻尾を持った地獄の番犬であった。耳まで裂けた口からは、紅い炎がちろちろと伸び縮みしている。
 満足げなしえるはつかつかとケルベロスに近づき、言い放った。
「お手」
 ケルベロスは毒気を抜かれたように、素直に右前足を差し出した。
「おかわり」
 今度は左前足をしえるの手に乗せる。
「よしよし。今度はコレを取ってきて」
 庭園に敷かれた玉石をひとつ拾い、しえるは遠くに放りやる。きゃん、と従順に鳴いたケルベロスは素早く走り、真ん中の首でその石をくわえ、戻ってきた。
「よくやったわ。いい子ね、ポチ」
 ご褒美に頭を撫でられてケルベロスは陶然となり、3つの頭をかわるがわるしえるに擦りつけた。
 蛇之助は隣で、複雑そうな顔で立っている。それをちらっと見やり、ケルベロスは勝ち誇った声でおおーんと鳴いた。ご機嫌なしえるをはさんで、蛇之助とケルベロスの間にバチバチと火花が散る。
「……しばらくそうしておれ。さて次は、と。ん? どうしたシュライン」
 珍しくもシュラインは言いにくそうにもじもじしながら、弁天の耳に口を寄せた。
「青いハンサムさんや血染めの雪男は駄目かしら……?」
「何だそれは? 新手のなぞなぞか? これ蛇之助、おぬしわかるか?」
 ケルベロスを睨みつつ、蛇之助は答える。
「クッキー○ンスターと○ックのことではないでしょうか」
「版権モノじゃな」
「ですね」
「すまぬがシュライン。それは大人の事情により却下じゃ」
「そう言われると思ったわ。じゃあグリフォン。羽毛や毛皮がふもふもの子がいいんだけど」
「あいわかった。ぴったりのがおるぞえ。これ、フモ夫ー。ご指名じゃ」
「フモ夫はあんまりです弁天さま。私めは騎士団長ファイゼ・モーリス。自分で申すのもなんですが、美形揃いのキマイラ騎士団の中でもダントツの男前」
「それはどうだってよろしい。とっとと元の姿で出て来ぬか!」
 おそるおそる現れた幻獣は、頭と翼と前脚が鷲で胴と後ろ脚がライオンの――怪鳥グリフォンである。黄金色の大きな姿を見るなり、シュラインはためらうことなく駆け寄って抱きついた。
「きゃー。きゃー。きゃー。ふもふもしてるわー」
 狂喜したシュラインは、その羽毛に何度も何度もぽふぽふっと顔を埋めている。
 最初は困惑していたグリフォンも、やがてまんざらではなさそうに目を閉じた。
「あんなシュラインさん、見るの初めてです」
 みなもが目を丸くしながら、何枚か激写している。
「ふむ。クールな女の意外な一面というやつじゃな。さてみなも、おぬしはどうじゃ?」
「あたしは……。あの、女性の幻獣さんはいらっしゃいますか? 夢魔さんやスキュラさんやラミアさんみたいな」
「いるにはいるが。そのような者、呼んでどうする?」
「あの……」
 みなもは口ごもった。可憐な顔がみるみるうちに朱に染まる。
「男性とのおつき合いのことを、お聞きしたくて。どうやってお話したらいいのかとか……どうやって恋人をつくったらいいのかとか……あと……」
 消え入りそうな小声で、みなもは言った。
「お姉さまから聞いてきてって言われて……その……男の方との……(ピィ〜〜〜)のお話を」
「うむう。お茶目さんな姉上じゃの。性教育くらいわらわが請け負ってもよろしいが、希望とあらば色っぽい系の姐さん方を呼んでみようぞ。――アケミ! シノブ! ミドリ! 出てきやれ」
「アタシたち、そんな名前じゃないんだけどォ」
「でもさぁ、本当の名前はこの世界のひとには発音できないしね」
「やだーっ。このコかわいー。色しろーい。肌きれーい」
 薔薇の化身を思わせる美しい女たちが3人、扉から出てきた。むせかえるような花の香がぷんと匂う。
 赤い髪がアケミ、褐色の髪がシノブ、緑の髪がミドリ――らしいのだが、誰が夢魔でスキュラでラミアなのか判別がつかない。3人とも、胸回りと腰回りを申し訳程度の布きれで覆っただけの扇情的な姿である。
 彼女らは嬌声を上げてみなもを取り囲んだ。アケミがなまめかしい指先で頬を撫でれば、シノブが長い爪でそっと髪を梳く。ミドリに至ってはセーラー服がもの珍しいようで、襟を引っぱったり三角スカーフをほどいたり、あろうことかスカートをめくり上げたりしている。
「あ、あのっ。あたし、お聞きしたいことが」
 耳まで真っ赤になりながら、みなもは何とか彼女たちの手を逃れて身繕いした。ぴちっと居ずまいを正すと、ひとりひとりに深々と頭を下げる。
「ふつつかものですが、いろいろ教えてください。よろしくお願いいたします」
 アケミとシノブとミドリは顔を見合わせ、ぷっと吹き出した。
「真面目なのね。アタシたちも昔はこうだったわ」
「そうね。あのいけ好かない王子の後宮に召される前は」
「ろくでなし王子が光のドラゴンを味方につけたおかげで、今はエル・ヴァイセの王だなんて、世の中間違ってるわ。アタシたちはどさくさに紛れて逃げ出せたから良かったけど」
「ここへいらっしゃるまでに、大変なドラマがあったんですね」
 おっとりと言うみなもに、3人の姐御たちは肩を落として頷いた。
「そうなのよォ。エル・ヴァイセは、いいところも悪いところもある、まぁ普通の国だったのよ。事なかれ主義の王さまと、汚れ仕事を一手に引き受けてた宰相の『闇のドラゴン』とで、いいコンビネーションだったわけ。それがさぁ、光のドラゴンが妙な正義感に燃えて難癖つけてきてさぁ」
 しみじみした口調で、アケミが話し始める。
「長編ファンタジーみたいね。全部聞くと日が暮れそう」
 弁天の隣で、小夜子がぼそっと言う。
「おわっ。小夜子。おぬしいつからそこにいた」
「かなり前から。弁天さま、私のこと忘れてたでしょ」
「い、いや、そんなことはないぞえ」
「じゃあ、どうして私は後回しなの?」
 弁天は渋い顔になり、天を仰いだ。
「おぬしが……その、なんだ、爬虫類系の幻獣を指名しそうな気がしてのう」
「よくわかったわね。私、ヘンに懐いてくるほ乳類より、クールな爬虫類の方が好きなのよ」
「――まさか、ドラゴン……を希望したりとかは……」
「ああ、それそれ。ドラゴン! いいわね!」 
 小夜子にきっぱりと宣言され、弁天は嘆息した。
「ハナコ……。この娘御がドラゴンをご指名じゃ」
「わを!」
 いつの間にか、みなもと一緒にアケミとシノブとミドリの身の上話に聞き入っていたハナコは、不意を突かれたふうに、ぴょんと立ち上がった。
「ドラゴンったら、彼しかいないよねぇ弁天ちゃん」
「うーむ。眠り続けているデュークを起こすようじゃな」
「じゃ、ちょっと待っててね、小夜子ちゃん」
 とことこと何処かへ姿を消したハナコは、大振りの剣を携えて帰ってきた。
「じゃあ、はいこれ。『陽光の聖女の剣』だよ。光のドラゴンが擁した乙女、聖女マリーネブラウの愛剣で、闇のドラゴンがここに逃げて来たとき尻尾に刺さってたの」
 訝しげに受け取った小夜子をいざなって、弁天とハナコは城の裏手へと回る。
 ――そこには。
 黒い鱗をきらめかせた小山のように巨大なドラゴンが、丸くなって眠っていた。
 険しい顔の中心にあるのは、ひとつだけの、閉じられた瞼。
 ぐごーぐごーといびきをかくたびに、地面にぶるぶると振動が走る。
「一つ目のドラゴン、なのね」
 小夜子は小さく呟いた。
「これが闇のドラゴン、デューク・アイゼン公爵じゃ。戦いの疲れと傷を、ここで癒しておる」
「そんな幻獣を、私が遊ぶために起こしちゃっていいの?」
「……少々不安は残るがの。たまには気分転換も必要じゃろう。異世界の娘御に愚痴でもこぼせば気も晴れようて」
「そう……。じゃ、遠慮なく」
 鋭い切っ先を、小夜子は見つめる。
「あのね。その剣の先っぽを使ってつんつんしてね。それだけで起きるから。間違っても、ざっくりやっちゃだめだよ」
「え?」
 ハナコの助言は遅かった。その時すでに、小夜子は剣を振り上げて―― 

ざっくり。

 ――かくして。
 その後の阿鼻叫喚は言うまでもない。
 聖女の剣に切られて目覚めた闇のドラゴンは我を失って大暴れし、それをなだめるまでに、ペガサスケルベロスグリフォン夢魔スキュララミア蛇之助ハナコ弁天が総掛かりで、約3時間半を費やす羽目となったのである。

ACT.4■EPILOGUE

「みんなー。おつかれさまぁ。ほらほら、弁天ちゃんのおごりだよ。どんどん食べて」
 庭園の芝生の上で車座になった一同に、ハナコは井の頭公園近くの名店『いせや』の焼き鳥を配った。
「でもさぁ。何で焼き鳥なの? 美味しいケド」
 摩耶がほおばりながら尋ねる。隣で翼をたたんでいるペガサスは、手ずからひと串食べさせてもらって幸せそうであった。
「わらわが食べたくなったのじゃ! まったく、ロマンチックな合コンを開催するつもりがとんだドタバタじゃ!」
 ぷりぷり怒りながら、弁天はがつがつと何串もたいらげている。
「あら、十分合コンを堪能してるわよ。ところで蛇之助、この前送ったワインどうだった?」
「あの、それが……」
 しえるに聞かれ、蛇之助はうらめしそうに弁天を見る。弁天は知らん顔で、グリフォンに「食べるか?」などと軟骨を差し出し、グリフォンは「共食いになりますから……」とかぶりを振っている。
「ははん。飲めなかったのね。じゃあ、また送りましょうか? ――そうだ、いっそ遊びにいらっしゃいよ」
「あそ、遊びにっ! し、しえるさんのところへですか! そそそれは、もももちろん」
 声をうわずらせた蛇之助に、ケルベロスが横やりを入れる。
「その節は、私めも是非」
「あっはっは。それもいいわね。楽しそー」
 しえるを挟んで、またも蛇之助とケルベロスはぎらっと睨み合った。
 その様子を眺めつつ、シュラインが言う。
「弁天さまの縁結びに説得力がないのは、独り身だからじゃないの? 仲人さんて、普通夫婦でしょ?」
 シロモツをごっくんと呑み込んで、弁天は咳き込んだ。
「そ、そういうものか? ふぅむ、今後の課題として考えておこう」
「よかったら、汚名返上の方法を占ってあげてもいいわよ」
 小夜子は焼き鳥を串から外し、ぐったりと寝そべっている闇のドラゴンの口を無理に開けて、中に放り込んでいる。彼女なりの親切のつもりなのだろうが、ドラゴンはちょっとありがた迷惑気味である。
 ちなみに小夜子が剣でつけた傷は、狭間から召還した薄羽蜻蛉が治癒能力を発揮したため、完治していた。
「そうか。おぬしは占い師であったな。ぜひ占っておくれ」
「まかせて。最近、十八星座占いに凝ってるの」
「……む? 変わっておるの。普通は十二星座であろう。蛇遣い座を入れて十三星座というのなら聞いたことがあるが」
「私が考案したの。だって十二星座じゃうまくいかないんですもの」
「何じゃそれはー! ええい、おぬしには頼まぬ」
 両手に握りこぶしを作って肩を怒らせた弁天に、みなもがカメラを向ける。
「弁天さまー。今のポーズいいですー」
「みなも、その写真機……? だっけ、貸して。アタシが撮したげる。片っ端からみんなと並んで」
 デジカメを手にしたアケミは、なかなか堂に入った撮影ぶりである。楽しげにシャッターを切っていたが、ファインダー越しに摩耶を見た瞬間、まぁぁと感嘆の声を上げた。
「わァ、ちょっとあなた何者? その肌、完全無欠じゃなァい。どこかの後宮にいるの?」
「あはは。そうかもね。120分約10万円の、ひとときの恋人たちがひしめいている後宮ね。大人の事情でテイクアウトは禁止だけども」
「これ摩耶。仕事とプライベートは別物であろう。運命の恋を探したくなったら、いつでもわらわを頼るが良いぞ」
「……めげない神さまねぇ」
 摩耶が肩をすくめる。
「はいー。まだまだ焼き鳥残ってるよー。どんどんどうぞー。……あれ? シュラインちゃん? どした?」
 大盛りの焼き鳥をのせた皿を抱えて飛び回っていたハナコは、はたと足を止める。
 シュラインが深刻な顔で、闇のドラゴンを見つめていたのだ。ドラゴンは先刻から眠気と闘っているらしく、しきりに一つ目を開けしめしている。
「ハナコさん。ひとつ、なぞなぞを言っていいかしら? 私にも、答がわからないんだけど」
「うん、いいよ」
「みんなも聞いて。わかったら教えてね」

 *                *
 
「一つ目さんのウィンクと瞬きの違いは何かしら?」

 *                *

 シュラインが放った難解な謎に、その場にいた全員が硬直する。
 ……誰からも、返答はなかった。

 ホー、ホケキョ。ケキョケキョ。
 気の早すぎるウグイスが、どこからか声を響かせた。
 井の頭公園の春はもう近い――のかも知れない。
 
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13/中学生】
【1979/葛生・摩耶(くずう・まや)/女/20/泡姫】
【2617/嘉神・しえる(かがみ・しえる)/女/22/外国語教室講師】
【2716/武田・小夜子(たけだ・さよこ)/女/21/大学生・占い師】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、神無月です。
今回は皆さまのなぞなぞに、大変楽しませていただきました!
楽しいあまりにまたもや長文に……(バタッ)。

□■海原みなもさま■□
ご参加ありがとうございます〜。
癒し系のみなもさまには、幻獣一同、ご相談にのれるどころか反対に癒していただいてしまったようです。お姐さまズのセクハラをものともしない清純さに惚れ惚れいたしました。

これに懲りずに、いつかどこかで、またお会いできますように。