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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


鬼龍の里にようこそ

【オープニング】

「鬼龍の里……誰を取材に行かそうかしら」

 と、碇麗香が、本日数度目になる溜息を、また漏らした。
 編集長の椅子に浅く腰掛け、形の良い足を組み、片肘は机に乗せて、中途半端に頬杖を付き……ちょっと小首を傾けて窓越しに曇り空を見上げる姿など、どこぞの雑誌の美人写真集にそのまま売り込めるほど、実に、アンニュイな雰囲気を醸し出している。
 もっとも、その姿に見惚れることの出来る人間は、実は、アトラスの実態を知らない者だけに限られるのだが。
 碇麗香は、鬼である。
 少なくとも、ここに籍を置く某平社員は、そう確信している。
 もちろん、面と向かって、それを言えるはずもない。心の奥底で、ばれないように、こっそりこっそりと、主張するのみである。
「三下!」
 不機嫌も顕わに呼びつけられ、某平社員こと三下忠雄は、端で見ていて哀れになるほど、飛び上がった。
「はいぃぃ……」

 ああ、また、自分が、訳のわからない取材に行かされるのだ。
 何て言った? 鬼龍の里? 鬼と龍?? 名前からして、得体が知れない。何だか、和風な化け物がウヨウヨといそうではないか!
 怖いよぅ……。

 三下は、今まで願いを叶えてもらった試しのない神様に、人生何万回目かのお祈りを、懲りもせずに、捧げてみた。
 でも、また、行かされるんだろうな…………きっと。
 諦めモード満載で、がっくりと項垂れた時、不意に、麗香の優しげな声が、頭の上に降ってきた。

「そんなに嫌なら、今回は、行かないで良いわ。三下くん」

 初めて、お祈りが通じた一瞬。
 碇麗香の背後に、間違いなく、後光が差して見えた。

「編集長ぉぉ……」

 他のバイトやら暇人やらを数人呼びつけて、碇麗香が、彼らに、取材の内容を伝え始めた。

「古い伝統文化を大切にしている里でね。そこの人々の素朴な暮らしぶりや、伝わっている伝説なんかを、取材してきて欲しいの。完全に自給自足の村だから、あらゆる物を、自分たちの手で作り上げているらしいわ。染め物、機織り、陶芸、刀鍛冶……。温泉もあるんですって。ちょうど里の重要な祭りも終わって、村人たちにも時間が出来たから、ゆっくりおくつろぎ下さいって、里長が言っていたわ」

 その里長ってのが、これまた清楚な美少女なのよね〜。
 碇麗香の話は続く。
 三下は、自らが、騙されたことを知った。
 そう。
 今回の取材は、幽霊取材ではないのだ。
 古き遺産、伝説の探索。探求。
 素朴な里人たちとの、交流。
 聞けば聞くほど、羨ましい。羨ましすぎる!

「編集長…………ぼ、僕も……」
「馬鹿言ってないで、使い物になる原稿の一つでも、さっさと仕上げて来なさい」

 下っ端の意見は、あっさりと、却下された。
 ご愁傷様である。





【いざ出発!】

「完璧か?」
 御崎月斗が聞き、
「完璧だ」
 守崎啓斗が、得意そうに胸を張る。
 四泊五日の旅行道具一式が詰まった鞄を改めて背負い直し、まだ朝靄の漂う早朝、無人の駅で、二人は大きく頷き合った。
「お互い、弟のことでは、苦労するよなぁ……」
 今回の課題は、如何にして目敏い弟たちを出し抜くか、それこそが一番の焦点だった。
 鬼龍に行く、と言ったが最後、連れてけ俺もと、大騒ぎをするに決まっている。連れて行ってやりたいのは山々だが、はっきり言って、鬼龍は遠い。そこに行き着くまでの旅費が、かなり馬鹿にならないのだ。
 あてにしていた碇麗香からは、「一人分しか出さないわよ」と、血も涙もないお達しを頂いた。貧乏な高校生と小学生に奉仕してやろうという気は、美人の鬼編集長には、さらさら無いらしい。まさかお御足に縋り付いて泣くわけにもゆかず、結局、取材費のほとんどは自費となったわけである。
 と、いうわけで、守崎家と御崎家の長男は、執拗な追尾追跡の手を逃れ、列車に飛び乗った次第であった。
 上手くいった、と胸を撫で下ろしたのも束の間、がら空きの車両の席に腰を下ろし、足を伸ばした途端、「あ〜に〜き〜つ〜き〜と〜」という、世にも緊迫感のない声が、二人の背後に迫ってきた。
「ま、まさか……」
「ふっふっふ。俺を出し抜こうなんざ、十万年早いぜっ!!」
 列車には、家に置いてきたはずの、守崎弟がいた。
 どんな手段を用いたのかは甚だ謎だが、ともかく、お荷物は来てしまったのだ。
 親友二人、愕然と顔を見合わせる。特に守崎兄は衝撃が大きいようだった。コイツがくっついてきたら、また、食費が修理代が迷惑料が……と、一瞬のうちに、かかるお金を頭の中にはじき出す。
 最近、特に世知辛くなっているようで、何やら自分が悲しいが、仕方ない。
 本当に守崎家は貧乏なのだ。
 火の車を猛スピードで走らせる、この、脳天気な弟がいるせいで……。
「くそ。尾行されていたのか……」
 月斗が本気で悔しがる。守崎兄ならともかく、弟の方に出し抜かれるなど、彼にとっては、前代未聞の大失態だった。
「気配はしなかったんだがな……」
 啓斗も首を捻る。
 弟の下手くそな尾行なら、一分で見破る自信が、彼にはあった。
「ふっ……。俺の方が、兄貴より、月斗より、五枚も上手だったのさ」
 まさか、御崎家の純粋培養された末の弟を利用……もとい、弟に協力してもらって、超能力で、発車寸前の列車の前に飛ばしてもらった、なんて、口が裂けても言えるはずがない。
「まぁ、仕方ない……。今回だけは……」
 寛大な兄に免じて、同行を許された、守崎北斗。
 鬼龍の里で、羽目を外して酔っぱらい、事実を何もかも暴露して自らドツボにはまる運命が待ち受けていようとは…………夢にも思わない幸せな少年が、ぴょんと元気良く飛び跳ねた。
「うっしゃーっ! 腹一杯食うぞーっ!!」
 だから、お前は、それしか考えていないのか。
 虚しい兄の突っ込みが、弟の耳に届く日は……永遠に来ないのかも知れない。





【呼び声】

 鬼龍の里は、あの時から、何も変わっていなかった。
 相変わらず、平穏で、平和だった。都会の喧噪に慣れた身には、退屈すぎるほどに、全てが、外界とは隔てられた時の中に、ひっそりと息づいている。
 守崎家兄弟にとっては、馴染んだ田舎の光景に違いない。
 だが、御崎月斗にとっては、初めて訪れる場所だった。見覚えがあるはずがないし、ましてや懐かしく感じる道理もない。
「でも……」
 頭ではなく、体に刻まれたような、不思議な記憶。いつか、どこかで、この光景を見たような気がしてならない。
 理屈ではあり得ないと知ってはいるのに、心が勝手に反応する。
 土の恵みに、空の色に、月斗の中の黄龍が、歓喜の咆吼を響かせる。

「黄龍……お前、なのか?」

 惹かれるように、歩く。
 里に着いたら、珍しい工芸でも覗くつもりだったのに、全てがどうでも良くなっていた。

 行かなければ。

 呼んでいる。呼んでいる? 誰が?
 
 おいで。

 ああ…………また、声が、聞こえる。

 気の遠くなるような急な石段を上りきると、その上は、巨大な社になっていた。
 柱は、そのどれもが、年輪を重ねすぎて、黒々と濡れたように輝いている。釘は一切使わず、一寸の歪みも許されぬ精緻な宮大工の手法により、建てられていた。
「すげ……」
 圧倒的な質量が、目の前に迫る。
 暑くもなく寒くもない、過ごしやすい気候のはずなのに、掌にじっとりと汗を掻いていた。
「入っても……いいよな?」
 重い観音扉を、押し開ける。
 まずは靴を脱いだ。靴下も取った。土足で踏み込むことが、絶対に許されないような気がしたのだ。素足に触れる古木の感触が、心地よかった。ふと、強い視線を感じて見上げると、天井に…………龍がいた。
「あ……!?」

 違う。
 龍の絵だ。
 まるで、生きているような。
 そのまま、動き出してしまいそうな。
 
「龍……龍の社か。ここは」
 だから、黄龍が、反応したのか?
 いつもは目覚めさせるのが恐ろしくて溜まらない内なる同胞が、今は、どれほどのものにも、感じられない。枷を外し、鎖を切っても、何も変わらない、変わるはずがないと、心の底から確信できる。
 頭を押さえ込むような束縛感から、開放される。無数に走る天河地脈と一つになって、意識が無限に広がって行くような、その感覚。



 自由。



 その後に何があったのかは、月斗には、よくわからない。
 何となく、建物の外に出た覚えがある。
 緑の梢が誘っているように見えて、境内で一番大きな樹の根元に、腰を下ろした。
 母親の懐に抱かれているような、どうしようもないほどの安堵感。眠りに引き込まれる寸前まで、眠りに引き込まれた後も、月斗は、ずっと、心地良い夢の中を、泳ぐように微睡んでいた。

「月斗!」

 起こしに来たのは、守崎啓斗。
 はっとして起き上がった月斗の瞳が、黄金色に輝いていたことに、むろん、気付かないはずがなかった。

「どうしたんだ?」
「夢……」
「夢?」
「龍の」
「龍?」

 啓斗が、庭を見回して、ああ、と頷く。
 遠くに、石造りの龍の置物があった。ここは、きっと、龍を祀っている社なのだろう。
「龍の社……か」
 啓斗が、社の戸に手をかける。開けようとしたが、内側に閂でも下りているらしく、扉はびくともしなかった。
「鍵がかかっているみたいだ。開かないな」
「鍵?」
 そんな馬鹿な。
 月斗が、弱々しく首を振る。
 鍵がかかっているはずがない。
 建物に入った時、月斗はちゃんと確かめたのだ。

 扉には、鍵が、付いていなかった……。

「帰るか」
 月斗が、さっと立ち上がる。
 何だか、急に、おかしくてたまらなくなった。
「鬼龍……鬼と龍の里か」

 何かが居る。
 何かが在る。
 鬼か。龍か。
 あるいは、それに姿を借りた、もっと大きな、意思か。

「悪くない……ここは」





【魔の山の鍛冶師】

 鬼龍は、技術者たちの集まりなのだ。
 一人一人が、何らかの伝統的な技を、必ず引き継ぐ。それは、鍛冶であり、陶工であり、細工であり、染め物でもある。織物の術は、鬼龍の女なら、誰もが当たり前の知識として、持っている。
 鬼龍が自給自足の生活を続けてきたのは、煩わしい掟や伝統に囚われてきたからではない。外に求める必要がないからだ。
 常に、自然の恵みが、共にある。原始の生き方に、身を委ねる。
 それが、正しい姿かどうかは、わからない。
 変化を拒むつもりはない。停滞を尊ぶつもりもない。去る者は追わないし、求める者は受け入れた。それでも変わらずに続いてきたのは、この場にこそ、彼らの原点が、明らかに存在しているから。

 里で一番の鍛冶師と、自他共に認められるのは、流(ながれ)という名の、まだ若い刀工だった。職人たちは、得てして全員が無愛想で頑固だったが、中でも彼は群を抜いているという。
 せっかく尋ねてみたところ、肝心の刀工は留守だった。しかも、たった今家を空けたわけではなく、もう何日も戻っていないらしいのだ。
「何処行ったんだ?」
 守崎北斗が、面白くも無さそうに、兄を振り返る。聞かれたところで啓斗に答えられるはずもなく、ただ、肩を竦めるばかりだった。
「元々、鬼龍は、宣伝を目的に取材を受けるような村々とは、訳が違う。職人たちにしてみれば、愛想良く、訪問者を待ってやる義理もないのだろう」
「俺たちの小太刀、鍛え直してもらいたいんだけどな……」
 技を見るだけなら、誰でも良い。だが、守崎兄弟の場合、自分たちが愛用している武器を託すのだから、やはり、鬼龍が誇る最高の技術者に仕上げてもらいたい、との想いがある。

「流は……まだ、戻ってはおりませぬか」
 様子を見に来た里長が、連れの男を振り返った。男は、采羽(さいは)と短く名乗ると、ああやっぱり、とでも言いたげに、溜息を一つ吐き出した。
「恐らく、まだ、魔の山にいるのでしょう。織張金(オリハルコン)の精製は、あの山の炎でなくては叶いませぬ故」
「困りましたね……。何とか、戻って来てもらわないと……」
「それは難しいです。何しろ、一端作業に入ってしまったら、隣に落雷があっても気付かないような男ですから……」
「お客様が来ると、伝えておきましたのに」
「それを律儀に覚えているような彼ではありませんよ」
 諦めかけて、他の鍛冶師の元に足を運ぼうとした時、遠くに、ぽつりと、人影が浮かび上がった。
 既にかなり日も落ちて、視界は暗い。それが誰かを確かめるのは、至難の業だったが、神の眼を持つ里長には、全てが見えているようだった。

「流です」

 では、約束を覚えていて、戻って来てくれたのだ。
 ほっとしたのも束の間、刀工は、家の前にたむろしている面々を、いかにも不審そうに一瞥し…………あまりと言えばあまりな一言を、悪びれる風もなく、口にしたのだった。
「何だ。真名。こいつらは」
 どうやら、綺麗さっぱり、脳から客人の存在を閉め出していたらしい。
「いえ、あの……。今日、お客様が尋ねてくるからと、伝えておいたはずなのですが……」
「あの話なら、他を当たれと言ったはずだ。鬼龍には、俺以外にも鍛冶師は数多いる。もっと客あしらいの上手い奴に任せるんだな」
「こちらのお二人は、鬼龍の最高の技を見に、わざわざ東京よりお出で下さったのです。流……この鬼龍に、あなたを越える刀工が、他におりますか?」
「面倒は御免だ」
 身も蓋もない返答をして、刀工が、さっさと家の中に入ろうとする。ふと足を止めたのは、そこにいたのが、過ぎし日の祀儀で舞師を務めた、守崎兄弟だったからに他ならない。
「……あの時の」
 啓斗が、鍛冶師の前に進み出た。
「俺たちの小太刀を、鬼龍の最高の鍛冶師に、鍛え直してもらいたい」
 無銘の刃は、かなり使い込まれていた。滅ぼした人と魔の鮮血を啜り、目には見えぬ無数の傷を抱えて、随分と、痛めつけられているようにも見えた。

「…………酷使したものだな」
「たぶん、もっと、手酷く痛めつけることになる」

 止まれないから。
 止まれないなら、まだ、走り続けるしかないから。

「だから…………だから、もっと、強く。……鋭く!」
「貸してみろ」
「直してくれるのか?」
「業物の刃と、その使い手には、俺は、鬼龍の内外を問わず、敬意を払う。お前たちが帰るまでには、仕上げておいてやろう」
「どうせなら、その、織張金って奴で……がほっ!」
 余計な口を挟んだ北斗の腹を、目にも止まらぬスピードで、啓斗の肘が捉えた。
「この馬鹿は、いないものと見なしてくれ」
「……わかった」
「ひっでぇ…………鬼兄貴」
 どかっ。
 もう一発、今度は脳天に命中して、北斗はあえなく昏倒した。
 




【温泉で一休み】

 ゆっくり風呂に浸かりたい、と月斗が言うと、里長が、小さな露天風呂の在処を教えてくれた。
 こじんまりと家族で浸かるような規模のもので、先客として、狸がいた。北斗がすっかり喜んでしまい、一生懸命、狸に餌付けをしていたのが、月斗には、狸の存在そのものよりも、正直、面白かった。
「弟たちがいたら、大騒ぎだったろうなぁ……」
「うちの大猿一匹の代わりに、月斗の弟たちを、連れてきてやりたかったよ……」
 本気で言っているから、守崎家の兄貴は怖い。実の弟より、他人様の弟の方が可愛いのだ。
「猿が狸に餌付けしているのか……何というか……」
「あ。猿が狸に負けた」
 あまりにしつこくて、狸に嫌われたらしい。
 餌だけとられて、太い尻尾で殴られた北斗が、ふてくされて湯に潜った。
「おーい。のぼせるぞ」
 兄が、一応、忠告する。心配しているわけではなく、こんな所で、湯当たりで倒れられたら迷惑と思っただけである。
「今、俺は、猛烈に傷ついてんの!」
「狸にふられて?」
「そりゃ一大事だ」
「ほっとけ!」
「ほら。北斗。さっさとあがるぞ。温泉に入ってサッパリしたら、里長が、里の滋味と地酒を用意して待っていますって、言っていたからな」
「行く行く行く!!」
 守崎家の弟が、元気良く露天風呂を飛び出して行った。あっという間に見えなくなった背中に、今に始まったことではないが、啓斗が、切なく吐息を漏らした。
「どうして、うちのは、ああなんだ……」
「まー。罪が無くていいんじゃないのか?」
「罪も無いけど、頭も無いだろ。あれじゃ……」
「フォローのしようがないぜ……」
 きゃあぁぁぁ、と、突然、甲高い悲鳴が聞こえてきた。
 残った啓斗と月斗は、何故か、反射的に生命の危険を感じ、その場に身を潜めた。
 この判断が正しかったことを、後に、一時間も経たないうちに、知ることになる。
 すぐ側の露天風呂に、石和夏菜が入っていたのだ。そこにまた、実に都合良く、丁度良く、北斗が現れてしまったわけである。

「だから! あれは不可抗力で! 覗いたわけじゃねぇってば!!」
「黙れこの変態弟! 婦女子の風呂を覗くなんて、俺はお前をそんな風に育てた覚えは断じて無い!!!」
「ちーがーうー!! って言うか見てないで助けてくれよ月斗―っっっ!!!」
「フォローのしようがないぜ……」

 鬼龍滞在一日目からして、こうである。
 先行き不安な彼らの旅は…………まだ、始まったばかり。

「そういや、この間の依頼でも、男同士でキスしてたって言うし……やっぱ北斗、変態かも」
「うわあぁぁぁーっ! 月斗!! 人が一生懸命忘れようとしている生々しい記憶に、頼むから、塩をすり込むのは止めてくれ!!!」
「忘れようとしていたのか……」
「まぁ、初めてじゃないだろうし、いいんじゃないか? 犬に噛まれたとでも思えば」
「思えるかっ!! 月斗!! お前、自分がされたら、犬に噛まれたって思えるか!?」
「みすみすされるほど、俺は間抜けじゃねーしな」
「どちくしょーっっっ!!!」
「我が弟ながら…………哀れになるな……」

 守崎北斗の受難は続く……。





【前夜】

 鬼龍の里の、狭い畦道を縫うようにして、人影が、歩く。
 一つ、二つ、と、確実に、影の数が増えて行く。
 厚い雲に翳る儚い朧月が放つ、わずかな光も避けるようにして、影は、やがて、一つ所に集まった。聳え立つように上へ上へと続く階段を登り切ると、そこには、黒光りする社があり、彼らは躊躇う様子もなく、中へと踏み込んだ。扉を閉めた。
 静寂が、濃く、重く、色を落とす。
「この鬼龍に、また、外の人間が来る」
 唐突に、口を開いたのは、老人。
 集まっている者たちの中では、群を抜いて、彼は、年老いていた。いかにも厳格そうに引き結んだ口元を、怒りとも嘲りともつかぬ強烈な負の感情が、小刻みに震わせている。
「あの娘は、この鬼龍の伝統を、ことごとく汚す気か」
「元来、外の者には見せてはならぬ仕来りの祭儀を、ああも簡単に、開放したからな」
 また別の里人が、肩をすくめる。仕方ない、と、彼は言った。
「あの雁夜(かりや)の、妹だ。素直に見えて、実に反抗的だ。内心、壊れてしまえばよいと、考えているのやも知れぬ。神官の家系に生まれた者の、これは、いわば、宿世だな」
「壊れてしまえばよい、か。恩も忘れて、よく言った」
「私が言ったわけではない。さて、それよりも、客人たちはどうする?」
「一人、二人、来た時と帰る時の人数が違えば、もう二度と、ここに来たいなどとは思わぬだろう」
「それは面白い」
 影たちが、笑った。笑ったが、声はない。無音のまま、唇だけを歪めるような、奇妙な笑い方をした。
 それで良い。通夜よりも陰気なこの場に、明るい声は似合わない。陽気な殺意など、不気味なだけだ。
「この鬼龍を守るためだ。我らに間違いはない」

「そうかな?」

 どん、と扉を蹴破る音がして、全員が、はっとそちらを見た。
「流(ながれ)!」
「やれやれ。愚鈍な長老方が、何やらコソコソと集まっているかと思ったら。客人たちに悪ふざけの相談か。この郷の古狸は、よほど、外の世界が嫌いと見える」
「お前……いつ、東京から」
「ついさっき」
 流、と呼ばれた男は、里人ではあるが、里に半永久的に住んでいるわけではなかった。とうの昔に鬼龍を出て、今は、日本の数多ある都の中では最も乱雑な不夜城に、紛れるように住んでいた。
 故郷にたくさんの客が来る、と聞いて、大急ぎで戻って来たのだ。くだらない事を画策する輩が、一見平和に見えるこの里にも、獅子身中の虫のように蔓延っていることを、彼は、本能でちゃんと知っていたわけである。
「俺だけではないぞ。長老方。采羽(さいは)も戻ってきている。それに、この里では、所詮、あんたらは少数派だ。里には、外の人間に好意的な者の方が遙かに多いのだからな」
「邪魔する気か」
「当然だろう。そのために、わざわざ東京から戻ってきたんだ。俺も、采羽も、決して暇な身ではないというのに」
「鬼龍を見限り、勝手に出て行ったお前たちが、何を今更!」
「見限ったわけではないさ。ここは、俺の故郷だ。たとえ、一年の半分以上は、住んでいなくとも」
「裏切り者!」
「人聞きの悪い。俺は変化には抗わないだけだ。それこそ、神の意志とやらだろう?」
「神を騙るか。お前が。鬼龍に生まれながら、神を信じたこともない、お前が!」
 馬鹿が。
 流が呟く。いよいよ月明かりも消えて真の暗闇となった空間に、乾いた笑い声が、響いた。
「教えてくれ。長老方。神とは何だ。ただ自由でいたい者を、縛るだけの存在か」
「流!」
「今回は、諦めることだな。鬼龍の客人は、鬼龍の美しい部分だけを見て、満足して帰るんだ。お前たちの悪趣味な悪戯は、ことごとく失敗に終わる。忘れるな。里長は真名だ。お前たちじゃない。くだらん手出しをしてみろ。鬼龍の太刀方(戦士)の名にかけて、誓って、貴様らを皆殺しにしてやるからな!」
 扉が、閉まった。来た時と同じく、耳を塞ぎたくなるような、大きな音を立てて。

「くっ……。あれが、この鬼龍の鍛冶師の筆頭とは」
「今回は、見合わせよう。奴のことだ。本当に、何をするかわからぬ」
「どのみち、奴には、時間がないしな」
「ああ……そうだ。そうだった」
 影たちが、笑った。今度は、声のある笑い方だった。

「鬼龍の筆頭鍛冶師で、三十歳まで生きながらえた者は、いない。どうせ、流も、あと五、六年で、いなくなる運命だ……」





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
参加PC様
【0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま) / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務所】
【0381 / 村上・涼(むらかみ・りょう) / 女性 / 22 / 学生】
【0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと) / 男性 / 17 / 高校生(忍)】
【0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと) / 男性 / 17 / 高校生(忍)】
【0778 / 御崎・月斗(みさき・つきと) / 男性 / 12 / 陰陽師】
【0921 / 石和・夏菜(いさわ・かな) / 女性 / 17 / 高校生】
【0992 / 水城・司(みなしろ・つかさ) / 男性 / 23 / トラブル・コンサルタント】
【1294 / 葛西・朝幸(かさい・ともゆき) / 男性 / 16 / 高校生】
【1548 / イヴ・ソマリア(いう゛・そまりあ) / 女性 / 502 / アイドル歌手兼異世界調査員】
【1582 / 柚品・弧月(ゆしな・こげつ) / 男性 / 22 / 大学生】
【2194 / 硝月・倉菜(しょうつき・くらな) / 女性 / 17 / 女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒)】
【2226 / 槻島・綾(つきしま・あや) / 男性 / 27 / エッセイスト】
【2489 / 橘・沙羅(たちばな・さら) / 女性 / 17 / 女子高生】
【2528 / 柏木・アトリ(かしわぎ・あとり) / 女性 / 20 / 和紙細工師・美大生】
【2575 / 花瀬・祀(はなせ・まつり) / 女性 / 17 / 女子高生】
【2648 / 相沢・久遠(あいざわ・くおん) / 男性 / 25 / フリーのモデル】
NPC
【0441 / 鬼龍・真名(きりゅう・まな) / 女性 / 16 / 神官】
【0977 / 鬼龍・流(きりゅう・ながれ) / 男性 / 24 / 刀剣鍛冶師】
【0978 / 鬼龍・采羽(きりゅう・さいは) / 男性 / 25 / 奏者】

お名前の並びは、番号順によります。
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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ソラノです。
総勢十六名の多人数ノベル、やっと完成しました。
人数が人数なので、必ずしも、皆様の希望が100パーセント取り入れられているわけではないことを、まずは、お詫びいたします。
ただ、現段階の私の持てる力で、精一杯、書かせて頂きました。
途方もなく長くなっている方もいます。まとめ能力のない未熟なライターで、申し訳ありません。

基本的に、プレイングの内容、雰囲気を、重視しました。
純粋に、知人同士で小旅行を楽しみたい方は、グループノベル形式で、終章【前夜】を覗いて、明るい雰囲気を目指しています。
一方、プレイングに、
・ 里長や鬼龍の職人と話す
・ 鬼龍の神や精霊に歌や祈りを捧げる
・ 鬼龍の社、神木が気になる
等、鬼龍に関する事柄を書いて下さった方のノベルには、NPCが登場したり、鬼龍ならではの何らかの不思議現象を目にしたりと、少し、内容が突っ込んだものになっています。(中には、NPCとのツインノベル形式になっている方もいます)
NPCが登場すると、話を進めやすいので、つい長くなってしまいます。その分、読みにくいかも知れませんが、どうかご了承下さい。

あと、色の話です。
すみません。お土産を、と考えていたのですが……これ以上長くするわけにはいかないと、削ってしまいました。
今後、依頼文等でお見かけすることがありましたら、何かの折に使わせて頂こうと思います。

それでは、今回、鬼龍の里へいらして下さった皆様、本当にありがとうございます!
里長一同、心よりお礼を申し上げます♪