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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇風草紙 〜休日編〜

□オープニング□

 僕はどうしてここにいるんだ……。
 逃げ出せばいい。
 自分だけ傷つけばいい。
 そう思っていたのに――。

 関わってしまった相手に心を許すことが、どんな結果を招くのか僕は知っている。
 なのに、胸に流れる穏やかな気配。
 僕は、僕はどうすればいいんだろうか?
 今はただ、目を閉じて声を聞く。
 耳に心地よい、あんたの声を――。



□賑やかな感傷と夕日 ――伍宮春華

 目の前にドンと音を立てて置かれたのは、大きなカップ。黒いそれにはアルファベットが描いてある。
「……これは?」
「もちろん、コーヒーだぞ! この間飲まずにいなくなった分も入れてるからな」
「これ……多いのか?」
 確かに幾分か器が大きい気もするが、大体にしてコーヒーというものが普通どのくらい飲むものなのかが分からない。
「バッカだなぁ……くくく、やっぱ未刀は面白いぜ」
 僕の頭の中は疑問符だらけだった。なぜ笑われるのか、理由がよく理解できない。とりあえず飲むように勧められるので、カップを手に取り口を近づけた。
「に、苦い!! ――これ飲み物なのか?」
「あっははは!! だろ、だろ〜? 俺も初めておっさんに飲まされた時は、『毒殺される〜』と思ったもんだよ」
「あんたも知らなかったのか、コーヒーが苦いこと……?」
「ん? ああ、俺は妖――いや、おっさんと住むまで飲んだことなかったからな」
 彼は不自然に言葉を止めて言い直し、すぐに美味しいと思うようになると諭された。渋面していると、伍宮がニッカリと笑って声を上げる。
「な、どっか遊びに行かねぇか!! 未刀は行きたいとことかねぇの?」
 唐突だった。
 僕は会話の展開の早さについて行けず、カップを置こうとした手を思わず止めてしまった。
「……遊びに? …いや、僕は別に」
「そう言うなって! ――あっそうだ、遊園地にしよう!! 絶対楽しいって。遊園地知ってるか?」
 首を横に振った。伍宮はごく満足そうに笑むと、遊園地という場所の詳しい説明をしてくれた。その内容は驚くばかり。

 ――娯楽のためだけの場所があるなんて……。遊ぶことなど許されなかった。
    僕をいつも待っていたのは、剣と暗い地下室だけ。

 驚愕する暇も与えず、彼はどんなにそこが楽しい場所なのかという説明に余念がない。そんな様子を見ていると、伍宮とふたりで遊園地という場所に行ってみたくなった。自然と体が乗り出していたのかもしれない。
 伍宮は肯定することを前提として、言葉を締めくくった。
「――ま、とにかく、色んなモノがあって楽しいんだぜ。な、行こう。決定!」
「あ……ああ」
「おっさん! 遊園地に送ってくれよな。今日、用事ないんだろ!?」
 頷き返すと、伍宮は座っていたソファの背に乗って、保護者だという男に向かって叫んだ。男は僕の耳にも届くほど大きなため息をついた後、
「あーーもう! 分かった。送ってやるから、あと30分待て」
 と言った。

                              +

 眩しい色彩の波。思わず目を閉じた。騒がしいほど、耳に飛び込んでくる音楽と笑い声。すれ違うどの人の顔にも笑みが浮かび、ここが楽しさを与える場所だということを如実に表している。
 動物を象ったアーチ。食べ物や服まで売っている店。巨大なぬいぐるみが丸いボールをたくさん空中に浮かばせて歩いている。それに群がる子供らの姿。どれもが初めて目にするモノ。僕は驚きの表情を顔に貼りつけて立ち尽くした。
「何やってるんだ。ほらコッチ、喉乾かねぇ? 俺、カラカラなんだ」
 手にしたままだったチケットを奪ってゴミ箱に捨て、伍宮は飲み物を買ってくれた。四角い箱についているボタンを押すと、中からジュースが出てくる。僕はますます驚くばかりだった。今まで、こんなものがあることさえ知らなかった。街で見かけたことはあったけれど、飲み物を販売する機械とは思いもしなかったから。
 飲み干した後、誘われるままに乗り物(アトラクションと言うらしい…)に乗った。まず、長い行列をしなければいけないことにも再度驚愕する。数を回る内、少しづつ慣れてきたが、まだ違和感は拭うことができない。

 ――僕はここにいてもいいのか? また、迷惑をかけてしまうかもしれない。

 彼はほとんど全部乗る気らしい。僕はものすごいスピードで回転している乗り物を指差した。レールの上を小さな車が走っているだけのようにも見える。
「あれは乗らなくていいのか?」
「は、どれ?」
 と言って振り向いた瞬間、伍宮は慄いた。
「あ、あれは乗らない! 未刀も乗らない方がいいぞ」
 軽く身を震わせているところを見ると、どうやら恐ろしい乗り物のようだ。ではと、また指差す。
「じゃ、あれに乗ろう。まだ、乗ってないようだから」
「う、うわ……メリーゴーランドじゃないか! 未刀ぃ、あれは女と子供が乗るものなんだぞ。俺は絶対乗らないからな」
 音楽に合わせて着飾った白馬や馬車が回転し上下する。楽しそうであるのにと、不思議に思った。

 次に乗る物を探し歩きながら、僕は考えていた。
 自分がどんな立場の人間かよく知っている。本当は彼から離れなくてはいけないと分かっているのに、出来ない自分がいる。それどころか、屈託なく笑う伍宮の傍にいると、背負っていた過去さえ忘れてしまいそうになる。
 ――彼と友人になりたいと思っている自分が恐ろしい。
    自らが汚した手を忘れてしまおうとしている自分が、あの時友を封じることしか出来なかった僕が……。

「これこれ、これに入ろう! 俺、一番好きなんだよな」
 足を止めて彼が指差したのは、黒く塗られた壁と発光塗料で書かれた文字が印象的な建物。伍宮が僕の手を引いて行く。
「こ、ここは――?」
「お化け屋敷! 皆は恐いって言うけどな。入ってみれば分かるって」
 背を押され入った室内。真っ暗だ。歩くほんの少し前だけがぼんやりと明るいだけ。
 出てくるは全部お化けだと言う。首がやけに長い女性が井戸から出て来たり、傘に足が生えていたり。建物の中なのに日本家屋があり、破れた障子などが時折血の色に染まる。
 突然、足元が柔らかくなった。ふらついて伍宮の肩にすがる。
「わっ! ゴ、ゴメン……」
「未刀は謝ってばかりだな」
 伍宮が笑う。

 お化け屋敷から出ると、僕等はベンチに座ってコーヒーを飲んだ。なぜだろう…あんなにも苦かったコーヒーが美味しく思えるのは。
 夕日を背にして笑っているのは僕を助けてくれた恩人――友人になりたいと願ってしまう男だ。伍宮は飲みかけの缶をに置く。ベンチに体を預け両手足を伸ばすと、独り言のように語り始めた。
「俺……俺はお化け屋敷が好きなんだ。だって、懐かしい気がするんだ……」
 チラリと僕の顔を見て、わずかに迷うように鼻頭を掻いた。
「言ったことなかったっけ? ……俺、生まれたのは平安時代なんだ」
「だから、コーヒー……」
「そう。飲んだことなかったんだ。俺、ずっと封印されててさ。解いてくれたのが俺を封印した奴の子孫だなんて、笑えるけどな…イヒヒ」
 僕はため息をついた大きな男を思い出した。厳しいことを言っているが眼鏡の中の瞳は優しい。困った表情をしつつも伍宮を包み込むような暖かさを感じた。父親とは本来、そんな存在なのだろうか?
 そして、もうひとつ――。
 僕の視線に気づいて伍宮は笑うのを止めた。足元に転がってきた缶を蹴り、覚悟したかのように言葉を続けた。
「――俺は天狗だ。未刀が封魔屋だと聞いた時、正体を知られちゃいけねぇって思った」
「僕は……もう、誰も封じたくない」
「知ってる。もう知ってる……。だから、話そうって思ったんだ」
 唇が僅かに震えている。伍宮は白い歯を見せて強引に笑った。
「ここはさ、何もかも新鮮で楽しかった。夜、こっそり飛ぶ空も好きだ。けど――」
 飲みかけで置いていたコーヒーを煽る。
「けど、俺はここに来て初めて『寂しい』って言葉の本当の意味を知ったんだ。誰も俺を知らない。俺の保護者だって、本当の俺を知ってるわけじゃない。楽しいけど、望郷の念だってもちろんあるんだ」
 伍宮は眩しそうに夕日を見つめて、斜のかかる顔をコチラに向けた。

 ――僕はなんて答えればいいんだろう……。
    今まで、本音で僕と会話してくれる人などいなかった。ずっと――。

「俺! 俺、友達だからな! お前も、もう1人だなんて思うなよ」
「伍宮……」
「は・る・かっ!!」
「くっ…わ、わかった。春華、わかったよ」
 思わず笑った僕の目に、いつの間にか涙が溜まっていた。それを見て春華も笑う。
 零す涙が、こんなにも暖かいんだってことを、僕は今日初めて知った。
 彼のお陰で――。
「帰るかっ!」
 友人が微笑む。僕が答えて歩き出す。
 アスファルトに長い影が並んでいた。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 1892 / 伍宮・春華(いつみや・はるか) / 男 / 75 / 中学生

+ NPC / 衣蒼・未刀(いそう・みたち) / 男 / 17 / 封魔屋(逃亡中)

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■         ライター通信          ■
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 未刀一人称は如何でしたでしょうか? ライターの杜野天音です。
 とうとう未刀が「春華」と呼びましたね。本当に彼の明るさのお陰です。未刀はメリーゴーランドに乗りたかったようですが、あの姿で乗ったらかなり目立つのでは(笑)と思いました。
 楽しんで頂けたなら幸いです(*^-^*)

 次回は「戦闘編」。4月中旬まで受注はお休みさせて頂きます。詳しい予定については「東京怪談〜異界〜 闇風草紙」にてご確認下さい。
 3度目のご依頼、ありがとうございました!