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<東京怪談ノベル(シングル)>


女王様のほいくえん

「ねっ!愛姉っ、一生のお願いっ!!助けると思って――」
 顔の前で両手を合わせて拝んでる後輩の子にあたしは正直困惑していた。
「そんなこと言ったって……」
 どうしよう、と視線を巡らした先で、目があいそうになった同僚がメイク直しを装って慌てて逸らすのが見えた。
(はくじょーもの……っ)
 内心あたしが恨みがましい声をあげるのと、さっきまで必死に拝んでいた子がうるうると瞳を潤ませながら見上げてくるのが同時だった。
「わたしと愛姉の絆ってそんなに脆いものだったの?」
「う……」
 『夜のお仕事』をしているとは思えない程、真面目そうで純朴そうなこの子にあたしは弱かった。
 実際、この子は両親の借金を返す為に、夜のお仕事をする傍ら昼間は保母をしているっていう実に感心するような娘さんで……滅多に他人に頼み事をしないこの子の頼みは、出来るだけ聞いてあげたい、とも思う……のよ?
「でもねぇ…」
 尚も渋るあたしに、その子はキラキラと少女漫画ならバックに花を散らしそうな勢いで一言、
「可愛い子供達が、愛姉を待ってるからっ!」
―――…その一言で、あたしは結局落ちたのだった。

「あいせんせー!これ折ってー!」
「これ読んでー!」
「そとがいいー!」
 わらわらわらわら。
 元気一杯のジャリ共が、まるで民族大移動みたいにあたしの動きに合わせてひっついてくる。
 もう、エネルギーの塊っていうのかしら、一分とじっとしていないのよ。
「―――――保母さんて、肉体労働、なのね」
 ぽつりと呟くと、それを聞きとがめた後輩がにっこりと笑って『でしょー?』なんて頷いて見せた。
 そう。今日のあたしは、一日保母さんのバイト中。
 仕事中は流すままにしている紅い髪も頭の高い位置でお団子状にして邪魔にならないようにして、さらに服といえば、これまたジャージにガーデニング用の短いエプロンだったりと―――――女王様モードのあたしを知っている人ならきっと同一人物だなんて思わないでしょうね。
 そうそう、エプロンはね、ポケットが沢山有るのが第一条件なのよ。中にポケットティッシュが常備されててね……鼻たれさんが多いし。それから、なんでエプロンが短いかっていうと……―――――。
「こら、ちょっと待ちなさい、風邪ひいちゃうわよ」
 何を思ったのか上半身裸のまま、室内を走り回る子をあたしは慌てて追いかけた――――そう。エプロンの裾が長いと、元気の塊のジャリ共をすばやく追いかけられないからなのよ。
 朝の7時から園児を出迎えて、それから朝の会そして後輩が0〜2歳児におやつをあげてる間、あたしは3〜5歳児に設定保育。
 折り紙とか歌をうたったりはまだいい。けど外で遊ぶのは、夜の人間には正直、辛いものが。
 つくづく、あの子は毎日良くやってる…――――なんて感心しないでもないけど。

「あぁ……やっと静かになった、かも……」
 どたばたのしっぱなしだったけど、お昼も過ぎればお昼寝タイム。
 やっと一息つけるかな、なんてうとうとしてた時だった。
「―――――あれ?あの子…」
 ふと、視線を巡らせたところに、皆が寝てる中一人起きている女の子が目に入った。
「どうしたの?」
 一日だけのバイトという事で、物珍しさを隠そうともしない、勝ち気で活発な子ばかりが目立ってあたしはなかなか話すことが出来なかったけど、そういえば視線の先にいつも部屋のすみからこっちを見ていたっけ――――なんて記憶を辿りながら、あたしはその子に目線を合わせるようにしゃがんで話しかけてみた。
「…………」
 ぺたんと床に座ったその子はただ無言でじっと何かを見てて、どうしたものかと困惑しかけた時、後輩が笑いながら、
「ああ、その子恥ずかしがりやさんだから―――――」
 ととりなすように付け加えて、まぁ、余り気にしないでっていう事かしら、と思ったときだった。その子の視線を辿った先に、さっきの設定保育で折った折り鶴があった。
「……鶴、折りたいの?」
 そっと問いかけると、その子はこくりと頷いてそれからあたしの方をじっと見つめた。
 真っ直ぐに見つめてくる黒い瞳に、一つ頷き、
「一緒に折ろうか?」
 返事は、女の子の満面の笑顔だった。

「愛さん、おはようございまーす」
「おはよう」
 街にネオンが灯る頃、あたしらの一日は始まる。
 ちょっと逆転した挨拶をしながら、更衣室の方へと足を踏み入れたときだった、例の後輩が嬉しそうに走ってきて、
「愛姉っ!これっ」
「……なぁに?ラブレター?」
 いきなり手渡されたのはなんの変哲も無いただの紙。首をかしげたあたしに、後輩はにまにまと人の悪い笑みを浮べて、ひらひらと手を振って見せた。
「ま。一人で読んでみて?―――――わたしがこの仕事止められない理由がわかるからっ」
「……なによ。変な子」
 言いたいだけ言って去っていった子は、まぁ置いておく事にして、とあたしは言われたとおり自分用の更衣室に入って、その紙を開いてみる事にした。
「えっと――――あいせんせいへ…?」
 たどたどしい文字。でも一生懸命心が篭っているだろうって分かるそれが、紙面一杯に踊ってた。
「―――――ふふっ」
 手紙の差出人は、あの時折り鶴を一緒に折った女の子だった。
 どうしても折れなかった鶴を折れるようになって嬉しかったって事と、そして―――――。
「……でも、あたしみたいになったら、女王様よ?」
 思わず、最後の文章にツッコミながら、それでもあたしの胸の中にはあったかい物がじんわりと広がっていった。
「いつか…あたしも―――」
 旦那様がいて、子供いて――――『家庭』のワンシーンを思い描きながら、手紙をそっと抱きしめる。
 心に思い描いたそれが、現実になるまで、時々『保母さん』になるのも悪くない、なんて思いながら。



―――――…おおきくなったら、あいせんせいみたいな、きれいでやさしいおんなのひとになりたいです。
 

【おしまい】