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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


闇色の箱(解決編)
「……僕、やってないんです」
 留置場の面会室で、プラスチックの向こう側から、朝野時人はそう言った。
「ただ、外で女の人からこれをアトラス編集部に届けてくれってたのまれただけで……僕、爆弾犯なんかじゃありません! 第一、僕がアトラス編集部にいやがらせするんだったら、自分で爆弾持っていったりしないです。外から魔法で直接、火でもつけますよ! って、こういうこと言っちゃうから疑われるのかな……。とにかく僕、やってません!」
 一息にまくしたてると、疲れたのか、時人は小さく息を吐く。
「証人の人は、僕が黒い箱を持ってアトラス編集部内に入っていくのを見た、って言ってますけど……きっと、誤解です」
 そう――
 普通だったら、特に動機もなさそうな少年が、いきなり逮捕されてしまうことなどありえない。
 だが、今回は、決定的な「証拠」があった。
 時人が証言している女性など見ていない、と主張する証人がいたのだ。
 証人は近くで人と待ち合わせをしていた青年だった。
 青年の名は、日渡史哉。
 フリーターで、あの日は先日ナンパした女の子とデートするために待ち合わせをしていたのだという。
 彼の、「女の子を待っているとき、黒いローブ姿の少年が歩いてきました。手に黒い箱を持っていて、なんだか緊張しているようでした。少年に箱を手渡した女性なんて、見ていません」という証言が、時人の容疑を決定的なものにしているらしい。
 その時間、アトラス編集部の辺りは帰宅する人々でごった返しており、逆にそれが目隠しとなって、小柄な時人の行動をよく見ていた人物は他にいなかった。
 日渡は、たまたま時人の服装に目がいって、それで不躾かとは思ったものの、じっと見てしまったのだという。
「きっと、日渡さんの勘違い、です。僕……本当に、やってないんです!」
 時人は祈りを捧げるかのような仕種で、目の前の人物に向かって無実を主張した。

「そうですよね、やってないですよね! カバンの中から取り出したから、だからあんなに爆発がギリギリで……ケガがなかったからよかったようなものの!」
 秋元柚木は大きくうなずいた。
 あのときに身を呈して助けてくれたあの人は、今日は仕事があるということで来ていない。炎の能力のおかげでケガひとつしなかったが、もしもそうでなかったらと思うとぞっとする。
「確かに、彼にはそんなことは無理なようだ」
 そこへ、後ろから声がかかった。
 柚木が振り返ると、面会室の入り口のところに、スーツ姿の背の高い男が立っていた。
「朝野さんのお知りあい……ですか?」
 柚木は首を傾げて訊ねる。すると男はさわやかに笑った。
「知り合い――といえばそうですね。申し遅れました、警視庁対超常現象班の葉月政人です。よろしくお願いします」
 言って、折り目正しく礼をしながら、政人が手を差し出してくる。こういうときにはどうしたらいいのか柚木は一瞬迷ったが、すぐにその手を握り返した。
「警察の方、ですか? でも対超常現象班って……爆弾事件、ですよね?」
 不思議に思って柚木が首を傾げると、政人はうなずいて笑った。
「被疑者が魔法使いを自称している以上、通常の捜査員に任せておくわけにはいきませんからね」
「ああ……。確かに、そうですよね。でも、それじゃあ、どうしてここに?」
「少し気になることがありまして、被疑者と証人を現場検証に連れて行こうかと思うんですよ。今は面会中だとのことでしたので……秋元さんもちょうど、あの現場にいらっしゃいましたでしょう? ですから、ご都合がつくようでしたらご同行願えないかと」
「ああ……わかりました。私、がんばりますね!」
 自分の行動が、時人のこれからを左右するのかもしれない――そう思うと、自然と力がはいる柚木だった。

「それでは、当時の状況を再現していただきます。よろしいですね?」
 事件当時の状況そのままの配置についた人々を見回して、政人は言った。
 まさか全員を駆りだすわけにもいかなかったので、集めたのは、証人の史哉、被疑者の時人、目撃者である柚木、麗香の4人のみだ。もうひとりいた女性ははずせない仕事だそうでこの場にはいない。
「私は、この辺りにいました。三下さんからフロッピーを預かっていて、碇さんに渡そうとしていたところでした」
 柚木は麗香になにかを差し出すような仕種をしながら、政人の方を振り返る。政人はうなずき返すと、自分のすぐ隣にいる時人に目をやった。
「朝野さん、それでは、あの時していたとおりに行動してみてください」
「あ、はい」
 時人はうなずくと、ローブのすそをずりずりと引きずりながら入り口の近くへ歩いて行く。
「ええっと、あのとき、このあたりから声をかけて……それで、箱をカバンから取り出しました」
 政人の方に向き直って、時人はカバンの中をさぐる。
「待ってください」
 そこで政人は声をかけた。
「秋元さん、碇さん、彼の行動に間違いはありませんね?」
 確認するように政人は訊ねる。
「ええ、あのときの通り――よね、秋元さん?」
「はい、あの日の通りだと思います」
 麗香と柚木は顔を見合わせてうなずきあう。
 政人もうなずいて、今度は史哉の方へ向き直った。
「日渡さん、たしか、あなたはこう証言しましたね? 『女の子を待っているとき、黒いローブ姿の少年が歩いてきました。手に黒い箱を持っていて、なんだか緊張しているようでした。少年に箱を手渡した女性なんて、見ていません』と。だとすると、おかしなところが出てきます。今、朝野さんは箱をカバンの中から出した、と証言しました。でも、あなたは『手に黒い箱を持っていて』と証言しましたね。どういうことですか?」
「それは……」
 史哉は困ったように眉を寄せる。頭に手をやりながら、政人から視線をそらした。
「それから、もうひとつ納得のいかないことがあるの。時人くん、どうしてあなたは女の人から受け取った箱をカバンの中に入れたのかしら?」
 そこへ、朗々とした声が響いた。
 見ると、時人のうしろに地味なスーツを着た知的そうな顔立ちの女性が立っている。
「現場検証の最中です。一般人は立ち入り禁止のはずですが」
「入り口のところで、関係者を名乗ったら入れてくださいましたわ。……もっとも、私は捜査の関係者ではなくて、被疑者の関係者ですけど」
 言って、女性は嫣然と微笑む。
「有澤さん……!」
 振り返ると、時人がぱっと顔を輝かせる。どうやら、彼女は時人の知り合いらしい。
「探偵の有澤貴美子と申します。私もこの事件が気になって、少し調べさせていただきましたの」
「……なるほど。被疑者の無実を信じていらっしゃるのですね」
「ええ。失礼いたしますね」
 言うと、貴美子は編集部内へと当然のように足を踏み入れる。
「だが、有澤さんの言う通り……僕も、どうしてわざわざカバンの中に入れたのかが気になります。どういうことですか?」
「あ、あの……それは」
 時人は口ごもると目を伏せる。
「朝野さん、やましいところなんて、ないんですよね!?」
「もちろんですよ!」
 柚木に声をかけられて、時人は顔を上げる。
 そして気まずそうに政人の方を向くと、小さな声で言った。
「……実は、僕、ドジなんです」
「……ドジ? どういうことですか?」
「あの日、外は人でごった返していましたよね。僕、すぐに人にぶつかったりして転ぶんです。……渡すときに、大事に扱ってくださいって言われたので、じゃあカバンにしまってから持っていけば安心だ、と思って」
「なるほど……。となると、やはり、日渡さん。あなたの証言が気にかかります。どうして嘘をついたんですか?」
「きっと、あの日は人が多かったので……見間違いじゃないですか? いやだな、そんな顔でにらまないでくださいよ、警部さん」
 史哉はへらりと笑う。
「……それは、嘘ではありませんね?」
 念を押すように政人は問う。史哉は肩をすくめた。
「少し、よろしいかしら?」
 そこで貴美子が口を挟んだ。
「少々、聞き込みをさせていただきました。日渡さん、あなたには特に怪しい点は見あたらなかったわ。ただ……あなたのナンパしたという女性、杉崎香織さんには、じゅうぶんに動機があるようなの。なにか知らないかしら?」
「なにか……って、なんですか? ナンパした女の子から、どうしてそんな深い事情を聞くんです?」
「……ええ、そうね。まあ、その辺りのことは警察の方で話してちょうだい。警部さん、だったかしら?」
 貴美子が今度は政人に声をかけてくる。
「杉崎香織さんは、どうやら、以前、月刊アトラスで掲載されたオカルトスポットの付近に住んでいる方のようよ。アトラスで紹介されたせいであの辺りにはたくさんの見物人が群がったらしいわ。……それがなにか、怨恨につながっている可能性はあるんじゃないかしら?」
「すごい……」
 立て板に水、といった調子で話す貴美子に、柚木が声を上げる。
「……なかなか、やるようですね」
「組織じゃないぶん、フットワークが軽いだけですわ」
 貴美子がふふ、と笑う。
「それでは日渡さん、杉崎さんの連絡先などはひかえてありますか? もしひかえてあるようでしたら、お渡しいただけませんか」
「いいですよ。これです」
 史哉は手帳を取り出すと、携帯電話の画面を見ながらそこに番号を書き付けて政人に渡してくる。
 政人はそれに書かれた11ケタの番号を確認すると、丁寧にたたんで警察手帳にはさんだ。
「……あ、そろそろバイトの時間なので失礼しますね。それじゃあ」
 にへらと笑うと、史哉はそのまま編集部から出て行く。
 参考人ではあるものの、一応は身元のはっきりしている史哉を止める必要もなく、政人は黙ってそのうしろ姿を見送る。
「……なんだか、私、拍子抜けしちゃいました」
 ぽつりと柚木が口にする。
「顔の見えない人を相手にして怒るときって、どうやって怒ったらいいんでしょうか」
 どうやら、今まで緊張していたのが、解けたらしい。心なしか疲れた様子に見える。
「……それが難しいから、こういうことが起こるのかもしれないわね」
 麗香が小声でつぶやく。
 その声に答える者は、なかった。
「さて、それじゃあ時人くんの嫌疑ははれたのよね?」
「ええ、一応は。……ただ、すぐに解放というわけにはいきませんが」
「うぅ、まだダメなんですか?」
 すぐに解放されると思っていたのか、時人ががっくりと肩を落とす。
「大丈夫ですよ、私、ちゃんと面会に行きます。差し入れとか」
「そうよ、私もなにか持っていってあげる。なにがいいかしら?」
 柚木と貴美子が口々になぐさめるが、どうやらあまりなぐさめにはなっていないようだ。政人は、思わず苦笑を漏らした。
「……なにはともあれ、解決の糸口が見えましたね。もっとも、この先は僕の仕事ではなくなるかもしれませんが……」
 そして、政人は誰にともなく、そうつぶやいた。

 一方、その頃。
 編集部を出た史哉は、口もとにかすかに笑みを刻んでいた。
 その笑みを見たものは――誰も、いない。

【終劇?】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1932 / 秋元・柚木 / 女 / 16 / 高校生】
【1855 / 葉月・政人 / 男 / 25 / 警視庁対超常現象特殊強化服装着員】
【1319 / 有澤・貴美子 / 女 / 31 / 探偵・光のウィッチ】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、発注ありがとうございます。今回、執筆を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹と申します。
 政人さんはなにやらヒーロー系の方のようで、どうせだったら変身していただくところも出せればよかったのですが、今回は悪の戦闘員などが出るわけでもないので、このような形になりました。
 警部さんということで、丁寧な中にもどこか威厳のある口調なのかな、と思いこのような口調にさせていただいてしまったのですが、よろしかったでしょうか。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。