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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


魂取り出し大作戦

「恋人が飲み込まれたっ!!」
 古風なアンティークショップに貧相な男が現れた。手には鏡。普通の店であったら何事かと思うような光景だ。だが、ここはアンティークショップ・レン。蓮は、かなり手馴れた調子で聞き返した。
「だから、何だい?」
「取り戻して欲しい」
 男は目を白黒させ落ち着きない様子で言い放った。蓮はニヤリと笑う。
「お代は?」
「お代っ!?コレはあんたんトコで買ったモノだぞっ!!客に損害を与えたんだから、コッチがもらいたいくらいだっ!!」
 男はなおも喚き散らす。蓮はそれを冷めた目で見て、フッとキセルを吹いた。
「お代がないんじゃ、無理だね。ウチは慈善事業でやってるんじゃないんだよ」
 スッとお店に貼ってある紙に目をやる。そこには大きく「危険物取り扱い注意」とある。
「リスクは、承知のはずだ。呪うなら、自分達の浅はかさを恨むんだね、ボーヤ」
「く……っ!!」
 男は屈服したように店の床にひれ伏した。蓮はその彼の手鏡をおもむろに翳した。
「まっ、でも、その彼女を取り出した後に、この鏡をあたしに無償で返してくれるって言うんなら、話は別だけどね」
「え……?」
 男の顔に喜色が広がる。
「じゃ、交渉成立だ」
 蓮はにっこりと優しげとも取れる顔で笑った。

「――ってわけで、この手鏡の魂を取り出してくれる術者を探している。手段は、多少荒っぽくても構わないよ。ある程度の補修ならあたしが出来るからね。――頼んだよ」
 カチリと古風な黒電話をその手の知り合いにかけて、蓮はフウとまたキセルを吹いた。



 数日後。
 黒いショートの髪に黒い瞳、それにメガネをかけた男がアンティークショップ・レンの扉を叩いた。顔の作りは誰が見ても好感が持てるものだが、そこに浮かぶ表情はどこか狂気じみていて、不吉な雰囲気を漂わせている。
「あら、悠。久しぶりだね。あんたなのかい、来てくれたのは」
 蓮は嬉しそうにその男、悠に寄った。八重咲・悠。私立高校に通う学生でありながら、神秘的な現象に強い興味を示しており、この店にも何度か足を運んでいる魔術のスペシャリストだ。
 悠は、その商売道具である『黙示録』を手にゆっくりと笑った。
「ええ。こちらで「興味深いモノ」が発見されたとか…。魂を取り出す術でしたら、私も一応心得ておりますし、是非ご協力させていただきたいと思いまして」
「そうかい、ありがたいよ。あんたが、協力してくれると」
 蓮もにんまりと笑った。隣で、数日前からここに居座り続けている男の瞳も輝く。
「それで、まず状況なのだけど……」
「あ、出来れば鏡の曰くも教えてください。参考にしたいので」
「――わかったよ」

「この手鏡は、ある中世の貴族の姫が戦争に行ってしまった情人のため、合わせて作らせた鏡の一つなのさ。だけど、その情人は、その鏡を持ったまま戦争が終わって一ヶ月たっても帰ってこなかった。そりゃあ、姫は悲しんださ。そして、それを見かねた誰かが姫に耳打ちをした。深夜零時、自分が持っている合わせ鏡の片割れと他の鏡を合わせてみれば、もう片方の鏡を持っている者を見れるってね。姫は信じた。そうして試してみると、どうなったと思う?――その男と敵国の姫が仲睦まじく映ってたのさ。姫は絶望した。呪いの言葉を残し、自らのナイフで首を切った。――それが、この手鏡さ。ホラ、この鏡、すこし陽に当てると紫に見えるだろう?それが、その姫の血さ。この手鏡は、その姫の血を吸って呪われたのさ。以来、触れる女、片っ端から中に引き込んで呪っているという話だよ」

 蓮が説明を一通りすると、依頼人の男が席を立った。蓮の首根っこを掴む。
「俺は、そんなことは聞いてなかったっ!!」
 蓮は笑う。キセルで男の手の甲を軽く突いた。男が片手を持ち、転げ回る。キセルの煙が男の顔を包み込んだ。
「……聞かなかったから、言わなかっただけだよ。それに、取扱説明書の方にも書いてあったはずだ」
「……」
 男は唇を噛む。蓮は再びキセルを唇に当てた。大きく煙を吸い込み、吐き出す。
「ま、要するに注意力散漫だったということだね」
 男は床を数度叩いた。蓮は、悠の方を見やる。悠も笑っている。
「それでは…あなたの恋人は、その鏡に触れてしまったということで構わないのですね」
 悠が言う。男は頷いた。
「では…私が魂を取り出しに行ってきましょう」
 悠は『黙示録』を開いた。パラパラと何気なく捲られていく紙の束。そこでふと、あるページで悠の手が差し入れられた。144P。魂の章。丸い白い光が掌を囲う。悠は興味深そうに目を細めた。
「では…ごきげんよう」
 悠は、テーブルに置かれた鏡の中に消えた。

 鏡の中は暗い、闇のようなものに支配されていた。どこが床なのか、天井なのか分からない。ともすれば、自分の輪郭すら、分からなくなりそうな暗闇の中で、無数の白いネオンのようなものが瞬いている。それは、よくよく耳を澄ますと、人のかすかな叫び声のようなものをあげていた。
 悠は首を傾げる。
 そこに、不意に白いものが通り過ぎた。無限に広がる白い星とは違う大きさのものだ。悠は、黒いマントを翻し、それを追った。視線を集中すると、それは少女だった。白く見えるのは、きらびやかなドレス、そしてクツ。豊かに波打つ金の髪にも白い花が数輪、挿されている。
 少女は黒い海を軽やかに逃げていく。悠もそれに続く。景色が変わっていく。夏の陽が差す花畑、白い結晶に埋もれる教会、秋のススキ揺れる草原、春の菜の花散る雑木林。周りの景色が目まぐるしく変わっていく。そこにはいつも同じ顔の少女と男が二人。彼女たちはいつも幸せそうに笑んでいる。悠はそれらを興味深そうに見ながら走った。

 少女が立ち止まった。そこはステンドグラスに夕陽が差し込む礼拝堂。七色の光が彼女を照らし無人の椅子と教卓を照らしていた。
 少女は、怯えたように教卓の影に隠れる。
「来ないで。何で、あなた男の人なのにここに来ているの」
 悠は笑う。
「ここは、どこでしょうか?」
「知らない。知らない。知らないっ!!見たくないの。来ないで男の人は嫌い。嘘つきだわあなたたちなんて」
「……悲しかったのでしょうか?」
 マリア像が描かれたステンドグラス。その正面の中央の通路に何か紅いものがあった。悠は、その髪を手に取り、見つめる。
「恋人に裏切られるというのは、悲しいという気持ちになるものなのでしょう?」
 その髪はもう息絶えている。美しい金の輝きも色を失い、その頬は白く蒼白く雪より儚かった。それから広がる紅い海は止まらない。
 少女は笑った。変な顔だった。
「何、言ってるの?当たり前でしょう?あなただって恋の一つや二つはしたことがあるでしょう」
「申し訳ありません。私はあまりそういったことには興味が無いので」
「何、あなた……」
「はい?」
「……」
 少女は数瞬悠の顔を見つめた。それからフッと息を吐く。自分の首に下げているペンダントを悠の目の前に落とした。
「……あ」
 悠は呟き、それを拾おうとした。そこに冷たい雫が落ちる。少女は泣いていた。
「……私の「核」は、この奥にあるわ」
 礼拝堂の奥の扉が開く。悠はペンダントを拾わず、その奥に進んだ。
「私も、恋なんか知らなければ良かった……」
 一度だけ振り向くと、少女は、瞼を手で覆っていた。

 礼拝堂からの道はまた、最初の白い星に囲まれたものだった。悠はそれを見て、心地良さそうに目を細めながら、歩いていた。
 やがて、また白い大きな人影が見えた。さっきの少女だったが、浮かぶ表情が随分と違う。白い清楚なドレスはそのままに、妖艶な笑みを貼り付けていた。
 悠はメガネを掛け直した。
「あなたが、「核」ですか?」
「随分、ぶしつけなのね」
 少女は笑う。
「あなたを封じれば、他の方々は解放されるのですか?」
「できればね」
「では、させていただきましょう」
 悠は黒表紙の本をパラパラと捲った。紫の炎が本の上にボウッと出現する。
 少女はまた笑む。
「あなた、“恋”をしたことがないそうね。なら、なぜ、こんな事に首を突っ込んでいるの?あなたの知人が飲み込まれたわけでもない。あなた自身に危険が及んだわけでもない。それなのに、なぜ、ろくに知りもしない男の恋人を助けるために、こんな危険なところまで乗り込んできたの?」
「それは、興味があるからですよ」
 悠の炎が少女に放たれる。少女は巧みに避ける。悠はフッと唇を歪めて、また更に炎を追加した。少女を追尾する。少女は笑んでいた。
「興味?」
「ええ、興味です。“恋”というのは、一種の狂気のようなものでしょう?こうやって、人を殺しもするし、助けもする。形の無い神秘的なものです」
「……」
「私は、それが見たかったのです」
 立ち止まった少女に炎が襲い掛かる。炎は円となり、少女の周囲を遮った。
「ふふ……アハハハッッ!!」
 少女は口を大きく開け、パックリと肉が覗く首に手を掛けた。悠は首を傾げる。
「ああ、そう。ナルホドね。アイツが簡単に通すはずだ。……あんたは面白い」
 少女は、首にかけている紫色した球体を悠の方に向かって投げた。球体は、小さな円を描いて悠の手の中に落ちる。
「あんたにやるよ。私の想いが入ってる。研究でも何でもすればいい。捨てても構わないさ」
 悠は笑んだ。
 少女も笑む。
 少女の顔は半分も無くなってきている。爛れた片方で目を伏せる。
「あたしはね……ちょっと変わってたのさ。元々が二つの人格でね。そんな私を見てくれたのは、あの人だけだった」
「私も、興味深いと思ってますよ」
「ああ、そうだろうね。あんたとあの人の目は同じだ」
 少女は、悠にゆっくりと手を伸ばした。悠もその手を取った。
「ありがとうよ」
 少女は、消えた。

 悠が元に戻ると、時間はそんなに経っていないようだった。時計を見ると、約十五分程度。アンティークショップ・レンの古めいた店内は解放された沢山の女性で溢れている。
 悠はカウンターに置かれた鏡を手に取った。陽に翳してみるが、以前のような紫には変化しない。蓮がポンとその肩を叩く。その指先では、数日間粘っていた男が喜色満面で若い女性に抱きついていた。
「これで良かったんですよね」
「ああ、良かったんだろうよ」
 蓮は笑み、悠が持っているものと全く同じ型の鏡をカウンターに置いた。
「これ、さっきの話に出てきた合わせ鏡の片方。男が持っていたヤツさ。これも、あんたにやるよ」
 その鏡は、女のものよりずっと磨かれ、傷が少なかった。悠は笑う。
 蓮は続ける。
「あとさ、さっきの話、裏があってね、その合わせ鏡、他の鏡と合わせて零時に見ると現れるもんは、本当は現実じゃなくてその見たヤツが思う「不安」の形なんだ。あの少女は、結局自分の心に負けちまったのさ」
 悠は、手に持っている紫の球体をじっと見つめた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
PC
【2703/八重咲・悠/男性/18歳/魔術師】

NPC
【碧摩・蓮/女性/26/アンティークショップ・レンの店主】

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■         ライター通信          ■
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八重咲・悠さま
はじめてのご発注、ありがとうございます(^^)
いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんでいただけたでしょうか。
文章商品初めてのご発注に「魂取り出し大作戦」を選んでいただき緊張しつつも私個人としては大変楽しんで書かせていただきました!
ですが、魔術的な知識があまり無く専門的なことが書けなくて申し訳ありませんでした……。
それと、勝手にアンティークショップ・レンにも何度か足を運んでいるという設定を追加してしまって申し訳ありませんでした(>_<)
『黙示録』もバンバンと使わせてしまったのですが(>_<)イメージが違ってしまっていたら申し訳ありませんm(__)m
お話としては、少女は男の感情を愛情と勘違いしていたと気付き消えていくのですが、ホントは男も少女を想っていた……というオチなのですが、分かっていただけたでしょうか(ドキドキ)

それでは、ご感想等、ありましたら寄せていただけると嬉しいです。
もしよろしければ、またのご発注をお待ちしております。
(今回のリベンジをしたいです!)