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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


怪談取材の協力者求む!
------<オープニング>--------------------------------------

「…っつーわけなんだけど、手伝ってくれ」
「……お前ここがどこだかわかってんのか……」
 応接間の中央にあるテーブルを挟んで向かい側に座っている男に、草間は怒鳴りそうになる己を必死に抑えて低い声で言った。が、相手の男はちっとも気にしていないようで、にこにこと笑っている。
「あーっと、怪奇探偵・草間武彦が運営する、怪奇現象請負い所?」
 自信があるのかないのかわからない答え方に、草間は一つ溜息を吐いた。
「駆音、俺は怪奇探偵なんかじゃないし、ここは只の興信所だ」
 だからお前の頼みは受けられない、と暗に示したつもりだったのだが、それを察してやるほど駆音は殊勝ではなかった。そもそも曲がりなりにも記者なんて仕事、図々しくないとやってはいけない。
 はっきり断り切れない草間の足元を掬う様に、駆音は留めを刺した。
「仕事内容は怪奇名所巡り。化け物の類が出て何らかのコンタクトが取れるまでが今回のお仕事だから」
「……言っとくが、今回限りだからな」
 笑顔のままの駆音を睨み付けながら唸るように答えた草間に、駆音は一層笑みを深くした。交渉成立、だ。
「誰か手伝えそうな奴呼ぶから、あとはそいつらと打ち合わせしてくれ」
 面倒臭そうにポケットから携帯電話を取り出して、目に付いた番号をコールする。電話の相手が出るのを待つ間に新しい煙草に火をつけた草間を眺めてから、駆音は立ち上がった。
「じゃ、都合付いたら連絡よろしく。今日はもう帰るから」
 玄関に向かう駆音に気付いて、しっしっと手を払った草間に苦笑しつつ、駆音は興信所をあとにした。


------<本文>--------------------------------------

 草間の紹介、という形で集まった、見た目には全くもって接点のなさそうな三人に、駆音は目を丸くしてそれからすぐに携帯を取り出した。相手がなかなか出ないのか、忙しなく目の前を行ったり来たりする駆音に、シュラインは苦笑を漏らし、狭波と誠は不安そうに見つめている。
 しばらくして駆音はぴたりと足を止めると、腰に手を当てて眉をしかめた。
「草間君、これはどういうことなのかね!?」
 わざと怒鳴った後に、駆音はゲラゲラと笑い、電話の向こうの草間と何か話しをしながら三人の顔を順に見遣った。うんうんと頷きながら、やがて二言、三言からかいの言葉を投げて電話を切る。それから改めて三人に向き合うと、彼はまるで今はじめて会ったかのように大仰に腕を広げて歓迎の意を示してみせた。
「わざわざありがとう!助かるよ。えーっと……小さな陰陽師君に美人の事務員さん、それから愛らしい巫女さん?」
 言いながら駆音は視線を誠からシュライン、狭波へと向けた。そしてその隣りに利口そうに座っている犬を認めて再び目を丸くする。が、すぐにまた顔を上げるとにっこりと微笑んだ。
「俺は笠間駆音。今回はわけあって怪奇取材を協力してもらうことになってるけど、仕事だなんて考えずにみんな楽しくやってくれ!」
 まったく呑気な依頼者に、シュラインは痛むこめかみを抑えた。このメンバーでは自分は子守りを頼まれたような気分だ。こういう仕事は引き受け手がつかず、人手不足なのはわかるが、人事が大雑把というか適当というか……。
 とにかく、とシュラインは気持ちを切り替えて、駆音に向き直った。
「で、今回はどこの取材を?」
「いや、それが実は……」
「ボク、いい所知ってますよ!」
 嬉しそうな声に大人2人が振り返ると、いつの間にやらデスクテーブルの上に地図を広げた子供2人が、額を突き合せて地図を覗き込んでいた。誠の手には赤いマーカーが握られており、きゅっきゅっという音を立てて四色刷りの地図に色鮮やかな赤い印がつけられた。
 真向かいでそれを見ていた狭波が、あたしも知ってる、と言った。
「随分前に廃院になったまま残ってるはず……」
 2人が顔も上げずに話していると、地図の上に新たに2つ黒い影が落ちた。
「西園総合病院……?」
 あまり聞かない名前ね、とシュラインが呟いたのを耳聡く聞き付けて、誠が病院についての説明を始めた。
「西園総合病院は、戦時下に軍の病院として使われていた病院です。20年ほど前に資金不足が原因で廃院になってから、何度かビル建設の話が持ち上がったんですけど……」
 そこまで言って、不自然に誠は言葉を切った。話の流れからして「そういう」因縁があるに違いないと踏んだ駆音が息巻く。彼は早速取材の準備を始めてしまい、話の続きを聞く気はないようだ。
 行く先が決定したところでシュラインはほっとして息を吐いたが、その横でまだ地図から目を離していない狭波の顔が曇った。気付いたシュラインが声を掛けようとした次の瞬間には、その表情はすっかり影を潜めてしまっていたが。
「龍斗はここで留守番……」
 愛犬の頭を撫でてから立ち上がると、狭波は一足先に事務所の外へと出て行った。



 その病院は車で10分程度の距離に位置していた。
 閑散とした住宅街から浮き上がっている異様な空気に、車を降りた一同は軽く身震いをする。戦前からあったというだけあって、建物は所々補修されていたものの、裏側に回ってみると外壁のひび割れやら汚れやらが目立った。特に夕暮れ時のこの時間帯に、一種の不気味さというものを醸し出すのに成功している。
「嫌な気配」
 灰色の壁に手を触れていた狭波は、悼むようにその表面を撫ぜた。ざらりとした感触を受けるはずが、生温い空気によって阻まれる。触れるな、ということなのだろう。
 シュラインは持って来た機材の確認をしながら、この取材に適したものを探していた。記事に使うというので、ビデオは置いていくことにする。本当はあった方がいいのだが、人数と人材の体力を考慮すると、諦めるしかないようだ。
 テープレコーダーを駆音に渡して、彼女はカメラを構えた。取り敢えず病院の外観を一枚。霊は実際には写真に写らないことがほとんどだし、嫌がられるかもしれないので、これは結構貴重な一枚だ。それから小さなメモ帳に簡単な感想を綴った。
「ここから入れるみたいです」
 3人から少し離れた所にいた誠が、声をあげて手招きをした。小さな体が吸い込まれていった方へ行くと、なるほど、壁の一部が崩れていて穴が開いている。
 怪我をしないように瓦礫を退けながら、3人は誠の後を追った。



 建物の内部はひんやりとしていた。時季が時季な上に、病院特有の雰囲気というものがそうさせるのだろう。
 外観が痛んでいた割に、中は古いがちゃんとした「病院」の形を保ったままだった。
 廊下は板張りの床で、歩く度にぎしりと軋んだ音を立てる。腐って抜けても不思議ではない廊下を、4人は奥へ奥へと慎重に歩んでいった。
「薬品の匂いがするわね」
 シュラインが微かに鼻をひくつかせた。20年も前に廃院になったというのに、ここはあまりにも「病院」でありすぎる、と苦笑して。
「誰かが守ってるのよ」
 狭波はまた壁に手を触れて言った。
 この病院は病院であるけれど、酷く不自然だ。堅く冷たいコンクリートの壁に、腐りかけの板の床なんてのは不似合い過ぎる。そしてひんやりとしていると思えるのに、先程感じたあの生温い空気は、未だ冷たいはずのコンクリートの壁を「守って」いた。
「しぃっ……!この部屋に何かいるみたいなんです」
 先頭を歩いていた誠が病室らしい扉の前で立ち止まって、皆を待っていた。すりガラスの嵌ったドアの向こう側はよくわからないが、陰陽師である彼には何か感じるものがあるらしい。全員が扉の前に集まったところで、彼は勢いよくドアをスライドさせた。
 皆が息を止め、次の瞬間にはむせ返る。強烈な臭いだ。肥溜めにいるような、酷い腐敗臭と汚物の臭い。その上埃っぽくて視界が悪い。呼吸をするのも躊躇われるぐらいの劣悪な環境だった。
「くそ……!外へ!!」
 皆を押し遣って慌ててドアを閉めた。吐気が込み上げてきて蹲った一行の、背後から声が降りて来た。
「その部屋は駄目!」
 見上げると幼い少女が目を怒らせていた。黒い髪は痩せた顔にぴったりと沿うようにカットされており、くすんだ容貌の中で唯一丸い目だけがぎらぎらとした光を放っている。生きることに貪欲な瞳。10才そこらの少女には酷く不似合いな。
「……何が……」
 何が、あったの?
 そう問うたシュラインの声は微かに震えていた。彼女はあの視界の悪い部屋の中で、悪臭の元を見たのだ。
 最早朽ち果てて、泥となりかけている人だった物を。
「誰も助けてくれなかったわ」
 少女は小さく呟いて、一重瞼を重そうに閉じた。



 ――病院を出たのは午後10時を回ってからだった。病院に入る前の赤々とした空はなりを潜め、今は白い月だけが煌煌と冴え渡る。いつも灰色の薄暗い東京の空では、珍しい光景だった。
「……遅くまでありがとう。今日は疲れたな?報酬のことは明日にでも回して、今夜はとっととうちに帰ろう!」
 無理矢理笑顔を作って、駆音はさっさと運転席に乗り込んだ。彼は結局一度もテープレコーダーを回していない。そんなことはしなくても、きっとあの声はしばらくの間忘れることなんてできそうになかった。
 走り出した車の中で、沈黙が重い。俯いたり窓の外を見たりで、視線が合うことはなかった。だが恐らく全員が同じシーンを思い浮かべている。
「取材は成功したのかな」
 独り言のように空気に溶けて消えるはずだったそれは、静か過ぎる車内では聞き逃す者はいなかった。思わず響いた己の言葉に、狭波は深く息を吐く。これだから他人といるのは嫌なんだ、と心の中で呟いて。
「記事にするには難しいだろうな」
 駆音が半ば諦めたような声で、優しく言った。
 戦時下の病院で、父親を失った少女。体が弱く軍人ですらなかった彼女の父親は、満足な治療も食事も与えられず、あの狭い病室の中でどれぐらいの時を過ごしたのだろう?他に寄る辺なくずっと父と共にそこにいたあの子は、何を思って側にいられたのか。自分が死んだことにすら気付かぬままで。
「それでも記事にして欲しいです」
 後部座席で顔を上げて、弱々しく笑った誠の顔が、バックミラー越しに見えた。助手席に座っていたシュラインは、隣りで運転する男の顔をちらりと見て、それから後ろを振り返る。
「聞いた者の義務ね。……私も出来る限りの協力をするわ」
 もう一度運転席の男を覗う。彼は全身を強張らせて、情けない表情をしていた。
「正直、俺はこんなこと予測しちゃいなかった。もっと――斬新でセンセーショナルなものができると――ああ、馬鹿だな。愚か者だ」
 彼は自嘲気味に笑っただけで、結局その時はこの話を記事にするかどうかという答えを知ることはできなかった。



 狭波は幾日か後の朝に、それに関する新聞記事が朝刊の端に小さく載っているのを見掛けたが、読まなかった。読まなくとも自分はあの時を知っているし、それ以外に知る必要のあることなどないように思えたからだ。
「力にはなれなかったけど」
 知ることは大切だった、と彼女は確信していた。誰かに話すことですっきりする、なんて思ってはいないが、会話をして感情の発散をすることは大事だと思える。少しはあの子の役に立てたんじゃないだろうか。
 足元では柴犬の龍斗が尻尾を振って朝ご飯を催促していた。狭波は愛犬の頭を軽く撫ぜると、また迎えた朝のために、台所へと向かった。




                          ―了―




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2662/遠野・誠(とおの・まこと)/男/12/小学生陰陽師】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1462/柏木・狭波(かしわぎ・さは)/女/14/中学生・巫女】
【2688/笠間・駆音(かさま・くおん)/男/28/広報特員・記者】<NPC
(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ。ライターの燈です。
 「怪奇取材の協力者求む!」への御参加、ありがとうございました!

>柏木狭波様
 初めまして。狭波さんのキャラクター、とても深みがあって良い勉強になりました!
 少し喋り過ぎ、などということがありましたら、ご意見お聞かせ下さい。台詞を見返してから気付いたのですが、結局他の方と同じぐらい喋ってますね……(汗)意図したわけじゃないんですが。

 ではではこの辺で。お付き合い下さりありがとうございました。