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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:三下の降る夜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 夜道。
 ひたひたと足音がアスファルトに吸い込まれてゆく。
 付き従う影のように。
 びくっ、と。
 突然、三下忠雄は振り返った。
「いま‥‥なにか聞こえたような‥‥」
 きょろきょろと周囲を見渡す。
 見事なまでのチキンぶりだった。
「気のせいかな‥‥?」
 ほっと胸を撫で下ろした瞬間。
 悲鳴と銃声が響く!
「どけっ!!」
 路地裏から飛び出してきた男が、三下を突き飛ばした。
「うひゃあっ!?」
 尻餅をつくチキン。
 目が合う。合ってしまった。
「見たな?」
 銃口が雑誌編集者の方を向き、紅い光が額にポインティングされた。
「ううう‥‥ごめんなさいごめんなさいみてませんみてません」
 なんだか呪文のように唱えながら三下が両手をすりあわせる。
 ぎゅっと瞳を閉じて。
 お父さんお母さん。先立つ不孝をお許しください。
 忠雄は一生懸命に生きました。
 思い出が走馬燈のように駆けて‥‥走馬燈ってどういうのでしたっけ?
 と、いろいろくだらないことを考えている。
 だが、いつまで経っても死は彼の上に落ちてこなかった。
 代わりに、バタバタと足音が聞こえる。
「あれ? 三下じゃねーか」
 聞き慣れた声も。
 目を開くと、そこには見慣れた姿。
 怪奇探偵の異名を持つ男が立っていた。数人の制服警官と一緒に。
「草間さぁぁぁん‥‥」
「警察と合同で連続殺人犯を追っていたんだが‥‥なんでお前がこんなところに?」
「怖かったですよぅ‥‥」
 べそべそと。
 泣いてばかりいる忠雄ちゃん。
 事情を話すどころではないらしい。
「あーもしかして、犯人の顔みたのか?」
 草間武彦が訪ねる。
「ううう‥‥」
 こくこくと頷く。
「あー それじゃあ次に狙われるのはお前だなぁ」
「しょんなぁ‥‥」
「だって顔をみちまったんだろ?」
「たすけてください〜〜〜〜」
 探偵の足に、三下がすがりついてくる。
 かなり勢いで鬱陶しい。
「わかったわかった。わかったから‥‥」
「あぅぅ‥‥」
「鼻水をズボンにつけるなっ!」
 げしっと蹴り飛ばされるチキン。
 警官たちと、夜空に浮かぶ月が困ったような表情で見つめていた。









※三下三部作の二本目です。
 護衛とか、犯人逮捕とか、そういう話になります。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。

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三下の降る夜

 彼は不幸だった。
 もう、不幸のデパートといっても良いくらい、不幸だった。
 なにが不幸かって、草間武彦や碇麗香と知り合いになってしまったという時点で、その不幸度はメーターを振り切っている。
 それだけでは飽きたらず、怪奇探偵の一味たちとも知己になってしまった。
 その不幸は翼は銀河の彼方まで羽ばたける。
 と、路地裏でべそべそ泣いている三下忠雄は思っている。
「なにも蹴らなくても。ほらほら三下くん。泣かないの」
 歩み寄ってきた美しい女性が肩を叩き、ハンカチを渡してくれる。
「ううう‥‥シュラインしゃん〜〜」
 すがりつこうとする三下。
 げしっ、と。
 もう一度、蹴り飛ばされる。
「あぅっ!?」
「俺のシュラインに汚ねぇ手で触るんじゃねぇっ」
 もちろん蹴ったのは草間だ。
 つまり、シュライン・エマの夫である。
 公衆の面前で、俺の、などと所有権を主張された黒髪蒼眸の美女の頬が、音を立てて染まった。
「な、な、なんてこというのよっ」
 ぽかぽか。
 シュラインの手が草間の胸を叩く。
「当然だ。シュラインに触って良いのは俺だけだからな」
 恥ずかしいことを真面目くさった顔で言って、妻の腰を抱く草間。
 美貌の事務員が完熟トマトみたいに真っ赤っかになっているのが、夜目にもよく判る。
「熱いねぇ」
「ま、新婚だしな」
 腰に手を当てて論評するのは巫灰慈と守崎北斗だ。
 ちなみに前者は遠距離恋愛中であり、後者はには彼女がいるらしい。
 他人の幸福をうらやましがるほど飢えてはいないはずだが。
「うまらやしいねぇ」
「それをいうなら、うやまらしいだろ?」
 くだらないことを言っている。
「馬がやらしいのはともかく、追いかけなくていーのかよ? 警官どもじゃ追い切れねーぜ?」
 金の瞳で闇を見つめていた男が口を開いた。
 那神化楽という絵本作家である。
 が、いまこの美髭の男の肉体を使っているのは、べつの人格であることを仲間全員が知っている。
「俺らが追っても同じさ。ベータ」
 巫が言った。
 ベータというのは、那神に憑いているものの名だ。ちなみに本人の方はアルファと呼ばれる。むろん、本人のあずかり知らぬところで。
「三下のオッサンを置いて追跡するわけにもいかないしな」
 とは、北斗の意見である。
 若い割には、ちゃんと本質が判っている。
 犯人の顔を見たかもしれない三下を放って置くのは、幾重にもまずい。この場合、実際に見たとか見ないとかより、犯人が「見られた」と思っていることが重要である。
 犯人は、必ず三下を狙ってくるだろう。
 となれば、いまこの時点で探偵たちの戦力を分けるのは危険である。そもそも制服警官たちが離れている時点で、かなりの危険度を伴っているのだ。
 これ以上、兵力分散の愚を犯すわけにはいかなかった。
「フン。たしかにな」
 那神ベータが鼻を鳴らす。
 とんだ足手まといを拾ってしまったものだ。
 今後の方針も練り直さなくてはならないだろう。
 顔をしかめる金瞳の男。
「でもまあ、考えようによっては、少しラクになったかも」
 にこりとシュラインが笑った。
 次に狙われる人物がこちらの手にあるのはありがたい。
「つまり、三下のオッサンをエサにする」
「ご名答」
 さすがに小声で交わされる会話。
 ちなみに北斗は三下をオッサン呼ばわりしているが、このメンツで三下より年少なのは北斗しかいない。
 那神や草間などはすでに三十路に突入しているのである。
 にもかかわらず、どうしてオッサンなのかというと、ようするに尊敬度の問題だ。
 こいつに尊敬に値する点が一カ所でもあるか。
 と、少年は自然に率直に思っている。
 まあ、あながち的はずれな評価ではないが、どんな不幸な目にあっても必ず生きのびるのは、じつはすごいことかもしれない。
「あぅぅ‥‥僕はこれからどうすれば‥‥」
 尊敬されない大人が、おずおずと訪ねる。
 少しは自分で考えて欲しいものだ、と思いながら、
「草間興信所で預かるしかねぇだろうな」
 巫が提案する。
 住処のあやかし荘に帰すのは、いろいろな意味で危険だ。
 警察に預かってもらう手もあるが、それでは探偵たちのガードが行き届かなくなる。
「そういうと思ったぜ」
 草間が、心の底からいやな顔をした。まあ、新婚家庭にコンナノを招き入れるのは嫌かもしれない。かなりの勢いで。
「でもまあ、仕方ないわね」
 肩をすくめる怪奇探偵の細君。彼女が頷けば自体は決する。
 これもまた、探偵たちの間では暗黙の了解だ。
「ほら。さっさと立て」
 せっかく借りたハンカチを涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしているチキンを、巫が引き起こした。
「‥‥百円ショップので良かった‥‥」
 紅一点の嘆きが、強くなった風に千切られてゆく。


 そして数日。
 三下の身は無事であり、したがって、いつまでも興信所に居座っている。
「すっごい邪魔です」
 草間からみると義妹、シュラインからみると小姑にあたる零が、ぷんぷんと憤慨していた。
 事情はわかっているし、まあ、同情の余地がないわけでもないが、とにかく役に立たないのだ。この三下という男は。
 いちおう、一宿一飯の恩義ということで、掃除や洗濯や炊事などを手伝ってくれようとはするのだが、
「はぅっ お風呂を空焚きしてしまいましたっ」とか、
「あう‥‥お皿を割ってしまいました‥‥」とか、
「あれ‥‥? 絹の服って洗濯機で洗っちゃダメなんですか?」
「はっ 掃除機が動かなくなりましたっ」とか、
 むしろなにもしなくて良いから座っていてください、と言いたくなる有り様だ。
 零が怒るのも当然だろう。
 ちなみに、怒っている人はもう一人いる。
 月間アトラスの麗香だ。こんなんでも三下は雑誌記者なのである。探偵事務所でごろごろしているのでは、仕事にも何もならない。
「とりあえず、しばらく様子を見て大丈夫そうだったら出社させて頂戴。いつまでも休ませるわけにもいかないし。まあ、殺されたら殺されたで、うちが優先掲載できるし」
 とは、麗香談だ。
 なかなかどぎついジョークだが、じつは事態は笑って済ませられる範囲を越えているのだ。
 三下の住居であるあやかし荘の周辺では怪しげな人影が何度か目撃されているし、アトラス編集部にも不可解な電話がかかっている。
 殺人者の手は、確実に三下に近づきつつある。
 探偵たちも、弓を引き絞るように緊張感を高めていた。
 犯人の行動は諸刃の剣だ。
 敵が動けば動くほど、探偵たちは情報を掴むことができる。
「もしかしたら、複数かもしれない」
 外回りから戻った北斗が言った。
「俺もそう考えていた」
 巫が頷く。
 三下のガードはシュラインや零、那神らに任せて、彼らは外側を調べていたのだ。まあ、アルファ状態の那神は、守るというより守られる立場だろうが。
「一人でやってるにしては、動きがはやすぎる」
「ああ」
 アクティブ派のふたりが告げる。
 シュラインも同意見だった。
 この殺人犯が絡んだと思われる事件が七件。これは弾丸が一致したことによる算定だが、いずれも被害者は政財界の人間だ。
 大物ではないが、まずまずのチカラをもっている人ばかり。
 こういう人々は必ずガードを雇っている。
 べつに後ろ暗いことをしていなかったとしても危険はあるからだ。治安の良い日本だが、政敵というものは常に存在する。
 そして、そのよようなガードをかいくぐって殺人を犯すのは、控えめにいっても容易なことではない。
 射撃技能を習得するのだって時間と金がかかるし、ターゲットの行動を正確に把握しておかなくてはならないのだ。
 これらのことは個人では手に余る。
 となれば、殺人者をバックアップする組織が必要だろう。
「問題は、その組織の大きさですね」
 那神が美髭を撫でた。
 戦闘要員がどの程度いるのか。それはひとつのポイントになる。
 怪奇探偵たちは強い。
 一対一で戦って、余程の相手でなければ後れを取ることはないだろう。
 だが、数で攻められるとやはり厳しいのだ。
「でもまあ、今回はその心配はないと思うけどね」
 とは、美貌の事務員の推理である。
 殺人者にとって、三下殺害は仕事ではない。
 顔を見られたのは殺人者自身のミスである。
 組織があったにしても、それは情報の収集にのみ終始するのではないか。
「つまり、襲撃があるとしても一人で来るってことか」
 巫が腕を組んだ。
 紅い瞳には、納得よりも留保の色が濃い。
 探偵たちの戦闘力を考えた場合、それは勇敢というより無謀な行為だ。
「だよなぁ」
 頭の後ろで腕を組み、両足を投げ出す北斗。
 だらしないポーズ。
 零に殺人的な眼光で睨まれ、鞠躬如として姿勢を正す。
 咳払い。
「どっちにしても、対個人戦と対集団戦。両方の準備をしないとなぁ」
「まったくね‥‥」
 溜息をつくシュライン。
 結局、また事務所が戦場になってしまう。
 会計を預かる身としては、また、主婦としては溜息の半ダースくらい出ようというものだ。
 まして今回は、どこからも報酬は支払われない。
 このあたりは殺人者と立ち位置的には同じである。
 まったく一円の得にもならないことに、こんな苦労をしなくてはならないとは。
 夫が三下を蹴り飛ばした気持ちも、よく判るというものだ。
「ホント。私も蹴ってやろうかしら」
 ぶつぶつと呟いている。
「やっぱ武さんに似てきたと思わねぇか?」
「かなりの線で同意見だ」
「以下同文」
 隅の方で、ぽそぽそと男どもが会話を交わす。
 言いたいことがあるなら堂々と言えば良さそうなものだが、そこはそれ、だれだって命は惜しいのだ。
 蒼眸の美女に文句をいうくらいなら、一個軍団の殺人鬼と戦った方がマシだ。
 その方が勝算が高い。きっと。


 夜。
 本来なら、思索と休養の時。
 ただ、漆黒の闇の中にこそ活動的なものもいる。
 かちり、と、小さな音をたてて入り口のカギが開く。
 細く開く扉。
 内部に滑り込む影。
 灯りの絶えた室内を危なげなく歩く。
 間取りを知悉しているのだろう。奥の扉に取りついた。この先は草間一家の住居であり、居間には居候が寝ている。
 影が腰のホルスターに手をかける。
 瞬間。
「スターライトスコープか。大層な装備だな」
 声とともに、一斉に照明が点灯した。
 もし侵入者が暗視ゴーグルをつけたままだったら、網膜を灼いて行動不能に陥ったことだろう。
 そうすれば捕縛は簡単だったのだが、敵も然る者、一瞬はやくゴーグルを投げ捨ててソファーの影に飛び込む。
 その際、三発ほどの銃弾を放ったのは、いっそ見事である。
 しかも狙いが正確だ。
 巫、北斗、三下を抱えた零が床に身を投げ出して避ける。
「正確な射撃だ。それゆえにこそがふぅっ!?」
「くだらないこといわないのっ」
 変なことをのたまう夫の尻を、妻が蹴った。
 このふたりは、最初から所長のデスクの影に立っていたので、漫才をする余裕があったのだ。
 そして、襲撃者が飛び込んだソファーの影にも、あらかじめ人が配置されている。
「どうりゃっ!!」
 ものすごい膂力で、殺人者の身体が投げ飛ばされた。
 那神ベータの仕業である。
 驚愕の表情を浮かべながら、くるくると空中で体勢を整え、きれいに着地する襲撃者。
 襲撃を、探偵たちは予測していた。
 というより、殺人犯が事務所に迫ったとき、それはシュラインの超聴覚によって察知されていたのだ。
 あとは、予定通りの迎撃体勢を取っただけである。
 個体戦闘能力の最も高いベータが遊撃。
 護衛対象の三下は、巫、北斗、零の三人がガード。
 ラブラブカップルには、互いに守り合ってもらう。
 これがベストの布陣なのだ。
 三下をどこかに匿うという方法もあるのだが、もし裏をかかれたらアウトだ。奇策を弄さず堅実な手段を選択したのである。
 攻撃をかける側は可能性に賭けても良いが守る側はギャンブルをしてはいけない。
 これは、あらゆる戦いの基本だ。
 スポーツなどでも同じなのである。
 たとえばサッカー。フォワードは賭に出ても良い。オフサイドになるかもしれなくても、ゴール前に飛び込むべきだ。キーパーチャージの反則を取られたとしても、突っ込むべきだ。
 しかし、ディフェンダーはそうはいかない。
 抜かれたら後がないのだ。
 些細な危険でも冒すべきではない。安全に確実に。ときには一人の敵に対して二人三人とマークに行くくらいの慎重さが必要なのである。
 あまりにも攻撃的なディフェンダーが最終的にあまり高く評価されないのは、そういう理由だ。
 まして、これはスポーツではない。
 ミスは絶対に許されず、再度の挑戦もないのだ。
「‥‥‥‥」
 殺人犯が、三下の方に走る。
「ひぃっ」
 悲鳴をあげるチキン。
 まあ、彼に勇敢な行動を求めるのが無理というものだ。
 さっと、青年の前に立ち塞がる零。
 これもセオリーだ。自分の身体を盾にする。
 後ろから追いすがるベータ。
 うまく決まれば、理想的な攻撃だっただろう。だが、唐突に殺人犯の姿が消える。
 上かっ!
 北斗の棒手裏剣が飛ぶ。
 しかし、それは空気を切り裂いて天井に刺さっただけだった。
「きゃっ」
「ちっ」
 零の悲鳴と巫の舌打ち。
 殺人犯は飛んだのではなくスライディングしたのだ。磨かれた床が、この際は仇となった。
 新人内野手のように足払いされた零がよろめき、そのこめかみに銃口が押しつけられる。
「‥‥フリーズ」
 なんと、探偵の義妹を人質に取ったのだ。
 さすがにこれは動けない。
 もし彼らがSPであるなら、この人質には意味がなかっただろう。仲間を見捨ててでも任務を遂行するのがSPの存在意義だからだ。
 しかし、探偵は違う。
 まして三下と零の比較だ。
 さすがに大きな声では言えないが、零の方がずっとずっとずっと重い。
「はぁ‥‥判ったよ」
「仕方ねぇな‥‥」
 北斗が手裏剣を、巫がナイフを捨てた。
 いくら彼らでも引き金を引くよりはやく、それらで攻撃することはできない。
 諦めきった表情で、ベータが殺人犯を迂回して三下の背後に回った。
「悪く思うなよ。サンシタ」
「ふぇぇ‥‥ミノシタですぅ」
 この期に及んで訂正するする青年。
 いまさらどっちでも良いような気もするが、
「私たちの負けみたいね。三下くん。迷わず成仏して」
 シュラインが言った。
「しょんなぁ‥‥」
 金瞳の男が、べそべそ泣いているチキンを引き立てて殺人犯に近づいてゆく。人質交換というわけだ。
 殺人犯は油断しなかった。
 一瞬の機会を探偵たちが伺っている。そう確信していた。
 それは、たしかに順当な考え方ではある。
 だが怪奇探偵は、殺人犯が考えるよりはるかに無茶で非常識なのだ!!
 突然、三下の顔が殺人犯の顔に急接近する。
 涙と鼻水でどろどろの顔だ。
「なっ!?」
 驚く殺人犯。
 当然だろう。まさか護衛対象を投げつけるとは、誰だって想像しない。
 むしろ人間を投擲武器として利用するものは、滅多にいない。
「ひぃぃぃ」
「くっ」
 汚いものを避けるように後退する殺人犯。
 気持ちは判らなくもないが、絶好のチャンスだ。
 零が床に身を躍らせる。
 投げた三下に追いすがったベータが、青年の足を持って振り回す。
 げこっ、というヤな音とともに強制的な接吻を交わす三下と殺人犯。
 よろめいたところに巫と北斗が駆け寄り、一瞬のうちに犯人を拘束した。
「よっしっ!」
 シュラインが指を鳴らした。
 完璧なコンビネーション。
 探偵たちの、完全な勝利である。
 しかもちゃんと三下も役に立った。武器として。
「Q〜〜〜〜」
 床にのびた雑誌記者を、蛍光灯が照らしている。


  エピローグ

「技名考えたっ!」
 翌朝、犯人を警察に引き渡した後、北斗が唐突に言った。
「何の技?」
 小首をかしげるシュライン。
「ベータが犯人をやっつけた合体技だよ」
「はぁ?」
 あれは技ということで良いのだろうか。
 蒼い瞳が、那神の方を向く。
 アルファに戻った彼が、一生懸命に三下を看護していた。
「可哀相に。痛くないですか?」
「Q〜〜」
「誰がこんな事を‥‥」
 アンタだアンタ、というツッコミを飲み込んで、
「で、なんて名前にしたの?」
 訊ねる。
「サンシタブラジオン!」
 びしっとポーズまで決める北斗。
 ちなみにブラジオンとは、コンピューターロールプレイングゲームなのど初期装備によくある、こん棒のことである。
「三下棍棒か。こりゃいいぜ」
 くすくすと、巫が笑い出した。
 紫煙が、ゆっくりと大気に溶けてゆく。
 一仕事終わった後のタバコは格別だ。
「さて。それじゃ事務所の片づけをしましょうか」
 ぱんぱんと手を拍つ事務員。
 一気に、日常が戻ってきたようだ。
 肩をすくめる仲間たち。
 スチーム暖房が、相変わらず不平満々に暖気を送り出していた。










                         終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0568/ 守崎・北斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・ほくと)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0374/ 那神・化楽    /男  / 34 / 絵本作家
  (ながみ・けらく)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「三下の降る夜」お届けいたします。
なにが降っているかというと、やっぱり三下くんの涙でしょうか。
不幸のデパート、三下くんの受難はまだ続きます。
さらに草間も巻き込まれます。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。