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新興宗教ネコミミ教
「……で、それはなんの冗談なんだ?」
目の前のソファに座った男の頭に鎮座しているネコミミを見て、草間武彦はため息をついた。
たしかに、草間興信所は怪奇事件専門の、などと冠詞をつけられてしまうことが多い。
だが、さすがに、ネコミミをつけた人間が訪れるのは、ありえないと言ってもいいような事態なのだった。
「いえ、冗談じゃないんです! お願いします! 僕の婚約者を……、救ってください!」
男は今にも泣き出さんばかりの勢いで草間にすがると、ぽつりぽつりと、事情を語りはじめた。
自分の婚約者が新興宗教にハマってしまって、すっかり人が変わってしまったこと。
だが、その新興宗教はどうやらあまりたちのよくないものらしく、彼女は教祖の情婦にされてしまっているらしい、ということ。
もしも逃げ出そうとしたとしても、教団の人間が大人数で無理に連れ戻してしまうため、自分の力では彼女を助け出すことは不可能に近いこと。
そして――その教団では、ネコミミの悪魔を呼び出すためと称して怪しげな儀式を行っていて、生贄を捧げているという噂もあり、行方不明者も出ている、ということ。
「僕に魅力がないというのなら、あきらめもつきます。でも……こんな状態じゃ、僕、あきらめきれないんです! せめて、話し合いがしたいんです。その上で、ふられるのだったら、あきらめもつきます。でも、そんな危ないところに彼女がいるのを、放っておけなくて……。こんなことをお願いするのは申し訳ないんですが、お願いします!」
一息に言い切ると、男は深々と頭を下げた。
「おお、よく来たな!」
とりあえずすぐに来てくれ、と連絡を受けて草間興信所を訪れた黒冥月の頭に、武彦が笑顔で黒いネコミミをかぶせてくる。
冥月は一瞬なにが起こったのかわからずに、武彦を見つめて目をぱちくりさせた。
「それが今回の仕事だ。実は、ネコミミ教っていう新興宗教に入信したまま帰ってこない婚約者を取りもどして欲しい、っていうのが今回の依頼でな」
「……それとこのネコミミになんの関係が」
冥月はぷるぷると身を震わせながら、それでも必死に平静をよそおって訊ねた。
「ああ、潜入するにはネコミミは必須だからな」
なにか深い意味でもあるのかもしれないと思っていた冥月だったが、その一言で我慢の糸が切れた。
冥月は笑みを浮かべると、無言で武彦の首を締め上げた。
「……ぶ」
正体がばれないように、と女装して草間興信所を訪れた北斗を見て、武彦は押し殺したうめきを上げた。
北斗はとりあえず、持ってきた猫の手で武彦の顔に猫ぱんちをくれておく。そして顔をおさえる武彦を押しのけて室内へ入る。
興信所の中には、見たことのない女がひとりいた。
黒い髪に黒い瞳、黒い服に白い肌のよく映える女性だ。あまり似合わないネコミミを頭の上に乗せている。
「依頼人は男じゃなかったのか?」
聞いていたのとは話が違うと、北斗は振り返って武彦に訊ねた。
「ああ、そいつは女に見えるが実はれっきとした男で……」
武彦が言いかけたそのとき、女が一気に跳躍して、武彦の額に膝蹴りをくらわせた。
「ぐぅっ……!」
さきほどとはあきらかに意味合いの違ううめき声をあげ、武彦はよろめく。
「私はれっきとした女だ。依頼人ではない」
そして振り返り、はっきりと女は言い切る。
「黒冥月という。よろしく頼む。お前の名は?」
「守崎北斗。よろしく」
「まあ、そんなわけで、仲よく調査してくれ」
よろめきながら武彦はふたりに言う。
そしてそのまま、よろよろと事務所の奥へ入っていってしまう。
「……少し痛めつけすぎたか」
「……なにしてたんだよ、俺が来るまで」
なんとなく予想はついたものの、北斗はとりあえず突っ込んでおく。
冥月はふふ、と笑うと視線をそらす。
「ま、いいけどよ。とりあえず、ちょっと罠でも貼ろうかと思うんだけどよ、あんたはどうするんだ?」
「そうだな……まあ、それでは先に罠の準備を手伝おう。罠を作るのはなかなかに楽しいものがあるからな」
「……楽しい?」
イロイロと疑問をおぼえたものの、なんとなく危険な香りがして、北斗はあえて突っ込まないでおくことにした。
「それで、その罠というのは色仕掛けも含むのか?」
「……」
相手は女だ、殴ってはいけない……。
北斗は拳をかためながら、そっと涙をのんでこらえた。
「……これでOKだな」
しばらくして、教団本部のそばの通りで、ヒモを握って物陰に隠れる女装した北斗とネコミミをつけた冥月の姿があった。
「本当にあんなもので大丈夫なのか?」
古典的なスズメとりの罠にも似た、猫の手をえさにした罠を見て、冥月が小さくつぶやく。
「ああ、コレくらいの方がいいんだよ。まさか、イマドキこんな罠を本当にやるヤツがいるなんて思わないだろ? だから引っかかるんだよ」
「なんとなく、スジが通っているような、通っていないような……」
北斗の説明を聞いても、まだ冥月は完全に納得がいってはいないようだ。
「まあ見てろって」
北斗は自信満々に返した。
「見ていることに異論はないが……その女装はなんの意味があるのだ? てっきり、あそこで道行く人間を誘い込むのかと思っていたのだが」
「……いや、誘えねえだろ」
北斗は小さく突っ込んでおく。
これはあくまで正体がバレにくくするための女装であって、教祖を悩殺するための女装ではないのだ。
「……お、なにか来たな」
冥月は北斗のツッコミなど気にもとめない様子で、罠の方を指さす。
北斗はそちらを見て硬直した。
なにしろ、それはまさしく“なにか”と表現するのがふさわしいシロモノだったのだ。
ネコミミをつけたマッスルマン――その姿は、北斗には見覚えがあった。
「あいつは……!」
「なんだ、知り合いか」
冥月が、あんなものと同類なのか――という視線を北斗に向けてくる。
「知り合いなんかじゃねえっての!」
北斗はきぃ、と否定する。そう、あいつ――海塚要は知り合いでなどない。強いて言うなら、宿敵だ。
「む、あんなところに猫の手が……!」
要はひょこりひょこりと跳ねながら罠の中へと入っていく。
とりあえず北斗はヒモを引いた。
するとつっかい棒がはずれて、要の上にかごならぬ檻がかぶさる。
「ぬ、ぬおおおおおお!」
猫の手をしっかりとかかえつつ、要はきょろきょろと辺りを見回す。
「ひっかかりやがったな」
北斗はふふ、と笑いながら檻の方へと近づいていく。
「む? ぷりちーなお嬢さんが我輩になんの用だというのだ。はっ、まさかこれはちょっと強引なラブ☆大作戦!?」
「……誰がぷりちーなお嬢さんでなにが強引なラブ☆大作戦だ」
北斗はげし、と檻を蹴りつける。
「なんだ、北斗か……。つまらん」
その言い草がなんだか気にさわって、北斗は無言でげしげしと檻を蹴りつける。
「ま、魔王虐待反対ー!」
「魔王が正義をとなえるなっ!」
げしり。
「まあ、そう怒るな」
冥月があとから出てきて、北斗の肩に手を置いてなだめるように言う。
「とりあえず、これが教祖か?」
「教祖かどうかは知らないが、こいつが一枚噛んでることははっきりしたな」
北斗は答えた。
こんなところをネコミミで歩いているという時点で、ネコミミ教と無関係とは思えない。
「ふはははは! よくぞ見破った!」
なぜか要は威張りながら答える。とりあえず北斗はもう1度檻を蹴った。
「だが、ちょっと諸事情で我輩は離脱させてもらう! これはいただいていくぞ!」
要はそう宣言すると、檻の中でとうっ、とジャンプする。
するとその身体が煙につつまれ、次の瞬間にはすっかり影も形もなくなっていた。
「……逃げられたようだな」
「……なんだか無駄に悔しい」
猫の手も持っていかれてしまったし。
この怒りをどこにぶつけるべきかわからず、北斗はげしげしと檻を蹴るのだった。
「……まあ、とりあえず、だ。要は依頼人が婚約者と仲直りできればいいのだろう?」
草間興信所に戻ってくると、冥月は武彦に向かってそう訊ねた。
「ああ、多分そうだと思うが……どうする気だ?」
タバコをふかしつつ武彦が訊ね返す。
「写真があれば、婚約者の居場所を特定できる。あとは依頼人と婚約者、同じ異空間に放り込んで話し合わせればよかろう」
「なんだか乱暴な方法だな」
やや拗ね気味な様子の北斗が言う。
「男女の問題など、最後には当人同士で解決するほかないからな」
「お、経験豊富そうな意見だな。さては遊び人だな? 何人の女を泣かせ……」
またくだらない冗談を口にした武彦の頭に、冥月の蹴りがきれいにキマる。
「ぐ……!」
武彦は頭をおさえてうめく。
「自業自得だ」
冥月は鼻を鳴らした。
「さ、出せ」
そして武彦から写真をもぎ取ると、冥月は足下に落ちる影へともぐっていく。
「……へ?」
北斗は驚いたような声を出していたが、冥月は気にせずに影の中に入っていった。
影の中をまるで水中を泳ぐかのように進みながら、冥月は気配で写真の主の影を探す。
影を見つけることができれば、冥月は相手を自分のフィールドへ引きずり込むことができるのだ。
感覚を広げて探していくと、やがて、写真の女性と一致する影が見つかる。
冥月はその影を、自分の側へと引きずり込んだ。
あとは依頼人を引きずり込んで、亜空間へ放り込むだけだ。依頼人を探すべく、冥月はふたたび探索をはじめた。
「……とりあえず、あとは当人同士の問題だろうな」
なんとか両方を亜空間に放り込むことに成功したあと、影の中から現実世界へ戻って来て冥月は言った。
「おお、そうか」
すっかりくつろいだ様子でソファでタバコをふかしていた武彦が、冥月を見て軽く手を上げる。
「なら、これで依頼完了――だな。で、ところで」
武彦は声をひそめて冥月を指してくる。
「そのネコミミ、気に入ってるのか?」
「……」
冥月は無言で武彦の方へ歩み寄ると、かためた拳を振り下ろした。
一方その頃、教団の方でもすべてが終わっていた。
要は地面でぴくぴくと震え、教祖は壁際でぷるぷると震えていた。
依頼完了ということで他の4人は去ったが、まだ目的を果たしていないみそのはその場に残ったのだった。
「教祖さま」
みそのは静かに声をかける。
すると教祖は捨てられた子犬のような視線をみそのに向けてきた。
みそのは嫣然と微笑むと、そっと、教祖の身体に腕をまわす。
先日、サキュバスから教わった夜伽の技を試す機会を狙っていたみそのは、その実験台として教祖を使うことを思いついていたのだった。
「大丈夫ですわ。わたくしはなにも恐ろしいことなどいたしません」
みそのはそっと、豊かな胸元を押しつける。
「さあ、参りましょう?」
みそのは、教祖を奥の部屋へとうながす。
教祖はにわかに自信を取り戻したのか、大きくうなずいた。
そうして、ふたりは奥の部屋へと消えていった。
床の上でぴくぴくしている要を残して――
その後、ネコミミ教はネコミミをつけるのに特殊メイクや外科手術などに頼りだし、人々を恐れさせた。だが、そのすぐあとに教団は突然壊滅してしまう。
どこからともなくあらわれたサキュバスとインキュバスの軍団のおかげで教団が壊滅した、と噂が流れたが――それらがすべてみそのの気まぐれのたまものだということは、誰も知らない。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1431 / 如月・縁樹 / 女 / 19 / 旅人】
【1388 / 海原・みその / 女 / 13 / 深淵の巫女】
【1691 / 藤河・小春 / 女 / 20 / 大学生】
【2336 / 天薙・さくら / 女 / 43 / 主婦/神霊治癒師兼退魔師】
【0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生(忍)】
【2778 / 黒・冥月 / 女 / 20 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0759 / 海塚・要 / 男 / 999 / 魔王】
【0888 / 葛妃・曜 / 女 / 16 / 高校生】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、発注ありがとうございます。今回、執筆の方を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹と申します。
黒さんはこちらへの発注が初のOMC商品発注とのことで、少々緊張しながら書かせていただきました。全体的に、このような感じでギャグテイストにまとめてみたのですがいかがでしたでしょうか? お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。
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