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<東京怪談・PCゲームノベル>


真鍮の日に


■ハチジルシ!■


 おや、とエピタフが目を細め、へろり、と藍原和馬が手を振った。

「こんな夜に来るなんて」
「悪いか?」
「ちっとも」
「仕事が終わったんでね」
 朝の11時から夜9時まで、ろくな休憩もなしに働かされたのだと――和馬はいちいちぼやきはしなかった。真鍮天使は緑色の目をして微笑んでいた。きっと自分が言わなくても、自分が今までどのようにしてこき使われていたかわかっているのだと、和馬は何故かそう思ったのだ。

 真鍮の塔の内部は相変わらず規則正しく動いていたが、その音は街の雑踏に比べると、それほどやかましくもせわしなくもなかった。
 今日はちゃんと天井もあるし、道もあるし、扉もある。
 和馬はもう見慣れようとしている塔の内部を眺めて目を細めた。
 この中の様子なら、展望台がありそうだ。そんな想像がつくほどに、和馬はこの『塔』を知っていた。

「オウムと船長はいるかい?」
「彼は一等航海士だよ」
「どっちだっていいって。あんたらはともかく、オウムのやつは『塔』から出られるみたいだからな。ふたりで1セットのあいつらに会いたくてさ」
「会いたいと思えば、もし出かけていても、戻ってくるよ」
「そうか」
「あんまり呑ませすぎないようにしてね」
「はいはい」
 『塔』の主と挨拶程度の会話を交わすと、和馬は手頃な扉を開けた。相変わらず鍵はかかっていなかった。不用心だな、と彼は扉に向かって茶化した。

 和馬は、100円ショップで買ったグラスとそこそこ値の張るラム酒を持っていた。今日の給料もまた日払いだった。毎日食い扶持にあぶれているわけではないのだが、和馬がつく仕事は日払いのものが多かったし、和馬本人もそれを有り難いと思っていた。今日もこうしてまとまった金が手に入ったから、いつもの気まぐれで酒を買い、ふらりふらりと『塔』に来ることが出来たのだ。

 口笛が聞こえた。船乗りが風を呼んでいるのだ。
 そう言えば、船に乗ったこともある。
 ――あンときも、こき使われたな。
 開けた展望台を、灰色の風が吹き抜ける。

『カムラ! ナダムラ!』
「ヨーソロー!」
 ブリキのオウムが翼を広げて喚きたてた。ブリキの筒の中で誰かが喋っているような、割れた耳障りな声だ。
「ヨーホー兄弟! 夜風は北北東から来てるぜ!」
 風が吹き荒ぶ展望台には、ガラスなどない。足を踏み外せば東京の街にまっさかさまだ。それでも真鍮の翼の船乗りは、展望台から突き出た一本のシャフトの上に立っていた。
「オイ、危ねエぞー。それともあんた、飛べるのか?」
「鮫はいねエ!」
 とは言いつつも、船乗りは素直に展望台に戻ってきた。
『カイナハデクキガキ!』
「カイナハ……なんだって? ちゃんとどっかの国の言葉で喋れよ。それでもって、もっとゆっくり」
『レクテセマノ!』
「腹減ったか、ならネズミ食え!」
 ブリキのオウムは割れた声で喚きながら、船乗りの肩から和馬の肩に飛び移った。
「うを」
 意外と重い。だが、金属で出来ているわりには軽いのかもしれない。
「さてはハリボテだな、鳥公」
 苦笑しながら、喚きたてるオウムにではなく、船乗りにグラスを差し出した。手近なパイプに腰かけて、和馬はボトルのキャップを外し、黄金色のラム酒を注いだ。自分より先に、船乗りのグラスに。

「死人の箱に15人!」
「ヨウ・ホウ・ホウ!」
「おまけにラムがひと瓶だ!」
『タケヅタカガマクアトケサハリコノ!』
「ヨウ・ホウ・ホウ!」
「おまけにラムがひと瓶だ!」
 儀式のようなものを済ませて、和馬と船乗りが同時にグラスのラムを煽った。ぷはあと船乗りが息をついたが、ラムの香りの息を吐いたのは、和馬の肩にとまったオウム。
「臭えなオイ」
『プギャ!』
「致し方なかろう」
 肩をすくめる船乗りは、空になったグラスを差し出す。和馬は大した文句も言わずに、ラムを注いでやった。味わっているのかも定かではない呑みっぷりで、船乗りはあっと言う間に2杯目を空けた。
「高いラムなんだから、ちっとは味わえよ」
「女々しいぞ! 漢というものは、酒の値など省みぬ!」
「誰の金で買ったと思ってんだー!」
『ウギャ! ガギャ! ギイプギイウキイ!』
「耳元でうるせー!」

「うらまやしい」
「うらやましい、だよ」
 展望台の柱の陰から宴を覗き見しているのは、白い月の子とエピタフだ。

 グラスが落ちて砕け散り、ラム酒の瓶は空になっていた。

「あんた……てっぺんに行ったことあるのか?」
『ハチジルシ! ウギャ!』
 和馬は天井を指差しながら、船乗りに尋ねた。船乗りはといえば、遠眼鏡で肩を叩きながら、素面で答えるのだ。
「人間が上り詰めねば意味がない」
「じゃ、人外の俺は行けないわけか――」
 肩をすくめる和馬の言葉に、船乗りが目を見開いた。心底驚いた様子だった。
「おう、おまえは上りたいとは思わぬのか。地べたで嘆くばかりで、往こうとは考えぬのか。神や仏が上ったところで、我らは何も咎めはしない。ただ<深紅の王>と門番が、如何にするかは未来のみぞ知る」
「俺はカミサマでもホトケサマでもないわけよ。そんなに有り難いもンじゃアない」
 和馬は、くあッと牙を一瞬見せつけた。
「薄汚いケダモノさ。おまけに、死ぬのを怖がってて――」
 船乗りは何も言わず、オウムもカシャカシャと首を傾げるばかりで、黙り込んでいた。『塔』のすべてが、和馬の言葉に耳を傾けているのだ。
 しかしながらそれには気づかずに、和馬はラムの香りの溜息をついた。
「あー、酔っちまった。酒は呑んでも呑まれるなってな、よく聞くのに」
 彼はのろのろと立ち上がり、黒スーツの懐に手をやった。掴んで取り出したものは、ポケットサイズのラム酒だった。
「俺はもう無理っス。呑んでくれ」
「有り難い!」
『プギャギャ!』
「今度来るときァ、オウム語を勉強してくる」
「帰るのか」
「今夜0時きっかりにイベントがあってさ……会う約束があるもんでな」
「今は22時31分だ。慎重に急げ」
「アイ・サー、おやびん!」
 船乗りに向かってよろりと敬礼をすると、和馬は歩き出す。その肩から、ブリキのオウムが飛び立った。いつも背中で回っているねじの回転が、今は逆の方向に回っていた。

 『塔』の頂上に行くのも乙だった。明日以降は今のところ仕事も入っていないし、自分には半永久的な時間がある。その爪と牙で真鍮を削りながら上り詰め、頂きを征するのは出来ないことではなさそうだった。
 和馬はそう思っていた。
 船乗りは、行ってみろと言った。酔った勢いで吐き捨てたつもりではなさそうだった。
「俺は、でも……」
 予定があるのだ。暇さえあれば遊んでいる良質MMOがある。そこで相棒と一緒に武器を取って戦う予定があった。
 ブロードバンド回線の向こうで、チョコレートをくれた相棒が待っている。ダークプリースト襲撃イベントは0時からでも、待ち合わせは確か23時だった。0時きっかりにログインしても、体勢を整える時間がないまま死ぬことになりそうだったからだ。

自宅が見え始めたのは、もう23時をまわった頃だ。『塔』で思わぬ長居をしてしまった。
 遅い、と怒るであろうMMOの相棒に、何と言い訳をしようか――

 何故、神でも仏でも人間でもない自分が、あの『塔』にふらりと引き寄せられたのか。

 いつか『塔』の頂きに行くことは出来るのだろうか。

 そこで待っているイベントは何だろうか。

 イベントが終わったあと、あの船乗りとオウムはどこに行ってしまうのだろう。


 和馬は真鍮の塔の方角を降り返ったあと、自宅のドアを開けた。




<了>


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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【1533/藍原・和馬/男/920/フリーター(何でも屋)】

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               ライター通信
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 モロクっちです。すみません、大変お待たせしました。
 お任せの範囲が広いので多少お時間をいただくことになってしまいました。酔っ払いの会話は書いていて楽しかったのですが(笑)。藍原さまはコミカルにもシリアスにも対応出来る優れたPCさんですね。わたしが書かせていただくと、いつもコミカル寄りになっていますが……。
バレンタインピンナップが面白かったので、ちょっとだけ反映させてみました。
 楽しんでいただけたら、幸せです。