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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Renommee mit Musik


 何かが生まれるという時は、とても時間がかかって大変な時もあれば、
ふとしたきっかけで瞬間的に生まれる時もある。
 時としてとても大変な思いをして生まれたものより、
瞬間的に生まれたものの方がその後、発展を見せる場合もある。



 都内某所の楽器店にあるレンタルスタジオの中で、
井上・麻樹は新製品でついさっき店に入荷したばかりのギターをチューニングしていた。
 この楽器店の店主と知り合いで、たまたま覗きに来たところを捕まって手伝わされているのだ。
麻樹は絶対音感の持ち主で、一般的には専用のチューナーを用いて弦を微調整するところを、
それを使わずに、しかもかなり正確に素早く作業を行えるという事で店主に重宝がられていた。
「なんやタダ働きや言うたら割にあわんやんか…」
 綺麗に整った金髪をぐしゃっと掻きながらそんなことを呟きつつも、
黙々と作業を続けていた麻樹だったのだが、不意にスタジオの外に見慣れた人影を見つけて立ち上がる。
防音の為に二重構造でしかもかなり重い作りのドアを慌てて開き…
「泰志君!」
麻樹はその人物へ声をかけた。
片手にバンドスコアを持ったその人物は立ち止まり…銀色の長い髪をさらっと揺らしてゆっくりと振り返る。
そして麻樹と目が合うと、その人物…佐々木・泰志はニッと笑みを浮かべた。
「久しぶりやん麻樹君!ここで何してんの?」
 クールでどこか神秘的なその外見に反して、やたらと軽い感じの関西弁が発せられる。
彼の事を知らない者がすぐそばにいたら驚いて立ち止まり顔を確認したかもしれない。
「見ての通りの無料奉仕やで」
 そんな彼に、麻樹は手にしているギターを笑みを浮かべて掲げて見せ、泰志をスタジオ内へ手招いた。
とりあえず手に持っている商品のバンドスコアを棚に戻して泰志は久しぶりに中へと入る。
以前はよく使っていたそこも、もうしばらく足を踏み入れもしていなかったせいで懐かしい感じだった。
 麻樹と泰志の二人は、高校時代の後輩と先輩の関係である。
22歳と23歳で年齢がひとつしか違わない事もあり、それぞれ別々のバンドで活動していた時も、
時折ユニットとしてライブハウスに出てみたりする事があった。
しかし、ここ最近は多忙にかまけてあまり連絡が取れていなかったのだが…
「最近どうなん?なにしてんの?」
「そやなあ…そっちこそなにしてん?バンドやってんのやろ?」
「よう聞いてくれた!それがなあ…」
 麻樹は抱えていた調整中のギターを脇に置いて、泰志と向き合うと、
つい最近、諸事情で今まで活動していたバンドが解散したことを告げた。
別にバンド仲間と仲が悪くなっただとか、音楽の方向性が違ってきたなどと言うわけではなく、
なんと言うか、年齢とともに社会生活へ足を踏み入れ始める者が増えてくると言うか…。
「ま、そう言うわけで…最近は活動らしい活動もしてへんわけや」
 腕を組みながらしみじみと語る麻樹。それを聞いた泰志は、少し驚いた顔をして。
「偶然やな…」
「へ?」
「いや、俺も実は最近バンド解散したとこやってん…」
 意外な泰志の発言に、今度は麻樹が驚く。
「なんで!?泰志君とこのバンドや言うたらかなり人気やんか!」
「俺も麻樹君と同じようなもんやで…」
「なんや…あんな人気あったのに解散してまうんか…」
「よっぽど人気出えへんかったらやっていかれへん世界やからなあ…」
「そやなあ…」
 いい年した男が、しかもかなりルックスは申し分ない男二人が、
実に情けのない溜め息をはいてがっくりと項垂れる。
もし二人の、あるいはどちらかのファンがここを通りがかってもそうだと気付かないくらいの情けない風貌だった。
しばし、ガックリとしたまんまの二人だったが…
『なあ…』
 不意に、二人同時に顔をあげて…しかも声をそろえて話し掛けた。
『いや、そっちが先でええで』
 さらに続けて同時に言う。
『じゃあ先に言わせてもらおか』
別に話し合ったわけでも無いのに、三連続でのその発言に…二人は再び同時に吹きだした。
「なんやねん麻樹君!」
「そっちこそなんや泰志君!!」
「いや、俺は…どうせやったら一緒に活動せえへん?って思うてな」
「偶然やなー!俺も一緒にやらんか、て言おうと思うとってん」
 あははは、と盛大に笑いながら互いに涙すら浮かべて言う。
そしてひとしきり笑いあったところで…ふっと真面目な表情を作り。
「今の話、マジで?」
「マジもマジ、本気と書いてマジ」
「古いねん!いまどき誰も使わんわ!」
 泰志のボケにしっかりツッコミを入れる麻樹。
そして、再び二人の間に笑いが起こり…静まると、改めて互いに顔を見合わせ。
「せっかくや!本格的に組んでやろうや!」
「そうやな、俺もそう思ってた」
 麻樹の言葉に、泰志はすぐに同意する。
「でも本格的にやるとなったら名前どないする?」
「名前か…」
 バンドにとってバンド名というのはかなり重要である。
名前負けしてもいけないし、かと言ってインパクトの無い名前もバンドとしては致命的。
実はバンドをやっている者がけっこう、頭を使う事柄なのである。
「う〜ん…そういやだいぶ前に話した事があるアレはどうや?」
「アレ?」
「”Blutschande”」
 麻樹はニッと悪戯っ子のような笑みを口の端に浮かべつつ、言う。
聞き覚えのあるその単語に泰志は「ああ」と頷いて。
 Blutschandeと言うのは、二人でユニットとして活動をしていた時に、
ユニット名に出来ないか?という事で話題に出たバンドの名前。
『血』という意味がいい…と、麻樹が様々な辞書を片手に調べまくって見つけた単語だった。
しかし結局は、違うユニット名にしたのだが。
「どうや?ええやろ?!」
 麻樹は子供っぽい表情で泰志の顔を覗き込みながら様子をうかがう。
「…確かそれ…ドイツ語で”近親相姦”って意味やったな…」
「そうや。でもこれ、直訳したら『血の不名誉』って意味やねん」
「血の不名誉…」
 なかなか、いい響きである。
泰志は頭の中で何度もBlutschandeと言う単語と、その意味を繰り返す。
ボーカリストという立場から、何度もそのバンド名を口にするであろう可能性があるゆえに、
自分にとって、しっくりと来なければその名前は使う事はできない。
しかし…。
「”Blutschande”…それでいこう!」
 満足げに頷くと、麻樹に笑みを向けた。
「ほんまに?!よっしゃあ!決まりや!」
「ああ。決まりやな!」
「嬉しいわ〜!泰志君と本格的に”Blutschande”で活動か!」
「なんや麻樹君も頑張って楽曲作ってや?」
「任せてや!せやけど泰志君も一緒に作るんやで?」
「わかっとるって!」
 あはははは、と二人で和気藹々と笑い声をあげてBlutschandeの誕生を喜び合う。
互いに顔を見詰め合って、これからの未来への思いをはせていた…の、だが。
「こらぁ!井上ぇ!!仕事しねえでなにやっとる!?」
「げ!店長ッ!!」
 あまりにもチューニングが終わるのが遅いことを不審に思った店主がスタジオに乗り込んできて、
二人の会話は中断されたのだった。
「俺、別にバイトちゃうやんか!なんで怒られんねん!」
「こないだの弦の代金、未払いになってるのは誰かな?」
「―――すぐやります」
 大人しく、ギターを手に取る麻樹。
泰志はおかしそうに、爆笑しそうになるのを必死で堪えながらスタジオを後にする。
「また後でな!」
「ああ、頑張れや」
 泰志の去り際、二人でそう言葉を交わし、軽く手を挙げて…
その”思い”を確認し合うかのように頷き合うと、それを別れの挨拶に変えて。




 かくしてここに。
ふとしたきっかけで瞬間的に一つのバンドが生まれたのだった。
 果たしてこれからの二人が、発展を見せるバンドになるのか…
それとも数あるバンドの中の一つとして埋もれていくのかは、今後の二人次第なのであった。

―――願わくば二人に音楽の名誉のあらんことを。






【終わり】


※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。
※ドイツ語に詳しくないのでタイトルに嘘偽りがあるかもしれませんがすみません。(^^;