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古き血脈
ふいに。
誰かに呼ばれたような気がして、紅蓮の鬼姫・雷歌(ぐれんのおにひめ・らいか)は、ここではないどこかへ目を向けた。
かつて住んでいた――けれど今はもう誰もいない――寺に久方ぶりに帰ってきた雷歌は、小さな苦笑を零して目の前の社に視線を戻す。
別に懐かしさだとか感傷でここに来たわけではない。
ここは昔から良く使っている場所で落ちつくし、精神集中にはもってこいだと思って修行をしに来たのだ。
ここに来た理由は修行のためで、ただそれだけ。……それでも思い出してしまうのは、きっと、今の自分が一人だから。
一人……と言っても今の世に知り合いがいないわけではないし、時に共闘することもある。けれど、彼らと深い付き合いはなかった。
だから余計に思い出すのだろう。
かつて心を寄せた人、雷歌を封印から解放してくれた老人のことを。
かつて同じダークハンターとして活躍した戦士たちのことを。
だが彼らはもうどこにもいない。時の流れの中で老人は亡くなり、繰り返される戦いの中で現代に残るダークハンターは雷歌ただ一人となっていた。
けれど、人に仇為す魔物や妖怪も、それに付随する怪奇事件も。こちらの都合はお構いなしに現れる。
今のままでは力が足りなくなる日もそう遠い時ではないだろう――故に。
雷歌は、ここに来たのだ。
新しい何かを手にするために。
社の中も外見と同様、昔のままだった。まあ、全体的に老朽化していることを除けば。
シンと静まりかえった涼やかな空気。キシキシと小さな音をたてる木造りの床。
その中央に雷歌は、座禅を組んで瞳を閉じる。
視界が此の世と切り離されて、さらに静けさが増した気がした……。
乱れなき水面の如くに己を鎮め、己の中の邪気を祓えばどこからか澄んだ水音が響く。人の世の中では見落としがちな、大地の水音――大地を流るる聖浄なる気が、瞳に聴こえる。
身体は静かに座したまま、意識の手を伸ばしてそっろ触れれば、さらさらと流るる気は、意識の隙間から零れ落ちて――けれど全てがすり抜けて行くことはなく。
少しずつ、少しずつ。
雷歌の身体(なか)に染み込んでいく。
……どれくらいの間、そうしていただろうか。
ゆっくりと身体の内に積もっていく気が、ふいに形をとった。
自分の意思ではなく、身体に変化が訪れる――異形化が起こっているのだ。雷歌はその変化の流れに逆らうことなく身をゆだねる……。
広がる気配が身体に満ちきったと思った瞬間、感覚が、現実に戻った。
座禅を始める前と変わらぬ景色が目に映る。
そして、変わっている自分を自覚する。
身体中に力が、妖気が満ちていた。いつもの異形化と違う、ずっと大きな力が身の内にあることがわかる。
そして姿も……雷歌が良く知るそれとは違っていた。一つであるはずの角が、双角となっていたのだ。
望み通りに新たな力を得たことを自覚し、同時に。
雷歌は、知った。
強き妖力が、今まで知り得なかった事実を知覚させたのだ。
自らの持つ妖気の源。
その理由。
自分が人と違う原因となったもの。
……驚きは、なかった。
ただ、納得した。
――……ゆっくりと立ちあがり、本堂へ向かう。
たぶん、またしばらくは――いや、もしかしたら二度と――ここには来ないから。
やはり本堂もずいぶんとくたびれていたが、だが変わってはいなかった。
静かな空気もその雰囲気も。
奥の仏像に祈りを捧げて、雷歌はくるりとその場に背を向ける。
過去にありし者たちへの祈り。
未来に誓いを約束する祈り。
今までと同じにこれからも続いていく運命(さだめ)に想いを馳せて。
……雷歌は、己が定めた役目へ向かい、歩き続ける。
遥か昔の世に騒がれた、強大なる力を操りし鬼――朱天の血脈をその身に背負い。
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