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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


繰り人
------<オープニング>--------------------------------------
「こんにちは。あなた、どこから来たの?」
 煙草の買い足しに行って戻ってきた時、応接間からの零の声が聞こえおや?と首を傾げる。
 子供でも迷い込んできたのだろうか。
 買ったばかりの煙草を開け、一本口に咥えながらひょい、とソファの置いてある空間を覗き込み、そして妙な顔をした。
 ――其処に居たのは、一体の…人形だった。
「おかえりなさい。…また早速吸うんですか。少しは控えて下さいっていつも言っているじゃないですか」
 人形に熱心に話し掛けていた零が、口を尖らせながら煙草に視線を注ぐ。
「それはともかく――なんなんだ?拾ってきたのか?」
「…やっぱり、お義兄さんじゃないんですね。さっきゴミを出して戻ってきたら、ここにこうしていたんです」
 まるで、依頼主のようにソファのど真ん中にちょこんと腰掛けているその人形。
 サイズは小柄な小学生くらいだろうか。ひらひらの夢見るようなオレンジ色のフリルたっぷりのドレスに、同色の靴、レースをふんだんに飾り付けてある帽子、おまけにハンドバックまで色に合わせて揃えてあり。
 そして、その人形は、一瞬あれ?と見まごう程リアルに作られていた。もちろん、直に人形だと分かる顔立ちなのだが。
「困りましたね」
「喋ったりしなかったか?話し掛けていたみたいだが」
「いいえ、全然。でも可愛いですね。……」
 しゃがみこんで目線を合わせている零が、その精巧な造りにうっとりとした表情をする。…生い立ちはともかく、彼女も『女の子』であるからにはこう言ったものに興味があるのかもしれないが、それは恐らく自分から言い出しはしないだろうとも思う。
「…とにかく、それは別の椅子に座らせておいてやれ。この場所は客専用だからな」
 興信所の応接スペースに…いや、目に付く位置にあのような人形が置いてあったら…自分なら迷わず帰るな、と思いながら零にそう指示し、普段通りの生活に戻った――筈だった。
「あれ?…お人形、動かしました?」
 少しして、掃除を終えた零がほんの少し席を外していた武彦に尋ねてくる。
「いいや。…まさか」
 ソファを覗けばそこに、ちんまりと座った人形が。

 ――どうやら、今回の依頼主はコレらしい、と、痛む頭を押さえながらも認めざるをえなかった。

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「それで、ずっと此処に?」
「ええ。この位置からは移動しないようなので」
 零の言葉を聞きながら、目の前に回ってしゃがみ込んでみる。
 …確かに、リアルな作りの人形。目も書き込みではなくきちんと大きさに合わせて作られていて、その眼差しは室内の光を柔らかく反射している。
 んー、と呟きながら立ち上がったシュライン・エマは、くるりと振り返って零に向き直った。
「他の客が来た時に邪魔になるんじゃないの?」
「なるでしょうけど…来てませんし」
 はっきりきっぱり言い切られて、なんだか侘しい気になった。

 ちょこーん。
 微動だにしない、綺麗な姿勢でソファに座り続けている少女(?)。
 目の前には零が置いたらしい可愛らしいカップに注がれた紅茶が冷めてしまっている。飲まないだろうと分かってはいても、つい出してしまったらしい。どうせ飲まないなら湯呑みに渋茶だっていいじゃないか、と言った武彦は零とその場にいた女性何人かにじろっと睨まれさっさと自分の机に退散していた。
「早いところ解決してくれないか。給湯室でしか煙草を吸えないのは厳しいぞ」
 ふわふわのロングヘアに煙草の匂いが付く!と事務所内での一切の喫煙を零に禁じられてしまった武彦が机の向こうから声を投げかけて来た。
「来てから、反応はないんですか?」
 妙にリアルな大きさだからからか、持ち物に手を付けて良いものかどうか躊躇いがある。そんなことを集まっていた他の者も思っていたらしく、ぱたぱたと動き回って皆に茶を配っている零にみなもが声をかける。ないんですよ、と残念そうに返事を返した零がちらっとその人形を眺めて小さく息を付いた。

 再び人形の近くに行き、目線を合わせるようにしゃがみこむ。そっと手を取ると、思っていたよりもずしりと来る重さにほんの少しだけ目を見開いた。それ以外で言えば滑らかな肌触りとひんやりしているものの不快ではない手の温度に良く出来ていると思ったことだろうか。
「答えられるなら答えて頂戴。…貴方の依頼内容は、なぁに?」
 此処に来た以上、何らかの意思があると見て間違いないと思うのだが。

 ――反応は、無かった。

「…残念ね。これですぐ返事が来るなら簡単だったのに」
 他の者もどこかがっかりした顔で、どう言う風に調べようかと思考し始め。
「それじゃあ、ごめんね?少し調べさせてもらうわ」
 そっと彼女に声をかけた。
 …身に付けている物で、手に取って支障の無さそうな物と言えば、帽子、バッグ、上着くらいだろうか。
 帽子をウィンに手渡し、みなもと2人がかりで丁寧に上着とバッグを取り外す。
「良く出来ています。…あまり…古い物ではなさそうですが」
 そこにす、と近寄って人形を調べ出す青年。セレスティは人形の本体そのものを調べることにしたらしい。手を取り、関節を曲げ伸ばしし、軽く押して見てふむ、と小さく呟く。
「此れほどの物は工場製品ではないでしょう…専用の工房があると見て間違いないと思います」
 其れは、シュライン達も薄々感じていたことだった。
「わぁ。素敵なブラウス」
 どうやらオレンジでまとめているらしく、中のブラウスも非常に淡い色ながらオレンジ色が使われている。縫製もかなり確りしており、細かいフリル等は手縫いのようで…それらを見ながら思わず溜息を付いた。
「こう言ったブランド服知ってますけど…高いんですよねー…」
 やはりフリルとリボンをメインにした夢見る乙女ちっくな服飾デザインを思い出しつつ、みなもが呟く。
「布の質もかなり良いわ。…ブラウス…これ、もしかして絹かしら」
 つ、と襟の部分を指で撫でながらしっとりとしたその感触に軽く首を傾げる。
 今度は手分けして上着とバッグを其々で調べることにした。
「少しお借りしますね」
 上着を手に取ったみなもが人形の隣にすとんと腰を降ろし、丁寧にひっくり返しながら上着を調べて行く。その様子を見ながら、シュラインも手に持ったバッグの中を覗きこんでみた。
 花柄のハンカチと、香りつきのティッシュ。それに、香水の小瓶、化粧品の入った小さなポーチ。
テーブルの上にひとつひとつ置きながら、他にはないかと見ていると、小さなスウェードの巾着と一冊の手帳が現れた。
「これで全部ね」
 ハンカチには隅にY.Kと縫い取りがある。この人形のイニシャルだろうか。メモをして、丁寧に畳む。
 香水は上品な香りの、シュラインも知っているブランド品。人形からは香水の香りはしなかったが、嗜みとしての所持品ということだろうか。一緒に入っているポーチの中の化粧品類も同じく。そう思って良く人形の顔を見れば、薄らと化粧をした跡がある。此処に来るまでにやや取れてしまった感もあるが。
 …後で、塗りなおしてあげないと。
 そう呟いて次の品へと目を移す。

 小さな袋の中には、可愛らしいビーズのブレスレットが入っていた。…が。
「あら?」
 ピンク色の其れは明らかなプラスチック製品。ダイヤを意識しているのか多面体にカットされた中を、白いゴムが通っている…要するに、おもちゃ屋や夜店等で見られる安っぽい品で。
 それも結構古いものなのか、色がところどころ変色していた。
 そして、もう一冊の手帳には…達筆で、びっしりとスケジュールが書き込まれていた。人形に対してなのか、それとも他の者に対してなのか、ピアノ、バイオリン、琴、お茶、お花、日本舞踊、バレエ…其々が分刻みで組まれており、その上、家庭教師という文字も夜の時間帯に細々と書かれていた。
 そしてコレもまた、古めかしい物だった。手帳の紙が黄ばんで変色している。

「気になるのはこの2品ね。…バッグのタグは…と」
 ブランド名でもあれば、と調べると、出てきたのが刺繍文字で書かれた『S&D商会』というタグ。聞いた事ないわね?と首を傾げつつ、他の人の様子を見た。
 みなもも終わったようでほーっと溜息を付きつつ上着を着せなおしている。

「なんだか…生きているみたい。気のせいかしら?」
 ふと手を離し呟くウィンの言葉が、耳に残った。
「お母さんの所へ帰りたいみたい。外に出て嬉しそうだったけど…どうやら、体が動かなくなっちゃったらしいわ」
 さらさらの髪を撫で、帽子をそっと載せて形を整えつつウィンが言う。


「…すみません。祭りの記述が、手帳の何処かにありませんか?…どうにも、細かい文字は読み難くて」
 何か見ていたらしいセレスティの言葉に、緋玻が近寄って手を差し出した。ぱらぱらと数枚めくってぴたりと手を止める。
「…ああ、これかしら。ひとつだけ、『おまつり』って書いてあるわ。どうやら、その日だけ予定していたスケジュールが変わったらしいわね」
 ボールペンでか、黒々と塗り潰された予定の上に、平仮名で踊るように書かれたその文字が。
 他のページで、インクが滲む原因を作った…涙が。
「――諦めきった子供の感情が…染み込んでいますね。この手帳には」
「これだけきついスケジュール組めばね。自由時間なんて全く存在してないわ」
 緋玻も微妙に眉を寄せながら、そう呟いた。

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「よし、と。これで、別の手がかりが映ればいいんだが。…少し、覗かせてもらうぞ」
 人形に断りを入れた歌音の能力によってか、皆の近くに引き出されたテレビには、『彼女』の家の内部や其処から見える外の様子、そして母と父の姿までがはっきりと映しだされた。彼女の名前も「ユカリ」と言うことまで分かり。

『もう、何処にも行ったりしないでね?…ずっと…ママの傍に居てね?』
 ――ひたすら繰り返される『母』の言葉。
 画面に見入っている皆も何処か複雑な表情を隠せない。

「――これって、人形のこと…よね?」
「恐らく…ですが」
 セレスティが手に持ったままの手帳を指先でなぞりながらゆる、と首を振り、
「この手帳の持ち主が、この人形のモデルだとしたら…本人は、どうしているのでしょうね」
 他の物はまるで見えている様子のない『母親』が常に付きっ切りで。

 ――どちらにしても、『母』の手の中で踊らされる人形でしかない。

「…それでも」
 ウィンが、静かに告げる。
「この子は――母親の元へ帰りたがっているわ」
 と。

 突然、人形の体がびくんっ、と跳ね上がった。

『…ガ、ウ…ちがう…アタシ…カえりたく、ない…』

 呻き声。無理やり音の出ない場所から搾り出すような声は、部屋の空気を震わせている。泣き声のようにも、助けを求めるようにも聞こえて。
『…ア…ア、ゥ…いや、いや…たす、け、て…』
 そして、次第に遠くなる声。女性の声のようだが、はっきりとは分からない。

 ――声が消えてからも、室内はしん、と静まり返っていた。

 ウィンが『観た』感じでは、帰りたがっている気持ちの方が強く感じたのだが…今、『喋った』彼女は、帰りたくないと…助けてくれと、懇願していた。
 その気配はあっさりと消えてしまったけれど。
 今は只、大人しくソファに座って、前方を向きながら微笑んでいるだけ。

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「後は…この子の家の場所よね。今まで調べた中で手がかりは無かった?」
 その後、再び人形が話し出すと言う事も無く、とにかく一度家に戻そうと言う話になって皆が顔を突き合わせた。
「人形の装飾品に付いていた『S&D商会』が実在するという所までは解り申した。ですが、所在地までは突き止められませんでした」
 着ていた物から出た名や、他の噂等を調べていた天鏖丸がそう言い置いて再びパソコンへと向かって行く。
「どういう会社だったの?」
 戻って行く天鏖丸に声を掛けるシュラインに、
「現実に居る者の写し身を、完全注文製で作り上げて居る様子。服や装飾品は二次的な物の様です」
 そう、答えを返した。
「じゃあ…やっぱり、モデルが在るんだ」
「夭折した者、事故で失った者…若しくは、自分の子供の『双子』として。全てにモデルが存在し、其れは基本的に亡くなった者…代替品としての扱いでありましょうな」
「双子…うわ…なんだか、気味悪いな。自分と同じ顔の人形と遊べってか」
 思い切り顔を顰めた歌音が、想像を振り切るようにぶるっと首を振った。
 その他、其々の『見た』モノ、調べたモノを挙げてもらいながら緋玻がそれらをまとめて行く。
「――私は別方面から調べてみるわ。その、人形師の居所が分かれば顧客情報を聞けるでしょうし」
 シュラインはそう言い、自分の仕事机の方へと行く。普段から整理整頓を気遣っている机の上にある、業者別のアドレス長を引っ張り出してぺらぺらぺら、と捲った。
「美術品…人形…うーん。この辺かしら」
 いっそ恐怖の骨董品屋、蓮へ連絡を取ってみようかとも思ったのだが、それは最終手段として別の方面へと電話を掛け出す。
 天鏖丸が言っていた人形師らしき人物をもっと詳しく知る者がいればいいのだが、と思いながら、美術品関係者に次々と電話を掛け続けた。
 その結果、わかったことはいくつか。
 まず、天鏖丸の言葉の裏づけにしかならないが、そういった人形師は実在するという事。
 そして、その人物は、噂は広まっているが名はおろか、滅多に表に姿を現す事も無いため男か女か歳を取っているのか若いのかすら判らないままなのだということも。
 連絡を取る方法は、今までの顧客から聞き出すしか無く。その顧客も数が少ないために簡単に探し当てるのは難しいらしい。現に、今のところその顧客へ直接繋がるルートは見出せないままで終わり。
「――こっちからの探りは面倒みたいね…」
 受話器を置いた先から、思わず愚痴が出てしまう。とは言え、聞いた噂を手繰り寄せていけば本体にたどり着くのだろう――そんな気がした。本気でその噂に縋り付けばたどり着けるよ、といった細い糸のような物が見え隠れしていたように思えたのだ。あくまで、そんな気がしただけだったが…。
 印刷した地図にあーだこーだと言いながら顔を突き合わせて印を次々に書き込んでいる皆を見ながら、掴んだ収穫を手に戻って行く。あまり大した物はなかったせいか、笑顔は浮かばず。
「知り合いに聞いてみたわ。…確かに、実在する人間をモデルにした特注の人形しか作らない人形師が居るって話。口コミでしか客を取らないから連絡方法を知るには客になった人物とコンタクトを取るしかないみたい。ココから攻めても、時間はかかるけどいつかはあの子の親の所へたどり着けると思う。…どうする?他の方法を探す?」
 まずは客になった人物を探し当てないとダメだけど、とあちこちに電話で尋ねていたシュラインが少し疲れた顔で皆に聞き、
「なるべく早く…お家に帰して上げたいですから、もう少し他の方法を探しましょうよ。せっかくある程度まで位置は絞れたんですから」
 その方法は最後の手段ということで、とみなもが微笑み。
「…そうだな。まだ探し様はある。目撃情報と…色々見えたモノを重ねればそう時間は掛からずに探せる筈だからな。名前も判っている事だし、ある程度場所が絞れれば直接電話することも出来る」
 歌音がにっ、と笑ってまかせな、と親指を立てた。

 ――候補地を絞った所で、詳細地図を見て確認を取る。
 集合住宅地は全て消し、ウィンや歌音の能力で見ることの出来た目印に近い物は残し、その上で近くにある神社や梅園をピックアップする。
 詳細地図のかなり細かい部分まで絞れた所で、番号案内に聞いてみることにした。大まかな住所と苗字だけで何処まで絞りきれるか…そう思っていたのだが、片山と言う名で一戸建て、しかも細かく住所を絞ったのが功を奏したか、該当する番号は1つだけだった。

『…はい。片山です』
 電話に出たのは、低い男性の声。
「もしもし。初めまして…突然お電話さし上げて申し訳ありません。お聞きしたいことがありまして」
『勧誘の類ならお断りしていますが』
「…人形のことなんですが」
『!』
 無機質に近かった反応が、その一言で一気に変化した。息を呑む音が聞こえて来る。
「ご存知ですか?…オレンジ色で統一した、子供程のサイズの…非常に良く出来た人形なのですが」
『――どちら様でしょうか』
「申し遅れました。草間興信所の者です。…実は、その人形を今此方で預かっていまして。お届けに伺いたいのですが…住所を教えて頂けますか」
『―――』
 暫く、電話の向こうの声は黙っていた。
 そして。
『宜しく、お願いします』
 搾り出すような声が、そう、告げた。
 電話している様子を見守っている皆に、大当たり、と指で丸の印を作る。
 その場に居た皆が、間違いなかったことを知って安堵の息を付いた。

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「ここね」
 妙な顔をしたタクシーの運転手に礼を言って降りる。大きさや、意思が多少なりともあることを考えれば袋に詰めるのは抵抗があり、かと言って電車に乗せるのも恥ずかしく。結局タクシーを頼み、窮屈ながらも膝の上に彼女を座らせて運んでもらった。
 セレスティと天鏖丸の2人は事務所に残ることにし、今は女性のみ4人。…彼女を合わせれば5人、だろうか。
「帰ってきたわよ。…良かったのよね?」
 そんなことを語りかけながら、そっと髪に触れる緋玻。
 ――き、きっ。
 不意に。
 シュラインの腕の中に抱かれていた人形がびくりと身体を反らし。
 きゅい、と関節が擦れる音を立てながら腕を門へと伸ばした。
 ――表情に変化はない筈なのに。
 彼女の喜びは、その場に居た皆に十分過ぎるほど伝わっていた。

「あ、有難うございます有難うございます!――ユカリちゃんも、ほら、お礼言いなさい。連れて来て下さったんだから」
 だらーん、と身動き1つしないその人形をしっかと抱きしめた、やや歳のいった女性が――歌音の映し出した映像そのままの…いや、少しばかりやつれた女性がぺこり、と人形の頭を下げさせる。そして、ぎゅぅ、と抱きしめたまま、
「あの、娘が何かご迷惑おかけしませんでしたか?」
 ふと、心配そうに訊ねてきた。それにすぐ答えを返せずに戸惑う皆。
「…いえ、彼女はとても大人しくて。ただ、家が何処か分からずに時間が少しかかりましたので…」
 あ、私達はこう言う物です、とシュラインが常に持ち歩いている興信所の名刺を差し出す。それを恐る恐る受け取った女性が目を丸くして玄関に立つ数人を見上げ、そして納得したようににっこりと笑いかけ。
「ああ、それで…ご親切に家まで探して下さったんですか。…本当に、勝手に家出して迷子になって人様にご迷惑かけて…あの、お礼は後程此方から伺わせて戴きますので…本当に有難うございました」
 深々と玄関先で床に頭を擦りつける女性を慌てて止める等のごたごたの後、外に出てほーっと息を付く皆。
「妙な感じだったわね」
 ウィンが広々とした庭に目線を送りながら言う。いかにも、な豪邸であるにも関わらず何処か寂れている印象があり、先程の親子(?)の対面にも似た不自然さが拭いきれない。
「――あの」
 帰りかけた皆に、小さな声がかけられた。振り返れば、其処には小柄な中年の男が小さな目で皆を見上げていて。
「なんでしょう?」
「先程電話をしてくださった方達ですね」
 質問と言うより、確認の言葉を投げかけると家にそっと視線を戻し、そして再び皆を見て。
「…複雑ですが、取りあえずは有難うと言わせて下さい」
 ゆっくりと、頭を下げた。

「歪んだ愛情は子供を歪ませると言いますが、うちもまさしくその通りでした。…ああ、いえ。あの『娘』のことじゃありません。私どもの本当の娘の話です」
 皆の不審気な顔に気付いたか、ゆっくりと穏やかな声で訂正する男。
「家内は…一途と申しますか。娘を自分の理想の女性に育て上げるのが、愛だと信じておりましてね…その為に、酷く歪んだまま娘は成長してしまったのです」
 ――母の言う事さえ聞けば、それだけで生きていけると教え込まされた『人形』。
「私もその点では同罪ですよ。…妻が娘にかかりきりなのを良いことに遊び呆けていたわけですから。今更、ですがね」
 苦笑は、酷く苦いのだろう。それも長く続かないままに再びちらっと家を眺め。
「あの…姿が見えないようですけれど、娘さんは…」
「好きな男が出来たとかで家を飛び出しました。何年も前の事です」
 恐る恐る訊ねたみなもの問いにあっさりと答える男。だが、影の差したその顔は決して穏やかではなく。
「娘は出て行く間際にこう言いました。もう、二度と戻らないと。…自分はお飾り人形ではない、だからもう死んだものと思って欲しい、と。男にそそのかされたのか、それとも自意識が芽生えたのか…後者であって欲しいと思います」
 それが、親を放棄した男の、悔恨なのか。溜息を付いてからまた口を開き。
「ですが、代償は大きかった。…存在を否定されたと思ったのでしょう。妻はおかしくなってしまった。いえ、娘以外のことでは普通なのですが。尤も、あの人形を手に入れてからは娘のことも多少落ち着いて話せるまでにはなりました。…家出した娘が戻ってきたのだと思い込んでいましてね」
「何処で、あのお人形を?」
 互いに気分の良い話ではなく、唇を歪めながらウィンが訊ねる。
「――ある、腕利きの人形師がいる、と噂で聞いて、つてを辿って買わせてもらいました。値が張るだけはあります。代理のぬいぐるみや他の人形では見向きもしなかった妻が、あれにだけはまるで娘そのもののように夢中になって…」
 ふ、と口をつぐむ。その視線の先にあるものは、2階のベランダでお茶の用意をしているらしい先程の女性の姿。此方に背を向けて座っているのは、連れてきた『娘』なのだろう。楽しそうな笑い声を聞いて首を振りながら皆に向き直る男。
「――『娘』は…妻によれば、今は傷ついて自分の殻に篭っていますが…そのうち、話し始めるそうですよ」
 その言葉を最後に、男は口を閉ざしてしまった。

「…良かったのかねえ。連れ戻して」
「依頼人の願いが『家に帰ること』なのだからしょうがないわよ。…確かに、もう1人の意識が気に掛かったのだけどね…」
 歌音の言葉に肩を竦めつつ、シュラインが言葉を返す。
 とは言え。
 家に辿り付いた時のあの人形は、はっきり分かる程喜びに満ちていたことも事実。
 そしてまた、問題が全くないわけではないが…あの『両親』にとっても彼女の帰還は嬉しいものだったに違いない。
 帰りのタクシーの中、遠ざかって行く彼女の家を振り返りながらそんなことを思う。

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「お疲れさん」
 戻るなり白く霞む世界に顔を顰める皆。困ったように笑いながら、自分だけは水で薄い箱を作りしっかり正常な空気をキープしているセレスティがお帰りなさい、と言うように軽く頭を下げた。
 けほっ、と油断して煙を吸い込んだ数人が同時に咳き込み、零が口を尖らせながら武彦を睨みつけている。
「無事に帰り着けた様で御座いますな」
 天鏖丸の声にええ、と何人かが笑顔になって頷き。
「家の前で急に動いたからびっくりしたわ。余程帰りたかったのね」
 緋玻の言葉はしみじみとして。
「…あの声は、向こうでは全く?」
「ええ。…只」
 シュラインがぽつ、と声を切る。
「どうなされた」
「――モデルの娘さんね。生きてるらしいの」
 以前家を飛び出したっきりらしいわ、と向こうで聞いて来た事を告げる。
「人形は、依頼通りに家に戻れたからいいのだけど」
 また何かあった時のことも考えて、名刺を置いてきたのだとシュラインが言い、その話はそれで打ち切った。

「可愛かったですね」
 零が、ソファを見つめながらほぅ、と息を付く。まだあの姿を思い出しているのだろう。
「そうね。…でも…ちょっと、手には入れられないわね…高いらしいわよ」
「え?おいくらなんですか?」
 シュラインの言葉に零がぴくんと反応する。そこまでは…と首を傾げたシュラインの後ろから、
「――凡そ、100万程に成りますな」
 出かけている間に調べていたのだろう、天鏖丸がそう言った。ええっ、と零の他何人もが声を上げる。高いと言ってもそれ程とは思わなかったためだろう。
「…最初の、本体、衣装その他で其の位は。その後も次々と買い揃えるらしく」
「か、買えません…」
 初めから高いだろうと踏んでいた零でさえ、その値段にはショックを隠せないらしく、しょぼくれた姿勢でとぼとぼと雑巾水を捨てに部屋を出て行った。
「…少し気の毒な気がしますね」
 換気扇と窓を盛大に開き、武彦の出した煙を外へと追い出しながらセレスティが呟く。
「仕方ないだろう。…元々人形遊び出来る場所じゃないんだし」
 置かれても困るしな、と興信所内に人形のある風景を思い浮かべたか顔を顰め、ふー、と紫煙を吐き出す武彦。
「そう言えば、依頼人の家族…と言えばいいのかしら。後でお礼に伺うって言っていたわ」
「ホントか?それは助かる」
 今回、只働きどころか人員を集めて動かした分マイナスかと思っていたようで、シュラインの言葉に表情が変わる武彦。ぎゅっ、と煙草を積もった灰皿に押し付けて安心したように伸びをする。
「菓子折りだけかもしれないのに」
「…それは言わない方が…」
 緋玻の小声での突っ込みが武彦に聞こえないよう、みなもが更に小さな声で止めた。

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 ――危惧することもなく礼金の書かれた小切手と菓子折りを持参した夫婦がやって来て何度も礼を言った。鷹揚に構えた武彦が営業スマイルを浮かべながらその後の事を訊ねると、順調だと嬉しそうに答えが返ってくる。
 何でも、近々『彼女』の健康状態をチェックしに医者がやってくるらしい。母親の口ぶりだとそうだったが、どうやら外に出た人形のメンテナンスを行う人物がやって来るということのようだった。
「また外に出たがるような素振りはありませんか」
「いい子ですから、あれ以来そう言ったことは何もありませんわ」
 今日は留守番を言いつけて出てきたのだと言いながら、母親が夢見る表情を崩さずににっこりと笑みを浮かべた。こうしていれば、多少子供っぽい表情をすることはあっても上品な女性にしか見えなかったのだが。
「…まあ…いいか。依頼人の当初の目的は果たしたんだ」
 小切手に振り出された金額を目にして再び安堵の息を吐きながら、2人が去って行った後の静けさを楽しむ。すぐに取り上げられて自分の手の届かない場所へ行くのだろうと思いながら。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ    /女性/ 26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1588/ウィン・ルクセンブルク /女性/ 25/万年大学生            】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725/財閥総帥・占い師・水霊使い    】
【2240/田中・緋玻       /女性/900/翻訳家              】
【2481/傀儡・天鏖丸      /女性/ 10/遣糸傀儡/怨敵鏖殺依頼請負    】
【0086/海原・みなも      /女性/ 13/中学生              】
【0086/吉岡・歌音       /女性/ 27/探偵所所長            】

NPC
草間武彦
  零
片山ユカリ

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。「繰り人」をお届けします。
操る側…支配していると思い込んでいる人が実は…ということは往々にしてあることだと思います。
…今回はいったい誰が誰に操られていたのでしょう、ね?

もうじき年度が変わってまた新学期シーズンが始まりますね。そろそろ春めいた話を書くのも良いかも。
とまあ新しい企画はさて置いて。また近々窓を開きますので、その時には宜しくお願いします。
それでは、参加してくださってありがとうございました。また、いつかの機会にお会いしましょう。