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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


貴方にしか見えない

●オープニング
「ああ、丁度良い所に来てくれたわ。ちょっと困った事が起こったのよ」
 月刊アトラスの編集長、碇麗香は形の良い眉をひそめ、少しいらだった声で皆を迎えた。
「実はね、三下くんが使い物にならない状態になってるのよ……『変な人がずっとこっちを見てる』とか言って、あの通り」
 碇は顔を軽く傾け、三下の方を見る様に促す。
 そこには編集部の隅で座布団を被って冬のチワワの様に震えまくる三下の姿があった。
「オカルト関係者にも仕事ついでに見て貰ったんだけど『何かの道具がきっかけで霊に取り憑かれてる』って事以外解らないのよ」
 霊自体は強くないらしいから原因である物が判れば簡単に引っぺがせるんでしょうけど、と碇はため息をついた。
「三下さん、何か心当たりってある? 何でもいいからさ」
 見かねたバイトの一人が泣きじゃくる子供をなだめる様な声で三下に尋ねる。
「……そそそそそ……そういえば……寝る時や起き抜け、他にも風呂に入る時は何故か見えない様な……気がするんですけど」
「それだけ見えなかったらだったら十分じゃない! 大体オカルト雑誌の編集者が幽霊に怯えてどうするの!」
「……でも編集長ぉ、それ以外はずっとこっちを見てるんですよ! ずっとですよぉ!」
 碇の叱咤に三下は悲鳴の様な声で盛大に泣き叫び、さらに横にあった毛布を頭から被った。
「……とこんな感じな訳よ。お願い、三下くんを仕事に使える状態に戻してくれない? 〆切も近い事だし猫の手も借りたいのよ、こっちは」
 碇にとっては三下は猫の手扱いな認識がちょっぴり悲しい気もするのだが――それはさておき、三下を幽霊の脅威から救ってあげた方が良いのは事実であろう。

●解り易過ぎる正体
「あのー、もう何が原因か解っちゃったんですけどー……」
 今までの話を聞いておそるおそる手を挙げたのは女子高生な鈴木・天衣(2753)。横にいるもう一人の女子高生、榊杜・夏生(0017)も頷く。
「うん、寝る間際と寝起き、そしてお風呂の時に付けてない物……それって『眼鏡』だよね」
「ですねー」
 だが、肝心の三下はどうしているかと言うと――。
「……ひ、ひぃぃぃ……勘弁してくださぁぁぁい……」
 何が勘弁なのかどうかは解らないが、三下は相変わらず隅っこで毛布をかぶったままマッサージマシンの様に震えまくっている。

 ――いや、推理聞きましょうよ、三下さん。

「こりゃ、かなりの重症だね……ね、落ち着いて?」
 相生・葵(1072)は三下を優しくなだめつつ毛布を剥がす。
「でも、でも……」
「大丈夫、もうすぐなんとかなるから……」
「そうだぞっ! この燃える炎のファイヤレッドが君を救ってやるから安心しろ!  とにかく、その眼鏡だ! 三下君、その眼鏡を外せぇ!」
 ポーズを付けた櫻・疾風(2558)は、ずびしっと人差し指を三下に突きつけた。――その勢いに負けた三下は大人しく眼鏡を外して、疾風に差し出す。
「なるほど、眼鏡つけて直に調べてみようって訳だね……」
 そして、疾風は眼鏡を付け――そしてすぐに外し――さわやかな口調とは裏腹に気分悪そうに口元を押さえる。
「……済まない三下君。この眼鏡、僕には向かないみたいだ……」
「……向かないとかどうとかの問題じゃないと思うけど」
 ――思わず夏生がツッコむ。
 そもそも、三下の付けている目がハッキリ見えない位度のキツい眼鏡、普通に目のいい疾風が付けると絶対気分が悪くなるのは確実な訳で。
 ちなみに眼鏡をかけてた時、疾風の視界の隅になんか半透明のいかにも幽霊っぽいの物体が見えたような気もするが、あまり気にしない。って言うか無視。

「まだ原因が眼鏡決めつけるのは早いわよ? ……他の事もあるかもしれないし、ハッキリさせましょ」
 蒼樹・海(2618)は三下に向かっていたずらっぽく微笑む。
 正体がはっきり解っていれば解っているほど全く意味のない逆の事をしてみたくなる。――それが彼女の正体である『天邪鬼』と言うの鬼の業。
「ど、どうやってハッキリさせるんですか?」
「簡単よ。……服……ぬ・い・で☆」
 三下は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「……こ、ここで脱ぐんですか?」
「当たり前じゃないのぉ。目の前で見ないと解らないじゃないんじゃなくて?」
「そ、そんなぁ〜!」
「男の子だったらそんな細かい事気にしないっ!」
 ――数分後。
 当たり前だが、服を全部脱がせても何も起こらず。
「やっぱり、原因は眼鏡って事でかまわないかしら?」
 そんな当然な事をしれっと言う海の後ろで、パンツ一枚で生娘のごとくぐすんぐすん泣いている三下の姿があった。

●眼鏡破壊作戦
「でさ、この眼鏡……どこで買ったの?」
「この前ある骨董品屋に取材に行った時、ちょっと眼鏡が壊れてしまって……代わりにって貰いました」
 葵の言葉に素直に応える三下。
 ――まさにタダより安いモノはない、とか言うアレな話。
「やっぱり、眼鏡はきちんとしたお店で買ったほうがいいわよ、三下さん」

「どう、幽霊見えない?」
「……見えません……でも……」
 ド近眼のお陰で幽霊どころか周りの物も全て見えなくなっているらしく、三下はどこかのコントの様にメガネメガネと言いつつ手を宙に彷徨わす。
「仕方ないです。新しい眼鏡を作るまで我慢するです……でも眼鏡で良かったです。コンタクトだったら人から剥がすの大変です」
「確かに。無理矢理目をこじ開けて取るとかしないといけないからね」
 天衣の言葉に疾風はうんうんと頷く。
「……後ろから思いっきり殴って叩き落とすって言うのもいいかもです」
 手にはいつのまにか鉄製の頑丈そうなフライパンを握りしめている。
 ――天衣ちゃんって実は、さりげなくヒドイのかも。

「じゃ、この眼鏡は廃棄処分だね」
「大丈夫、使えないようにあたしが細かくみっちり壊してあげるから……」
 海は言うが早いか眼鏡をかすめ取り、レンズの部分に油性マジックで落書きをはじめる。横にはどこから持ってきたか解らないペンキの缶。
「ああ……僕の眼鏡……」
 音から推察して何か色々されているであろう自分の眼鏡の事を想像し、ガックリとして滝のような涙を流す三下。
 眼鏡を取ったらなかなかのいい男ではあるが――いかんせん情けない泣き顔では折角の顔も台無しだったり。
「ねぇ、三下さん……この際だからコンタクトにしてみたら?」
「はぁ……でも僕コンタクトってすぐ落としちゃうんですよねぇ……それに僕ぐらい視力が悪くなると結構高くつくんですよ……」
「ふぅん。目の悪い人ってのも大変なんだね……そうだ、これあげる。幸せのお守り」
 夏生は思いついたように左耳のピアスを外すと、三下のスーツの襟元に付けてやる。
「幸せのお守り……ですか?」
「そ、三下さんなら絶対効くと思うよ」
 夏生は可愛らしくニコッと笑った。

「ようやく終わったようね、ご苦労様」
 リノリウム張りの床に響くヒステリックなヒールの音がこちらへゆっくりと近づいてくる。――この月刊アトラスの女編集長、碇麗香女史のご登場である。
「眼鏡が無くなってるみたいだけど……それ以外は問題ないみたいね」
「はい! 元凶はこちらでばっちり処理させていただきました!」
 疾風の手にはペンキでしっかりコーティングされた三下の眼鏡。ちなみにこれから海が細かく破壊予定だったり。
「良かったわ。これで三下君も仕事に励める訳ね」
「あ、あの……編集長……」
「いい訳はけっこう。今月の特集記事10ページ、とっとと仕上げてちょうだい」
「で、でも……」
「……『眼鏡が無いから見えないので無理です』とかは絶対に言わせないわよ?」
「そんなぁ〜……」
「安心して、僕も手伝ってあげるよ。これ以上碇さんの手を煩わせちゃ駄目だからね?」
 半泣きの肩を叩いて励ます葵。
 ――だが、それが藪をつついて何とやらなワケで。
「あら、ありがとう。勿論、他のみんなも手伝ってくれるわよね? ……大丈夫、原稿書き以外にも仕事はたっぷりあるから……」
 美人女編集長は鬼の微笑をたたえながら辺りを見回した。

●幸せはまだかい?
「あー、朝日が綺麗だ……」
 最後の写植を張り終えてぐったりした疾風と、数え切れないほどの書類ファイルを纏めた葵の座っているテーブルの横、壁に掛かったブラインドからは少しずつ日光が漏れ始めている。
 女性陣は万が一を考えて(?)ちゃんと電車のある時刻にご帰宅していた。――いやはや、男女不平等。
「へ、編集長ぉ……ただいま原稿上がりましたぁ……」
 自身も苛烈なデスクワーク中の碇は、ヘロヘロと歩いてくる三下の手から奪い取るように原稿を取り、厳しい目つきで原稿に目を通す。――そして、ふっと意味深に微笑んだ後、三下を見上げる。
「今回は思ったよりいい原稿じゃない。三下君にしては上出来ね」
「……へ?」
「毎回、これ位のレベルを維持してくれればいいんだけどね。頑張りなさい」
 今回も十中八九シュレッダー行きかと思われた三下の原稿は、編集長の手によって無事原稿袋に納められた。
「ま、マジ!? やったな!」
「へぇ、三下君もやれば出来るんですね」
「へへ……」
 二人の褒め言葉に照れ臭そうに笑う三下。そこで再び碇の厳しい声が飛ぶ。
「三下君! 終わったからってそこでボケーッとしてない! みんなのコーヒー入れてきてちょうだい! 後コンビニに行って買い出しね!」
「……は、はいっ!」
 再び慌てたように動き出す三下の姿は――ほんの少し、幸せそうだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0017 / 榊杜・夏生 / 女 / 16 / 高校生】
【1072 / 相生・葵 / 男 / 22 / ホスト】
【2558 / 櫻・疾風 / 男 / 23 / 消防士、錬金術師見習い 】
【2618 / 蒼樹・海 / 女 / 25 / 天邪鬼 】
【2753 / 鈴木・天衣 / 女 / 15 / 高校生】


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■         ライター通信          ■
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はじめましての人ははじめまして。そうでない人はこんにちは。
沢邑ぽん助と申す者でございます。(平伏)
今回は遅れまして大変ご迷惑おかけするハメになり、申し訳ございませんでした……。
懲りずにまたこういった機会がありましたらよろしくお願いいたします。

それでは、また、何処かでお会いできる事を。