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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


ホワイトデーの贈り物
●オープニング
「さんしたくーん」
 月刊アトラス編集長の碇麗香が、にこにこと三下忠雄に近付く。しかし、決して目は笑っていない。三下は、本能的に危機を感じながらも、健気に答えた。
「は、はい。何でしょうか」
「ライターが一人、行方不明なのよ」
 省略された言葉を補えば「ライターが締切までに原稿を提出せずに、連絡を断ってしまった」ということになる。本当に事件に巻き込まれている可能性は、100分の1あるかないかだろう。
「ホワイトデー向けの特集記事。カラー見開き2ページ。明日までに上げれば何とか間に合うわ」
「まさか、僕が?」
「他に誰が?」
「でも……」
「代わりの企画は考えておいてあげたわ。『アトラス厳選、女の子が喜ぶミステリアスグッズ』。商品写真で半分埋めれば記事は1ページ分。お金の問題が出たらこっちに回して。とにかく時間がないのよ。いいわね?」

 数時間後。路上で途方に暮れている三下の姿があった。
「女の子が喜ぶ品物って……。そんな物、僕に分かるはずないじゃないですか……」

●三下とチョコレート
 黒いパンツスーツに同色のキャップ。首にはシルバーのクロス。モデルばりの長身と美貌をシックなファッションに包み、如月縁樹は街を歩いていた。
「縁樹。もういい加減、帰ろうよ」
 縁樹の肩に座った人形が、縁樹に向かってボヤく。
「もう飽きちゃったの? ノイ」
「これでもボク、だいぶ我慢してるんだよ?」
 人形と会話する女性というのも随分異質だが、みな他人になど興味はないのだろう。誰一人として目を留める者もいない。
「そうね。欲しかった本も買えたし、ケーキでも買って帰ろうか?」
「うん。そうこなくっちゃ」
 ではケーキ屋に……と道路の向こうに目をやった瞬間、『彼』の姿が。
「あら。三下さんだわ」
「三下って、あの、何とかっていう雑誌の? 使えねぇヤツ?」
 毒舌家のノイにしては、穏やかな表現である。
「ちょっと挨拶しに行きましょ。ノイ、もうちょっとだけ、おとなしくしててね」
「ちぇーっ」
 大好きな縁樹の言いつけには逆らえない。ノイは不服そうだったが、それでもしっかりと口を噤んだ。

「こんにちは。三下さん」
「……あ、こんにちは。如月さん」
「こんな所で、何してるんですか?」
「え……?」
 三下は口ごもった。何を隠そう、バレンタインデーに、三下は縁樹からお手製のブラウニーを貰っているのだ。無論、『義理』ではあるが。
(まさか、如月さんに直接「ホワイトデーに何が欲しいですか?」と訊くわけにも……。あ、でも、いっそ訊いちゃった方がいいのかも……)
 考えた後で口を開いた割には、出てきたのは間抜けなセリフだった。
「如月さん。ホワイトデーは、やっぱり三倍返しですか?」
「はあ?」
 あまりにも唐突な質問に、さすがの縁樹も一瞬言葉に詰まったが、にっこりと答えた。
「別に、気にしないでください」
「いや、そういうわけにもいかないんです」
「あれは、いつもお世話になっているお礼なんですから」
「あの、その、実は、ですね」
 しどろもどろになりながら、編集長から命じられた仕事を説明すると、縁樹もようやく得心がいったという顔になる。
「つまり、ホワイトデーに贈られて嬉しい物は何か。そういう話ですね」
「そうです、そうです」
「三下さんだったら、何を貰ったら嬉しいですか?」
「え? いや、僕が欲しい物じゃダメで……」
「贈り物に喜ばれる物って、男も女もないと思いますよ。渡す本人の気持ちがこもっているなら、それだけで嬉しいものです」
 なるほど。三下も、心の中で深く頷く。
(如月さんから貰ったお菓子も、義理だって分かってますけど、でも、凄く嬉しかったです。心がこもっていたからですね)
 これを口に出して言えれば、三下も大したものだが、そんな甲斐性があるはずもない。
「如月さんの言う通りだと思います。でも、それを記事にするのは難しいですねぇ……」
「そうかもしれませんね。もう少し具体的に考えた方がいいですか?」
 縁樹は顎に指先を当て、やや上を見る。
「お菓子やアクセサリー類なら、嫌がられることはまずないと思います。人によっては、本とかも良いかと」
「なるほど。本ですか」
「あまり高価な物だと、場合によっては、申し訳なく思われて遠慮されることもあるでしょうね」
「あれ? 三倍返しじゃ……」
「大事なのは値段じゃなくて気持ちです。気持ちがこもっていない高価な物なんて、最悪だと思いませんか?」
 えらく感心して聞き入っている三下。これで少しは女心が分かるようになる……と良いのだが。
「美味しい料理やお菓子の店に連れて行ってあげるのもいいですね。人によりますけれど、女の人は大概、甘い物が好きですから。僕だって、甘い物なら大喜びです」
「ホワイトデーにかこつけて、デートですか」
 そう言った後、突然、三下はどんよりと暗いオーラを発した。デートする相手もいない23歳。もっとも、今の生活ぶりを考えるに、デートする相手がいなくてまだ幸せなのかもしれない。
 そんな三下の様子はサラリと流し、縁樹は続ける。
「あと、割とアロマセットも良いかもしれません」
「アロマセット?」
「一時期ブームもあったし、今も『はまってる』人もいるでしょうから」
「……ああ、思い出しました。瞑想用のお香ですね」
「瞑想用とは限りません。男の人だと、あまり興味ないですか? 仕事で疲れている人にも役に立つ物だと思います。良かったら、この近くにショップがありますから、ご一緒しましょうか?」
「はいっ。お願いします」
 三下は、勢いよく頭を下げた。

 縁樹が案内した先は、綺麗な外観のビルの1階。一歩中に入ると、花のような、樹木のような匂いが三下の鼻をくすぐった。
「あの。わたくし、こういう者ですが……」
 名刺を渡しながら、丁重に取材を申し込むと、応対した若い店員は困ったような笑顔を浮かべ、奥のテーブルを指した。
「そちらにお掛けになって、少々お待ち下さい」
 あまりにオドオドした様子が気の毒で、縁樹も付き合うことに。
「このパンフレット、エッセンシャルオイルの効能が詳しく書かれていて良いですね」
「そうですか?」
 興味がないと言うより、見てもさっぱり分からないという様子で、三下は間の抜けた返事を返した。そうこうしているうちに、先ほどの店員がやってくる。
「社長がこちらに来るそうです。30分ほど掛かりますが、お待ちいただけますか?」
「はい。よろしくお願いします」
 立ち上がって、深々とお辞儀をする三下。縁樹は、店員が戻るのを待って席を立った。
「それじゃあ、僕は、買い物をして帰ります」
「あ、どうもありがとうございましたっ」
 また立ち上がり、深々とお辞儀。縁樹は、そんな三下に微笑みを返し、狭い店から出た。それと同時に……。
「……ぷはああっ! もう我慢の限界っ!」
 空を見上げて、ノイが大声を出す。
「偉かったわね。三下さんの目の前で、何も言わないなんて」
「縁樹が黙ってろって言ったからだよっ。ボク、もの凄く苦しかったんだから」
 黙っていた反動か。ノイは三下を、ありとあらゆる言葉で罵倒した。
「……気が済んだ?」
 縁樹がノイに笑いかけると、ノイは涼しい顔で答えた。
「少しはね。それに、いいこともあったし」
「いいこと?」
「縁樹が好きな物、分かったからね」
 そのくらい、聞かなくても知っているだろうにと、縁樹はクスリと笑った。

 3月14日、縁樹の元に誰から何が届けられるのか……。この時にはまだ、誰も知らない。

【完】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1431 / 如月・縁樹 / 女 / 19 / 旅人】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。担当ライターの小早川です。「三下君と遊ぼう」をテーマにしたアトラス編集部の依頼はいかがでしたでしょうか。今回は完全個別ですが、パラレルワールドではなく、オムニバス形式になるように配慮しています。どういう順序で発生したかは、読んだ方の判断にお任せします。

 如月縁樹様。はじめまして。ノイさんは一緒かどうか悩んだのですが、設定から考えて、一緒にいる方が自然だと判断させていただきました。また、ノイさんの口調や、縁樹さんがノイさんと話す時の様子については、過去のノベルを参考にさせていただきました。その時に、どうやら三下さんにあげたのはブラウニーだったらしいと分かりましたので、本文中で使わせていただきました。ホワイトデーまで、三下さんが縁樹さんの好みを覚えているといいですね。

 それでは、またお会いできますように。