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調査コードネーム:幻冥奇譚〜深緑の海の底〜
執筆ライター :深森 鳥
調査組織名 :月刊アトラス編集部
《オープニング》
神の山麓 深緑の海の底
迷う魂魄 異界の扉の檻
『鍵は、金の乙女と白の淑女が持つ。』
愛しい貴方は、そう囁いて逝った。
(私はあきらめないわ。)
(クス、クス、クス………。)
清澄な歌声が響く刻。
虚無の人殻は深緑の海の底に沈む。
《第一話》
月刊アトラス編集部。
そこに集まる膨大な情報を統率するのは、他ならぬ編集長の碇・麗香。
彼女は、今日もまた、情報を解明するべく見習い記者に取材を命じていた。
「三下くん、引き継いでほしい情報があるの。」
その言葉に不安を感じたのか、三下・忠雄はおずおずと見上げるようにして碇に問う。
「ひ、引き継ぐ…?どういうことですか?」
いつもながら、臆病風に吹かれている様子の三下に、碇は一枚の紙を差し出して告げた。
「調査をしていた記者が行方不明なのよ。このメモを残してね。」
「ゆ、行方不明ぃ!?」
早くも逃げ腰の三下に、碇はぐいっと迫って言った。
「そう。良い経験になるでしょう、三下君?先輩の仕事を貰えるなんて。」
同行者はちゃんと付けてあげるからと、紙を押し付けられるようにして編集部を追い出された三下。
ズレた眼鏡を直しながら、はぁっと深い溜息を吐く彼に、近づいてくる影がいた。
「どうも、三下君。」
「あっセレスティさん…。」
声をかけてきたのは、三下を見知った口ぶりの青年。
彼の名はセレスティ・カーニンガム、表にも裏にも名の知れた貴人だ。
銀の髪に青き瞳、さながら童話に出てくる精霊の如き風貌の彼。
だが、優雅な容姿の奥底に言い知れぬ力を感じて、三下は少し怯えてしまう。
「今回の同行者ってもしかして…?」
「ええ、私ですよ。…他に二人、あちらにいるようですね。」
セレスティの視線の先には、銀の髪に金の瞳を持つ、瓜二つの少年達がこちらを見ていた。
話題に出たことに気付いたのだろう、二人は駆け寄って来て挨拶をする。
「あんたが三下さん?俺は、風見・二十。よろしく!」
「こんにちは、お世話になります。私は、秦・十九、碇さんに依頼を受けました。」
眼帯の左右と言葉使いの違いさえ無ければ、どちらがどちらか判らぬであろう少年達。
彼等と会うのは初めての三下は、おどおどと挨拶を返した。
「こ、こんにちは…。」
銀の髪の同行者3人と見習記者の三下。
妙な空気の流れる中、杖に身体を預けていたセレスティが口を開いた。
「近くに車を待たせているので、その中で話しませんか?」
まだ早春の寒い風の中、その言葉に皆は賛成の意を示した。
《第二話》
セレスティの用意した車は滅多にお目にかかれない高級車だった。
後部座席は広く、4人が座っても余裕があるほどだ。
そんな車内で、三下はびくびくしながらも碇に命じられた取材引き継ぎの事を告げた。
「それで…、その紙には何て書いているんですか?」
彼に、人の良さそうな笑みを浮かべて問いを投げかけたのは十九。
「そういえば…、見ていませんでした。」
はは…、と乾いた笑いを浮かべた三下は、皆の目前にくしゃくしゃに握り締めていた紙を開いた。
そこには、次の文が殴り書きされていた。
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神の山麓 深緑の海の底
迷う魂魄 異界の扉の檻
◎鍵は、金の乙女と白の淑女が持つ?
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「神の山麓…?謎めいた文ですね。」
「何なんだ?海って泳げるのか?」
眉を寄せた十九に、さっぱり判らないといった様子の二十。
困ったように笑みを浮かべるだけの三下。
しばしの沈黙が支配する中、それまでじっと考えこんでいたセレスティが囁くように口を開いた。
「富士の樹海ではありませんか?」
「富士の…樹海?」
その言葉を反芻する3人に、セレスティは微笑む。
「“神の山麓”とは、神の山である富士山のふもと。
“深緑の海の底”とは、緑の海である青木ヶ原樹海の奥深く。
それ以上は何とも…。行ってみなくては判りかねますが。」
呪文のような言葉も、そう言われてみると納得がいく。
眼帯をした2人の少年も、頷いて言った。
「なるほど…。そうですね、記者が失踪して見つからないのも、樹海ならば判りますし。」
「何だ、泳げるんじゃないのか…。でも、樹海は色々話も聞くし、楽しみだな?」
セレスティは、そんな2人に告げる。
「では、行ってみますか?」
話題に乗り遅れて焦っていた三下は、さらに情けない悲鳴のような声をあげた。
「は、はいぃ?樹海に行くんですかぁっ!?」
もちろん、そんな悲鳴を3人の同行者が聞き届けるはずもなく、車は一路、神の山へと向かっていったのだった。
《第三話》
「あ、あのぅ…。皆さん、もう夕暮れですよぅ?」
情けない声が響く、薄暗くなった樹海の中。
入り口に結び付けて来た白いロープと、薄明かりの懐中電灯を持って、3人は黙々と先へ進む。
もっとも、セレスティは不自由な足のために車椅子での移動だ。
「か、帰りませんかぁ?」
鬱蒼としげる樹木の影にすら怯えた三下の声は、あくまで真面目に依頼を遂行する三人に無視され続けていた。
そうして、最後の陽光が届かなくなった頃、4人は樹海の奥深くで、残り少ないロープを手にやっと立ち止まったのだった。
「何か、聞こえませんか?」
それは、樹海とはいえ虫の音も聞こえぬことに不審を持っていた矢先の出来事だった。
「あっ、本当だ!」
十九に続いて二十もまたその音を聞いたようだ。
泣きそうな表情の三下に袖を掴まれたセレスティが耳を澄ます中、その音はこだましながら聞こえてきた。
「…く……のそこ………ぱく…い………おり………」
高く清らかな声は、歌声のように音階を伴って聞こえる。
陽は暮れ、ロープは残りわずか。
逃げようともがく三下を引っ張るようにして、3人は音の元へと歩みを進めた。
鬱蒼とした樹海に、ぽっかりと空いた草地に、音の主は居た。
麦穂を咥えた一角獣と、麦粉を食む雌牛の像。
朽ち果てた二つの像と錆び付いた門が佇む廃屋の中から。
音階は歌となり、4人の訪問者に繰り返し囁き続ける。
「神の山麓…深緑の海の底…迷う魂魄…異界の扉の檻………」
その言葉に、驚いた声を発したのは二十だった。
「これっあの紙に書かれてた文じゃないか!?」
「うん、中に入ってみましょう。」
そう言って、錆びた門に手をかけた十九だったが、門はびくともしない。
「えっ?」
驚く十九の後ろに、納得したような表情で像を見上げるセレスティが告げた。
「“異界の扉の檻”とは、この門の事のようですね。
麦穂は金色、一角獣のユニコーンは乙女の守護者、つまり金の乙女です。」
「なるほど。じゃあ、麦粉は白色、そして雌牛は母親…、白の淑女ですね?」
微笑みで肯定を示したセレスティに、二十が尋ねた。
「母親か…。あっでも、迷う魂魄は?」
怪訝な表情の二十に、セレスティは答える。
「この歌声でしょう。樹海という海で、水妖の歌声は人の魂を惑わせるといいますから。」
「そうか。じゃあ、2つの像をどうにかしないとな…。」
呟くように言う二十の瞳孔がすうっと開いていく。
「ばかっ待てよ二十!!」
それに気付いた十九の静止は、だが時すでに遅く、二十の周囲に旋風が巻き起こる。
「イケ…カゼヲツカサドル、ワガ、シキガミ、ハヤテ、ヨ。」
抑揚の無い二十の言葉に従い、旋風は疾風となって2つの像にぶつかった。
「ああっ」
轟音と共に2つの像は倒れ、錆びた門は鉄粉となる。
それが合図のように、廃屋は灰色の煙となって霧散した。
力を使って意識を失う二十と、その周りで息ができず咳きこむ3人。
だが、歌声は止むことなく、同じ旋律と言葉を紡ぎ続けている。
「私と十九さんで行きましょう!三下君は、こちらで二十さんを守っていて下さい。」
セレスティはそう叫ぶと、辺りを覆う粉塵の中へと消えていったのだった。
《第四話》
セレスティと十九が歌声を求めて行くと、そこに濃い粉塵の中に膝ほどの高さの影を見つけた。
すぐ傍まで近づくと、その影は正体を現した。
「これは…。蓄音機ですね、随分と古い品のようです。」
「蓄音機って、あの、昔のレコードを聞く機械のことですか?」
セレスティは頷くと、蓄音機にそっと手で触れる。
瞳を伏せた彼は、何かに耳を澄ましているようでもある、流れ続ける歌声よりもっと深い何かに。
「セレスティさん…?」
しばらくして、呼びかける十九の声にゆっくりと瞳を開けた。
「失礼、この物の、思念を読み取っていました。」
「物の、思念?」
そう呟いた十九の耳元を、風が通り抜け、周囲の霧を一掃する。
振り向くと目覚めた二十がこちらに近づいてきているところだった。
「俺にも聞かせてくれ、その物の、思念ってやつを。」
三下もその後方で頷く。
セレスティは蓄音機に手で触れたまま話した。
「長き時を経た物には、魂に近い思念が宿るという話があります。
この蓄音機は、そういった類の物のようですね。
もう乗せられることの無いレコードの幻影の歌声を流し、人々を惑わせ、此処に集めては昔の栄華を夢見ていた。」
二十は尋ねる。
「人々を集める?」
セレスティは頷くと、十九に頼んだ。
「十九さん、キミの弓で、この蓄音機を射抜いて下さい。
もう、眠らせてやらなくては。」
十九は戸惑いながらも、頷いて弓矢を構えた。
セレスティが弓矢に水の気を宿らせる。
そうして放たれた弓矢が蓄音機を射抜いた時、周囲の景色は震えるように歪み、その景色の真実をさらした。
草むらに折り重なる、幾つもの人々の亡骸を。
「あれは!!」
叫んだ三下の視線の先には、行方不明だった先輩記者が倒れていた。
「っっ………よかった、息があります。」
ほっとしたような三下の声に、セレスティは再び視線を蓄音機に巡らせた。
「あの門や像や廃屋は、捨てられた蓄音機の見せた、過ぎ去った日の幻だったのでしょう。」
十九と二十は頷いて言った。
「哀しい、ことですね。物を、簡単に捨ててしまう人が招いたことは。」
「ああ、大切にしていれば、ここの亡骸になった人々も生きていたかもしれないな。」
そうして、4人が去った後には、壊れた蓄音機が佇んでいた。
音が失われてなお、人を待っているかの如く。
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参加者一覧
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2794 / 秦・十九 / 男性 / 13歳 / 万屋】
【2795 / 風見・二十 / 男性 / 13歳 / 万屋】
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