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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


WeddingBellを鳴らす手

 ***オープニング***

「結婚相手を捜しているんです」
 目の前の男の言葉に、草間は小さな溜息を付き入口を指差した。
「結婚相談所なら隣のビルです。ここは興信所でね」
 途端に、男が白けたような目で草間を見る。
「分かっていますよ、そんな事は。話は最後まで聞いてください」
 男の名は秋元春也と言う。
 春近い夕暮れの興信所にやって来た、本日一人目の依頼人だ。
 秋元はコーヒーに口を付けて話を始める。それは、こんな話しだった。
 都内某所にあるKと言う結婚式場。そこには血に染まったウェディングドレスを纏う女の霊が出ると専らの噂。
 何でも、式場内にあるチャペルの鐘を血に染まった手で鳴らすのだそうだ。
 その音を聞いてしまったが運の尽き――その日のその時刻に式を上げたカップルは必ず破局する……とまことしやかな噂が流れている。
 勿論、式場関係者はそんな噂は認めないし、オカルト雑誌の編集者と身分を偽って従業員にこっそり話しを聞きだそうにも、箝口令でも敷かれているのか、誰1人口を開かない。
「……その噂の真偽を確かめろ、と?」
 そう言う類の依頼なら、是非とも月刊アトラス編集部の方に持ち込んで貰いたいものだ……と思った草間に、秋元は首を振った。
「いえ、調べて頂きたいのはその霊の身元です」
 もしかしたら自分の知人かも知れないのだ、と秋元は言った。
「実は私の幼馴染みがあそこで式を挙げる予定だったんですがね……何と相手が結婚詐欺で、式の当日になってトンズラですよ。悲しんだ彼女は翌日、自殺体で発見されました。自宅の浴槽で、ウェディングドレスを着て死んでいたそうです」
 手首から滴った血で、純白のドレスが真っ赤に染まっていたと言う。
「高校卒業まで同じ学校で過ごした、青春時代の大事な仲間ですからね。何時までもこの世で哀しみに呉れて欲しくない。もし霊が彼女なら、説得でもしようと思いましてね」
 ついては、式を挙げるカップルを装って式場に赴くに当たり、結婚相手が必要なのだ。
 自分には霊感がなく、恐らく彼女だとしても姿が見えないであろうから、霊感などがあり、自分の代わりと話しをしてくれる協力者が数名必要だ。
「成る程……、そう言う事でしたら、喜んで協力者して呉れる人がいるでしょう」
 面倒な依頼ではなさそうだ。自分は高みの見物と言う事で草間は電話帳に手を伸ばした。


「毎度毎度高みの見物が出来て結構な事だな……」
 呼び出しに応じる自分も自分だが、と煙草の煙を吐き出す真名神慶悟に、草間は軽く眉を上げる。
 依頼人が来てから1時間少々。草間興信所の応接間にはは電話で呼び出された5人とシュライン・エマ、草間と依頼人がいる。
「あっさりこんなに集まってしまうなんて、凄いですね……」
 秋元は感心の声を上げた。実はあまり期待していなかったのだ。いくら心霊探偵事務所と名高いと言っても、幽霊を説得したいなどと言う依頼では。
「凄いと言っても、草間さんの人徳ではないからな。あしからず」
「あ、そんな。本当の事をさらっと……」
 ソファに腰掛けた二人の女性――と言っても1人は少女だが――が笑う。女性の方は豊満な体つきで、少女の方は触り心地の良さそうな銀の髪。
「まあまあ、ここで武彦さんをこき下ろしても仕方がないから、話しを進めましょう。紹介が遅れました。私はここの事務員で、シュライン・エマと言います」
 入れ直した珈琲を差し出しながら、シュラインが名乗ると、秋元は小さく頭を下げた。
「端から順に、真名神慶悟、観巫和あげは、硝月倉菜、海原みなも、緋磨翔。それぞれ、うちではかなり重宝している人材ですよ」
 重宝している割に扱いが悪いな――と、どこからか起こったぼやきは無視して、草間は手短に依頼内容を説明する。
「同じ女性としてその霊に同情します。結婚詐欺だなんて」
 倉菜が小さく溜息を付いた。
 巷で時折聞く話しだが、女性として相手の男が許せないと思うし、傷付いた女性も哀れに思う。
「でも、挙式のカップルを装うと言っても、随分お金がかかるのではないですか?他の方法を考えてみた方が……?」
 結婚式の費用と言えば、結構な金額だ。
 依頼料と挙式の代金を考えれば、かなりの出費になってしまう。いくら友人の為とは言え、懐に厳しいのではないかと案ずるあげはに、秋元は1枚のチラシを見せた。
「10万円ウェディング……、新郎新婦含む10名様まで……」
 みなもがチラシを読み上げる。
 10周年キャンペーン中につき、10万円で挙式が出来ると言う内容だ。
「成る程ね。お手軽な結婚式だ。安い」
 言いながら、翔はチラシの下の方に書かれたプラン内容を見る。
 フランス料理のフルコースに、お色直しも2回あると書かれている。
「お金の事は、心配しないでください。勿論、依頼料もきちんと払いますよ」
 秋元が言うと、まぁ確かに一番手っ取り早い方法なのだろうと言う事で挙式のカップルを装う事に決まった。
「花嫁という訳にも行かないから列席者として紛れよう。霊の見張りと逃走を防ぐ為に十二神将も列席者に姿を変えて並ばせ、何かあれば捕縛する」
 ちょうど3人分の席が余っている事だしな、と慶悟が言うと、シュラインも頷く。
「うーん、参列者で参加かな。支度中花嫁に聞えない様話してる従業員の噂話耳に出来るかも」
「新婦の友人役を希望します。依頼とはいえ新婦役なんかやるって聞いたら彼がどう思うか」
 と言うのは倉菜。現在恋愛中なのだそうだ。
「あたしも友人役と言う事で……。新婦をするには、年齢的に難しいと思いますので」
 言いながら、みなもは翔を見る。と、翔は首を振った。
「生憎と、既婚でね」
 となると、残りは1人。
「あ、私、やりたいです……。他の皆さんがやられないのでしたら、是非っ」
 白い手を組んだあげはの目は、いつになく煌めいていた……。
 何せ甘〜い恋愛小説を読む事が趣味のあげは。ウェディングドレスには絶大な憧れを抱いている。
「ああ、良かった」
 秋元がほっと息を付く。肝心の新婦役がいなければどうしようもないと案じていたのだ。
「大事な友人の為に動くのに、他人の口を借りる……で良いのか?」
 噂を聞き、思い当たる節があるとして。依頼人の行動力と想いには感心するし、手助けになるなら働く事はイヤではない。しかし、折角行動力があるのに、肝心の友達への思いを他人の口で言ったのでは意味がないのではないか。
 首を傾げる翔。秋元は困ったように頭を掻いた。
「そりゃ、自分の口から伝えられたら良いですけどね。いかんせん、霊能力とか言うものを一切持ってないんですよ。産まれてこの方、見たこともないし感じた事もない」
「その噂の主が彼女だと仮定して。私達が言葉を借りて説得するよりも、秋元さんが直接話すに越したこともない。……霊体相手なら、私の人形使った方が手っ取り早いな」
「人形?」
 首を傾げる秋元に、翔は自分の持つ能力を簡単に説明する。
 彼女の使役する人形に「空」と言う霊に姿を与える為のものがあるのだそうだ。
「はぁ……、よく分かりませんが、それだと、直接彼女に私の言葉を伝えられると?」
「まあ、挙式の当日に霊が現れればの話しだ」
 その横で、みなもが口を開く。
「当日になってみなくちゃ、分からないって事ですね。こればかりは。でも、出来る限りの準備をしておきましょう」
「そうね。式場の従業員への聞込みが駄目なら、式場と提携の貸衣装店や美容室等から霊の噂や式を挙げたカップル等情報入手出来ないかしら?あと、亡くなった方の使用ドレスデザインや彼女の写真等が手に入らないかしら?」
「ああ、そう言った物なら、彼女の母親に事情を話して貸して貰って来ますよ」
 秋元は答えて、一同を見回した。
 それから、頭を下げる。
「お手数かと思いますが、宜しく頼みます」
 あげはには、もう一度頭を下げる。
「多分、準備などでお手を煩わせると思います……、」
「あ、いえいえ。気になさらないでください」
 あげははにこりと笑って答える。
 お色直し2回。
 哀れな女性の霊を救いたい気持も十分にあるが、それよりも何よりも、今はウェディングドレスが気になって仕様がないあげはだった。


「あらまぁ、あつらえたようにピッタリで良くお似合い!」
 偽の結婚式当日。
 ウェディグドレスの着付けスタッフが、鏡の前で感嘆の息を漏らす。
 それはどの新婦にも向けられるおきまりのお世辞ではなく、心からの言葉だった。
 今、純白のドレスを纏ったあげははどこからどう見ても汚れを知らない新婦で、これから若奥様になろうとする初々しさに満ちあふれている。誰も、偽りの新婦だとは思わないだろう。
「お色直しも楽しみだね、これは……」
 部屋の隅に用意された椅子に腰掛けて、あげはの着付けを見守っていた翔が口を開く。
「ありがとうございます」
 素直に礼を言いながらも、あげはは少し浮かない顔をした。
 と言うのもこのドレス、亡くなった女性が着ていたものと同じデザインだ。
 同じウェディングドレスを纏った新婦に霊が何かしら反応を見せるかも知れないと言って、シュラインは秋元に借りた亡くなった女性の衣装合わせの時の写真を借りて、同じドレスを探し当てていた。
 お色直しの方は好きな物を選ばせて貰えたのだが、血に染まったドレスと全く同じデザインだと思うと少々気が重い。
 因みに、偶然だが式場が執り行われる部屋も同じになった。
「ところで、随分変わった仕事内容だったね」
 と、翔は依頼と言う言葉を使わずにあげはに言った。
「え?そうでしょうか?」
「友達ってだけであんな仕事を頼むかな。いくら破格だからと言っても、それは友達想い過ぎじゃないか?」
「お友達の事がとても好きで、出来れば自分の側に居て欲しいと思っていたのかも知れませんね。例え……夢の様な存在でも」
 スタッフの居る前で話すのはちょっとばかし苦労する。あげはと翔は間違っても『霊』や『依頼』と言う言葉を使わないように気を付けた。
「実はここに来る前に、シュラインさんとも少し話してたんだが、秋元さんが実は張本人じゃないかな」
「え?」
 と、暫しあげはは首を傾げて翔を見た。
「だからほら、彼女を彼女たらしめた」
「ええ?」
 つまり、秋元が詐欺の本人ではないかと。
「でも、いくら何でもそれは……、有り得ない話しではないですが……」
 何が嬉しくて自分を恨んで死んでいったかも知れない女性の霊を説得したいなどと思うのか。
「もしかしたら、反省でもして詫びを入れようと思ったのかも知れない」
 うーん……と、声をあげるあげはにスタッフがにっこりと微笑みかけた。
「さ、出来ましたよ。そちらの方も、そろそろ会場の方へ。お隣の控え室の方々も……」
 頭のてっぺんから足の先まで入念にチェックして、完璧な新婦の出来上がり。
「ああ、はい」
 スタッフに応えておいてから、翔はそっとあげはの耳に囁いた。
「私も他の皆も式場の方に行くが、あげはさんには真名神さんの付けた式神が付いているから大丈夫」
「はい。ありがとうございます」
 それじゃ、と小さく手を振って翔は部屋を出る。
 同じドレスに同じ式場。仲の良かった幼馴染み、或いは自分を騙した張本人。
 さて、式場内の小さなチャペルにWeddingBellは鳴り響くか。


 ハートの形をした風船と花で飾られた席に座った秋元とあげは。
 その前には小さな丸いテーブルが4つあり、2人ずつの参列者が座っている。
 友人だけを集めた内輪の式で、格式張った事は殆ど省略した式だ。スタッフもこちらが呼ばない限り中には入ってこない事になっている。
「結構美味しいですね、料理。」
 テーブルに並んだ料理に感想を述べる倉菜。
 そこそこ豪華そうに見えるフランス料理のフルコース。
 幽霊の出現を待って静まりかえっているのもおかしいだろうと、参列者も新郎新婦もどうにか話題を捜しては和やかな雰囲気が出るよう苦心している。
「偽りの結婚式と言っても支払う物は支払っているんだ。食べないのは勿体ない」
 と、慶悟もせっせとフォークを口に運ぶ。途中何度かスタッフを呼んでワインの追加を注文する事も忘れない。
「結局、情報らしい情報ってないのよねぇ。流石は未来ある男女の結婚式場。箝口令が凄いわ。貸衣装店もエステも美容院も従業員も、絶対に口を開かないのよ」
 小さくちぎったパンを口に運びながらシュラインは溜息を付く。
 『友人の勤める式場に幽霊が出るって噂でね……』『破局立が高い式場は何処かって話しが出てね……』と話しを振ってみたのだが、式場に悪い噂が出るイコール提携店である自分達の店にも影響がある……と言う事なのか、さらさらとはぐらかされてしまった。
「そりゃまぁ、言わなんだろうな。やっぱり。『うちの式場には幽霊が出るって噂で持ち切りで、破局率も都内一ですよ!』なんて」
「式場の情報はないし、詐欺の男性の事も分からない。おまけに幽霊さんが何を意図して出て来ているのかも分からない……。どこから手を付ければ良いんでしょうね」
 頷く翔と溜息を付くみなも。
 取り敢えずは霊に出て来て貰わないと話しが前に進まない。
「そうだ。何か曲を弾きましょうか?スピーチの代わりにあなたと彼女との思い出の曲でも。一応、バイオリンを持って来ているけど……」
 言いながら、倉菜は式場の隅を見る。そこにはグランドピアノがあった。
「ああ、是非お願いします。彼女がとても好きだった曲があるんです……ああ、でもタイトルが分からないな。こんな曲だったと思ういますが……」
 秋元は口笛でメロディをなぞった。
「ああ、それなら」
 頷いて、倉菜はバイオリンを持ってマイクの前に立った。そして躊躇う事なく曲を奏で始める。
 Zigeunerweisen、有名な曲だ。
「素敵な曲……」
 あげはが呟く。
 こんな美しいメロディを好きだったと言う女性が強い想いを残してこの世に彷徨っていると思うと、悲しい。
「死んだ場所でなく式場に現れるというのは余程結婚に思い入れがあったか……。ある意味で己の半身を得る契約……陰陽で謂う陰と陽の調和だからな。それを裏切られては陰に寄ってしまうのも止むを得ない話か」
 グラスのワインを飲み干して慶悟は溜息を付く。
 目と閉じて倉菜の演奏に聴き入っている秋元と言う男が本当に同級生であれ、詐欺師であれ、霊が何らかの動きを見せるのであれば話しをして救ってやりたい。
「あ……、」
 と、横でみなもがそっと秋元を指差して小さな声を発した。
 見ると、秋元の閉じた瞼から涙がこぼれ落ちている。
 不運にも亡くなった友人を偲んでいるのか、或いは自責の念に見舞われているのか。
 どちらにしても、思い出の曲に涙を流すくらいだから、実は結構優しい男なのかも知れない。
 その時、突然あげはが立ち上がる。
 同時に慶悟も立ち上がった。
「今、鐘が!」
「ああ、聞こえた。それに式神と十二神将が反応を見せた」
 十二神将の内の2人は式場内で参列者として席に着いているが、残りと何体かの式神を建物内のあちらこちらに放ってある。
 その内の、チャペル付近にいた者が反応した。
 慶悟は直ぐさま捕獲するように命を下そうとして、辞める。
 どうやら、霊の方がこちらに向かってきているようだ。


 誰が手を掛けたと言うでもないのに、扉がゆっくりと開いた。
 何故か流れ始める結婚行進曲。
 高砂席であげはが目を凝らす。
 普段はカメラを使って念写をしているが、意識を集中すれば自分の目で霊を見る事が出来る。
 いつもより派手な化粧を施した目に、自分と同じドレスを纏った女性が映る。
「…………、」
 みなもは聖水を点した目で扉を見て、それから秋元に目をやりシュラインを見る。
 秋元とシュライン、倉菜もみなもが渡した霊水を点眼しているはずだ。
「秋元さん、」
 今、女性は真っ直ぐにバージンロードを歩いて高砂席に向かっている。
 その視線は、秋元ではなくあげはに向けられている。
 まるで、あげはが自分の席を奪ったとでも言うように。
 姿は写真の通りの女性で、ドレスもあげはと同じ物だ。但し、女性のドレスは手首や胸元、スカートが赤く染まっている。
 あげはは一瞬目を逸らして秋元を見る。
 秋元は嬉しそうな寂しそうな、複雑な顔で女性を見ていた。
「あげはさん、こちらへ」
 倉菜に言われて、あげはは高砂席を立って倉菜の隣に移動する。
 6人が見守る前で、女性はゆっくりとバージンロードを歩き新婦の席に向かう。
 一歩近付く毎にドレスから赤いシミが消えた。
 一歩近付く毎に青ざめた顔に赤みが指した。
 一歩近付く毎に穏やかな笑みが浮かんだ。
「すみません、真名神さん。私に付けてある式神を全て離して下さい」
 漸く秋元が口を開いた。
「しかし」
 それではいざ何か起こった時、誰が秋元を守るのか。
 動こうとしない慶悟に秋元は首を振った。
「私は構わないんです。今日はそのつもりで来たんですから」
 やはり秋元が女性を騙して死に追いやった張本人だったのか。
 言われるままに慶悟は式神を離す。しかし、高砂席の後ろ、カーテンの隙間に潜ませた十二神将はそのまま残した。
「遅くなって、ごめんな」
 秋元は今、漸く新婦の席に着いた女性に微笑みかける。
『良いよ。時間にルーズなのは相変わらずね……。随分長い間待ったわ』
 赤い口紅を引いた女性の唇が動く。
「聞こえたよ、WeddingBellが。だから、来たんだ。一緒に行こう」
『うん……』
 秋元が女性に手を伸ばす。
 白い手袋を嵌めた細い手が、それに重なる。
 淡い光が生まれて、二人を包む。
 そして、
 きらきらと輝きながら、
 ウェディングドレスが消えた。
「秋元さん」
 1人だけ確かにそこに立つ姿に6人は安堵の息を付く。
 慶悟の潜ませてあった十二神将の1人が動いた訳ではないのだが、どうやら秋元は無事だったようだ。
「ああ……、また彼女だけ消えてしまった……」
 目を開いた秋元は、繋いだままの形で宙に差し出していた手を握りしめる。
 寂しげな笑みを浮かべて。


 何事もなかったように、スタッフによって運び込まれるデザート。
 あげははお色直しを終えて再び高砂席に戻って座っている。
「秋元さんがそうだったのか?つまり、彼女を騙した?」
 フォークの先に乗せたクレープを口に運びながら翔が尋ねると、秋元は首を振った。
「それは本当に違います。私は彼女の同級生で……、結婚を約束した恋人でした」
「え?結婚を約束していた?ならどうして彼女は結婚詐欺になんて?」
 約束した相手がいたのなら、他の相手と結婚する事などないはずだ。
 首を傾げる倉菜に秋元は小さな溜息を付いて言った。
 確かに、結婚を約束していた。若い感情だけではなく、本当にお互いの将来を想い合っていた。
 しかし、高校を卒業した後、彼女は就職し自分は県外の大学に進んだ。所謂遠距離恋愛だが、それが上手くいかなかった。
 会えない時間が長くなればなるほど、お互いに不信感が芽生えてしまった。
 休み毎にどうにか時間を作ってデートをしても、方や社会で働く一人前の大人。方や1日の3分の1は遊びに費やせる学生。
 いつの間にか会話がすれ違い、想いがすれ違い、喧嘩する事が増えてしまった。
 秋元が大学を卒業し、就職をしたのも県外の会社。社会人になるとお互いの時間が更に短くなった。
 会える時間が短くなれば短くなるほど、2人の距離は広がってしまった。
「ある日、酷い喧嘩をしましてね」
 売り言葉に買い言葉……、お互いを結婚の約束で縛り付ける事は辞めようと、どちらが先に言ったのかもう覚えていない。
「彼女が結婚すると言う噂を聞いたのはそれから半年後……」
 結局は子供の恋愛だったのだと、秋元は自分を納得させた。
 結婚したかった。彼女だって結婚を望んでいた。
 それでも、別れが訪れ、彼女には新たな恋人が現れ、本当にそれぞれ別の人生を歩き始めたのだと、どこか虚しさを感じながら。
「せめてお祝いだけでもと彼女の実家に電話を掛けて、それで、彼女が亡くなった事を知ったんですよ」
 卒業したら結婚しようね。
 制服を着た彼女の笑顔がどうしても頭から離れなかった。
「だから、この式場に霊が出ると言う噂を聞いた時、それが彼女で、もしかしたら私が彼女を解き放つ事が出来るんじゃないかと思ったんです」
 一緒に行っても良いと思った。
 夢の中でWeddingBellが聞こえる。
 あれは彼女の細く白い手が鳴らしているんだ。
 結婚を約束した恋人を呼んでいるんだ。
「カップルを破局させるんじゃなくて、恋人を呼ぶためのベルだったの……」
 呟くシュラインの耳に、どこか悲しげに鳴り響いたあのWeddingBellが甦る。
「破局なんて、本当に噂だったんですね。いえ、噂が悪い方向に行ってしまっただけ……。良くない噂は人の心を惑わすから……幽霊の祝福で別れる様な彼氏なら一緒にならない方が良いって伝えていたのかも知れません」
「一時の感情で未来を決めてしまわないで、本当に好きな人と結婚しなさいって教えていただけかも……」
 あげはの言葉にみなもが頷く。
 デザートはラズベリーソースをかけたクレープ。
 その甘酸っぱさがどこか悲しい。
「死者は生き返らない。これは道理だ。仏教に於いて輪廻は業苦だと言うが……それは生苦という当然のものだ。来世でも苦しい事は必ずある。だが、ましな事もある」
 言って、慶悟は食後の一服に火を付ける。
「そう、もしかしたら来世ではあなたよりもっともっと素敵な男性と出会って、幸せな結婚が出来るかも知れない」
 微笑む倉菜に、翔がバイオリンを指した。
 たった今、永い永い来世への道を歩き始めたあの女性を送る曲を演奏して欲しい、と。
「はい、」
 頷いて、倉菜は立ち上がる。
 軽く息を吸って構え、演奏を始める。
 もう一度、彼女が好きだったと言うZigeunerweisenを。


end



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 0389 / 真名神・慶悟   / 男 / 20 /陰陽師
 2129 / 観巫和・あげは  / 女 / 19 /甘味処【和】の店主
 2194 / 硝月・倉菜    / 女 / 17 /女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒)
 1252 / 海原・みなも   / 女 / 13 /中学生
 2124 / 緋磨・翔     / 女 / 24 /探偵所所長 


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■         ライター通信          ■
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風邪で美声になっている佳楽季生です、こんにちは。
この度はご利用有り難う御座います。
新婦役を募集しておきながら、希望して下さる方がいなかった場合の事を考えていなかった
ので、観巫和様に立候補して頂けてとても助かりました。有り難う御座います。
シュライン様、真名神様、海原様、何時も楽しいプレイングを有り難う御座います。活かし
切れなくて本当に申し訳ありません……。
硝月様と緋磨様は初めまして。ほんのちょびっとでもお楽しみ頂ければ幸いです。
ではでは、また何時か何かでお目に掛かれたら嬉しいです。