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百鬼夜行
■ACT 0 コトの発端は……
「さんしたくん」
また何か来る……。声をかけられた三下忠雄は心の中でそう思った。
「な、なんですか……? 編集長……」
おずおずと振り返ればそこには例によって例のごとく。碇麗香が立っていた。
その表情は優しく微笑んでいる。そして、手には数枚の紙。どうやら読者からの投稿のようだ。
「あ、あの……取材、ですか??」
今更聞くまでもない。
「都内某所に神社があるのだけどね、そこで最近、夜な夜なお化けが行進をしている、なんて投稿が来てるのよ」
その神社はどうもこの編集部からは比較的近いところらしい。
「まぁ、大抵は何かの見間違い、ってこともありえるのだけどね。ライターが一人風邪で寝込んじゃってページが足りないのよ」
つまりは穴埋めの特集を書け、ということなんだろう。
「え、えっと……。あのぅ、本当に見間違いとかなんでしょうか……?」
「あら? あなたここに何年いるのよ。取材に行くってことがどういうことかはわかってるでしょ?」
編集長が取材を決めた、すなわち少なからず何かがあるということだ。
「いいわね? 取材して今度の〆切までに記事を書く! 下手な記事を書いたら……わかってるわね?」
「は、はい……」
(ああ……。誰か、助けて……)
怖いものを見れば即卒倒の三下。このままでは記事は書けない、編集長の雷が落ちる……。
追い詰められた彼の目は、ふとあなたを見咎めた。
■ACT 1 夜道を行進するモノ
「や、やっぱり帰りましょうよぉー……」
真夜中の住宅街。妖怪の行進が見られる、という神社近くで張り込む三下・忠雄は周りに懇願の目を向けた。
「何言ってるの、ちゃんと取材して、記事書かないと編集長にまた怒られるんでしょう?」
そんな三下を苦笑して見るのは藤井・百合枝。別にアトラスの編集員というわけではないのだが、時々遊びに来ていた所、三下の不遇に巻き込まれたらしい。
「三下ー。ほんっと頼りないねぇー。みあおは平気だよ??」
下から明らかに馬鹿にした態度で見上げるのは海原・みあおである。暇つぶしに三下をからかいにアトラスを訪れたのだが、彼女にとってはまさに渡りに船だったようだ。
リュックにお菓子やジュースを詰め込み、懐中電灯片手に首からはデジカメまでぶら下げ、すっかり探検気分である。
「ええやんか、こんなことめったに遭遇でけへんで?」
笑顔で付け加えるのは井上・麻樹。表情と裏腹に先ほどからずっと逃げの体勢になっている三下の首にしっかり腕を絡ませている。どうしようもない怖がりの三下を逃がしてやる気はここにいる誰一人としてないようだ。
そもそもの始まりは、三下がアトラスの編集長である碇・麗香に取材をして来いといわれたのが始まりだ。
編集部近くのある神社で夜な夜な妖怪らしきものが行進を繰り広げる……。そんな読者の投稿の真相を確かめて来いというのだ。
しかし、三下は極度の怖がり。正直アトラスにいるのが不思議なくらい。そんな彼が偶然見咎めたのがこの3人だった。
しかし、それは案外間違った選択だったのかもしれない。同行した3人は快く承諾し、「三下も来なくては取材にならない」という面目で彼を無理矢理引きずって――本当は、三下は誰かに任せてしまいたかったらしいのだが、それは即座に却下された――現場でこうして張り込んでいる、というわけである。
「いつくるのかなぁ? お化けたち。楽しみだよねー♪ お化けにあったらみんなで記念写真撮りたいな♪」
見るからにわくわくしている、という表情でみあおはデジカメを構える。この中で最年少のみあおは三下たちを保護者に、家のものに夜出かける旨を伝えて出てきていた。「未成年だから帰りなさい」という理屈は既に通用しない。
「俗に『百鬼夜行』といわれる現象に似ているけど……神社の人はそんな話は聞いたことがないっていってたわね……」
百合枝は昼間、神社を訪れて調べた事を口にした。現場である神社は比較的小さい場所だった。住宅街のど真ん中、その中にしてその神社だけはうっそうとした木々に囲まれ、空気が少し違っていた。
その神社は宮司1人で管理していたが、その宮司に聞いても首を傾げるばかりだった。
百鬼夜行とは、真夜中に妖怪、鬼といった異形の者が練り歩き、大騒ぎする現象のこと。昔の街頭もない道であれば何かの見間違いでそんな光景に遭遇できたかもしれない。
しかし、いまは住宅が立ち並び、街頭が整備され、夜もなお多少は明るい。もし遭遇すれば見間違えることも少ないはずだ。
「ほ、ほらきっと誰かのいたずらだったのかも知れませんよぉ?? 帰りましょうよぅ?」
三下は百合枝の言葉を受けてなんとか帰る方向にこぎつけようとする。
「なにいってんのや。夜はまだこれからやで? もうちょっと張ってみようや?」
麻樹が即座にそれを否定する。時計は夜中の0時を回ったころだ。
…………その時だった。
「あら? ……あそこ」
百合枝が何かを見つけた。いや、正確には読み取ることが出来たといえる。
神社の境内、拝殿の傍らに何か、複数の塊が見えたらしい。
「あ、きっとそれかなぁ? ねぇっ、行ってみようよ?」
みあおは早速デジカメを構える。
「や、ややややや、やめましょうよぉぉぉぅ」
「さぁっ、行くで行くでぇ??」
三下の悲鳴にも似た声。4人は百合枝の指し示す方へと向かった。
■ACT 2 車座になるモノ
そこには、不思議な光景が広がっていた。
4人がその塊に行くにつれ、周りの景色が変わっていく。
まだ薄ら寒かった早春の空気が和らぎ、あたりには一面、薄いピンクの世界が広がっていった。
「こ、これは……?」
その現象に誰しもが驚かずにはいられなかった。
百鬼夜行の現象の中にこんな文献はなかった様な……。
「あ、あれ見て」
みあおが指す先。そこには車座になって座る一団があった。
その一団は、やけに古くさい服を身にまとい、全員が全員、眉間にしわを寄せ、何かを論議しているようだった。
「どうしようかのぅ?」
「本当じゃのぅ……」
「ねぇ、どうしたの??」
「…………うわぁぁぁっ!!」
一団の中に、好奇心旺盛なみあおがちょこん、と入り込んでいたのだ。
周りの状況にまったく気付いていなかったらしく、その一団は一挙に蜂の巣をつついたような騒ぎとなる。
「大変じゃ大変じゃ、人間が紛れこんどるぞ!?」
「大変じゃ大変じゃ、どこから入り込んだのじゃ!?」
「大変じゃ大変じゃ、急いで身を隠さねば!!」
右へ左へ、その一団は散り散りになって駆け回る。騒々しいことこの上ない。
あまりに騒々しい。何もかもが音に聞こえる麻樹には少々耳障りだと思えた。そして、思わず、
「……うっさいわぁ!!!」
と、大きな声で叫んでしまった。一瞬のうちに騒ぎはしぃん、と静まり返る。
「そもそも、なんで俺らが驚かなあかん方やのに、そっちが驚かなあかんのや!? っていうかあんた方何者や?」
「なんじゃ、騒々しいのぅ……」
一団の奥から声が上がる。どよどよという声と共に道が開き、誰かが歩み寄ってくる。
「なんじゃ、人間が結界に入り込んだのか。そのくらいでうろたえるでない」
出てきたのは真っ白な狩衣をラフに着崩した女性だった。20代くらい。ピンクの髪をひと房だけ長く伸ばし、あとは綺麗に肩で切りそろえられている。
「あなたは?」
百合枝がたずねる。
「ワシか? ワシはこのあたり一体を守護する木霊じゃ」
女性は静かに答えた。
「おぬしら、見たところ人とはいえ、ちと変わっておるようじゃの。だからこの結界も見つかったのか……」
ぐるりと4人を見回す。少し、参ったのぅ、という表情にも見える。
「あんたらは、ここで何してたんや?」
麻樹がたずねる。
「何って、集会じゃ。こやつらはここら一帯に住む、まぁ……言ってみれば神みたいなもんじゃの」
彼女の話によれば、この一団は昔からこの土地に住む小さい神々。まぁ、普通に言えば妖精や精霊に近いものともいえる。
かまどの神や樹木の神、草の神、家の神……路傍の神々。
「それがなぜ、こんなところでみんなで寄り集まって話を?」
百合枝が尋ねる。
「それがの……実はここ最近の開発でワシらの住む場所はなくなってしもうた。何人かは人間達が住む場所をあたらしく作ってくれた者もおるが、それはごくわずか。
おおくは社も何もなく、新しい環境にも馴染めず。だから、これから一体どこに住もうかと皆で話し合っていたところなのじゃ」
訪問者をいぶかしげに眺めていた『小さい神々』が口々にそういった。
「家がなくなったの?」
「そういうことじゃ……」
一団は暗い表情に変わる。人の宅地開発が、どうやら彼らの住処を奪ってしまったらしい。
「……困ったわねぇ、手助けはしてあげたいけど、まさか宅地を元の森林に戻すっていうのはちょっとねぇ……」
百合枝は思案するが、なかなかいい考えが思いつかない。
「なぁ、なんとかならんのか? このあたりを守護しとるんやろ?」
麻樹は先ほどの女性に尋ねる。
「まぁ、少数であればのぅ、この境内に住まわせることもできるじゃろうが……なにぶん数が多い。ワシだけの手には到底負えんのじゃ」
全員がうーん、と黙りこくってしまう。
その時だ。
「あっ! そうだっ!」
みあおは何か思いついたように、背負っていたリュックを下ろす。中をごそごそとあさり、取り出したのはこのあたり近辺の地図。
「どこか、おっきな自然があるか探してみようよ??」
と地図を広げる。全員がいっせいに額を付き合わせ、地図を覗き込む。
「……おっ、ここなんかどうだ?」
麻樹が指差したのは、神社から程近い公園だった。意外と大きく、森らしき表記もある。
「お? この場所は……」
「知ってるの?」
「いや、知り合いの管理している公園じゃの。そうか……その手があったか」
妙に納得したようにうんうんと首を振る女性。
「何か、いい手があるの?」
「ああ、ここなら広いし、これだけの神もなんとか住めるじゃろ。ワシもつい多忙なことと、急なことで失念しておったわ」
女性はからからと笑った。
「予想外のことじゃったが、これも何かの縁じゃろう。ありがとうな。ちょうどええ、今はちょうど花見の時期じゃ。礼と言ってはなんじゃが……」
ざっ、と女性が空に向かって手を振る。あたり一面に桜吹雪が舞う。
「うわっ!!」
3人はとっさ身を庇う。その様子を見たのか、女性がからからと笑って、
「さぁ、目を開けてくれ。ただ一夜の夢じゃが、存分に楽しんでいってくれ」
気付けばあたりは昼間のように明るくなっていた。
一面が桜並木。その下に緋色の敷き物とあふれんばかりの酒と料理。
「わぁぁ♪」
呆然と立ち尽くす3人を先ほどの路傍の神々が「さぁ、どうぞどうぞ」と奥に案内する。
その夜、3人と神々は一晩中やや早めの花見を楽しんだのである……。
■ACT 3 宴会終わって夜が明けて
さて、そうしてどれくらいの時間がたったのか。
3人は誰かに揺り起こされ、ふと目を覚ました。
「おはようございますー。あの……あんなところで寝ていては、風邪をひきますよ?」
覗き込んでいたのは1人の男性。気付けばどこか、建物の中らしい。
「あ……宮司さん」
百合枝が昨日の昼、聞き込みをした宮司らしい。
「あれぇ? 神様はー?」
みあおが眠たげに目をこすりながら身を起こす。
「確かに、一夜の夢やったようやな……」
昨日の事を思い返し、麻樹は額を掻く。
「…………あれぇ……?おはようございますー。ところで、昨日すっごい夢を見たんですが……」
どうやら三下は、神々の集会を見た瞬間に気を失っていたらしい。そこから先のことは何一つ覚えていないようだ。
「皆同じ夢を見たようだねぇ? と、いうことは……」
「夢じゃなかったんだね」
「そう、みたいやなぁ」
「あ、あのぅ、皆さん、どうかなさいましたか……?」
妙に納得しあう3人に、宮司は怪訝そうに首をかしげたのだった……。
「うん、なかなかええ感じかな?」
ヘッドホンをつけ、麻樹は満足げに微笑んだ。
あの一夜の夢。麻樹の持っているすぐれた音感はあたりに舞う桜のまい散る音、神々の談笑する声、優しくそよぐ風の音……。
その全てを一つの音楽として彼の記憶に刻み込んでいた。
家に戻ってすぐに麻樹はその記憶を譜面に起こしたのだ。
「次のライブあたりには出したいよなぁ……。メンバーに聞いてもらわなあかんな」
次のライブには、ファンに新曲を聞かせることが出来そうだ。そう思って、再び彼はにまり、とわらった。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1415/海原・みあお/女/13/小学生】
【1873/藤井・百合枝/女/25/派遣社員】
【2772/井上・麻樹/男/22/ギタリスト】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、この度はご参加頂きまことにありがとうございました。
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