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<東京怪談ノベル(シングル)>


ジャイアニズム宣言

1.
留守電は飽和状態。俺の頭も飽和状態・・・。
レコーディング間近。だが、曲は書きあがっていない。

茶色の瞳を内側に向け、金の髪を幾度となくかきあげイライラを相殺させる。
そんな状況で井上麻樹(いのうえまき)は自室に篭り、ただひたすらにメロディを紡ぎだそうと頭をフル回転させていた。
ここ数日、携帯の電源を切り、留守電の線も抜き、ありとあらゆる外界から自分を孤立させていた。
だが・・・

・・・出てこん。

時間だけが刻々と流れていく・・・。
そして・・・

「できへんのじゃ、ごるぁーーー!」

遂に彼はキレた。
そして、その飽和した頭を抱え自室を後にした。
彼は、獲物を求めていた・・・。


2.
「あ、井上さんじゃありませんか〜」
街に出ると、麻樹は声を掛けられた。絶好の獲物である。
「三下さ〜ん、ちーと付き合って〜?」
にこにこと笑いながら、麻樹は月刊アトラス編集員・三下忠雄と無理やり肩を組んだ。
「へ? へっっ!?」
「まーまー、俺が奢るさかいに。ええやろ? よっしゃ! 商談成立!」
屈託なく笑う麻樹に三下はなす術もなくとある場所へと連れ込まれた。
そのとある場所とは・・・

「・・・カラオケ?」

麻樹からマイクを手渡され、一段高くなったその舞台の上で三下は立ちすくんだ。
「そそ。気分転換にはやっぱり歌うのがいっちゃんや♪」
ペラペラと分厚い目次本に目を通しつつ、麻樹は楽しそうにそう言った。
「で、でも僕、歌なんて・・・」
「ダイジョーブ! この俺が三下さんでも歌える曲セレクトしたるって。あ、これいってみよか!」
リモコンに流れるような手つきで数字を入力し、送信!

「え、演歌ぁ!?」

ど演歌の典型的なイントロに三下の顔が引きつった。
「そう。曲名は『涙の男道』! 三下さんにぴったりや」
そんな三下にかまわず、麻樹はヒューヒューと口笛を鳴らしつつ手を叩く。
「僕この歌知りません! ホントに歌えませんって!!」
「歌は心や! 気合入れれば歌えんことはない!!」
理屈になってない理屈で舞台を降りようとする三下を麻樹は言い負かす。
「うぅ・・もう知りませんよ! 三下忠雄! 歌わせていただきます!!」
「そやそや! そのイキや!」
半ばやけくそ気味に歌いだした三下に、麻樹は次の曲を探し始めた。
面白くなってきた・・・と内心、麻樹はにやりと笑った。


3.
「はぁ・・はぁ・・な、何とか歌え・・ましたかね?」
ジャジャーンと壮大な音を残し、三下はがっくりと膝をついた。
「ばりうまやん! ・・あ。喉渇いたか? ほな飲み物でも頼もか」
ニコニコと満足げな麻樹は荒い息をつく三下を気遣いそう言った。
「す、すいません。お願いします・・」
三下が申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。
「なら注文しとくさかい、次これを歌ってや〜♪」
ピピッと次の曲を選択し、送信するとすぐに次の曲が出てきた。

「ラップーーーー!?」

先ほどとは打って変わった軽快な音楽に三下は目を回し気味だ。
「そそ。曲名は『It says to a superior official!(上司に物申す!)』や! 張り切っていきや!」
そんな三下にまたも麻樹はよく分からない理屈をつけて歌うことを遠回しに強要した。
「な、なんて曲名なんですか! 僕は編集長に言いたいことなんて・・・」
「誰も編集長の愚痴を言えとはいうてへんよ〜?」
「・・・」
思わず墓穴を掘る三下に、麻樹はニヤリと笑った。
「み、三下忠雄! 歌わせていただきます!」
逃げる術はただ歌うのみ! と判断したのか、三下はしっかりとマイクを握り絶叫し始めた。
多少音程も外れているし、歌詞も滅茶苦茶ではあったが段々に三下がノってきているのが分かった。
三下のそんな姿を横目に見つつ、麻樹は内線の受話機を取った。
「あ、すんませーん。飲み物注文したいんやけど・・・」
ラップの早口がうるさいからおそらく三下には聞こえないだろうと思いつつ、麻樹はヒソヒソと飲み物を注文した。
今や三下オンステージは絶好調である。
まぁ、ラップとして上手いかといえば下手ではあったが。
そんな三下に最高のステージを・・・と麻樹は思っていた。
「大至急頼むわ〜♪」
受話器を置くと、麻樹はウキウキと店員が運んでくる飲み物を待った。


4.
「お待たせしました〜」
店員が飲み物を持ってきた。
「待ってました〜」
と、麻樹は店員から奪い取るように飲み物を貰った。
背の高いグラスには無色の液体の中に氷とレモンがひんやり涼しげに漂っている。
「ゼー・・・ゼー・・・」
三下の息は上がりきっていた。
「お疲れサーン! 飲み物頼んどいたで。それ飲んだらもう1曲や!」
ニコニコと笑いながら麻樹は先ほど店員から受け取った飲み物を渡した。
「ありがとうございます。もう喉がカラカラで・・」
それはそうだろう。なんだかんだで2曲も熱唱しているわけだから。
三下はググーッとその飲み物の中身を確認もせず、一気に飲み干した。
「ええ飲みっぷりやね〜!! ほな、次これいこか!」
ピピピッと再びリモコンに指を滑らせ、曲を入力する。
出てきた曲は・・・

「ヘビメターーーー!?」

「そうや。やっぱノリまくってきたらシャウト系がええねん! 曲名は『And I am crushed!(そして僕は潰れる!)』」
「・・あれ?な、なんかクラクラしてきたような・・」
「ダイジョーブ! ちーと疲れてきただけやろ。ほれ! マイクがまっとるで〜!」
エレキギターのジャカジャカ音と激しいドラムの音。
黙ってヘッドバンキングしろと言わんばかりの選曲である。
「み、三下・・いきまーーーす!」
よたよたとした足取りで舞台に上がる三下。
頭をフリフリ、歌詞が表示される画面も見ずに歌いだした。
が・・・。

バターン!!!!

「・・三下サーン?」
麻樹が恐る恐る三下に近寄る。
三下は真っ赤な顔をして舞台に大の字に倒れてしまった。


5.
とりあえず心臓が動いていることと息をしていることを確認すると麻樹はホッと息をついた。
「・・まさかイッキ飲みするとは思わへんかった・・」
麻樹はチラッと先ほど三下が飲み干したグラスを見た。
グラスの中身は『レモンチューハイ』だった。
「三下さーん、聞こえとる? お金は払っとくさかい起きたらきちんと帰ってね?」
麻樹はそう言って三下のカバンから財布を取り出し、会計を済ませた。
「今、連れ寝とるから時間になったら起こしたって」
そうカウンターの店員に言い、麻樹は三下の財布をカバンに戻した。

「そうや、これでいこ。やっぱ三下さんに会えて良かったわ〜♪ あない悩んどったんが嘘みたいや」
どうやらレコーディングには間に合いそうだった。
麻樹は機嫌も良く自宅へと戻っていった。


風の噂だが、その自宅に戻った麻樹が呟いた言葉は

『おまえの物は俺の物、俺のモノは俺のモノ』

であったとか? なかったとか・・・。