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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


ホワイトデーの贈り物
●オープニング
「さんしたくーん」
 月刊アトラス編集長の碇麗香が、にこにこと三下忠雄に近付く。しかし、決して目は笑っていない。三下は、本能的に危機を感じながらも、健気に答えた。
「は、はい。何でしょうか」
「ライターが一人、行方不明なのよ」
 省略された言葉を補えば「ライターが締切までに原稿を提出せずに、連絡を断ってしまった」ということになる。本当に事件に巻き込まれている可能性は、100分の1あるかないかだろう。
「ホワイトデー向けの特集記事。カラー見開き2ページ。明日までに上げれば何とか間に合うわ」
「まさか、僕が?」
「他に誰が?」
「でも……」
「代わりの企画は考えておいてあげたわ。『アトラス厳選、女の子が喜ぶミステリアスグッズ』。商品写真で半分埋めれば記事は1ページ分。お金の問題が出たらこっちに回して。とにかく時間がないのよ。いいわね?」

 数時間後。路上で途方に暮れている三下の姿があった。
「女の子が喜ぶ品物って……。そんな物、僕に分かるはずないじゃないですか……」

●笑顔の仮面
(ここで考え込んでいても仕方ないですね……)
 三下は意を決し、正面を見据えた。こうなったらどこでもいい。アポなし取材を敢行するしかない。そこに偶然通りかかったのが、刃霞璃琉である。
(あ……、優しそうな女の人……。同じ飛び込み取材なら、まず、あの人に聞いた方がいいかも……)
 先ほどまでの決意を早くも半分投げ出しながら、三下は璃琉に向かって一直線。その途中、何度か通行人にぶつかりガンを飛ばされていたが、そんなことも気にならないほど、三下は高揚――というよりは緊張していた。
「あ、あの、すみません」
「え? 僕ですか?」
「はい。わたくし、白王社で『月刊アトラス』という雑誌を編集している、三下忠雄と申します。決して怪しい者ではありません」
 しばらくの沈黙。
「どう見ても、怪しいと思いますが?」
 悪意のない笑みを浮かべながら、璃琉は切って捨てた。
「ええっ、そんな……」
 思いがけない反応に、三下は泣きそうな声を上げる。
「ほんとに怪しい者ではありません。あの、ちょっと取材をしているだけでして……」
 璃琉は、渡されたばかりの名刺をチラリと見た。月刊アトラスなら知っている。三下という編集員がいるかどうかまでは知らないが、名刺は上質な紙にきちんと印刷された物で、例えば、パソコンで簡単に作った物ではない。
「そういうことでしたら、内容によっては協力しても構いません」
「本当ですかっ」
「それで、どの様な内容ですか?」
「実は……」
 ホワイトデーの特集記事を突然任されたこと。期限が後1日しかないこと。しかし、いいアイデアが浮かばないこと。女性に聞けば、何かヒントが得られるかもしれないと思ったこと。三下は切々と訴えた。しかし、それを聞いて璃琉は苦笑いを浮かべる。
「どうやら、勘違いをなさっているようですね」
「はあ?」
「僕は、男ですよ」
 ガーンという擬態語が聞こえてきそうなポーズで、三下はその場で固まった。
「僕ではお役に立てそうもありません。失礼致します」
 軽く礼をして立ち去ろうとすると、何かに足を取られ、転びそうになる。驚いて足元を見れば、文字通り、三下が縋り付いているではないか。
「待って下さい。見捨てないで下さい。お願いします」
「みっともないですよ」
 周囲の人々は、関わりたくないのか、チラチラ見るだけで近寄っては来ない。
「お願いです。一緒に考えて下さい。このままじゃ、僕、クビになっちゃいます」
 そこまで言われては、そう邪険にもできない。
「分かりました。お役に立てるかどうかは分かりませんが」
「あ……ありがとぼござびばず」
 涙で鼻をグシュグシュさせながら、三下は立ち上がり、深々とお辞儀をする。そんな三下に、璃琉は微笑みながら言った。
「僕を女性に間違えるような方が、一人で雑誌の記事を書けるとは思いません。お手伝いしましょう」
 笑顔の下の毒舌が三下の胸をグサグサ刺すが、溺れる者は藁をも掴む。何を言われてもただ、三下はペコペコするだけだった。

「女性への贈り物の定番と言えば、アクセサリーだと思います」
 そう言いながら、璃琉は三下を引き連れて、手近なアクセサリーショップに入った。しかし、アクセサリーショップにも色々とある。二人が入ったのは、若者向けのカジュアルな店ではなく、いわゆる宝飾店。当然、値段も桁違いだ。
「え? ……こんな高価な物を贈らないといけないんですか?」
 展示品の近くに小さく書かれた価格を見て、三下の顔色が青くなる。
「まず金額に目が行くとは情けないですね。懐はともかく、心が貧しいように見られますよ」
 キツいことを言うが、相変わらず表情は笑顔である。
「宝石には様々な謂われがあります。アトラスという雑誌にとっても、良い題材だと思いますが」
 確かにそうではある。しかし、編集長のお眼鏡に適う題材かどうかは別問題。三下が悩んでいると、営業スマイルを顔に貼り付けたような店員が、扉を塞ぐように立ちはだかって話し掛けてきた。
「いらっしゃいませ。贈り物ですか?」
「ええと、その……」
「当店では、海外から直輸入した原石を、熟練した職人が……」
 40歳代半ばと思われる女性店員は、淀みなくセールストークを始める。次第に、璃琉の胸の奥に、はっきりとした不快感が生まれてくる。嫌悪とも恐怖ともつかない、吐き気すら催す不快感。
(何でしょう、これは……)
 何か嫌な物を思い出しそうな気がする。目眩がする。早くここから逃げなければ……、逃げなくちゃ……。璃琉の意識は、そこで途切れた。

「あー、ごめん。言いそびれちゃったけど、俺たち、客じゃないんだよね」
 店員のみならず、三下も呆然として璃琉を見た。そこにいるのは、確かに璃琉……のはず。だが、一気に雰囲気が変わったせいで、まるで別人のようだ。
「冷やかし……って言うの? ほんとにごめん。ところでお嬢さん。せっかくだから聞いてみたいんだけど、ホワイトデーに貰うなら何がいい?」
 この年になって「お嬢さん」と呼ばれたのが嬉しいのか、店員の笑顔も、営業スマイルではなく心からの笑顔になった。
「ホワイトデーの贈り物でしたか。当店の品物ですと、少々値が張りますからねぇ……。これを機にご婚約なさるんでしたら、素敵な婚約指輪をご用意できますけれど」
 璃琉は、後ろにいる三下を、肩越しに親指で指した。
「あいつは雑誌記者で、読者にアピールできるような、変わった品物を探してるんだ。買えないくらい高くても、女性受けしそうな珍しい物なら記事になると思うんだけど、何かないかな?」
 店員はしばらく考えてから口を開いた。
「かなりお高い物ですけれど、アンティークジュエリーはいかがでしょうか? ここでは扱っておりませんけれど、本店のミュージアムに、イギリスの貴族が身に着けていたと伝えられるブローチがございます」
 ようやく気を取り直したらしい三下が、恐る恐る尋ねる。
「それって、何か、曰く付きの品物ですか?」
「あまり不吉な物は、手を出しにくいですからねぇ。ごく普通に伝わった物だと思いますが……。あら? だったらどうして、その貴族の方は手放したんでしょう?」
 これは記事になる。三下は目を輝かせた。
「その話、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
「それでしたら、本店の方がよろしいでしょう。紹介状をご用意しますので、こちらでお待ち下さい」
 その後、別の店員から婚約指輪の売り込みを受け、ようやく紹介状と地図を貰って解放されたのは、1時間近く経ってからだった。

 それから更にしばらくの後。璃琉は、手の中にあるダイヤモンドのパンフレットを怪訝そうに見た。
(これは……?)
 そういえば、さっきまで宝飾店にいたはずだ。出所は分かった。問題は、なぜ自分がこんな物を持っているかだ。中身を見ても、今の自分にはトンと縁がない物。
(大方、店員が無理矢理渡したんでしょう)
 そうだとすれば、持っている必要はない。意識が途切れる寸前の不快感を思い出しそうになり、慌てて公園のごみ箱に放り込んだ。
(……あの人は、無事に取材が出来たでしょうか?)
 おそらく、次号のアトラスを見れば分かるだろう。璃琉は、北風に首を竦め、家路を急いだ。

【完】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2204 / 刃霞・璃琉 / 男 / 22 / 大学生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。担当ライターの小早川です。「三下君と遊ぼう」をテーマにしたアトラス編集部の依頼はいかがでしたでしょうか。今回は完全個別ですが、パラレルワールドではなく、オムニバス形式になるように配慮しています。どういう順序で発生したかは、読んだ方の判断にお任せします。

 刃霞璃琉様。はじめまして。プレイングの内容から「三下とは面識なし」と判断させていただきました。行き先が宝石屋になったのは「なんとなく」です。結果、璃琉さんにとっては災難だったわけですが……。「第一と第二の関係」については、シチュエーションノベルを参考にさせていただきました。

 それでは、またお会いできますように。