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クリムゾン・キングの塔 【5】唄
■序■
眠りについた東京の街を、くすんだ緑の集団が駆け抜ける。キャタピラが、真鍮いろのアスファルトを踏みしめる。空はヘリと戦闘機に掌握され、東京湾では鈍色の船舶が目を光らせる。
ものものしい足音と、兵器が生み出す轟音が駆け巡っても、東京は奇妙なほどに静まりかえっていた。
犬の散歩をしていた老人や、ママチャリをとばしていた中年の女性も、そして鳥は落ち、スクランブルを渡っていた若者たちもまた、『塔』から悲鳴じみた唄が響き渡ったときに凍りついてしまっていた。
「またあの『塔』に行くことになるか。二度とごめんだった。だがこれでおさらば出来るなら、喜んで行く」
一国の首都凍結は並みならぬ問題だ。IO2が俊敏に動き、16時間後には『塔』を攻撃する手筈が整っていた。IO2は『塔』が人類にとって危険なものであると結論付けた。<鬼鮫>の再投下という処置が、彼らの認識を如実に表している。
真鍮の鍵を弄びながら、<鬼鮫>は『塔』に入った。以前の任務で自ら斬り落としたはずの手首は、しっかりそこに在って、鍵を弄んでいるのだ。
「彼が30分以内に帰還しなかった場合は、即座に攻撃を開始する」
作戦の指揮を執るのは、朝倉一等陸佐。
しかし、<鬼鮫>が『塔』に入り、25分が経った。朝倉は、唇を噛みながら――真鍮の鍵を持て余している。
■タイムリミット■
あと5分。
はあ、と朝倉はテントの中で溜息をついた。ばたばたと自衛隊員がテント前を賭け抜け、風が吹いた。朝倉がよく知っている部隊と、よく知らない部隊が、彼の下で動いている。攻撃開始予定時刻まで10分を切った辺りから、テントの周囲は――いや、『塔』の周囲の動きはさらに慌しくなってきていた。
「しかし、警備の方が手薄になるとは、情けない話だ」
「いやまったくその通り」
「気がついてんなら気をつけろ! わはは!」
いつの間にかテントに侵入していた男ふたりの方を振り返りもせずに、朝倉はまたしても溜息をついた。
朝倉は日焼けした肌の、40代半ば。
彼の背後で仁王立ちしているのは、御母衣武千夜と藍原和馬だった。
立ち上がる朝倉がベストのいくつもあるポケットのひとつにしまったものを、武千夜と和馬は見逃さなかった。
「何だ、持ってるなら入りゃアいいじゃないかよ」
相手がジエータイのお偉いさんでも、雇い主でなければ和馬の口調はいつもの通り。それでも、普段ならば少しは畏まっていたかもしれない。こういうときだからこそ、いつもの態度だ。朝倉もその態度を咎めはしなかったし、逆にうっすら笑いもしたのだ。
「一昨日、娘から貰ったばかりなんだ。縁を感じてな」
「だったら何でこんな物騒な真似をしやがる。……気が進まないんだろ」
「我々は兵隊だ。戦地を選ぶ権利など持っていない」
気が進もうが進むまいが、彼は従うしかないのだ。
和馬には朝倉の気持ちが痛いほどよくわかったし、自由人である武千夜も馬鹿ではなかったので何となく察した。
「君らは、東京の人間か」
「まあ一応」
「住まいは違うんだが、昨日から仕事でここに来てた」
朝倉はふたりの答えを聞いて、大きく頷いた。
「ということは、君らも鍵を持っているということだな」
「どういうことだ?」
「東京の街はご覧の通りだ。だが、この鍵を持っている人間は活動を続けられている」
朝倉の話によると、東京で凍りつかずにすんだ人間は1万人にも満たないらしい。自衛隊が街を巡回して、動いている人間はとりあえず「救助」し、仮設避難所に放り込んでいるとのことだった。救助された人間の共通点はすぐに見つかった。真鍮製の鍵を持っていたのだ。
「さて、民間人は避難所に入ってもらわねばならないところだが――」
「失礼します! あッ?!」
テントに飛び込んできた隊員が、敬礼する前に驚いていた。和馬と武千夜の姿を認めたからだ。
「ここは厳戒体勢区域だ! 一般人は危険だから下がっ」
「このふたりは一般人ではない。それで、用件は何だ、斎藤三等陸佐」
「は?!」
「用件は何だ、斎藤三等陸佐」
隊員は狐につままれたような顔をした後、無理矢理真面目な顔を繕って、姿勢を正した。
「第1師団、攻撃準備整いました」
「攻撃開始予定時刻を繰り下げ。目標南西部に問題発生」
「……は」
「第1師団は待機だ」
「は」
隊員は和馬と武千夜にぎろりと一瞥をくれてから、きびきびと去っていった。和馬は思わず息をつき、胸を撫で下ろした。
「撃ち殺されるかと思った」
「それで、話の続きだが」
苦笑を隠しもせずに朝倉は口を開いた。
「私は今回の作戦本部のことをよく聞かされていない。私にはある程度現場を動かす権利があるだけだ。長くても10分、時間を稼げたらいい方だろう。だが君らが目標に入るのには充分な時間だな?」
「協力してくれるのか」
「3時間前に目標に関する資料に目を通した。君らの名前と写真があった。目標内に入ったことがあるそうだな」
「……プライバシーの侵害だ」
「――私は昔から勘がいい。特に、敵意や悪意を読み取るのが得意だ。……あの『塔』からは、何も感じない」
口笛が聞こえた。
船乗りが風を呼ぶときの口笛だ。
「あいつがいる限り、『塔』は絶対に壊れねエ」
南西の入口を前にして、藍原和馬が微笑んだ。
「そうとも、あいつがいる限り『塔』は殺しはしないんだ」
同じくして、武千夜が拳を鳴らした。
そして、鈴の音がした。
■羽音■
あと1分。
くすんだ黄金の空の中を、ブリキの翼がはばたいた。
かちん、と唐突に、真鍮の地面に転がったものがあった。ブルームーンストーンをあしらった、細かな装飾のブローチだ。そっとそれに歩み寄った影は、紅い振袖を着た少女だった。『塔』の南西の窓から飛来したオウムは、地面に落ちた美しいブローチの傍に着地した。
「急げ」
紅い瞳が、地に降り立ったブリキのオウムを捉える。
「敵意は渦巻いておる。火を吹くは、間もなくぞ」
カシャカシャと首を傾げて、オウムはブローチと振袖の少女を見比べた。
「急げ!」
『はやく!』
少女とブローチがオウムを急かす。
オウムは何も言わずに、ブローチをかちりと咥えた。ぴりぴりと空気までもが緊張している中、オウムは飛び立った。
「刻を稼いでやるとしよう。我は彼奴らに何も感じぬ。好奇を求む心を、咎むる者は居るまいて」
ぺたぺたと手鞠を撫でながら、九耀魅咲はからころと歩き始めた。周囲で固唾を飲む自衛隊員たちが、魅咲の姿に気付くことはなかった。すでに彼女は、この世にある道を通ってはいなかったのである。
『塔』の窓辺で、彼はぷはあと息を吐き出した。
そこには、唐突に石神月弥が現れていた。オウムが真鍮の床にブローチを置いた瞬間に、彼は『塔』の中にいた。すでにブローチは何処にもなかった。
「久し振りにあの身体に戻ったら……あんな窮屈な格好してたんだな、俺」
こきこきと首と肩を慣らし、月弥は立ち上がった。オウムが窓辺から月弥の肩に飛び移った。
「……」
カシャ、カシャ。
「どうしたんだよ、何で喋らないの?」
カシャ、カシャ――
「言葉は、眠りについた」
南の窓辺に立っていた船乗りが呟いた。
「ああ、敵意と悪意を、外と内から感じる」
「……内側から? あーッ!」
月弥は風に語る者に走り寄り、そのモールがついた汚れた服に飛びついた。
「そうだった! <鬼鮫>だよ! 前にエピタフ酷い目に遭わせた奴! あいつが戻らなかったら、外の兵隊は『塔』を攻撃するって!」
「そうか」
「そうか、って……もう!」
月弥は船乗りを突き飛ばすようにして離れると、窓から身を乗り出した。
目も眩むほど――ではなかったが、『塔』南西部に狙いを定めた部隊は一望できた。すでに攻撃開始予定時刻は過ぎているはずだが、まだ動きはない。
「おーい! おーい、攻撃しちゃだめだよ!」
声が届いたかは定かではないが、月弥の姿はしっかり攻撃部隊の視界に入ったようだった。
「真鍮の鍵を持つ兵は、12名」
テント内で待機している朝倉の耳には――少年のものではなく、少女の声が届いた。
「すべてがお主と同じように、鍵を弄び、唇を噛む」
鈴の音がして、朝倉はポケットから鍵を取り出した。
「力ずくで紡いだ歴史が如何なものであるか、ようく知っていように」
「しかし、私に何が出来る」
「考えろ。あの『塔』のように」
ちりいん、ちりん、ちりん……。
たまらずテントを出た朝倉の前に、手鞠を持った振袖の少女がいた。彼女は微笑み、長身な朝倉を見上げる。
「『とう』に、また入ってみたいな」
「……君は、『塔』に入ったことが?」
「あるよ。おじさんは?」
「ないんだ」
「入りたいのね」
「ああ、とても」
「入ってみたらいいのに」
「出来ないんだ。仕事があるから」
「それなら、入った人たちからおはなしをきけばいいじゃない」
「そうか」
「そうよ」
だが、朝倉の力は間もなく尽きようとしていた。
■ねじ溜まり■
「エピタフ!」
武千夜が叫んだときには、すでに『塔』の主は倒れていたし、ねじまみれになっていた。
「こりゃアひどいな。前よりひどい。<鬼鮫>とかいうやつか?」
「挨拶したら斬られちゃって……」
武千夜に抱き起こされた真鍮天使は、そう言ってから咳込んだ。かちんかちんとねじが飛んだ。
「あー、つうことは、待てよ、もう……」
「ソウル・ボマーは追いかけていったよ」
「やっぱり」
「お前さんが傷つくところは、なるべく見たくなかったんだが」
武千夜はエピタフの胸に散りばめられたねじを払い落とした。
「見せられちまったなら仕方ねエ。俺が仕返ししてやる。鮫のニイちゃんはどこ行った」
「<アーカイブ>に行こうとしていたね。……ああ、ひょっとしたら、<アーカイブ>よりも向こうが」
エピタフはそこで唐突に言葉を区切って、また咳こんだ。
「ああ、ねじが足りないみたいだ、僕はもう、あちこち外れてしまうよ」
伸ばした手から、指がぽろりぽろりと落ちていく。翼のパーツが、がしゃんかしゃんと床に落ちていった。ねじが足りなくなったのだ。彼の姿を留める分までもが抜け落ちていっている。
「つ、つきの」
「わかった」
「ありが」
「寝てろ」
そして、首が落ちた。
「俺は実際、どっちでもよかったんだ。『塔』があったってなくたって、化物の俺には関係ない。天使サマたちが何匹いたって構わなかったんだよ。何にもしなけりゃ」
和馬は振り返りもせずに、すっかり眠りに落ちた『塔』の中で呟いた。
ぴくり、と武千夜がその言葉に耳を傾ける。
「でも、もしこのまま……街が、このまま凍りついたままで……俺がよく知ってるあいつらも……ずっと動かないんだとしたら……」
「兄さんよ、悲観的だな」
「もうニイさんなんて歳じゃねエんだ」
「どれくらい生きたってんだ。俺以上か? 地球が生まれた時からか? そうじゃないだろ。だったらもっと明るく前を見るこッた」
武千夜は笑いながら、和馬の脇をすり抜けた。
「さア、俺はエピタフとの約束がある。鮫野郎をぶっ飛ばさねえと!」
ぐるりと腕を回した武千夜の背中を、和馬は黙って、しばらくの間見つめていた。
月弥は叫びに叫んだ後、軽く咳込んだ。問答は堂々巡りを続けていた。『塔』を囲む者たちは拡声器を使って月弥に呼びかけ続けた。危険だから降りてきなさい。月弥は彼らに向かって叫び続けた。危険だから攻撃しないで。
月弥はしかし、実際には、それほど『塔』が危険なものだとは思っていなかった。彼は何度もこの『塔』に来ていた。天使たちも『塔』も、自分と同じ物体のようなものなのだ。ただ人間たちを見つめて、理解しようとしている。
だが全く安全であるというわけではない。天使が傷つけると、それに見合った罰が下される。天使を傷つけただけで、やたらと蹴りをお見舞いしてくる軍人天使が現れるし、精神を物体に変えられてしまうこともある。『塔』本体を傷つけたときに何が起きるか、全く見当もつかなかった。
月弥の主張は大体そんなところだ。自衛隊がどう捉えているかはわからないが、ともかくこの無理問答で時間は稼げている。
「でも、唄は続いてるんだ」
月弥は顔をしかめ、振り向いた。
風に語る者は、もの珍しそうに戦車を見下ろしていた。
「月の子はどこ?」
「窓辺で唄っている」
船乗りは簡潔に答えた。
「やっぱり唄がやめばいいんだ。月の子を止めたら街がもとに戻って、あいつらは帰る。そうだろ?」
「唄は<深紅の王>と、人間たちの為のもの。眠りを破れば、こころが機嫌を損ねるぞ」
「攻撃されればどっちにしたって機嫌悪くなるだろ!」
キャ―――――――――――――――――――――――ッ!!
それは唄ではなかった。
船乗りが目を見開いた。
「唄が!」
『ダンヤ!』
窓辺に目を移した月弥が見たもの。
堕ちる天使。
ねじをばら撒きながら、まっさかさまに落ちていく――。
「月の子!!」
「石ちゃ」
「ばいば――――――――い」
がしゃん!!
「どうして! どうして! どうしてだよ!」
はるか下の地面でばらばらになった真鍮天使を見下ろすと、月弥は涸れた声で叫んだ。
地面に叩きつけられて、壊れた天使は月の子だった。
「何の為の翼だったんだよう! 月の子! 何でだようッ!!」
何で、
月弥は窓から見を乗り出すと、上体をひねって上を見た。血が降ってきた。
「あー! わー! あー!」
はるか上では、折れた仕込みを振りかざして喚きたてる、化物の姿があった。
「――<鬼鮫>」
憎悪のこもった声色で、月弥は呟いた。
<鬼鮫>が、『塔』の中に身を引いた。
月弥もすぐに身を引いた。倒れている船乗りと、横倒しになったブリキのオウムの姿が目に入った。
眠りを破れば、こころが機嫌を損ねるぞ。
「もうおしまいなんだ。もう、みんな機嫌を悪くしたさ」
■対<鬼鮫>■
ばらばらになった真鍮天使の前に、九耀魅咲が立っている。彼女が導ける魂はどこにもなかった。
「だが、こころがあるな。こうして見て初めて判った、お主らのこころというものが」
魅咲は月の子の残骸の傍らに膝をついた。月の子の白い目がきょろりと回り、魅咲を捉えた。
「あーうーあーうー」
「望みは、『塔』だな」
魅咲は頷き、手鞠をその場に置くと、月の子の首を手に取った。持ち上げると、ずるずる脊髄がついてきた。脊髄から伸びる肋骨が何本かくっついたままで、真鍮で出来た蛇腹がびろりと喉から垂れ下がった。
「あー、おー、あー」
「急くな。ただ、運びにくいだけだ」
魅咲は眉をひそめると、月の子の首を持って『塔』に入った。
『塔』に入った途端に、ねじにまみれて、やはり壊れてしまったエピタフの姿が魅咲の視界に飛び込んできた。エピタフもまた、ばらばらになっていた。
「おはか! おはか! おはか!」
月の子が目をくるくると回しながら叫び立て、エピタフが目を開ける。
「唄をあ止めあられあた、僕あらは頭があ痛いあ」
「<鬼鮫>か」
「あああ、あああああ、あああ、ああああ」
そのときエピタフの声が割れて、壊れてしまった。
彼がどう唇を動かしても、漏れる言葉は「あ」でしかない。
それでも、魅咲には伝わった。
「案ずるな。今は<鬼鮫>を止めるものが多く居る」
だが。
武千夜の蹴りと掌底も、和馬の蹴りと怪力も、狂える軍人天使の蹴りも、なかなか<鬼鮫>を止めることは出来なかった。
<鬼鮫>はすっかり、こころをやられてしまったようだった。『塔』に入ってからすぐに、彼は<アーカイブ>を目指したようなのだ――そこで、色々あったらしい。
「俺みたいに、閉めだし食ったか?」
和馬は呆れてそう言ったのだが、<鬼鮫>はすでに人語も介していないようだった。彼は、鬼になってしまっていた。
<鬼鮫>を1発殴って気絶させ、『塔』の外に引きずり出すつもりが、とんだ時間の浪費になってしまった。
そして、ああ、そのときだ。
ぼぉぉぉぉおおおぅ! ぼぉぉぉぉおおおぅ!
船の汽笛のような音がして、『塔』が打ち震えた。
街が同時に、瞼を開ける。
叩き起こされたそのやり場のない怒りに打ち震えながら。
「なんだ、今の――」
和馬が眉をひそめたそのとき、<鬼鮫>が突進した。本能的に隙をついたのか。切っ先が折れた仕込みが、ずばりと和馬の脇腹を裂いた。<鬼鮫>の前に立ちはだかった武千夜も、想像以上の力の当て身を食らってよろめいた。武千夜は上手く力の方向を変えたために無傷だったが、<鬼鮫>の右肩は音を立てて外れた。
<鬼鮫>はふたりが邪魔な看板かドラム缶だったかのような素振りで、喚きながら走り去っていった。すぐに、真鍮製の何かが壊れる音がした。
「あア、逃がしちまった! 兄ちゃん、大丈夫か? 刺されてなかったか?」
「刺されたんじゃない、斬られたんだよ。おホう、痛ェ! 畜生!」
悪態をついている間に、和馬の傷はすっかり癒えていた。
癒えた、と言えば――
「エピタフ?」
武千夜が、和馬の後方を見て呟いた。蒼い目には、怪訝な色がある。和馬はその視線を追ってみた。真鍮の回廊の向こうに、神父の姿を見た気がした。
階段を駆け下り、扉を開け、月弥は『塔』の出口を求めた。
倒れた船乗りと、ちらばった月の子の姿だけが頭の中を駆け巡り、彼は無言になっていた。
月の子、月の子、月の子。
「俺の友達だったんだ――」
その足が、不意に、ぴたりと止まった。
月の子の姿を見たのだ。魅咲が抱いていた。
「魅咲ちゃん! 月の子、生きてるの?」
「はじめから生きてはいないけど、だいじょうぶ」
言ってから、魅咲は変わり果てた月の子に目を落とし、首を傾げた。
「……かな?」
月弥は月の子の顔を覗きこんだ。
月の子の目は、くるりくるりと回っていた。
「もういや。もういや。もういや。もういや」
ぴたり、とその目が真正面を見据えた。
「だいっきらい」
月弥が息を呑み、
魅咲が呟く。
「――いかん」
光が生まれ、消えたとき、『塔』に居た者は『塔』から追い出されていた。
■天使さまはご機嫌ななめ■
『塔』から聞こえる唄は途切れ、真鍮色の東京に亀裂が生じ始めていた矢先の出来事だ。
再び『塔』から『唄』が生まれた。
つい昨日聞こえた『唄』が悲鳴であるならば、たった今響き渡った『唄』は怒号であり、咆哮であった。
むくり、とエピタフが身体を起こす。
「ああ、僕は、墓碑銘だ。何故きみたちが、そう僕の名前を記憶しているのか、知らないか。僕はきみたちの墓碑銘なんだよ。僕が機嫌を悪くして、綺麗に片付けてしまったからなんだ」
そして『塔』はすっかり姿を変えてしまった。
「<深紅の王>が要らないのなら、僕らを背負っていくんだよ」
現れたのは、ブリキで出来た竜だった。
「僕らはきみたちのこころそのものだ」
ぼぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!
竜の口から飛び出した『唄』が、『塔』を囲む者たちを粉々に砕いて、溶かして、綺麗さっぱり片付けてしまった。
<了>
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【1533/藍原・和馬/男/920/フリーター(何でも屋)】
【1803/御母衣・武千夜/男/999/スタントーディネーター】
【1943/九耀・魅咲/女/999/小学生(ミサキ神?)】
【2269/石神・月弥/男?/100/付喪神】
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ライター通信
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モロクっちです。お待たせしました。『クリムゾン・キングの塔』第5話をお届けします。今回ノベルは1本でほぼ分割なし、文量は若干少なめですが、第4話とセットでお楽しみいただける内容となっております。第4話・第5話を合わせると、いつもの1話分の文量になりますね。いや実はかなり多いのですが(汗)。
皆様の行動のおかげで、『塔』そのものへの攻撃は回避できました。実は『塔』は真鍮製なのであんまり強いものではなく、第1師団の攻撃だけでアウトだったのです(笑)。『塔』が壊れたらそれはそれで最悪な展開になっていましたが、それを避けることが出来ました。
しかしながら、眠りを妨げられた天使は怒り心頭のご様子。気の毒なのですが朝倉一等陸佐は殉職してしまいました!
真鍮の塔は消滅、代わりに『塔』と同じ大きさのブリキドラゴンが出現しています。名前は<墓碑銘(エピタフ)>ですが、ドラゴンを動かしているこころは……お分かりでしょうか?
次回の結末も、皆様の判断に委ねることになりそうです。
もしよろしければ、最後までお付き合い下さいませ。
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