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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 代表取締役、失踪中につき(前編)
 
 興信所の扉を開く。
「……よう」
 扉が開かれたことに気づいた草間は顔だけをこちらに向けてそう言った。窓辺に佇み、口には煙草、手には灰皿。それはどう見ても暇を持て余している光景だ。草間の他には零ともう二人、それぞれタイプの違う銀髪の青年がいるのだが、やはりこの二人も暇そうに……いや、この二人の場合は何かを待っているように見えた。
「そろそろお声がかかる頃かしらと気をきかせてみたんだけど……」
 暇そうね。緋玻は笑みを浮かべ、そう言った。勿論、本気で言っているわけではない。ここのところ呼び出しが続いたから、そんな言葉を口にしたくもなる。が、本当のところは、仕事の息抜きにちょっと寄ってみただけのこと。
「鋭いな」
 電話をかける手間が省けたよと草間は続ける。
「え?」
 緋玻の顔に浮かぶ笑みが僅かに引きつる。今、さらりと気になることを言わなかっただろうか。……電話する手間が省けたとかどうとか、こうとか。
「そろそろ来る頃なんだ。なんでも早急に調べてほしいことがあるとか。……そんなところに立っていないで、こっちへ来いよ」
 扉の前に立ち尽くす緋玻に、そこでは邪魔になるだろうとばかりに草間は言う。そんなことはわかっているが、しかし、それでも呆然と立ち尽くしてしまうようなことをさらりと口にしたのよ、あなたは。緋玻は小さくため息をつく。
「何か言いたいことがありそうだな?」
「……なんでもないの。たぶん……そう、そうなのよ……」
 草間をじっと見つめたあと、そう答え、再び小さなため息をつく。草間は不可解そうな顔をしたが、緋玻は気にせずに入口から来客があっても邪魔にならないように奥へと移動した。
 なんだか、最近、道を歩けば事件に遭遇する。いや、道を歩かなかったとしても事件の方からやって来る。思い当たることはなくもない。
 これは、きっとあの本のせい。しかし、その翻訳作業もあと少し。もうすぐ終わる。だが、終わったとき、何が起こるのか……まったく、厄介なものを押しつけられてしまったものねと小さな吐息をついたところで、扉が叩かれた。
 扉がそっと開き……現れたのは三十代前半から半ば程度と思われる男。穏やかな、しかし、慣れた調子で頭を下げる。
 草間は男にソファを示し、向かい合うように腰をおろす。
「仕事が順調なんですよ」
 そんな言葉から草間と男の会話は始まった。その言葉だけでは、何を調べてほしいのかは、まだ予測すらたてられない。緋玻は黙って二人の会話に耳を傾けた。
「私はとある零細企業……いえ、企業と呼ぶにもおこがましい、小さな、本当に小さな会社の経理を担当しています」
「いや、そこまで小さいを強調しなくても……」
 草間は眉を顰めて言う。確かに、謙遜を通り越して卑下しているとまで思えるほどの言い方。相当に小さい会社なのか、それとも何か思うところがあるのか。
「実は、代表取締役が無断欠勤をしていまして。自宅に電話をかけても、留守。数日前からその姿を見たものはいない……」
「なるほど。会社が倒産、夜逃げにも等しい失踪……よくあることです……と、待て。仕事は順調だと言っていたな……?」
 草間は納得がいかないという顔で小首を傾げる。確かに、訪れてすぐさま、男は仕事が順調だと口にしている。
「ええ。彼がいないので」
 にこやかに男は答える。草間はなんとも言えない顔で言葉に詰まった。
「……。それって……」
「彼は、悪い男ではないのですよ。ですが、それが問題で。馬鹿がつくほど正直なうえに、お人好し。しかも、騙されやすい。お涙頂戴な話に弱く、そのせいで傾くわけがない経営をしていたはずが、今にも潰れそうですよ」
 穏やかかつにこやかに語る男は、そうそうと思い出したように写真を取り出し、失踪中の彼ですと差し出した。草間は戸惑いながらもその写真を受け取る。
「いや、そうにこやかに語られてもな……」
 返す草間の言葉は曖昧。確かに返答には困るかもねと緋玻はくすりと笑う。
「そういうわけで、彼は会社の経営が危ういからとんずらしたというわけではないと断言できます。それと、姿を消す前に、彼はこう言いました。祖父の家を整理してくる。この土地と館を売れば、少しは返済にあてられるかも」
「そして、祖父の館へと赴き、代表取締役の彼は失踪したと?」
 草間の言葉に男は頷いた。
「失踪できるほどに館は広いのか?」
「扉を入り、ホール。正面に階段。その両脇に廊下があり、左側の廊下から中庭へと出ることができます。ホールの右手の扉は応接室へ。左手の扉は食堂。そして、その奥に調理場。階段の右側の廊下を真っ直ぐに行くと右側に扉が三つ、途中で廊下は左に折れ、さらに扉がひとつ。廊下の左側には常に中庭の光景を臨むことができます」
 男の説明を聞き、草間はうーんと唸る。
「つまり、館自体はコの字型をしているということか?」
「そうですね。一階の扉のうちひとつが化粧室。ひとつが浴室。ひとつが物置。廊下を左に折れたところにある扉は遊戯室へと続くものです。二階は客室が四つに書斎と寝室、物置があったと思います」
 それと地下室と屋根裏があったと思いますが、どこに入口があるのか覚えていませんと男は付け足す。
「しかし、失踪できるほどの広さとは思えないな……」
 草間の言うとおりだった。ひとつの部屋がそれこそ馬鹿みたいに広かったとしても、話に聞く限り、造りは単純であり、迷うわけがない。
「ああ、そうそう。ひとつ忘れていました」
 そんな男の言葉に草間の表情が強張る。
「彼の祖父、母はオカルトに傾倒した人だったようです。悪魔を呼び出すだか、異界の扉を開く研究だとかなんとか……正直、私にはちょっとそのあたりはよくわかりません。ただ、反面教師か、彼はオカルトに対し、嫌悪感を抱くというか……否定的です」
「あんたもそうだろうが」
「いえ、否定はしませんよ」
「そうだったな、政府の陰謀なだけだよな……」
 草間が疲れた顔で付け足すと、男はそうですとあっさり頷く。
「とはいえ、根が優しく優柔不断気味な彼ですから、否定というより、認めたがらないだけです。オカルトに遭遇すると、現実逃避傾向がみられます」
「それなら、オカルト万歳な祖父の館で整理をしていて不意に嫌になって逃亡したんじゃないのか?」
 これはあり得るのではないかという顔で草間は言う。が、男は穏やかな表情を微塵にも崩さずに言葉を返した。
「彼の車は庭に放置したままです。それと、そんな館ですから、周囲の人々からの評判はすこぶる悪く、近づく者はいないとか。結構、有名な怪奇スポットらしいですね」
 庭の石像が月夜に飛び回る、肖像画の目が動く、鎧騎士が廊下を徘徊するといった話も聞きましたよと男は付け足す。
「結局、そういう方向に話が進むんだよな……」
 草間はぼやき、嘆くように首を横に振る。
「それはそうでしょう。あなたは、怪奇探偵。だからこそ、私はあなたにこの依頼を持ちかけたのですよ」
「認めたくない……認めたくないが……」
 もう諦めるべきなのか……草間はがっくりと肩を落とし、ため息をつく。それを確認し、男はそれではよろしくお願いしますと頭を下げ、興信所をあとにした。
「なんだか、もう……どうしてくれようという感じだが。とりあえず、依頼内容は祖父の館に乗り込んだまま帰らない代表取締役の行方を探る、だ。依頼者は夜逃げはないと断言しているから、夜逃げの線ではなく、館で行方不明になったという線で調査をするべきなのだろうが……」
 しかし、どう考えても、よほどの方向音痴でも行方不明になろうとしてなれる造りとは思えないんだがなと草間は付け足す。
「どうにもうさんくさい館だが、ひとつ頼まれてやってくれないか?」
 と、言いながら草間は場を見回す。途中、銀髪の青年でその視線が止まった。
「了解です」
 青年はにこやかに敬礼をし、そう言った。草間は満足そうに頷き、もうひとりの青年を見つめる。青年は穏やかにこくりと頷いた。つまりは承諾ということ。そして、最後、草間は緋玻を見つめた。視線がばっちりとあった。草間は視線を外さない。……わかったわよ。緋玻は小さく息をついた。
「迷いそうにない祖父の館で消息を絶った社長……しかも、祖父はオカルティスト」
 緋玻はそんな言葉を呟きつつ、草間を見つめる。
「かなり怪しいな」
「ええ。草間さんのところに依頼が持ちかけられる時点で、もう」
 それは怪しい以外の何物でもない。
「もう、なんだよ……?」
 草間は恨めしそうに緋玻を見つめる。緋玻はふいっと視線をそらし、言った。
「館ものって言えば、ホラーが定番よね、そういえば」
 話をそらすなよ……という草間の声が聞こえたが、それは聞き流した。そう、館ものといえば、ホラーが定番。怪しい館が舞台となっているホラーやミステリは多い。むしろ、怪しい館が舞台となっていないホラーを探す方が難しいかもしれない。そう、ホラー全体の約五割は館が舞台だと言っても過言では……いや、それは過言か。
「ともあれ、引き受けるわ」
 案外と自分が得ているホラーやミステリのお約束な知識が役に立つかもしれない。とはいえ、それが役に立ってしまう館が存在するとしたら、それはそれでなんだか複雑な気分……緋玻は苦笑いのような笑みを浮かべた。
 
 社長が行方不明になったという問題の祖父の館へとやって来た。町から少し離れた場所にある一軒家で、多少歩かないと民家には辿り着かないという位置にある。
「へぇ、本当に『怪奇スポットの洋館』って感じなんだ……」
 そう言って館を見あげているのは櫻疾風。了解ですと草間に敬礼をした青年だ。手にしているものといえば500mlのペットボトル。中身は透明だから、水なのだろう。もうひとりの調査仲間、セレスティ・カーニンガムは調べることがあるというので、二人で先行というかたちになっている。
「そうね……まさにこれぞという感じ」
 二階建ての洋館を囲うものは、蔦の絡まる背の高い壁。開け放したままの門の向こうに前庭があり、そこに背に翼を持つ西洋の悪魔を模したような石像が二つ設置してある。その奥に洋館があり、入口の扉が見える。門をくぐり、すぐ右手は背の低い雑草がちらほらとはえた平地で、手入れがされているわけではないが、駐車場というわけでもないそこに、とりあえず停める場所がないので停めておきましたという雰囲気で車が一台だけ停めてある。
「確か……石像が飛ぶんだっけ」
 疾風はそう呟き、門をくぐるとすぐに石像へと向かう。車には大して興味はないらしい。緋玻もそれに続き、台座の上の石像を見あげた。近くで見ると、石像が鎖でがんじがらめになっていることがわかった。鎖の先端は重厚な錠前がついている。鍵がなければ鎖は外せそうにない。
「……。つまり、飛ばないようにということなのかしらね……」
 これが悪戯であるならば、随分と凝っているなと緋玻は思う。こうなると動いているところを見てみたいというものだが、話では月夜ではないと飛ばないとか。今は昼間であるから本当に飛ぶとしても、時間的に飛ばないのだろう。
「水、抜いておこうかと思ったんだけど……」
 これじゃあ動けないかと疾風は付け足す。その言葉の意味がわからず、緋玻は頭を悩ませた。とりあえず、周囲に『水』は見当たらない。
「あ、いや、えーと、社長サン、探そうか」
 疾風はそう言うと屋敷の正面の扉へと向かう。多少の疑問を覚えつつもその後ろに続き、それからはっとする。そういえば、館の鍵を受け取っていない。
「ねぇ、」
 呼びかけようとするその前で、扉が軋んだ音をたてて開いた。
「はい?」
 振り向き、疾風は小首を傾げる。
「……ううん、なんでもないわ」
 まさか、鍵がかかっていないとは。それとも既に誰かが開けたあとだとか? 見た目はいかにもな洋館だが、決して人が住むことができない廃墟という雰囲気を漂わせているわけでもない。それなりに金目のものがありそうにも見える。実は、社長は強盗に襲われて……いやいや、まさか。
 扉を開き、館のなかへと足を踏み入れる。
 しんと静まりかえっていて、人の気配はまるで感じられない。空気が埃っぽいということはなく、むしろ冷たく、重く、湿っているように思えた。
 男が説明していたとおり、そこはそれなりに広いホールだった。正面には一般住宅では考えられないほどに無駄に広い二階への階段が見える。一般的住宅の階段では人がひとり通ることがやっとというところだが、目の前の階段は二人で並んで二階へ向かっても、まだ空間に余裕がある。さすがに三人だときついかと思われるくらいだ。
「一応、呼んでみる?」
 疾風が言うので、こくりと頷く。これはお約束のようなものだ。とりあえず、呼びかけてみる。
「社長さーん、シャッチョさーん、いますかー?」
 疾風の声がホールに響きわたり、そして、館に吸い込まれるように消える。
「やっぱり、いないようね」
 はーいという返事とともに颯爽と現れられても困るけど。緋玻はふと颯爽と現れる社長を想像して苦笑いを浮かべた。そうであったら、事件はここで解決、依頼人は何故、社長を見つけられなかったのかという話になる。
「うーん。そうだ、動く鎧があるんだっけ。鎧といえば、やはりホールに……」
 疾風はきょろきょろとホールを見回し、鎧を探す。緋玻も同じようにホールを見回したが、べつに鎧を探すためではない。全体把握のためだ。
 ホールの左右には扉がひとつずつある。男の話では、右に見える扉は応接室、左に見える扉は食堂ということだった。正面の階段の横にはそれぞれ廊下が伸びていて、ホールからではその奥までは確認できないが、左側の廊下の奥は中庭へ通じる扉へ、右側の廊下はかなり真っ直ぐ伸びたあと、途中で左に折れるということだったような気がする。それはあとで確認するとして、このホールでとりあえず気になるもの。
 それは。
 階段の左下にある家具調の大きな振り子の時計だ。文字盤の位置は自分の目の高さほどはあるだろうか。振り子はまるで動いていないから、壊れている可能性は極めて高いが、それでも気になる存在だ。
 そして、もうひとつ。
 階段の右下の床に転がっている黒っぽいものだ。その近くに棒のようなものも見える。このホールのなかで気になるものといえば、その二点だろうか。とりあえず、鎧は見当たらない。                                    「ホールにはないのかな。ん、あれって……」
 疾風の視線は床に転がる黒っぽいものにある。やはり、あれが気になるのだろう。無造作に転がっているところが、かなり好奇心をそそる。調べるために、駆け寄り、黒っぽいものと棒のようなものを確認した。
 黒っぽいものは、今となっては懐かしい黒電話だった。ただし、何か強い力を加えられたようで、正常な形状は保っていない。見るからに、壊れている。そして、その近くに落ちているものは、水道管のパイプ、所謂、鉄パイプというものだった。
「……」
 お互いに言葉もなく壊れた(壊された)電話を見つめる。近くには電話を置いてあったと思われる台座がある。壁から線が出ているのだが、途中で切断されている。電話から出ている線も途中で切断されていた。
「これって……やっぱり、アレなのかなぁ?」
「そうねぇ……やっぱり、アレなのかしらねぇ?」
 きっと、お約束で電話が鳴ったに違いない。さらに、お約束で線が切れていたに違いない……そんな推測をたてたあと、緋玻は身を翻し、振り子時計へと向かう。と、疾風もそのあとをついてきた。
「あら……この時計……」
 やはりかなり大きな振り子時計だった。文字盤は目の高さ……まではいかないまでも、それに近い。通常、ガラスか何かで蓋をしてありそうなものだが、文字盤の部分には何もない。それに、短針のみで、長針が見当たらない。短針に触れ、動くだろうかと少し指に力を込めてみる。……動かなかった。
 隣に立つ疾風が屈み、何かを拾って立ち上がった。その手には長針がある。見つめあい、お互いに頷く。疾風は時計盤に長針を差し込んだ。抵抗なく時計盤は長針を受け入れる。そこにあることが当然であるというように。
「んー、ちょっと緩い感じかな? とりあえず……」
 疾風は実際の時間を確認したあと、指で長針を動かす。かちかちという音と共に長針は動き、時間があわせられたのだが……。
「何も起こらないわね。振り子も動く気配はないし……」
「実は、電動式だったり。……コンセントは、ないか」
 時計の裏側は壁にぴったりとつけられているので確かめることはできないが、少なくとも側面にコードはなかった。
「なーんか、アヤシイんだけどなぁ」
「文字盤の部分にガラスがなく、長針が外れた振り子時計……かなり、怪しいわ。だけど、ここは怪しいものばかりみたいだし」
「それもそっか」
「そうよ」
 と、はははははと笑う。……笑っている場合ではない。
「ともかく、話に聞くとおりの胡散臭い館であることはわかったわ。でも、危険はなさそうだから、手分けして探りましょうか」
「了解!」
 疾風は軽く敬礼をするときょろきょろと周囲を見回し、二階への階段を駆け上がった。どうやら二階の探索から始めるらしい。
 その背中を見送ったあと、緋玻は小さく息をつき、階段の右側の廊下を歩きだした。真っ直ぐに伸びる廊下は二人がゆったりと並んで歩けるくらいの広さがあり、右側は壁と扉、左側には大きな窓が連続している。窓から臨む光景は中庭。聞いたとおり、館はコの字型をしているようだった。
 緋玻は右側には三つの扉があったが、緋玻はその三つの扉の前を素通りした。確か、化粧室、浴室、物置……三つの扉のどれがそれであるのかはわからないが、ともあれ、その三つの部屋には用はない。
 向かう先は、廊下を左に曲がったところにあるという扉。遊戯室だ。
 わりと真面目な性分らしい社長が、館で消息を絶つ。車は庭に停めたまま、夜逃げの可能性は皆無、強盗や誘拐など他者による何らかの介入を受けていない……という前提で考えるのであれば、答えはこうなる。
 社長は館内にいる。
 だが、消息を絶たざるを得ない状況に陥っている。オカルティストならば、隠し扉や隠し部屋のひとつやふたつ、作っていてもおかしくはない。そして、社長がこの館へ訪れた理由は、整理のためだ。作業の途中で何らかの拍子に仕掛けを作動させ、隠し部屋のような場所に閉じ込められてしまい、結果、行方不明ということになっているのではないだろうか。
 推測の域を出ないが、かなりの確率であり得そうではある。
 まずは、依頼人がわからないと言っていた地下室と屋根裏の存在をはっきりさせよう。とはいえ、こんなあからさまな洋館を作ってしまう人間が、調理場の地下貯蔵庫を改造したような地下室で満足できるとは思えないから、むしろ怪しいのは……緋玻はちらりと天井を見やる。
 ともあれ、調査はここから。
 緋玻は廊下を左に曲がり、右手側に現れた扉にそっと手をかけた。
 
 遊戯室であるそこは、かなり広い部屋だった。
 ホールよりも広いそこは、全体的に殺風景ではあったが、ビリヤード台がふたつ、ルーレット、カードゲームを楽しむ設備が整っている。壁にはダーツの的もあった。端には小さなカウンターバーのような場所さえ設けられている。さらにピアノも置いてあった。
 足を踏み入れ、置いてあるものを眺める。使われた形跡はなく、入口から最も近いビリヤード台の上に紙が置いてあった。それに気づき、手に取る。ビリヤード台×2、ルーレット台×1……というように、部屋に置かれているものが記入してある。整理を行った社長が書き残したものかもしれない。
 ざっと見回したところでは、怪しいと思われるものはない。床の上をやや踏みならすように歩いてみたが、音が変わったという場所もなかった。念のため、壁も軽く調べてみたが、怪しいと思われる場所はなかった。
 床や壁に仕掛けのようなものはなさそうだが、置いてあるものにはどうだろう。ビリヤード台の裏側を覗いてみる。次にカウンターバーに回り込み、付近を捜索。使われた形跡のないグラスは年季を感じさせる埃にまみれていた。いくつかボトルも置いてあるが、どれも飲めたものではなさそうだ。
 ここには何もない、か……そんな結論を出し、部屋を離れようとしたが、ふとピアノも調べておこうかと身体の向きを変える。吹けば埃が飛びそうなほどに埃をかぶっているピアノは、所謂、グランドピアノと呼ばれる類のものだった。蓋を開け、軽く鍵盤に触れてみる。……どうやらこれも問題はなさそうだ。蓋を閉めて離れようとすると、目の端に何かが映った。床に何かが落ちている。
 緋玻は屈み、ピアノの影に落ちていた黒いものを拾いあげた。
 ……手帳?
 簡素な、飾り気のない黒い表紙の手帳だった。使用されているという感があるが、古いものではなく、年度を見る限り、今年のものだ。人の手帳を覗き見る罰の悪さを感じながらも、開き、中身を確認した。日々の予定が書き込まれている。文字の形にはどことなく見覚えがあった。そう特徴のある文字ではないが、つい先程、ビリヤード台の上で見た紙の文字と同じだとわかった。つまり、この手帳は社長のものだ。
 とりあえず、持って行こう。
 緋玻は手帳を閉じると遊戯室をあとにする。本当はもっとよく調べた方がいいのかもしれないが、やはりそこは人の手帳。秘密を覗き見るようで、少し悪い気がしてしまう。とりあえず、書斎を調べても何も見つからないときは……何か役に立つこと(?)が書いてあるかもしれないから調べてみようと決めた。
 
 遊戯室の調査を終え、次は二階の書斎へと向かう。部屋の位置がわからなかったものの、扉の配置具合で、なんとなく見当がついた。遊戯室の真上が書斎で、扉の位置は遊戯室の位置と変わらない。おそらく、部屋の広さも遊戯室と変わらないはずだ。
 扉を開く。
 窓はあるものの、カーテンによって光が遮られている。部屋全体が暗く、どこか重い雰囲気を受けた。壁が背の高い書棚に囲まれているせいもあるかもしれないが、それにしても雰囲気が重い。
 部屋に足を踏み入れると、重厚な造りの机と椅子があり、机の上には持ち運びができる今は懐かしい存在になりつつあるカセットテープレコーダーがあった。書棚は壁に沿って並んでいる。とりあえず、暗いのでカーテンを開けてみる。幾分か明るくなったものの、それでも暗さ、いや、重さは拭えない。どうにもこの部屋から受ける印象は重かった。
「……」
 遊戯室を見てきたばかりであるせいか、部屋の広さが違うことにすぐに気がついた。廊下に出て、廊下の長さと見比べてみるが、書斎は実際にそうであるべき広さよりも狭い。仕掛けがあると確信した。
 怪しいのは一番奥の壁に接している書棚だろうか。こういった書棚がスライドし、隠し扉が現れたりする……それが、定石。その書棚をスライドさせる仕掛け、スイッチとも言えるものは、同じく書棚に並べられている本や置かれている銅像などである場合が多い。とにかく、ここはいろいろと動かしてみるべきだろう。
 だけど、ちょっとこれは大変かもしれない……と思っていると、扉が開かれた。反射的に振り向くと、疾風の姿がある。
「調子はどう?」
「地下室なら調理場かなーって調べてみて、実際、地下室はあったけど……」
 疾風は苦笑いを浮かべながら、こめかみを指でかく。
「貯蔵庫だった?」
 疾風は答えずに笑う。どうやらそうであったらしい。
「でも、ちょうどよかったわ」
 二人でやれば早いだろう。緋玻はちょいちょいと疾風を手で招く。招かれた疾風は素直に緋玻の隣に立ち、書棚を見あげた。
「調べようと思っていたところなの」
「よっしゃ! ……でも、そこにあるカセットデッキが気になるかも」
 書棚と向かいあうも、疾風はそんなことを言い、机の方を見やる。
「不用意に再生しない方がいいわよ。悪魔を呼び出す呪文かも……」
 少し脅すように言ってみる。そんな映画があったような、なかったような。
「それは怖い……ってのは冗談にしても、社長さん、電池を買ったみたいで。何に使うのかなーって思ってたんだけど、アレがソレっぽいかなって。でも、あとでいいか」
 疾風は書棚に向き直る。どっちなんだと思う緋玻の目の前で作業を開始した。では、自分も……と本を出し入れしてみようと手にかけると、扉を叩く音がした。またも反射的に見やると、そこにはセレスティがいた。
「こちらでしたか」
「あなたもいいところに来たわね」
「?」
 セレスティも加わり、三人で書棚を調べようとすると、その意図を知ったセレスティは二人の作業を止めた。
「待って下さい。それならば……」
 セレスティは書棚の本に静かに触れる。しばらくそうしたあとに、一冊の本を傾けた。途端、書棚がゆっくりと動き、扉が現れた。
「扉だ! 社長さん発見まであと少し……かな?」
 でも、どうしてわかったんだろうという目で疾風はセレスティを見つめる。セレスティは、なんとなくですよと答え、扉を示す。
 扉は鍵がかかっているということもなく、あっさりと開いた。狭い空間に、木製の梯子が屋根裏へと続いている。早速、梯子を使い、屋根裏へと乗り込んだ。
 低い天井のそこにはテーブルと書棚があるだけで、他には何もない。人が隠れられる場所もないので、社長はいないということになる。
「書棚の本は……オカルト関係みたいね……」
 金額的にはかなりのものと思われる専門書の類が並ぶ。一冊、手にとってみようとしたが、やたらと触れると呪われるような気がして、やめた。ここに並ぶ本は、微妙な気配を漂わせているような気がする。
「日記発見。なかなか達筆……」
 テーブルの上にあった本を手に取った疾風はぱらぱらとページをめくり、そう言った。しばらくそうやってページをめくったあと、不意に手を止める。
「社長さんの誕生日っていつだろう?」
「さあ……わかりませんが……知っていますか?」
 セレスティは小首を傾げる。緋玻は、勿論、社長の誕生日など知らなかったが、ふと手帳の存在を思い出した。もしかしたら、書いてあるかもしれない。取り出し、手帳の後ろの方を調べている。大抵の場合、パーソナルデータを記入する場所があるのだが……果して社長はそこに記入をしているだろうか。
「わかった、五月十三日よ。でも……それがどうかしたの?」
 記入してあった。誕生日だけではなく、氏名、血液型、住所、電話番号、携帯番号、メールアドレスといったすべての欄が記入してある。
「番号は孫の誕生日にするって書いてあるから……この人の孫というと、社長さんだから……あー、でも、他にも孫がいるかもしれないなぁ」
「いえ、いませんよ」
 確信をもってセレスティは言う。それについては調べがついているのだろう。
「じゃあ、五月十三日が番号なんだ!」
「もしかして、あの時計?」
 緋玻は一階の振り子時計を思い浮かべながら訊ねる。思い当たることといえば、あれくらいしかない。
「そう! でも、なんで社長さんの誕生日……あ、それって?」
 疾風の視線は黒い手帳にあった。興味を持ったようで、手帳の中身を覗き込んでくる。そして、携帯を取り出した。
「社長さん、携帯、持ってるんだ。それなら……あ、圏外」
 社長の携帯番号にかけようとした疾風だが、圏外だと気づき、がっくりと肩を落とす。そのまま取り出した携帯をしまった。
「仕方がないわね。とりあえず、時計の針をあわせてみましょうか」
 
 一階ホールの階段左下にある振り子時計の前へと戻った。
「五月十三日だから……」
「ゼロ、五、一、三になるのかしら?」
 いや、銀行の暗証番号ではないのだから、何も四桁である必要はない。普通に五、一、三かもしれない。
「いえ、五時十三分かもしれませんよ?」
 セレスティは言う。確かに、その可能性もある。これは金庫ではなく、時計なのだから。それもありかもと思う緋玻の横で、疾風はどちらにするんだと難しい顔をしている。なので、訊ねてみた。
「あなたはどう思う?」
「僕は……じゃあ、一、七、一、三にしようかな?」
 その『じゃあ』というのはなんだというところだが、とりあえず、意見は出た。ひとつずつ確かめてみる。まずは、簡単な五時十三分から。かちかちと音をたてながら針が動かされる。五時十三分にあわせられたが、何も起こらなかった。次に、十二時、五時、一時、三時の順に合わせてみる。……何も起こらなかった。次に、一時、七時、一時、三時に合わせてみる。……何も起こらなかった。
「あれー、駄目みたいだ。どうしよう?」
「じゃあ、五、一、三は?」
 緋玻の言葉に従い、疾風は針を動かす。五時、一時、三時。すると、階段の側面にあたる壁がゴゴゴゴゴと低い音をたて、時計が震えた。左側へとまわってみると、壁が動いて通路が現れている。
「やったぁ!」
 階段の側面に現れた通路は、暗い。そのなかを少し進むと、扉があった。そこを開けてみる。ちょうど階段の下の部分にあたるだろうか。どこからか光が差し込むため、うっすらと明るくはあるのだが、やはり、暗い。壁を探るとスイッチがあった。押すと、かちりという音のあと、電灯が点いた。
「これは……」
 狭い空間だった。その床下には赤色で何かが描かれていた。円形に細かな模様のようなもの。魔法陣や魔法円と呼ばれるものに似ている。壁には赤い布、テーブルの上には燭台に蝋燭。そして、ナイフ。怪しげな儀式を連想させる。
「なんか、本格的だなぁ……」
 疾風のそんな声を背後で聞きながら、緋玻はテーブルへと近づいた。テーブルの上にはライターもあった。……まだ、使える。
「火を灯してみる?」
 訊ねるが、返答がない。振り向くと、二人の姿がなかった。
「……」
 辺りを見回してみるが、姿が見当たらない。部屋を出ていった気配は感じなかったのだが、しかし、いない。
「ちょっと、なんの冗談よ……二人ともどこにいるの……?」
 暗い通路を覗いてみる。が、いない。
「……」
 緋玻はじっと床に描かれた魔法陣を見つめる。まさか……まさか、ね? でも……。躊躇いながらも足を踏み入れる。と、何か大きな力が働いたような気がした。
「あ」
 気づくと、そこにはセレスティがいて、自分を見つめている。緋玻は周囲を見回した。部屋の様子は変わっていない。
「どういうことなの……?」
「よくはわかりませんが……魔法陣に足を踏み入れたあと……部屋の造りは同じのようですが、微妙に違うような……」
 セレスティは言う。通路の奥からゴゴゴゴゴという音がした。暗い通路を覗くと、疾風が壁にあるレバーを引いているところだった。
 疾風に続き、通路を通って外に出る。そこは階段の側面だった。ホールが見える。背後で通路が閉じたことを確認してから、周囲を見回した。
「違う場所というわけではなくて……同じ場所……?」
 だが、やはり微妙に何かが違う。全体的に館内が古ぼけているような気がした。しかし、それは陽が落ちかけているせいかもしれない。だが、疑問も残る。長針をあわせたとき、こんなにも夕暮れが近い状態だっただろうか。
「とりあえず、館内を探ってみませんか?」
「そうね……」
 造りは同じ、だが確かに違和感を覚えるそこを手分けして調べてみることにした。が、またもゴゴゴゴゴという低い音が響いた。閉じていた壁が開く音。
 いったい、誰が。
 疾風もセレスティも振り子時計に触れてはいない。
 お互いに顔を見あわせ、開きつつある壁に向かい、身構えた。
 
「あ、皆さん。やっと合流できましたね……」
 少し苦笑い気味の笑みをたたえながら、開いた壁から姿を現したのは柚品孤月だった。以前、とある事件の解決に共に貢献した仲であるため、覚えている。
「あなた、どうして……?」
「ええ、実は……草間さんに話を聞いて、少し調べることがあったので遅くなったわけなんですが……」
 柚品の話によると、草間から遅れて柚品が訪れるという連絡が入るはずだったのだが、ここの電話は壊れているし、携帯は圏外。結局、連絡のつけようがなかったということらしい。
「ここへ訪れてみたら、社長さんだけではなく、皆さんもいなくなっていたので、少し、慌てましたよ」
 柚品は言い、改めてよろしくお願いしますと軽く頭を下げる。
「確かに、それは慌てるかもしれませんね。……あ、どこへ行くんですか?」
 セレスティは柚品に微笑みを見せたあと、正面の入口の方へと歩いて行く疾風に声をかけた。
「なんか扉が開いてるから、ちゃんと閉めておこうかなって……あれ、車がない……」
 疾風はそう呟くと扉を大きく開けて外へと出て行く。その言葉を聞き、顔を見あわせたあと、扉口から門の方向を眺める。確かに、車はなかった。
「盗まれた……とは思いがたいわよね……」
 やはりここは似て異なる場所。見れば、石像に鎖はついていない。庭の草はかなり背が高くなり、正面の門は錆びて、片方が外れている。
「足跡があるけど、社長さんのもの……かなぁ?」
 湿りけを帯びた土の上には靴の跡がしっかりと付いている。いくつか乱雑についてはいるが、どれも同じ靴のものであるような気がした。その足跡のひとつを辿ると門の外へと続いている。顔を見あわせたあと、お互いにこくりと頷いた。そのまま足跡を辿るうちに、陽は完全に落ちて周囲は薄暗くなり、そして、うっすらと霧のような、もやのようなものを感じるようになった。
「社長さん、民家のある方へ歩いて行ったみたいだけど……携帯が使えればなぁ」
 楽なのにと疾風は呟く。すると、それを聞いた柚品が言葉を返した。
「洋館の辺りは圏外ですが、町は圏外ではないので……おそらく、この辺りならば使えるかと……」
 もう少し歩かないと無理かなと柚品は付け足す。疾風は携帯を取り出し、眺めた。
「んー、微妙なところ。アンテナ、一本立ったかなー、いや、消えちゃったかなーというカンジ」
 そのまましばらく歩くと、周囲の霧は濃くなり、行く手が見えづらくなってきた。まとわりつくようなその霧は、ただの霧なのだろうが……どうにも気味が悪い。ホラーにおいて霧が発生するという展開はあまり喜ばしいものではない。大抵、霧に覆われてしまった町では問題が起こっている。主人公たちはそこへ足を踏み入れてひどい目に遭う……それがお約束……なのだが、今の自分たちの状況がそれに重なって仕方がない。
「もうかなり町の近くですよね? 先がまるで見えませんが……」
 周囲の霧は一層、濃くなった。乳白色のそれに遮られ、視界が悪い。周囲五メートル程度がなんとか確認できる程度で、距離のある建物は朧気に形がわかる程度だった。
「じゃあ、社長さんに電話をしてみよう」
 緋玻は手帳を取り出し、疾風に見せる。疾風は社長の携帯番号を軽やかに押す。呼び出し音が幾度か響いた。
『はい……』
 落ちついた声が疾風の携帯から聞こえてくる。
「あ! 社長さん?! よかった、助けにきましたよ。ああ、そう、経理さんから頼まれました。今、どこにいるんですか?」
 明るい声で疾風は言う。
『経理……ああ、彼に頼まれて……そうか、よかった、霧が深いから迷ってしまって……それに、なんだかここは……なっ、なんだ、あなたたちは……うわっ』
「え? しゃ、社長さん? 落ちついて、そういうときこそ、落ちついて……せめて、現在位置……あ。切れちゃった……」
 疾風はわりとさらりと言うが、今のその電話の切れ方は、あまり一般的ではない。どう見ても、何かあったとしか思えない。とりあえず、聞こえてきた言葉は『あなたたち』ということで、複数の何かが現れたと考えるべきなのだが……その『何か』とは、なんであるのか。
「もう一度、電話をかけてみては?」
 柚品の言葉に頷き、疾風はリダイヤルを押す。呼び出し音が響くが、社長は出ない。代わりに、セレスティが口を開いた。
「……こちらの方から音楽が聞こえてくるようです」
 耳を澄ます。セレスティの言葉どおり、音楽らしきものが聞こえてくる。その音楽を頼りに霧のなかを進む。微かな音楽は次第に明確になっていく。携帯の着信メロディであることは間違いない。
「おかしいですよね」
 不意に柚品は呟く。
「もう陽が暮れたというのに……灯が点かない……この辺りには民家がそれなりにあるはずなのに。それに、コンビニも、ガソリンスタンドも……」
 柚品は館の付近のことも調べたのかもしれない。知っているような口ぶりで周囲を見回す。
「あ、誰かいる……」
 音楽がかなりはっきりとしてきたところで、疾風が呟いた。霧のなかに背中が見えてきた。それは地面に転がっている携帯を見つめている。近づくにつれ、同じように背中を屈めて携帯を覗き込んでいる存在が複数であることがわかってきた。
 脳裏にふと『あなたたち』という言葉が過る。
 近づかない方がいいような気がする。
 声をかけない方がいいような気がする。
 すぐさまこの場から逃げだした方がいいような気がする。
 不意に落ちている携帯が留守番電話に切り替わった。疾風の持つ携帯から留守番電話に切り替わった旨を告げる女声が響く。
 途端。
 携帯を覗き込んでいた背中がゆっくりと、だが、示し合わせたように振り向いた。
「……」
 思うよりも早く身体は動いていた。これが経験による反射というものなのかもしれない。彼らが襲いかかってくる前に身を翻す。一瞬、行動が遅れた疾風の肩を叩き、この場から離れることを知らせる。
 やはり、お約束な行動だったかもしれない……自分にしても、彼らにしても。いや、お約束というよりは、そういう行動をとってしまう……そういうものなのかもしれない。緋玻は走りながら少しの苦笑いを浮かべた。
 
 声もなく無言で追いかけてくる彼らをどうにか振り切り、町から館の方へと続く道へと戻る。
 追いかけてきた彼らは音には敏感のようだが、それほどに動きは早くはない。それに、執念深いと思えるほどに追いかけてはこなかった。
 携帯の傍らに誰かが倒れているということはなかったから、社長はどうにかあの場から逃げだしたに違いない。
「なんか、よく顔を確認できなかったけど……生きているという雰囲気ではなかったような気がするな……」
「そうですね……生気というものが感じられませんでした……」
 かなり疲労をした様子でセレスティは言う。少し、このまま休んだ方がいいかもしれない。
「……」
 柚品は無言で何事かを思案している。
「どうしたものかしら……ね」
 緋玻は三人を見つめたあと、霧に覆われている町を見やる。そして、小さなため息をついた。

 −前編・完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2558/櫻・疾風(さくら・はやて)/男/23歳/消防士、錬金術師見習い】
【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2240/田中・緋玻(たなか・あけは)/女/900歳/翻訳家】
【1582/柚品・弧月(ゆしな・こげつ)/男/22歳/大学生】

(以上、受注順)

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■         ライター通信          ■
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依頼を受けてくださってありがとうございました。
まずはぎりぎりですみません。本当にすみません。それ以外の言葉がないです。
相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、田中さま。
三度目のご参加ありがとうございました。読みが鋭いです! の一言に尽きます(笑)
調理場の地下保存庫改造のくだりは鋭すぎて、もう。まさにそのとおりです。館モノゲーム、バイオは有名ですが、まさかそちらもご存知とは。ちょっと嬉しくなりました^^

前回に引き続き、今回もありがとうございました。予告したとおり前後編となりましたので、よろしければ後編もおつきあい下さい(後編は4/2の22時頃に開ける予定です)
願わくば、この事件が田中さまの思い出の1ページとなりますように(とはいえ、前編なのでやっぱり途中なのですが)