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彷徨う魂に哀れみを
オープニング
「この子を助けてください」
とても晴れた朝、一人の老人が草間興信所を訪れてきた。
出された写真はかなり古ぼけたもので所々破れている。
「この少女…ですか？しかし写真を見る限り、この姿のままという気もしないんですが」
そう、写真はかなりの年月を経たものだろう。
「…この子は姿は変わらん。数十年前まではわしの娘だったがな…」
「…だった？」
自分の娘に対して過去形を使う老人が気になり、写真を見ていた視線を老人に戻す。
「戦時中、五歳の誕生日だっただろうか…この子は飢えて死んだ。そして…」
老人は言いにくいのか一旦言葉を区切って、再び口を動かし始める。
「この子は、何でも喰らう餓鬼になった」
「餓鬼？」
「そう、餓鬼だ。この子の名前はアカリ…もうわしの事すら覚えてはいまい、だから」
老人は口を食いしばりながらその言葉を小さく呟いた。
-殺して欲しい………と。
「殺す？もう死んでいるのだろう？」
草間武彦が少しキツい表情で言うと老人は下を俯いて少し黙り込んでしまう。
「あの子は飢えて死んだ後、飢えのあまり鬼として甦ったんだ。何かを喰いたいという思いだけから-」
その言葉を聞いて草間武彦はゾッとした。
無邪気な反面、何かを「したい」「欲しい」という思いは大人のソレより子供の方がずっと大きい。
「…殺す事で貴方は満足ですか？あなたは父親なんでしょう？」
「…この目で何人もあの子に喰われる人間を見た。もう父親ともわしは思っていない」
そう老人は冷たく言い放ったが、膝の上に置かれた手は小刻みに震えている。
いくら冷たく突き放しても、老人の中の「父親」はまだ死んではいないらしい。
「…この依頼…お受けしてもらえますか？」
「…分かりました。お受けします…」
少し表情を曇らせたまま草間武彦は老人に小さく言った。
視点⇒鬼伏・凱刀
「餓鬼だろうが娘だろうが死んだモノに変わりは無い」
凱刀は冷たい風が吹く夜の公園で一人ポツリと呟いた。今回の仕事、それは鬼退治だ。正確には少女の姿をした《元人間》の鬼。戦後、飢えて死に、餓鬼となって人を喰らったのだとか。
「人肉食って救われるなんて事は無い」
そう、いくら幼い少女がした事とはいえ、今回の事は事件が大きすぎた。人の肉を喰らっても生き返ることなどないというのに…。無論、鬼となった少女は《食べる》という本能とも欲望とも言える感情でこれからも人を喰らい続けるのだろう。
「業を帯び陰気を纏えば鬼以外の何でも無くなる。あれはかつて娘『だった』ものだ。俺に依頼を晒したって事は、ぶった斬った所で文句は言わねえという事だと思え」
これは草間興信所にいた依頼人の老人に凱刀が投げかけた言葉。依頼人は震える手を押さえながら「構わない」と呟き、それに意見しようとした草間武彦に「句を言うなら同じ所に送る」と低い声で言う。草間武彦もその言葉を聞いて何も言えなくなった。
子供だから、戦後に飢えて死んだ可哀想な子供だから、という理由は凱刀には通じない。他の人間になら通じるかもしれないが、それでは喰い殺された人間はどうなる？可哀想だから喰われても良かったと言うのか？
「現われたか…」
凱刀は閉じていた目を開けて、気配の方を見る。周りには誰もいない。だが、確実に《誰か》がいるのは分かる。
「そこか！」
バッと頭上を見上げると、小汚い格好をした少女がいるのが目に入った。頭には人間にはないモノ《角》がある。
「お前が…アカリ、か？」
少女は凱刀の問いに答える様子もなく、ニィッと不気味な笑みだけを凱刀に見せた。
「もはや人としての感情も消えうせたか」
当然だ、と思う。いくら鬼と化そうが人であったはずの少女が人を喰らった時から《人間》というモノはなくしているだろう。草間武彦や依頼人から聞けば、それなりの人間を喰い殺しているようだ。
「…オナカスイタ…ゴハン…タベタイ…ゴハン…クワセロォッ」
そう叫びながら少女は木の上から飛び降り、凱刀に襲い掛かってくる。それなりに動きは素早く、攻撃も普通の人間ならば致命傷だろう。
…普通の人間には。
「だが、俺にはきかん。目障りだ、消えろっ」
ちょこまかと動き回る少女の髪の毛を引っ張り、思い切り殴る。死んだ妹の事を考える事は無かった。凱刀自身が吹っ切れた、と言ってもいいだろう。
「何であれ目の前でちょろちょろされるのが嫌いなんでな。使役する分も足りてる。目障りだ。黙って逝け」
凱刀はそう言いながら餓鬼を作り出す呪を逆に用い、陰気を散らし餓鬼からタダの霊に戻す。いくら凶暴な鬼とはいえ、陰気を取り除いたらタダの霊にしか過ぎない。
「あ…あ…」
少女は段々と正気の目に戻り、目の前の凱刀の姿に肩を少しだけ震わせている。
「だが枯渇はいずれ再び餓鬼の姿に戻す。何処かに送るなんて紳士的な芸当は出来ないんでな」
だから、覚悟はいいな？と凱刀は呟く。少女は自分がこれからなにをされるのか本能的に察知したのか逃げようとする。
「人を何人も喰い殺して、自分は助かりたい、か？随分と都合のいいお嬢ちゃんだな」
血火を手に持ち、少女が逃げないようにする。
「…あ、…あぁ…あ…っ」
恐怖のためか、少女はガタガタと震えているのが分かる。
「それがお前が今まで他人に与えていた《恐怖》だ。今度はお前が味わって、消えろ」
そう低い声で呟くと凱刀は血火で除霊を行う。『浄霊』ではなく『除霊』を。
いくら幼い子供がした事とはいえ、正気に戻ったから何もかも忘れて天国にいけます、じゃ世の中が成り立たない。子供といえど、罰する。それが凱刀のやり方だ。
「殺し殺されで鬼に堕ちた奴は真ッ当に生きる事も戻る事も出来はしねえ。世の中は綺麗事だけでは済まねえ事もあるって事だ」
多分、少女にはもう凱刀の声は聞こえていないだろう。少女はただ悲しそうに悲鳴をあげながら消えていった。
「本当に殺したのか…」
草間興信所に報告に戻ると、依頼人の老人が小さく呟いた。
「何を今更、最初に言っておいただろう。それでも構わないと答えたのはお前だ」
「…だが…幼い子供を…」
「可哀想な子供だから、喰われた奴等は納得すると思うか？お前の娘のせいで何人も死んでいるんだ。それを忘れるな」
凱刀は老人を冷たく突き放すと、老人はその場に泣き崩れる。
「何かをするためには、何かを得るためには何かを犠牲にしなきゃならねぇんだよ。お前の場合は娘を救うことで、娘の命を犠牲にしたんだ。これからのあの娘の事を考えれば、今ラクにしておいてよかったじゃねぇか」
凱刀の言葉に老人は言葉を失う。凱刀の言葉に嘘偽りはない。これからあのアカリという娘が鬼として生き続けても人を喰らい続けたであろう。
「だがな、心配はねぇさ。お前も娘を殺したんだ。いずれ会う事になるだろうよ。地獄でな」
それだけ言うと凱刀は笑いながら草間興信所を後にした。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
0569/鬼伏・凱刀/男性/29歳/殺し屋
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■ ライター通信 ■
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鬼伏・凱刀様＞
お世話になっております、瀬皇緋澄です。
今回は「彷徨う魂に哀れみを」に発注をかけてくださいまして、ありがとうございました。
どちらかというと、悪っぽいキャラになってしまいました…。
イメージを崩していなければ良いのですが…。
それでは、またお会いできる機会がありましたらよろしくお願いします＾＾
―瀬皇緋澄
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