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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


ヤキイモ教殲滅指令
「きいいいい! あたしが何したっていうのよ! 悪いヤツらをやっつけただけじゃないのー!」
 美術部の部室で、白峰愛里は吠えていた。
 長い金髪に結んだ赤い大きなリボンがチャームポイントの、黒い大きな瞳の愛らしい勝気そうな美少女――そんな外見からは想像もできないほどの荒れっぷりだった。
 だが、それも仕方のないことだ。なにしろ、次回夏コミへの参加停止処分だ。大手同人サークルの会長であり、コミケの命をかけているといっても過言ではない愛里だったから、そのショックははかりしれない。
 しかも、原因はヤキイモ教などと名乗る奇妙な連中にあるというのだから腹が立つ。
「……そうよ、戦いよ。これは戦争なんだわ! そう、あたしは戦うの! あたしのサークルの新刊を待っているお客さんたちのために!」
 あさっての方向を指し示して、愛里は高らかに宣言した。
 そしてしばらくの沈黙ののち、しびれてきた腕をおろすと、はふぅ〜っとため息をつく。
「――とは言ったものの、どうしたらいいのかしら。なんだかんだ言ったって、あたしはただの女子高生……あんなヤツらと戦う力はないのよね」
 自分が冬コミ会場でしたことなどすっかり棚に上げ、愛里は椅子に座って天井を見上げた。
「そういえば……前に、シェランがヤキイモ教に遭遇したって言ってたような?」
 ふと、宿敵であるシェラン・ギリアムの顔を思い浮かべ、愛里は眉を寄せた。あの、うさんくさいかっこうをした男――本来ならばシェランに頼る気になどなれなかったが、今回ばかりは仕方がない。
「これを利用しない手はないものね!」
 そうして、また誰に見せるわけでもないのに、ポーズをキメる愛里だった。

「……で、ここがヤキイモ教の本部ってわけね?」
 愛里は腰に手を当てながら、隣にいるシェランに訊ねた。
「ええ、そのはずです」
 シェランは人好きのする笑みを浮かべつつ、愛里に向かってうなずく。あいかわらず怪しげなかっこをしているシェランを見て愛里はふん、と鼻を鳴らすと、ヤキイモ教の本部だという建物を見上げた。
 たしかに、これはヤキイモ教の本部以外の建物ではありえない――それは、そんな建造物だった。
 なにしろ、まず、壁がヤキイモの色をしている。
 あの紫色をした皮(少々のおコゲつき)と同じ色だ。
 そのうえ、金のしゃちほこならぬ、金のヤキイモがてっぺんにどでんと鎮座しているのだ。
 これでヤキイモ教の本部でないとしたら、ここはいったいなんなのかと問いつめたくなるような建物だった。
「……いかにも、という感じだな」
 ふたりの後ろで腕組みしているダージエルが、誰に言うともなくつぶやく。
 彼のことは愛里もよくは知らないのだが、どうやら、シェランの知り合いらしい。青を貴重とした軍服にも似た服を着ていて、肌は白く、髪は淡い金色をしている。瞳の青色と同じ色をした宝石を額に埋め込んでいて、なんとなく、愛里にも、彼はきっとただの人ではないのだろうということがわかる。
「とりあえずシェラン、中にいる人間全員の洋服を溶かしちゃう魔法とか、この建物をあとかたもなく消し去る魔法とか」
「愛里さん、無茶を言わないでください」
「そう? じゃあ、百歩ゆずって、この中にいる全員に呪いをかけるのとかでもいいわ。ヤキイモに触るとじんましんが出るようになる呪いとか」
「……地味にイヤだな」
 ダージエルがそうコメントする。
 そう、イヤガラセというのは、地味にイヤであってこそイヤガラセなのだ。
 だからこそダメージになるのであるし、ストレスもたまるというものだ。
「それもムリです」
「……ちっ、使えないわね」
 愛里は顔をそむけて、聞こえないように小声でぼやく。
「……聞こえていますが」
 ぽそりとツッコミを入れてくるシェランの足を、少しだけ、愛里はそっと踏みつける。
「うっ……!」
 シェランがうめき声を上げた。
 少しだけ踏まれる方が、めいっぱい踏まれるよりも痛いのだ。だが、少しだけ踏む方が、うっかり踏みつけたように見せかけやすい。愛里はふ……と笑みをもらした。
「まあ、とにかく突入よ!」
 愛里はずんずんとひとりで歩いていく。
「あ、待ってください!」
 シェランがあわててあとを追ってきたが、愛里は速度をゆるめなかった。

 そして、ヤキイモ教本部の内部は、やはりヤキイモの色をしていた。
 といっても皮の紫色ではなく、ヤキイモ本体のほくほくとしていそうな黄色だ。
 その上、あたりにはヤキイモのこうばしい香りにも似た香がたきしめられていて、なんとなくおなかが空いてくる。
「く、ヤキイモの芳醇な香りで戦意を喪失させようという作戦か……」
「そんなわけないでしょう」
 なぜか緊張した面持ちで口許を拭うダージエルに、シェランが冷たくツッコミを入れる。
「そこ、なにごちゃごちゃ言ってるのよ?」
 愛里がくるりと振り返って、鼻を鳴らす。
「あたしたちの目的はヤキイモ教の殲滅なのよ? せ・ん・め・つ! ほら、そんなところでぐだぐだ言ってないでさっさと行くわよ!」
「殲滅なんて目的、聞いてませんけど……」
「うむ。私もだ」
 なぜかその部分では同意しながら、ふたりはもそもそと愛里のあとについていく。
「ヤキイモ教を殲滅するですって!?」
 そこへ、なにやら怪しげなかっこうの女性やってきて声を上げた。
 シェランは一瞬、自分は幻覚かなにかでも見せられているのだろうかと、いったんめがねをはずして手袋で拭ってみる。
 だが、かけなおしても女性のかっこうは変わらない。どうやら、本当にシェランの見た通りのかっこうをしているようだ。
「なんなのだ、あれは」
 ダージエルが呆然とした様子でつぶやく。
 普段ならば見た通りでしょうとツッコミを入れるところだったが、さすがに今回ばかりはダージエルの言う通りだと思い、シェランは黙っておいた。
 なにしろ、その女性、とんでもないかっこうをしているのだ。
 ひと目で悪の女幹部とわかるかっこう、とでも言えばいいのだろうか。
 ヤキイモの皮の色をした露出度の高い衣服に身を包み、じゃらじゃらとやすっぽい金色の装身具で身を飾っている。
「とりあえず、あなた、悪の女幹部ね!」
 愛里が女に指を突きつける。すると女は赤紫のルージュが引かれたくちびるをゆがめて、不敵な笑みを浮かべる。
「よくわかったわね! ……ふふ、いつもだったらコネコちゃんが迷い込んだくらいじゃあ気にしないところだけど……殲滅なんて聞かされちゃあ、黙っているわけにはいかないわ!」
 女はばさりとマントをひるがえすと、愛里に向かって指を突きつける。
「ふふふ、喰らいなさい! 我が華麗なるヤキイモへの祈りを!」
 女がぱちりと指を鳴らすと、聞き覚えのあるメロディが流れ出す。
 どこかお経にも似た抑揚のない歌声だ。
「……こ、これは!」
 愛里はきぃ、と天を仰いで声を上げる。
「冬の祭典で聞いたあの……!」
「どうされたんです?」
 シェランは愛里に向かって訊ねた。
 愛里はわなわなと身を震わせながら、くるりとシェランのほうを向く。
「この祈りのせいで……この祈りのせいであたしは夏も出入り禁止をくらったのよ……!」
「夏?」
 事情をよく知らないのだろう、ダージエルが不思議そうな顔をする。
「……世の中には、恐ろしいものがあるんです」
 シェランはダージエルの肩に手をぽんと置いて、ゆるゆると首を振った。
 世の中には、知らないほうがいいものというのも存在するのだ。
「ほーほほほ! さあ、どうかしら!? どんどんとヤキイモが食べたくなってくるでしょう!?」
「……言われてみれば、そんな気もしてきたな」
 ダージエルが鼻をひくつかせながら口にする。
 たしかに、ダージエルの言う通り、ヤキイモが食べたくなってきたような気がする。
 あの、しっとりほくほくとした香りがあたりにただよっているような気さえする。
「くっ……あたしは負けないわ! ヤキイモなんて……ヤキイなんて、そもそも女の子の敵なのよぉ!」
 愛里が吠えて女へと飛び掛る。
 そしてそのまま、ふたりは、きぃきぃと悲鳴を上げながらもみあいになる。
「これは加勢した方がいいんでしょうか……」
 だが、あのふたりの間に割って入るのはなんだか恐ろしいような気がして、シェランはややためらった。
 そうしているうちに、わらわらと奥から人が出てくる。
「なんの騒ぎだ!」
「ヤキイモ神よ〜助けたまえ清めたまえ〜」
「ああっ、ヤキイモよキミは美しいー!」
 なにやらどこか別世界へ飛んでいっている方々も混じっているようだったが、その数はゆうに10人を越える。さすがにシェランも身構えた。
「あれを全滅させればいいのだな?」
 ダージエルが念を押すようにシェランへと訊ねてくる。
「ええ、ただ一応は人間ですから殺さないようにお願いします」
「……ふむ。まあ、善処しよう」
 愛剣である『ソード・オブ・ダークヘブンズ』をかまえて、ダージエルがうなずく。
 そんなものをかまえている時点であまり善処してはいなさそうに思ったが、とりあえずシェランは気にせず前を向くことにした。
 ヤキイモ教には恨みがないわけでもない。そう、これは三下のとむらい合戦(注:別に三下は死んではいない)だ。
 そして、香ばしい戦いの火蓋は切って落とされたのだった。

 その後、謎の爆発のせいでヤキイモ教本部のあったビルはあとかたもなく消滅したという話だが――その原因は、なにか恐ろしいことでも思い出すのか、そのときその場にいた人間ですら口をつぐんで語りたがらなかったという。