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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


2.インサイダー・アイドル ――彼女は光の夢を見る

■セレスティ・カーニンガム編【オープニング】

「あたしねっ、向こうの世界に行ってみたいんだ★」
「向こうの世界? ――と、言いますと?」
「決まってるじゃない! 光の世界よ」
「ひ、ひかりのせかい……ですか?」
「知らないの? ここは闇の世界なのよ。そしてこの闇の世界の外には、光の世界があるの。その2つは1本の細〜い通路で繋がっていて――」
「いて?」
「最近ね、そっちの世界から来てる人が何人かいるんだって!」
「……それが今いちばん流行っている怪談ですか?」
「違うの。これは怪談じゃなくって、現実よ★」



 そのアナウンサーは、困った顔をしていた。
(当たり前だ)
 と探偵――少年探偵は思う。
 アナウンサーがインタビューをしている相手はSHIZUKU。オカルト系アイドルとして有名な彼女にそんなことをする理由は1つ。その手の話が聞きたいからだ。
(それなのに)
 彼女は”現実”の話をした。アナウンサーが困るはずだ。
「――しかし彼女、一体どこから情報を仕入れているのでしょうね?」
 傍に立って一緒にTV(といっても電波が飛んでいるわけではなく、有線である)を見ていた助手――青年助手が首を傾げる。
”SHIZUKUがどこから情報を仕入れているのか”
 確かにそれは気になる問題だった。何故なら普通ゲルニカに生きている者は、知るはずもないのだから。
(この世界が闇なんて)
 その闇の外に、光があるなんて。
「それを知っている誰かと、繋がりがあると考えた方が良さそうだな」
 探偵が口にしたその時、事務所のチャイムが鳴った。
 助手が返事をする前にドアは開き――
「やっほ〜★」
 やって来たのは――SHIZUKUだった。



■始まりは突然に【ゲルニカ:草間興信所】

 気がつくと、草間興信所の前にいた。しかも現実の――ではないことは、空を見ればわかる。そして傍らには。
(おや?)
 見慣れぬ女性が1人。どこぞのお姫様のような外見だが。
(人間ではありませんね)
 気配でわかった。
「――こんにちは。ゲルニカは初めてですか?」
 声をかけただけで、彼女の名前と職業が脳裏に浮かぶ。
 鹿沼・デルフェス(かぬま・−)、アンティークショップ・レンの店員だ。
 彼女は戸惑うような仕草を見せてから。
「ええと、セレスティ・カーニンガム様……ですわよね? やはりここはゲルニカという世界で合っていたのですか」
 彼女の受け答えに、ふと気づく。
「ああ、急に色々なことがわかるから、戸惑っていらっしゃるのですね。大丈夫ですよ、ここはそういう世界ですから。知る必要のあることは、自動的に知れるようになっているのです」
「まあ、なんて不思議なのかしら! ではわたくしが”呼ばれている”と感じたのも、その必要があったからなのですね」
「呼ばれた? ――それは男性の声でしたか?」
 ”あいつ”だろうかと気になって問うと、彼女は首を振った。
「いいえ? 女性の声だった……と思いますわ」
「そうですか。ではもしかしたら、SHIZUKU嬢の声なのかもしれませんね」
 今回私がこうしてここへやってきた理由を考えれば、それが最も妥当な推理と言えた。
 そして彼女もやはり同じ理由でやってきたようで。
「ええ、わたくしもそう思いますの」
 強い瞳で頷いた。
「さて――それでは中に入りましょうか。少年探偵にお話を聞きましょう」
「はい。……あ、宜しくお願い致しますね、テレスティ様」
「こちらこそ」
 お互い微笑を浮かべたまま、ドアは開かれた。



「――なんだ、今回はずいぶんと足並みバラバラだな」
 中へと入ってきた私たちを見て、探偵はいつものポジションからそんな声を掛けてきた。
(その言葉だけでも)
 いくつかの情報は読み取れる。
「つまり他にも、こちらに来ている方がいるということですね?」
「まあ片手に足りないくらいはね」
 6人以上ということらしい。
「あの、SHIZUKU様は今ここにいらっしゃいませんの?」
 問いかけのはデルフェスさんだ。彼女はSHIZUKU嬢がここにいることを期待していたようだが、見る限り事務所内には探偵と助手しかいなかった。
 探偵は足を組みふんぞり返ったまま。
「ふん、帰らせるのに苦労したのだ」
 そう鼻を鳴らした。
「外から人が来ましたらお呼びしますからと言って、無理やり学校の方へ帰らせたのですよ」
 横からフォローするように言葉を挟んだのは助手。
「ではSHIZUKU様を呼んでいただけるのですね?」
「呼ばずとも勝手に来るだろう」
 探偵はそう吐き捨ててから、不意に私と目を合わせた。
「先に訊きたいことがありそうだね?」
 探偵は既に推測済みのようだった。
「ええ。そのSHIZUKU嬢と、キミがどんな会話をしたのか」
「…………」
 探偵は少し考え込むように腕を組んでから。
「……いいだろう、そこに座りたまえ。助手、テキトーにお茶の用意を」
「わ、わかりました」
 いつになく優しい(?)探偵の態度に驚いているのか、助手は戸惑いながら奥へと消えていった。
 デルフェスさんがソファに座り、私はその隣へと移動する。本当は向かいに座ればいいのだろうけれど、どうせいずれ人が増えるだろうと思ったから、面倒な移動はしないことにした。
 私たちが位置についたことを確認すると、探偵は助手が戻るのを待たず話を始める。
「――さてと。君が知りたいのは、SHIZUKUが僕との会話の中で、彼女にそれを教えた人のことについて何か言っていなかったか、ということなのだろう?」
「ええ、そうです。キミなら些細なヒントからでも推測できるのでは?」
(少なくとも)
 ゲルニカを把握しているとはまるで言い切れない、私よりは。
 そんな私の心情を察しているのか、探偵は小さく笑って。
「どんなに世界に精通していても、そのヒントすらなければね」
 そんなことを告げた。
「そのことについてお訊きにならなかったんですの?」
 デルフェスさんの問いに、探偵は肩をすくめて。
「かなーり単刀直入に訊いたがね、どうやら口止めをされているようだった。何と引き換えにしても、言いそうになかったよ」
「口止め、ですか」
 なんだか穏やかではない。
(現実問題として)
 彼女が外の世界へ行きたいと騒いだ所で、本当は誰が困るわけでもないと思うのだが……
「ではやはり、それを教えた方はSHIZUKU様にとって、信頼に値する方なのでしょうね」
「ああ――そうか」
 デルフェスさんに頷いたのは、意外にも探偵だった。
「たとえ彼女が重度のオカルトマニアだとしても、信じられることと信じられないことがあるだろう。彼女が光の世界のことをこれほどまでに信じているのは、その情報源を彼女が信用しているから、というわけか」
 探偵が言葉を終えた頃、助手はお盆を手にこちらへと戻ってこようとした。
 ――が。
 不意にチャイムの音が聞こえ、開かれたドアから2人の人物が現れる。
「こんにちはー!」
「お邪魔しますよ〜」
 それは買い物袋を下げたアイン・ダーウンとヨハネ・ミケーレだった。
 回れ右をした助手を、私はひとり気づかれないように笑った。

     ★

「色々買ってきたんですけど、物は向こうに持って帰れるんですか?」
 空いている方のソファに座ったアインくんは、まずそれを口にした。ヨハネくんはといえば、台所を借りて何やら作っているようだ。
 探偵はアインくんたちが買ってきた物に一通り目を通してから。
「――残念だが、君たちが買ってきた物はほとんど、持ってはいけるが似た物質で代用されるという部類の物なのだ」
「えー?」
「存在しない物質は、互いに持ち込むことができない。持ち込もうとしてもその世界で最もそれに近い物質に変換されてしまうのだよ。ただ例外はあって、それは持ち込んだ物質が本人にしか扱うことのできない物質であること」
 それは少々遠回りな説明だった。
「つまり、その人でなければ動かすことのできない人形……などですか?」
 デルフェスさんの例えに、探偵は頷くと。
「そう、その場合は、例え人形の素材がゲルニカに存在しない物でも、こちらに持ち込むことができる。ただし他のことに利用しようとした時点で、何らかの制限がかかるだろう」
 かけるのはもちろん、
(”あいつ”、ですか)
 そのことが”あいつ”の不利に繋がるということなのだろうか。
(――それにしても)
 両方に存在する物ならば行き来が可能であるということは、私たちも当然その”物”の中に含まれているということ。
(それならば)
「SHIZUKU嬢があちらの世界へ行くことは、可能なんですか?」
 あちらにもう1人のSHIZUKUである瀬名・雫が存在していることは、誰もが知っている。
 すると探偵は首を傾げて。
「理論的には可能だろうな。ただし実際に行くとなると別問題だろうが」
「何故?」
「彼女が行きたいと望んだ時点で、”あいつ”が許してさえいれば彼女はもうこの世界にはいないはずだからさ」
 私たち3人は顔を見合わせた。
(結局私たちにはどうすることもできない?)
 ほんの少し、空気が重くなった。
 それを破るように、再びやってくる訪問者。
  ――ぴんぽーんっ
「やっほ〜★ また来ちゃった♪」
「…………」
 また2人。1人は問題のSHIZUKU嬢。そしてもう1人は、無表情で頭を下げた巽・千霞(たつみ・ちか)さんだった。



■白熱麻雀バトル!【ゲルニカ:同所】

「お口に合わなかったらすみませんけれど……」
 ヨハネくんはそう告げながら、皆に今作ったばかりのチーズケーキを振る舞っていた。
「珈琲と紅茶も買ってきたんで、飲みたい方に手をあげて下さいね」
 そうして手の数を数えてから、また流しの方へと向かう。助手がそれを手伝うために追っていった。
(いつの間にか)
 草間興信所内は人であふれている。
 そんな中。
「折角だからサイン貰ってもいいですか?」
 とどこからか色紙を取り出していたのはアインくんだ。
「えへへ〜もちろんいいよ★」
 SHIZUKU嬢は喜んで頷くと、それを受け取ってピンクのペン(サイン用に持ち歩いているらしい)でサインした。
 それを見ていた探偵が。
「SHIZUKUのサインのままがいいなら、向こうへは持っていかないことだな。向こうに持っていった時点でそれは向こうのSHIZUKUのサインになるのだ。僕は向こうのSHIZUKUなど知らないが、向こうのSHIZUKUは別にアイドルではないのだろう?」
 なんだか紛らわしいが、さっきまでの会話を思い出せば言っていることは理解できた。つまり向こうにはSHIZUKU嬢自身は存在しないため、SHIZUKU嬢のサインはそれにいちばん近いサインである瀬名・雫さんのサインになってしまう、ということだろう。
「あ、そうか。じゃあここに置いていきますから、探偵さん事務所にでも飾って下さいよ」
「断る」
「はい、できたよ★」
 当のSHIZUKU嬢はサインを描くのに夢中になっていて、2人の会話など耳に入っていないようだった。それは余計なイラストがたくさん入った色紙を見ればよくわかる。
 それからSHIZUKU嬢は、皆の分の飲み物を運んできたヨハネくんに向かって。
「ねね、キミは?」
「えっ? 僕? サインですか? えっと……」
 ヨハネくんは戸惑いながらも助けを求めるように視線を泳がせるが、誰も上手くかわす言葉を持っていなかったようで。
「……あ、じゃあお菓子の本にでも、サインしてもらおうかな」
 そう呟くと、見ながら作っていたのだろう、再び流しの方へと戻っていった。
 SHIZUKU嬢はその後ろ姿を見送ってから。
「他の人は――」
「そこまでだ」
 探偵は声を遮ると。
「折角の温かい飲み物が冷めてしまうだろう?」
 至極まっとうなことを口にした。
 SHIZUKU嬢は一瞬きょとんとした表情をしたが。
「言われてみればそうだねぇ。ケーキだって作りたてがいいし★ じゃあヨハネちゃんが戻ってきたら先に食べようか♪」
(助かりましたね)
 どうやら探偵は、SHIZUKU嬢の上手な扱い方を知っているようだった。



「――ポン!」
 別に何かが弾けたわけではない。アインくんがそう声をあげて、捨て牌を拾ったのだ。目の前には真四角の卓がある。――そう、麻雀だ。
(それにしてもどうして、”これ”なんでしょうね?)
 ヨハネくんの作ったチーズケーキを食べながら話をしていたのだが、SHIZUKU嬢が口止めをされているらしいというくだりを聞いたアインくんが、突然こう言い出したのだ。
「じゃあ麻雀で勝負して、SHIZUKUさんが最下位になったら喋るというのはどうですか?!」
「待て、何故麻雀なのだ」
 すぐに異議を申し立てたのは、もちろん探偵だ。するとアインくんはその言葉を予想していたようで。
「あれ? 探偵さん麻雀できないんですか? 俺、探偵さんならきっとできるんじゃないかなーって思ったんですけど。あ、自信なかったらごめんなさい」
 にこやかな笑顔で告げた。それは答えではなく、挑発だった。
 探偵もそれに気づいていたのだろうが。
「いいだろう。では麻雀で勝負だ!」
 もう誰も、何故麻雀なのか突っ込む者はいなかった。
「――おっと、チー!」
 探偵が捨て牌を拾う。手元に皆の視線が集中する。
 1人で卓に向かっているのはアインくんと探偵だけで、他はペアになっていた。私とデルフェスさん、SHIZUKU嬢と千霞さんだ。ヨハネくんと助手は、今度は食べ(飲み)終えた食器を片付けに行っている。
「じゃああたしはカンしちゃうもんね★」
 SHIZUKU嬢は言いながら、同一の4牌を卓の隅へとやった。
(ふむ……皆さんなかなかやりますね)
 麻雀を知らないというデルフェスさんに教えながら、私は牌を引く(ことをツモるという)。実際私もさほど麻雀に詳しいというわけではないのだが、基本さえわかっていれば参加する分にはなんとかなるのだった。点数は詳しい人に算出してもらえばいいのだから。
(そう)
 麻雀は点数制なのだ。だから何度勝っても点数が低ければトップにはなれないし、たった1度の勝利でも役をたくさん作ればそのままトップになってしまうこともある。
(最後までどうなるかわからない)
 そこが麻雀の魅力でもあった。
(……とは言っても)
 私たちはゲルニカに麻雀をしにきたのではない。あまり時間をかけるわけにはいかないので、普通は全員に2回親が回った所で終了なのだが、1回回った所で終わりとする東風戦でやっていた。
「――おや、次で最後ですね」
 次の親は私だ。それで全員1度は親をやったことになる(全員1回ずつとは限らない)。
「得点を確認しておくかね」
 探偵がため息混じりに告げたのは、探偵の成績が芳しくないからだ。一言で言うなら、ビリである。
 1位はSHIZUKU嬢・千霞さんペアの38,900点、2位は私・デルフェスさんペアで25,000点、3位はアインくんの20,100点、そして4位が探偵の16,000点だ。探偵は2局目にSHIZUKU嬢・千霞さんペアに持っていかれた11,900点がかなり響いている。
「そろそろ結果が出るんですか?」
 台所から戻ってきたヨハネくんと助手。手には再び珈琲やら紅茶やらが載っているお盆が。
 するとアインくんはヨハネくんを手招きして。
「そんなのいいですよヨハネさん。最後くらい一緒にやりましょうよ、麻雀」
「えっ? でも僕麻雀なんて全然わかりませんから……」
「俺が教えるから大丈夫ですよ。ほらほらっ」
「えっと……じゃあお邪魔します(?)」
 それでもヨハネくんはしっかりと皆に飲み物を配ったあと、おずおずと席(アインくんの隣)についた。
「助手、君は僕の後ろに立っていろ」
 残された助手が所在なさげにしているのを見て、探偵が口を出す。
「そうします……」
 これでちょうどペアが4つ完成した。
(SHIZUKU嬢を最下位にするのは)
 もうほとんど不可能に近い状況だった。けれど誰もそのことを口にしない。諦めていた――のではなく、忘れて麻雀に没頭していたと言った方が正しいのだろう。
「――では、最後の戦いを始めましょう」
 私の言葉に、皆の眼が鋭く光った。

     ★

「り、りーちっ!?」
 微妙な疑問形混じりで最初に声をあげたのは、ヨハネくんだった。おそらくアインくんに急かされて告げたのだろう。そのアインくんは、すかさずリーチ棒を卓の上に出した。
 リーチとはもちろんあと1つで上がりとなっている状態のことで、初心者のヨハネくんはそれまで一度の鳴いていないため、皆捨て牌にはさらに慎重になっていた。……のだが。
「来たぁぁああ!!」
「うわっ」
 SHIZUKU嬢が捨てた牌に、反応したのはアインくんだった。その声に驚いて、ヨハネくんは卓の上に珈琲をこぼしてしまった。
「あ、すみませんっ」
 そしてそれを拭こうと、今度は自分の牌を倒す。
「わわわっ」
「ま、ロンするなら見えちゃっていいんじゃないのぉ?」
「むしろ見せてくれないかね」
 SHIZUKU嬢と探偵に言われて、ヨハネくんはアインくんと顔を見合わせてから、倒れて珈琲が付着してしまった牌を拭きつつ脇に並べ始めた。
「これは凄いですよ。教えた俺もびっくり!」
 アインくんが興奮したように告げたが、牌を確認するとそれも納得できた。
「一盃口・翻牌・立直・一発、ドラで3翻――全部で7翻だな。得点は……」
「12,000点!!」
 「おお〜」という声があがった。私もあげた。さして珍しい手ではないものの、これだけ揃い高得点となるのは凄い。ましてやヨハネくんは初心者なのだ。
「び、びぎなーずらっく、というやつでしょうか」
 本人もずいぶんと驚いているようだ。
「ああーんっ、これでSHIZUKUはマイナス12,000点でしょ〜? アインちゃんとヨハネちゃんのペアに抜かれちゃった★」
 そう言うSHIZUKU嬢があまり悔しそうではないのは、麻雀が十分に楽しめたからかもしれない。
「では最終的な結果は――」
 探偵が律儀に発表する。1位はアインくん・ヨハネくんペアで32,100点、2位はSHIZUKU嬢・千霞さんペアで26,900点、私とデルフェスさんペアは3位に落ちるも点数は変わらず26,000点、探偵は結局最後まで最下位で16,000点だった。
(……本当に苦手だったんですね)
 思わず苦笑する。
 ただ本当に苦笑すべきことは当然、別の場所にあった。
「――しかしこれで、SHIZUKU嬢の口からは情報を聞けなくなりなりましたね……」
 私たちは彼女を最下位にできなかったのだ。
「ああ、そう言えばそんな約束してたね★ 別に教えてもいいんだよ、あたしは。邪魔が入らなかったらね♪」
「?!」
 その言葉で、何人かはきっと気づいただろう。
(まさか……)
「直接、聞いたのかね?」
 探偵の低い問いに、SHIZUKU嬢はいつもの調子で答える。
「んーん。あたしはあいちゃんとは会ったことないもん。あいちゃんの話はヒミコちゃんから聞くの。で、ヒミコちゃんは沙耶さんから聞いてるのね。なんか伝言ゲームみたい★」
「…………」
 その内容よりも、彼女が”あいつ”のことを”あいちゃん”と呼んでいる事実についてつっこみを入れたかったのだが、誰もそんな勇気のある人はいないようだった。
「――ってことはぁ〜、ゲルニカの外に本当の世界があることってことを、”あいつ”から聞いた沙耶さんから聞いたヒミコちゃんから、SHIZUKUちゃんは聞いたってこと?」
 不意に聞こえた聞き覚えのない声に、皆の動きがとまった。声のした方へ視線を向けると、千霞さんの手元にある犬のぬいぐるみが目に入った。
(え……?)
「ホント、インタビュアーさんって腹話術うまいよね★ でも違うんだ。その思想を展開してるのは、ヒミコちゃん自身なの。で、あたしもそれに共感しちゃって、だったら外の世界に行きたいなぁって」
 どうやら千霞さんはSHIZUKU嬢と2人でいた間中腹話術で過ごしていたようで、SHIZUKU嬢には少しも不思議そうな様子はなかった。腹話術だとわかったところで、皆も安心して会話を進める。
「それならどうして、口止めなんてされていたんですか?」
 問い掛けたヨハネくんに、SHIZUKU嬢は首を振ると。
「口止めされてたんじゃなくて、あたしが勝手にしてたんだよ。だってそんなこと言ったら、探偵ちゃんの興味があたしからヒミコちゃんに移っちゃうでしょ? でもあたしはヒミコちゃんに迷惑をかけたいんじゃなくて、そっちの世界に行きたいだけなんだもんっ」
 少々滅茶苦茶な言い訳ではあるが、SHIZUKU嬢のヒミコさんには迷惑をかけたくないという気持ちだけはちゃんと伝わってきた。
「ああ、全部話せちゃった★ ねぇもういいでしょ? 光の世界への行き方を教えてよ〜」
 甘えるような声を出すSHIZUKU嬢を、探偵は厳しい眼差しで見返していた。
「……探偵?」
 その不可思議な様子に気づいた助手が、呼ぶ。
「――おかしいな。外へ出たいという希望を植えつけたのも、出すまいとしているのも、”あいつ”だというのか? ならば何のために……」
 探偵のその言葉に、私はふと訊きそびれていたことを思い出した。
「探偵くん、もし仮にSHIZUKU嬢が向こうの世界へ行けたとすると、ゲルニカにはSHIZUKUという存在がいなくなるわけですよね。そうなると、新しいSHIZUKU嬢が生まれたりするんでしょうか?」
 もしそうならば、彼女が再びゲルニカへと戻ってきた時に、”SHIZUKU”が2人存在することになる。その存在が同じであるのかまったく別人であるのか、私はそれが気になったのだ。
 すると探偵は首を振って。
「それはないな。君たちだって、向こうに帰った時もう1人の自分に会ったなんてことはないだろう? そういうことなのだ」
「待って下さい。そもそも俺たちがそのままの状態でゲルニカへ来ていること自体、おかしくないですか? 最初の探偵さんの話だと、ないものは似たものに変換されるって話でしたけど……」
 首を傾げながら問うアインくん。それには助手が答えた。
「それは、皆さんがこの世界に既に存在しているからですよ」
「え?!」
「すべてが今の皆さんとは違うかもしれませんが、存在としては同じ方がいるはずです」
 そう言われても、すぐには信じられないが。
「……つまりね、先程のサインの話を例に出して言うと、SHIZUKU自身が自分のサインを持って向こう側に行くならば、そのサインはSHIZUKUのものであり続けるのだ。それともう1つ、”行く”という条件と”戻る”という条件は違う。”戻る”条件は”行く”行動を起こしているだけでいい」
「少しこんがらがってきましたけど……つまり戻るには、特別な条件はいらないということですのね?」
 デルフェスさんの短いまとめに、探偵は頷く。
「帰りたいとさえ思えば、ね」



 ――その後。
 ”あいちゃん”の意思なしには光の世界へと行くことはできないと聞かされたSHIZUKU嬢は、酷く落ち込んでいた。それを慰めるために、デルフェスさんと千霞さんは学校までSHIZUKU嬢を送り届けるという。
(こういうことは、女性同士に任せておいた方がいいですからね)
 男性陣は黙って事務所に残ることにした。
(――もっとも)
 あとから聞いたことだが、アインくんとヨハネくんが今回ゲルニカへやってきたのは、”探偵を元気付けるため”だったそうだ。
 死してなお大切にしていた思い出を壊された探偵は、まだ傷ついているはずだから。彼らはそれを見逃さなかった。
(私よりもずっと)
 大人なのかもしれないと、ひとり笑う。
(今度はぜひ、麻雀で勝ちたいですね)
 そんなことを心に誓って。
 私はゲルニカをあとにした。

■終【2.インサイダー・アイドル】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|P C 名
◆◆|性別|年齢|職業
2266|柚木・羽乃(ゆずき・はの)
◆◆|男性|17|高校生
0164|斎・悠也(いつき・ゆうや)
◆◆|男性|21|大学生・バイトでホスト(主夫?)
1883|セレスティ・カーニンガム
◆◆|男性| 725|財閥統帥・占い師・水霊使い
2151|志賀・哲生(しが・てつお)
◆◆|男性|30|私立探偵(元・刑事)
2086|巽・千霞(たつみ・ちか)
◆◆|女性|21|大学生
2525|アイン・ダーウン
◆◆|男性|18|フリーター
1286|ヨハネ・ミケーレ
◆◆|男性|19|教皇庁公認エクソシスト(神父)
2181|鹿沼・デルフェス
◆◆|女性| 463|アンティークショップ・レンの店員



■ライター通信【伊塚和水より】

 この度は≪闇の異界・ゲルニカ 2.インサイダー・アイドル≫へのご参加ありがとうございました。そして大変遅くなってしまって申し訳ありませんでした_(_^_)_ その割にはあんまり長くないんですが……分岐が激しく多いのでよろしければ他の方のノベルもご覧になって下さいませ〜。
 今回途中から麻雀ノベルになっております(笑)。詳しく説明しすぎるのもウザイと思ったのであまり説明入れませんでした。ただ麻雀の楽しさが伝わればいいなぁと思っております。そんな私もかなりビギナーですけれど。
 ゲルニカ、大人しく隔月に変えようかなと思っております。色々と変更点が多くご迷惑をおかけしておりますが、今後ともよろしくお願い致します_(_^_)_
 それではこの辺で。またこの世界で会えることを、楽しみにしています。

 伊塚和水 拝