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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


【 誓唱 】


 そっと目をつぶると今でも思い出す光景。
 愛する人を失ったあの一瞬。
 もう――二度と同じ思いはしたくない。

 だから、必ず護る。

 私の全てをかけても、あなただけは護る。

 ◇  ◇  ◇

 やわらかく、空をオレンジ色に染める夕陽が差し込む午後。安心した様子ですっかり眠ってしまっている雷華の横顔を、見つめる瞳はどこまでも優しい。
 それと同時に、彼女の身体のいたるところに見られる包帯や傷に、胸を痛めているような表情を浮かばせている。
 こうして彼女と過ごせることを幸せに思う。
 100年ぶりに現れた、愛しい人の魂の継承者。
 護るべき人。
 けれど、いつだって戦いの中にいる彼女は、いついなくなってもおかしくないほど、危険をおかしている。
 その優しさゆえに、傷つくことも多いだろう。
 そんな彼女を、支え、護りぬくことが自分の全て。

 だからもう二度と――今日のようなことはしない。
 昔、大切な王子――ヒトを失った記憶と、映像が重なるなんてことは、もう二度と……。

 ◇  ◇  ◇

 それは数時間前。
 強い憤りと焦りに身体中が一気に熱くなった瞬間だった。
「お願い! これ以上の戦いは無駄だから、もう止めよう!」
 何度目の説得の言葉だろうか。
 勝負の行方を誰もが確信した光景の中で、雷華はその心優しい一面から、術者の首に刀を突きつけたままそう言った。
 術者は百鬼夜行を召喚する闇に捕らわれている。闇を呼び寄せてしまったのは確かに術者の責任かもしれないが、ここまで大事になってしまったのは百鬼夜行のせいだ。
 だから、このまま百鬼夜行と切り、闇を切り裂けば術者は死なずにすむ。
「今後に及んで……情けを……」
「全部キミが悪いわけじゃない。ボクが百鬼夜行の闇を切るから、そうすればキミが死ななくても闇は消える」
「……わかった……」
 彼女の言葉を肯定する術者。
 思わず笑みがこぼれ、雷華は言葉どおり百鬼夜行を今にも呼び出そうとしている闇と向かい合った。
 それは結果として、術者に背を向けてしまうことになる。
 それが全ての間違いだった。
「ふっふっふっふ、はーはっはっは! バカめ! わたしはなんとしても百鬼夜行を召喚する! 貴様ごときの情けなどっ!」
「……え?」
 言葉に振り返ったが、時すでに遅し。術者が放った黒い光を放つ矢が彼女を襲う。
 自分の説得をわかってくれたものだとばかり思っていた雷華は、とっさに回避行動をとることができずに、そのまま全ての矢に貫かれることになった。

「ライカっ!」

 どこからともなく響く悲痛の叫び。
 光と共に姿を現したのは、太刀に宿りし聖霊Altria。

 私はこの光景を――知っている。

 頭の中でフラッシュバックする映像と、崩れ落ちる彼女の姿が重なる。

 私はまた、こうやって大切な人――マスターを失うのか。

 記憶の片隅でいつまでも自分の心を支配する、愛するものを失った日の記憶。
 必ず護ると誓い立てたが、護ることができなかったヒト。

 いや――同じことを繰り返すわけにはいかない。
 あなただけは……護るっ!

 振り返った過去の中にある、護れなかった大切なヒト。
 けれどもう一度同じことを繰り返すわけにはいかない。
 そのために――今度は彼女を護ると、胸に誓ったのだから。
「な、なんだ貴様はっ!」
 突然現れたAltriaに驚愕の表情を浮かべる術者は、先ほど雷華に放った黒い矢を今度は彼女に放つ。
 しっかりとその目に黒い矢を捉えたAltriaは、その手に握られている水晶の聖剣「エクスカリバー」を一振り。矢はあっけなく消滅する。

 許せない。

 憤りが込み上げてくる。同時に、早く彼女を手当てしなければいけないという焦りも。
 身体中が熱い。

 一番許せないのは、護ることのできなかった自分。

「私は――あなたを必ず――護りますっ!」

 Altriaは懇親の力を込めて、今一度エクスカリバーを躍らせた。

 ◇  ◇  ◇

 それから、一体どうやって戻ったのか、彼女の手当てをしたのか良く覚えていない。
 確かなのは、今ここに彼女が生きているということ。
 遠き昔では護ることのできなかった大切な人を、今度は護ることができたということ。
「……言いたい事はたくさんあるのです」
 数時間前のことを思い出すと、それだけで背筋が凍る思いだ。
「ん〜……」
 そんなとき、雷華は寝返りを一つ。
 動いている彼女。寝ぼけている彼女。
 それは確かに――生きている証拠。
「でも、生きていてくれたので……」
 先ほど見せた瞳よりも、さらに優しく、迷いのない感情を込めて、Altriaは雷華を見つめる。
「言わずにおきます……ライカ」
 そっと彼女の髪に指を遊ばせ、頭を撫でると、規則正しい呼吸が返ってきた。
 疲れているのだろう。
 深い眠りの中で、彼女は何を思っているのだろう。

 彼女の頭に手を当てたまま、目を閉じれば同じ夢が見れるだろうか。

 ふと、そんなことを思いながら――Altriaは空を見上げた。
 そこにはまだ、空を染める夕陽が姿を見せている。
 何も変わらない空。
 この日常も、変わることなく、雷華がいて、自分が護っていて。雷華はいつだって笑顔ですごすことができたら、どんなにすばらしいことだろうか。
 その、変わらない日常を作るのは――雷華自身であり、自分自身。

 雷華が無茶をしそうなときは、率先して自分が。
 雷華が危険な状況に陥りそうなときは、誰よりも先に自分が――


 あなたを……必ず護ります。
 もう、何も失いたくはないのです。


 胸裏のつぶやき。
 今は自分の全てである――強い誓いを、Altriaは再び心の中で繰り返した。

 ◇  ◇  ◇

 そっと目をつぶると今でも思い出す光景。
 愛する人を失ったあの一瞬。
 もう――二度と同じ思いはしたくない。
 もう二度と失いたくない。

 だから、必ず護る。

 私の全てをかけても、あなただけは護ります――マスター。