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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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東京怪談・アンティークショップレン「卒業証書」
■オープニング■
「ちょっとこれ見てくれないかい?」
蓮はそう言って、店に集まってきていた客ではない面子の前に、漆塗りの箱を押し出した。
「昨日手に入れたもんなんだけどね」
そう言いながら蓮は箱の蓋を取り去る。そこには真新しい紙が何枚も重なって入っている。不用意に手にとれば指を切ってしまいそうなその紙は誰もが一度は見たことのあるものだった。
本校の過程を終了したことを証する。
印刷文字ではあるが、毛筆で堂々と記されたそれは卒業証書だ。名前も、そして学校名も日付も総て入っている。
しかしおかしい。誰もが眉を顰める。
真新しいものに見えるというのに、その卒業証書に記された日付は昭和最後の年のものだった。
「40枚、一クラス分あるのさ」
そう言って蓮は肩を竦める。
「因みにこの桜坂中学って学校は実在するよ。そこの卒業生の名簿も見たがねえ……ないのさ、この卒業証書の中の名前だけは」
そう言って蓮は同窓会名簿らしいものを一同に示した。一枚目の名前から確かにそこには記されてはいない。
そしてその年度だけ、その前後の年度よりも一クラス少ない。
「少し気になるだろう? 調べて見ちゃ貰えないかい?」
もしかしたら、と、蓮は続ける。
「卒業できていないクラスがあるかもしれないじゃないか」
と。
■本編■
空気が色付き始めていた。
実際にはそれは目に見える『色』ではない。人と言う生物の高感度センサーのような視力をもってしても、否、本物の高感度センサーをもってしてもその色は見えない。
ぼんやりと暖かくなる空気、綻び開き始めた薄桃色の花、そのあまやかと言うよりは清冽な香り。薄着をするにはまだ早く、しかし着膨れをする気には到底なれない。
そんな季節である。
外気は風をはらんで冷たくとも、室内は日の光さえ差し込むのならうらうらと暖かい。
「……拷問に等しいな」
真名神・慶悟(まながみ・けいご)はボソリとそう呟いた。勿論極力小声でだが、その場所では完全に人の耳に届かないとは行かなかった。
「真名神くん?」
背の高い女の笑顔と視線に貫かれて、慶悟はふっと口の端に笑みを刻んで肩を竦めて見せる。意味することろは『聞こえたのか?』だ。シュライン・エマ(しゅらいん・えま)はその悪びれない態度にかえって毒気を抜かれてしまった。
「それは聞こえますよ」
柔らかいテノールが会話に割って入る。槻島・綾(つきしま・あや)だ。
「そうね」
「だろうな」
「あんたは少し反省なさい」
「仕方がないだろう」
「仕方がなくなんてないわ」
柳眉がきゅっと寄せられる。整った顔立ちが浮かべる不機嫌の表情は、整っているからこそ険悪な印象だった。
綾は繰り広げられるどこか言葉遊びのような応酬にくすくすと笑う。
「仕方がないというのには賛成ですよ」
「……まあわかってはいるけどね」
「だったら絡まないでくれ」
「誰かがうつったのかもしれないわねぇ」
即座に慶悟に突っ込まれ、シュラインは綾同様にくすくすと笑う。残念ながら綾のように皮肉のない柔らかな笑みという訳ではないが。途端に嫌な顔になる慶悟と、面白そうに笑うシュラインを見比べて、綾は小首を傾げたが突っ込んで問い掛ける事はしなかった。
「この陽気に図書館じゃ、誰でも眠くはなるだろうね」
だけど、と、綾は即座に言葉を継ぐ。
静かなその場所は図書館。三人は仲良く並んで貸し出されているパソコンの前に陣取り、仲良く新聞のデータを閲覧している。
「眠さの拷問を感じるというのは集中してないってことじゃないのかい?」
「……」
「その通りね」
二人に視線を向けられて、慶悟は今度こそ肩を竦めた。
件の卒業証書から遡って数年のデータ。その中に異常は、未だ見つかってはいなかった。
昭和64年。たった数日で終わったその年の卒業証書の持ち主達は、実際あっけないほど容易く見つけることが出来た。それは新聞のデータの中にではなく、リアルに今を生きている生身の人間としてである。
「ほら、どのクラスにも一人は凄い珍しい苗字の人っているじゃない? で、当時の周辺の住宅図からその苗字探して、そこから調べてみたのよ」
冴木・紫(さえき・ゆかり)がえっへんと胸を張る。胸を張る紫に恨みがましい視線を投げたのはその場所の持ち主だったが、勿論その恨みの視線を紫は勿論の事他の誰もが気にも留めなかった。会議会場は草間興信所事務所という呼び名がある。最も今は単なる無料貸し出しの会議場と化してはいるが。
うんと頷いたのは櫻・疾風(さくら・はやて)。狸を思わせる顔を精一杯顰めつらしくして、相槌を打つ。
「普通のひとだったよ。普通に働いて、普通に生きてる人だった」
「どう言うことなの?」
シュラインに問い掛けられ、うーんと疾風は唸る。
「そのままの意味だ。普通のサラリーマンで、どこにもおかしなところはない……だけど」
守崎・啓斗(もりさき・けいと)もまた唸る。慶悟と綾は顔を見合わせて、そして問い掛ける視線を投げた。
「啓斗?」
「中学の卒業式についての記憶がない」
「?」
どう説明すべきかと首をひねる疾風と啓斗に代わって紫が答える。
「ないのよホントに。どれだけ聞いても。一番おかしいのはそれになんの疑問も感じてないってところだけど」
「つまり、中学を卒業してないって意識がない?」
シュラインに問い返され、三人は頷く。
その男は本当に普通の人間だった。三十台に入ったばかりのサラリーマンで、数年前に結婚して娘が一人いる、ありふれた日々を懸命に綴っている当たり前の男だった。
「で、それを聞いても首をかしげるだけなんだ」
その事実を異常だとは全く据えてない。まるでそこだけ記憶ごと人生が抜け落ちているかのように。
「……卒業していない」
綾の呟きに、一同は唸った。
桜坂中学、講堂。
春の空気の中でも人気のない巨大な空間は寒寒とした印象を見る者に与えた。
広大な空間は今は一同以外には誰もいない。スリッパのぺたぺたという音が奇妙なほど大きく反響した。
「そうなるとこうするしかないのよね」
シュラインは肩を竦める。それに紫は軽く笑う。
「まあ毎度のことじゃない?」
そう毎度の事だが。
証書をもって、現場へ赴く。本来なら行われた筈だろう卒業式の会場へ。つまりは、
「当って砕けろだね」
疾風の声は非常に明るい。
学校関係者に許可を取ることは難しくなかった。既に生徒は春休みに入っている。多少怪しい人間がうろついてもあまり目にはつかない。持参した卒業証書がこの学校オリジナルのものだった事も功を奏していた。
「関係者を集められた訳じゃないのですが。大丈夫でしょうか?」
「……大丈夫だろう」
慶悟が考えながら答える。即座に紫が問い掛ける。
「なんでよ?」
「まあわからんが。卒業するのは三十台の人間じゃないはずだからな」
「?」
啓斗もまた小首を傾げたが、それには慶悟は苦笑するだけで答えなかった。そしてその時だった。
「あ」
疾風が小さく声を上げる。その声に釣られるように、一同もまた声を上げる。
啓斗の手の中の漆の箱が、少しずつ霞み始めていた。
「なに?」
シュラインの驚愕の声が最後。
そして、それは起こった。
壇上に、学生服の少年が上がっていく。ぎくしゃくとした動きが緊張を物語っている。その顔はまだまだ子供のそれだった。
そして壇上に立つ礼服の男が、その手に真っ白な紙を持ち、それを緊張の面持ちの少年に手渡す。少年は一礼してそれを受け取り、壇上を下りる。
そして次の少年の名前が呼ばれ、返事をした次の少年は先の少年と同じように壇上へと上がっていく。
「……これ、は」
なんだと問いかけようとした啓斗に、綾がしっと唇に人差し指を当てた。
紫も、慶悟も、シュラインも、そして疾風でさえ口を開かない。
眼前で行われているのはどこか滑稽な、しかし当事者達にとってはとても厳格な儀式だ。
卒業式。
本来でもあるはずのなかった、卒業式が今、行われている。
最後の少女が壇上へとあがる。そして最後の一枚が、手渡された。
「はい。……ええはい。失礼しました」
携帯電話の通話ボタンを押して、紫が一同を振り返る。
「どうだ?」
慶悟に問い掛けられ、紫は頷く。シュラインもまた問い掛ける。
「……やっぱりそうなの?」
「どうしてそんな事聞くんですかってきかれたわ」
「どういうことだろう?」
啓斗が小首を傾げた。しかしそれに綾は薄っすらと笑う。
「卒業できたということだろうね」
そうだね、と疾風が頷く。
「十四年前。僕はその頃から『ファイアレッド』になりたかったんだ」
「だから?」
シュラインの問いかけに、疾風はやたらと明るく頷く。
「だから飲みにいこう!」
終わった、一つの卒業式を祝して。
多少ほろ酔いの頬を夜風が弄っていく。シュラインは未成年だからと店での酒を断りつづけた啓斗に笑いかけた。
「結局、なんだったのかしらね?」
「卒業式、じゃないのか?」
「それはそうなんだけど」
「多分」
うーんと唸りながら疾風が答える。こちらも良くは状況が把握できてはいないようだった。
「卒業証書も、きっと卒業したかったんだとおもう」
その為だけに作られた紙。誰もが人生の過程で手にする一枚の紙。他に意義はなく意味もない紙切れ。
その責任を、その紙もまた果たしたかったのだ。
ひらりと、桜の花びらが舞った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師】
【0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生(忍)】
【1021 / 冴木・紫 / 女 / 21 / フリーライター】
【2226 / 槻島・綾 / 男 / 27 / エッセイスト】
【2558 / 櫻・疾風 / 男 / 23 / 消防士、錬金術師見習い】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、里子です。今回は参加ありがとうございます。遠大に遅れてしまいまして申し訳ありません。
卒業式っていうのは形骸化されてますから代わり映えしないなーと報道なんかでは思うんですけど、実際に当事者にとっては全然違った意味合いがありますね。
誰にとってもってわけでもないのかもしれませんけど。
そんな季節だよなあと思って生まれた依頼です。
今回はありがとうございました。また機会がありましたら宜しくお願いします。
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