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<東京怪談ノベル(シングル)>


『黒』

 何時から居たのだろう。
 何時、息をして生まれ出でたのだろう。

 自分がしていた行動さえ次には上手く繋がらないまま、アールレイ・アドルファスは寝床に選んだ廃ビルの中から、眩い光の中、駆けていく子供らを見る。
 吹き抜けていく風に髪をそよがせ、遠くを見ているその様子は他の少年らとなんら変わりはない。
けれどもやはり、何処か異質さをかもし出すのは纏う雰囲気ゆえなのか。

(楽しそう)

 だが、それだけ。
 楽しそうだからと言って自分がそれに混ざって遊ぼうと思いもしなければ、また其処に居る子達と仲良くしよう、等と言う考えも浮かばない。

 ただ「其処に在るだけ」と意識するだけのモノ。

 其処に在るモノたちと存在する時間が違いすぎるからなのか、アールレイの同胞が一人も居ないゆえなのか……それさえもアールレイには、どうでもよかった。

 時は、過ぎる物だ。
 日は、重なっていく物だ。

 だが―――


(だから、何なの?)


 時が幾ら過ぎようと、日がどれほど重なり、円熟を見せようとも。
 全くと言って良いほど何ら関係が無い。

 様々なモノを見た。
 様々な人も。

 中には……残虐非道な悪党も居た。
 確か、あれは……何処かに立て篭もっていたものの警察の応答は無く、一人一人確実に殺していた男だ。
 無数に散らばる息があったモノたちは恨めしそうに虚空を睨み――室内には血と、硝煙の匂いが充満していた。
 血なまぐさい風景に平然としていたアールレイに怒りを覚えたか、それとも動かぬ警察に、次は子供を殺した方が良いと踏んだか――これらは、男の考えでありアールレイの考えではないから知らぬままだが。
 ただ静かに、笑いながら銃口をこちらに向け、
『悪いなボウズ。死んでも俺を恨んでくれるなよ? なあに、それだけ面が良きゃ…神様だって可愛がってくれるだろ』
 と言い放ち、引き金を引こうと――男の手が動いた、その瞬間にアールレイは言っていた人物の喉を噛み切った。

『…恨まないよ。だから』

 キミが死んでもアールレイを恨まないでね?
 言わないままに終わった言葉に、うっすらとアールレイは微笑を浮かべる。

 男の身体からは大量に血が溢れ、アールレイの白い顔を朱に染めていく――あまりに現実離れした風景に、息のある誰かが叫び……やがて何も聞こえなくなっていく。

 「この場所」に居た全員を殺したのはあの男だ。
 アールレイではない。

(邪魔をするから悪いんだよ?)

 息を止めようとするものも、動きを邪魔しようとするものも「排除」して良いモノだ。
 幾らでも変えがある。
 生まれゆく命なら、何時でも生まれ地に溢れよう。

 この記憶に反して「人の皮を被ったような天使」とも言われる聖人に逢ったことさえも無くは無い。
 ただ、何故だろうか、あまり彼等の事は記憶に残らない。

 ――不思議なことに……何時、逢おうとも。

 清らかなものである、と言うこと以外に何ら変わりが無い。

 アールレイは、永遠にも近い時間の中を浸りながら――様々な都市から……街へと渡り歩いてきた。


 そして。

 先ほどまであったはずの光は消えうせ――遊び駆けていた子供たちの姿さえも見えなくなっていた。
 光は消え、闇が訪れる。
 闇の中に広がる、無数の光の洪水……。

アールレイの目の前に広がるのは東京の夜景。

(此処に来てからやけに時間が過ぎるのが早いような気がする)

 本当に何時の間に真の光ではない、光の洪水が出来ているのか。
 中々奇妙だし面白いと感じながらもそれ以上になる事がない、いつもの思考に戸惑いも覚えず、欠伸をひとつ、噛み殺しアールレイは眠い気持ちをはぐらかす事無く眠りへとつく。


カサ……。

 隙間から風が吹いてるのだろうか、奇妙な音が聞こえ――アールレイの身体に、何か……人とはとても思えぬ肌触りのものが触れてきた。
 例えるならば――そう、水分が蒸発したざらついた感触。
 やわやわと触れてくる感触は起きないアールレイに対し、気を大きくしたのか。
 または、自分ではそうとは気付かなかったのか。
 侵入者は、誰に言うでもなく呟く。
 瞬間、人が呟いたとは思えぬ匂いがしてアールレイは眉を顰めた。

「大した物持ってないな……ったく、久しぶりに金が取れるかと思ったのに」

 身なりの良いアールレイは侵入者であり浮浪者でもある彼の目から見れば絶好の「カモ」だった。
 だが、それはかなり考えの違う物であり――侵入者は、この自分が取った行動を遠のく意識の中で後悔することとなる。
 何時の間に寝てると思っていた少年の瞳は開いていたのか、その事さえも気付くことは無いままに少年は微笑み……。

「ごめんね? 大したモノ無くって……でも」

 寝てる人の眠りを邪魔しちゃいけないんだって教わらなかったかな?

 くすくす楽しそうにアールレイは微笑う。
 侵入者の動きを奪ったのは――鋭利な、人ならざる爪。
 血の色に染められた爪をぺろりと舐め、ああやっぱり、この物体はヒトだったのかと漸く思い至る。

 しかし何故こうも邪魔をするものばかりが多いのだろう。
 眠っていても起きていても――時にこう言う事態に出くわしてしまうのだから、やってられない。

「…眠気、醒めちゃったなあ……」

 どうしようか、と思いながら眠りを邪魔した浮浪者の死体を跨ぐとゆっくり……アールレイは夜、まだ眠らない街へと足を運ぶ。


 何時、生れ落ちて、何時から己の息を意識したのか。
 
 ……解らない。

 だが――解らないからこそ、解らないまま進む。
 この……目まぐるしく変わり行く風景の中を。




・End・